64.第五章 第十二話




 だんだんと曇り雲が辺り一帯を覆い始め、海は激しく荒波を崖にぶつける。周囲は暗みを帯びていき、クロード達の目の前に突如として現れた謎の男の顔には深い影が差し込んでいった。

「おっと。これはこれは、いきなり暴力はいけませんネ」

 ボーマンとクロードが謎の男に向けて一斉に攻撃を仕掛けたが、それも素早い身のこなしで難なくかわされてしまう。

 セリーヌとレオンは何も手を出すことができない。セリーヌは術を封じられているわけであるし、レオンもここで紋章術を唱えようものならセリーヌの二の舞、たちまち全ての特技が封印されてしまうだろう。

 看板から剥がし取った謎の装置は、レナが必死に破壊しようとしている。しかしなかなか頑丈に作られているようで、そう簡単には機能停止してくれなかった。

「そんなことしても無駄でス。力で壊せるような代物ではないですヨ」
「ちっ……」

 ボーマンが背後から男の足を払うかのように蹴りを入れたが、これもまた軽いステップで避けられてしまう。ヘラヘラしてるだけかと思いきや、こちらの動きに対しては敏感に対応してくる。

「お前達の目的はなんだ? こんな罠を使ってまで僕たちを足止めする理由は?」

 クロードが剣を停めて聞きかけた。その言葉に男はフッと笑い口を開く。

「やはり、あの道化師を追っていたのですネ。貴方達ハ」
「そりゃそれ以外にあるわけねーだろ。お前も知ってたんだろ、おい!?」

 ボーマンの言うとおり、この男が看板裏に罠を仕掛けたということは、つまり自分達がここでセリーヌと合流することを彼が知っていたこということである。通信か何かを盗聴されたのか、もしくは会話を直接盗み聞きされたのか。

 男はニッとわらってコクコクと頷く。そのふざけた態度にボーマンはムッと眉を尖らせた。拳に力をこめるが、横からクロードがそっとそれを止めるよう手をかざす。

「戦う意思なんて、これっぽっちも無いんですよ、私ハ。ただ貴方達がこのままこの星を離れてくれれば、なーんにも言うことは御座いませン」
「はっ、そりゃできねぇ相談ってヤツだな!」

 ボーマンが大きな声でそう返事をする。

「そんなこと言ってるお前のほうこそ、今すぐここからとっとと消えやがれ!」
「悲しいですねぇ、まさかこんなお返事が返ってくるとハ……」
「当たりめぇだろ! 俺達はネーデ人がいるって聞いて、この星にわざわざ来たんだ。お前みたいな奴なんかに邪魔されたところで、はいそうですかとノコノコ引き下がるわけねぇよ! だいたいその情報さえもまだ……」

 ここまで言いかけたところで、ふとボーマンはあることに気がつき口を閉じた。

「そういやお前、ネーデ人じゃねぇ……」

 再び口の開いたボーマンからは、そんな言葉が唖然と漏れ出たのだった。先ほどまでの威勢の良い声は鳴りを潜めた、どちらかと言えば独り言に近いような物言いだった。

「ほほぅ……突拍子も無くそんなことヲ。面白い人ですネ」

 そう言う男の耳は、至って普通。そう、まるでヒューマンと同じ、地球に居たとしてもおかしくないような人間だったのだ。

「……僕もそれが気になっていたんだ。もう一回聞く。お前は一体誰で、何の目的でこの惑星ロイド・モダイ2号星に居るんだ?」

 少しずつ海風が強くなっていくこの道で対峙するこの男に、クロードは先ほどと同じことをもう一度聞いた。

 ランサーからの連絡でネーデ人が居るという話は聞いていたものの、紋章術を封じる“機械”、すなわち先進惑星の人間が居るという情報は一切伝えられていない。ではこの緑色の髪をした男は一体何者なのか。

 クロードの言葉によりこの事実に気がついたのか、ボーマンの後ろではセリーヌとレオンも驚いた表情で男を見つめていた。

「そんなこと簡単に教えるとでも思っているのですカ? 地球の軍人さんも頭の弱いお方が多いようデ……」
「だって、聞かなきゃ分からないだろ?」
「そりゃまぁ一理ありますけれど、私が口を割らなければ意味ありませんよネ。じゃあ逆に尋ねますが、貴方達の言うネーデ人って何ですかねェ?」
「………………」
「ほら、あなた達だって教えてくれないじゃないですカ?」

 クロードが黙ったのは別にネーデ人のことを教えたくなかったからではなかった。それよりもこの男がネーデ人のことを知らないという発言に衝撃が走った。その驚きを相手に伝えまいと咄嗟に口を閉じ、感情を隠したために結果何も言わない形となってしまったのだ。

「ネーデ人……どこかで聞いたことあるような気もしますが、確か………」

 そんなクロードをよそに、男は隣でふよふよと浮かぶ白い水晶を指でなぞりながら、何か考えるような仕草を見せた。するとすぐに何か心あたりがついたようで、パンと手を叩いてクロード達に言い放つ。

「なるほド。ネーデ人とは恐らくあのことなんでしょウ。……クククッ………クハハハハハハッ……………」

 ここまで言い終えると、男は堪えきれなくなったように笑みを漏らした。

「おい、何がおかしいんだ!?」
「ハハハハハ、アッハハハハハ………」

 男はボーマンの問いにも笑いを止めず、ずっと大きな声でこちらを嘲笑っていた。流石にこれにはクロードたち一行にも頭に来るものがあり、全員でキッと男を睨みつける。しかし向こうはそれを気にする素振り一つさえ見えなかった。

「……アハハハハ。いや、そうですか、貴方達は彼達を追ってこんな所まで来ていたのですネ……」

 男はようやく笑いがおさまったようであり、今度はこんなことを口にし始めるのであった。

「いやいヤ。これほど滑稽なこととは思いませんでしたからネ。事実は小説より奇なり、とはよく言ったものでス。そういうことなら、私がこうして足止めする必要はなかったのですかラ……」

 男はそう呟くと、何故か一瞬だけチラリとレナの方に目をやり、そのままスッと音を立てて姿を消してしまった。

 先ほどから怒りが溜まりに溜まっていたボーマンが「待ちやがれ!」と彼が居た場所まで走り出して行ったが、その場所にはもはや何も残っていなかった。






 いきなり表れた謎の男、彼が残していったものは新たな謎と、セリーヌの紋章術を封印した装置だけだった。

 クロードは何も言わずに剣をしまうと、ただ男が居た場所をじっと見つめていた。彼の発した言葉。その一つ一つが自分達を惑わした。

 なぜ奴はネーデ人のことについて知らなかったのか。それともわざと知らないフリをしてこちらの気を立てるよう仕向けたのか、そのところが全く掴めない。というより、そもそもあの男は一体何者なのだろうか。

 ただ、いま解決すべき問題は後ろで座り込んでいるセリーヌである。彼女は先ほどからファイヤーボルトやウインドブレイドなど簡単な魔法を試し撃ちしているが、一向に成功する気配はない。この様子では当然テレポートなど使えたものではないだろう。

 結局、クロードたちの計画はあの男によって大きく狂わされてしまったのだった。






「ディスペル!」

 レナは謎の装置をセリーヌの身から十分に離したうえで浄化魔法を唱えてみたが、彼女の状態が回復することは無かった。相変わらず紋章を体に描くことはできず、試しに一度ファイヤーボルトを唱えてみたものの結果は同じだった。

「ダメ、やっぱり解除できていないみたい……」
「機械で封印されているわけだからね。解呪の紋章術なんかで治るなんて思えないけど……」

 レオンもやはりか、といった様子で顔を曇らせた。

 一方、クロードとボーマンは力ずくで装置そのものを破壊するべく全力を注いで攻撃している。しかし快声が聞こえることはなく、むしろ二人は地団駄を踏むようなオーラを放つようになっていた。

 このままだとテレポートできないばかりか、セリーヌという大きな戦力を失いながら先へ進まなくてはならない。あの男の真の狙いは、こうしてこちらの機動力と戦闘力の両方を削ぎ落とすことだったのだろう。

「多分、何をやっても無駄だと思いますの。サイレンスのような紋章術を受けたときとは、ちょっと感じが違いますし……。いつになればこの封印が解けるのか、それさえも全く予想できませんわ」
「……それじゃあ、しばらくはディアス達の場所へは戻れないってことになるの?」
「そうですわね。すまないですけれども、わたくしはもう戦力外ですわ……」

 セリーヌは申し訳なさそうにふう、と息をつく。落ち込む彼女に、レナとレオンはかける言葉が見つからなかった。

「別にセリーヌさんは悪くないですよ。それこそあの男が全ての元凶なわけだし……」
「そうだセリーヌ、気にすんな」

 その時、戻ってきたクロードとボーマンがセリーヌに言葉をかけた。

「……お二人とも、ありがとうございます」

 セリーヌはそう言って口を結ぶ。彼女は手にしている杖を両手で握り締めながら、何もすることができない自分を気遣ってくれる仲間たちに心から感謝するのだった。

「ところでクロード。あの装置を壊してくれたみたいだね?」

 レオンはクロードが両手に抱えていた装置の残骸を見ながら言った。どうやらボーマンとクロードはこの紋章術封印装置を物理的に破壊できたようで、はじめは点灯していた電源ランプらしきものも今では輝きが失われていた。

「ああ、結構頑丈だったけど、なんとかね」
「そう……」

 返事をしたレオンは、続いてセリーヌのほうを振り向いた。

「どう?」
「うーん………」

 喉を鳴らすセリーヌは難しい顔をしながら、右手で杖をふるふると揺らしていた。

「だめですわ。やっぱり装置が壊れても封印は解けないみたいですの………」
「やっぱりだめか……」

 装置が破壊されればセリーヌの力が戻るかもとレオンは考えたのだが、どうやらそういうわけでもないらしい。おそらくは時間がたたないと解かれないタイプの封印なのだろう。

「にしても、あの男は一体……」

 クロードは封印装置の残骸を丁寧に袋にしまい込むと、その場で腕を組んで考えこんだ。こんな装置を所持していた男の正体。いったい彼は何者だというのだろうか。

「……あいつはネーデ人を知らなかった。つまりさっきの男とネーデ人は、それぞれが無関係な二つの事件をはらんでいるってことだ」
「でも、あの人最後に言っていたわよね? 「なるほど」って……」

 ここでレナが口を開いた。確かにあの男は当初、ボーマンの“ネーデ人”という言葉に対して本気で疑問を抱いていたようだった。しかしそんな彼もしばらくすると、何かを思いついたかのように突然笑い始めたのだ。

「私はむしろ、ネーデ人と何か関係があることは間違いないと思うの。だってあの人、消える直前に私のことをちょっとだけ見てきたもの。ここにいるネーデ人って私だけでしょ?」

 レナにだけ視線を送った。それはレナがネーデ人であるということに男が気付いたため、無意識に送られてきたものなのかもしれない。少なくとも何かしら意識されていることは確かだろう。

「確かにね………」

 レオンもレナに同調するよう、うんうんと何度も頷いた。

「僕もさっきの男は何かを隠しているよう見えたよ。あれは追いかけるべきだと思うね。この状況だと厳しいけれど……」

 このレオンの言葉を聞いて、一行は皆黙ってしまった。

 よくよく考えればかなり深刻な事態になってしまったと、今になって改めて気付かされる。ネーデ人が居ると聞かされていたのに、さらにまた謎の男が現れた。それを野放しにしてしまっただけでなく、こちらは頼りにしていたテレポートという移動手段を失ってしまったのだ。

 それでも、あの男はミント姫の捜索をあからさまに妨害してきた。彼が誘拐に関与していることは間違いないだろう。

 つまり、この事件には星の外部の者が干渉しているということ。そのことがはっきりしたのも事実である。このことにより一行には当面の目標ができた。

 今まではただ“何かネーデ人について関係があるかもしれない”という漠然とした理由から仮面の誘拐犯を追いかけてきたが、今度はこれが確信に繋がったというだけでも事態は進歩したと言えるだろう。

 幸いなことに、ディアスとチサトはまだキーサイド王国に居る。あの二人なら、誘拐犯を逃げ切られる前に捕まえることができるかもしれない。先ほどの男がどこに消えたのか、それさえも分からないこの状況において、唯一の手がかりとなるのは仮面の男とミント姫なのである。

「どうするの、クロード? 今からディアスに何て連絡すればいいの?」

 クロードに言われずとも通信機を取り出したレオンはそう尋ねた。

 その問いかけにクロードも少し困ったような顔をした。とても言いづらいが、それでもディアスには正直にこの事態を伝え、チサトと2人に頑張ってもらうよう頼む以外ないだろう。

「とりあえずありのままを話して、頑張ってとしか言いようがないな……」
「えーーっ……」

 レオンはそれを聞くと嫌そうな顔をして、「今度はクロードが言ってよね」と通信機をさっと差し出すのだった。

「クロード。俺はもう一つ確かめたいことがあるんだが……」

 そんな通信機の受け渡しの最中、付け加えるようボーマンがクロードに言った。

「アシュトンたちにも一つ、調べてほしいことがあるって伝えてくれないか?」
「え、調べるって何を?」

 それを聞いたクロードは、通信機を起動しようとしていた手の動きを止めた。

「例の誘拐されたミント姫って奴のことだよ」

 ボーマンはなぜ自分がアシュトンたちにそのようなことを頼みたいのか、順を追ってクロードに説明をし始めた。

「あの男が出てきたことで、任務と誘拐事件は関係あるということが明らかになった。これはいいよな?」
「ああ、そうだな……」
「ってことは、多かれ少なかれこの星の人間じゃない何かの意思が働いているってことだろ? なら、犯人はなぜミント姫を連れ去ったのか、俺はそこが不思議だ」
「ミント姫……か……」

 それを聞いたクロードは口に手を当てた。

「確かにね。誘拐事件はジルハルトから僕たちを誘導するための陽動かもしれないけれど、もし彼らが単純にミント姫自身を狙っているのであれば……」
「だろ? ミント姫ってのに秘密があることも十分考えられるぜ」

 ジルハルトの街を出る際、ディアスは「敵は俺たちをおびき寄せるために事件をおこしたのかもしれない」と言っていた。

 だが、もしそうだとすれば紋章封印装置はセリーヌがここに到着したときではなく、昨日クロード達がここで南北二手に分かれたときに作動させられたはずだ。

 なぜ先ほどの男はそれをしなかったのか。それは恐らくクロード達がここで二手に分かれた後で装置を看板に取り付けたからであろう。

 つまりミント姫が誘拐された段階では、クロード達がここに来ることを奴らは予想していなかったことになる。キーサイド王国に向かうのであれば必ず通ることになる、この地点にだ。

 話をまとめてみる。彼が黒幕の一躍を担いでいるとすれば、おそらくこれまでのあらましはこういうことなのだろう。

 まず、彼らはミント姫を何らかの目的で誘拐した。だがしばらくして、どうも自分たちを追いかけてくる銀河連邦の人間、クロードが居ることに気づく。なんとか逃げ切るための方法を考えている時、クロードたちがこの地点でチームを二手に分け、瞬間移動の紋章術を用いることでここを集合の起点としようとしていることを知った。そこで先手を打つため、クロードやディアスらが南北へと去った後で紋章術を封じる装置を取り付け、再びここに戻ってくるときを待ったというわけである。

 このシナリオ通りだとすれば、やはりミント姫自身にも攫われるだけの秘密があると考えられる。そのため彼女の身元調査も無駄ではないだろうということだ。

「わかった。今からディアスと通信するから、その後でね」

 そう言ってクロードは、まずは優先すべきディアスへと回線を繋いだのだった。





『ああ、俺だ』

 こちらからの連絡をずっと首を長くして待っていたのだろうか、ディアスはすぐにこちらの呼びかけに応答した。ただテレポートで迎えにいくだけにしては、やけに時間がかかっているなと思われていたのだろう。

 そんな彼にこれから深刻な事態を伝えなくてはならない。そう思うとクロードは少し心が重く感じられた。

『どうした? かなり時間がかかっているようだが』
「うん。実は大変なことになって。簡単に言うと、セリーヌがテレポートを使えなくなった」
『……は?』

 クロードがそう言うと、ディアスは声色を変えて聞き返してきた。そんな彼に対し、とりあえずクロードは今まで起こった出来事をゆっくり説明し始めるのであった。






『ふむ、大体話は分かった』

 そう言うディアスの返事は、思っていたよりも落ち着いているようクロードには感じられた。

『ならば、俺はすぐにチサトとキーサイド王国の中心に向かって出発すればいいんだな?』
「うん。僕たちもセリーヌが治り次第行くから……」
『承知した。しかし、大変なことになってしまったな……』
「本当にごめんよ。けど、いま犯人を追いかけられるのはディアスとチサトしか居ないんだ」
『……別に謝ることはないだろ』

 ディアスもこの事態は仕方のないことだと理解してくれたようだった。

『それよりだ。ミント姫のことについては、アシュトン達がきちんと調べるんだな?』
「ああ。さっきも言ったけれど、この後でアシュトンにお願いするつもりでいるよ」
『それならば、もし何か分かったことがあればすぐにこっちにも伝えてくれないか?』
「もちろん。そのつもりでいるよ」
『分かった………』

 できるだけ情報は共有する。人数は分散しているが、些細なことでも何か分かればすぐに全員へ連絡するよう、クロードとディアスは今一度確認をしたのであった。

『お前たちも気をつけるのだぞ?』
「ああ。ディアスも頼んだよ」
『ふん、仕方のない奴らだ。任せておけ……』

 心強いディアスからの返事の後、通信が切れた。彼は状況の呑み込みが早く、クロードとしては無駄な説明が省けて助かった。ディアスもチサトも相当な実力者であるため、戦闘面において心配することは特にない。強いて言うならば術師を失ったことくらいだろうか。

 クロードは再度セリーヌに具合はどうかと尋ねたが、やはり状況は一変せず術は封じられたままのようだ。その隣ではレオンも「仕方ないよ」と首を横に振った。





 次にクロードはアシュトンへと連絡を繋ぐ。すると通信機越しにプリシスの声が、そして微かではるがアシュトンとノエルの声も聞こえた。どうやら今は三人揃ってジルハルトの宿屋“Moonlight Blues”に居るらしい。

 クロードは先ほどと同じように、今まであった出来事を伝えた。こちらの3人はディアスと違いひどく驚いた様子だったが、それでもクロードは落ち着いて話を続けた。要件はミント姫についての調査である。

『……つまり、あたしたちはミント姫について城下町で聞き込みをすればいいってこと? それって怪しまれないかなー? 逆にさ』

 クロードが話を終えると、プリシスは懐疑的にそう答えた。

『こっちは相変わらず街の雰囲気が重くってさ。ペラペラお姫様のことについて尋ねたりしたら、通報されてもおかしくないよ』

 あまり不審な動きをするのは避けるべきだとプリシスは伝えてきた。犯人がキーサイド王国に逃げたことはフーラル王国軍も既知であるため、さすがに現行犯だとは思われないだろう。それでも何か事件に関係があるのではないかと疑われてしまうことは十分に考えられる。

「時間がかかってもいい。なんとかならないか?」

 クロードは無理しなくてもいいからと、強くプリシスに頼み込んだ。

『うーん……』
「頼む。ミント姫が何か事件のカギを握っているのかもしれないんだ」
『クロードがそこまで言うんだったら……』

 難色を示していたプリシスだったが、ここまで頼みこまれるとさすがに断れないのだろう。ことの重要性は理解しているだろうし、基本的に彼女はとてもお人好しなのである。

『じゃあ、ゆっくり慎重にやらせてもらうよ』
「ああ、本当にすまない……」

 できれば早いに越したことはないが、この際仕方ない。それにこちらの状況からしても、今回の任務は長期戦を覚悟しなければならないだろう。前線はディアスたちに賭けるしかない。

「とりあえず何か手がかりがあれば、すぐに連絡してくれ」
『おっけーおっけー、任せてよ!』

 彼女はそう言うと、その場に居合わせているであろうアシュトンとノエルに向けて「さ、はやく行くわよ!」と早速声をかけていた。

 彼女の性格を考えれば“慎重にいく”というのは口だけであり、結局はこれから男二人を従えてぐいぐい突き進むように調査を行うのであろう。ディアスやチサトとは違い、こっちのほうは少し心配になってしまう。

 だが、そんなことをいちいち気にしていても仕方がない。通信を遮断するとクロードは皆に言った。

「さ、連絡は終わったし、僕たちも行くよ」

 テレポートが使えないからといって、ここでじっとしているわけにはいかない。連鎖的に物事が悪い方向に進んでいるが、それでも着実に捜査は続いている。少しではあるが手がかりも掴めた。

 少し失意にあった一行だったが、クロードは前を向いていた。他の仲間に迷惑をかけているのに本隊の自分たちがこんなんじゃダメだという気負いが、ひたすらに彼を奮い立たせていたのだった。