「うーん………」
眠りから醒めたクロードの視界には、見慣れない大理石の天井と、白銀に輝くシャンデリアが映し出される。明らかに自分の寝室とは違う場所で寝ていることに気が付き、エルネスト宅に泊まりに来ていたということを思い出す。
「いっ、いま何時……!?」
クロードはベッドから慌てて体を起こし、棚に置かれた時計盤を確認した。時刻は午前9時を少し過ぎている。
「えっと、昨日のお昼に寝たから……」
寝ぼけた頭でクロードは考える。昨日の昼過ぎにベッドに入ったところまで覚えているので、少なく見積もっても18時間は眠っていたことになる。
「や、やばい! 完全に寝坊じゃないか!」
夕方くらいに目を覚まし、ちょうどその頃に帰宅すると言われていたオペラと会うつもりが、気がついたらそのまま丸々一夜を越してしまったようである。たちまちクロードの尻に火が付く。
「レ、レナ!?」
がばっと振り返って隣のベッドを確認するが、そこにレナの姿はない。その向こうで寝ていたチサトも既に起きているようで、丁寧に掛布団の上からベッドカバーが被せられていた。どうやら寝過してしまったのは自分だけらしい。
「ま、まずいまずい……」
クロードはすぐさま靴を履くと、ドタドタを慌ただしい物音を立て、この家のリビングへと向かうのだった。
「あーっ、ようやく寝ぼすけさんのお出ましね!」
リビングに入るや否や、チサトの声がクロードの耳を突いた。その隣ではレナがくすくすと笑っている。みんなは長方形の長机を取り囲みながら朝食を取っていたようで、チサトの向かいにはエルネスト、そしてレナの向かいの席には三つ目の金髪女性、オペラの姿があった。食卓にはサンドイッチが並び、クロードの分と思われるものが少しだけ残してある。
「うふふ、クロードくん、よく眠れた?」
「すみません、オペラさん。遅くなってしまって」
「いいのよ別に。そんなことより、ほんと久しぶりね!」
「そうですね、お久しぶりです」
この家に居ることを知っていたためか、クロードはオペラの姿を見ても大して驚かなかったが、それでも気分は相当高ぶっているようだった。
その一方でオペラはにこりとクロードに話しかけたのち、華奢な両腕の中ですやすやと眠る娘に目を落とした。
「この子ったら、せっかくクロードくんが起きて来たっていうのに、ずっと寝ちゃって……」
「あっ、もしかしてこの子が……」
「そうよ、どう? 私とエルの子どもは?」
彼女の腕の中には半年前に産まれたエルネストとオペラの娘ローラが、すやすやと気持ちよさ気に眠っていったのだった。
「うわぁ、すっごく可愛いですね!」
クロードは赤ちゃんの顔を覗き込んだ。まだ生えたての柔らかそうな金髪。その下には親譲りの三つ目が、揃って綺麗に閉じている。片指をくわえ、よだれを垂らしながら夢を見ているその可愛さに、クロードはついつい心打たれてしまうのだった。
「ふふふ……そうだろうそうだろう?」
オペラの隣に座っていたエルネストが彼女の腕からひょいと娘を抱き上げる。だがその途端、心地よい眠りを邪魔してしまったのか、ふわりとローラの目が開いてしまった。
「わわっ! エルネストさん、起きちゃいましたよ……」
それに気づいたクロードはついつい慌てて声を上げてしまった。
「ぬっ……ロ、ローラ、ごめんよ。ほれ、よーしよし……」
エルネストがあわててローラをあやそうと、その小さな体を軽く揺すり始める。
眠りを妨げられたばかりか、見知らぬ人が近くにいる恐怖で娘は泣き叫ぶだろう。恐らくエルネストはそう思ったに違いない。だがローラは驚いた表情一つ見せず、三つの眼でじっとクロードを見据えていたのだった
「おや、珍しいな。クロードを見ても全然泣かないぞ?」
「ほんとね。昨日の夕方、レナちゃんとチサトに顔合わせをしたときはわんわん泣いていたのに……」
予想外のことに、エルネストとオペラは驚いた。
「ちょっとー!? なんであんただけローラちゃんに怖がられないのよ!?」
「確かに、ちょっとヘコむかも……」
昨日の夕方、クロードが爆睡している間に目を覚まし、そしてご対面したローラに泣かれてしまったチサトとレナは、ローラがクロードにだけ笑顔を振りまいていることに納得のいかないようだった。
クロードは不思議に思いながらも、ぷにぷにしたほっぺの感触を確かめたく、自分の指をつんつんとそこに当ててみる。するとローラは笑顔になり、きゃっきゃと嬉しそうな声をあげながら両手両足をくねくねと動かすのだった。
「あら、まさか……?」
そんな愛娘の様子を見たオペラは、ローラが泣かなかった理由に気がついたようだ。
「この子ったら、ハンサムな男の子が好きなんじゃないかしら? クロードくんみたいにね」
「まーっ、もうそんなマセた子になっちゃってるの!?」
それを聞いたチサトは呆れ口でそう言った。
「だってそうとしか考えられないでしょ? ……そうだわ、レナちゃん! ちょっとクロードくんと変わってみて?」
「えっ……?」
何かを閃いたオペラに、ひょいひょいとレナは手招きされる。既に嫌な予感がしていたため最初こそ躊躇っていたが、「ほら早く早く!」と言い続けるオペラの催促に折れてしまい、仕方なく席を立つとローラの傍へ近づいた。そして同時にクロードがローラのそばから離れようとすると……
「うっ…う……うわぁぁぁあああぁぁぁんん!!!」
案の定を、ローラは大声を上げて泣き出したのだった。それを見たレナは複雑な心境で苦笑いしながら、この夫婦のほうへと目を向ける。
「オペラさん、エルネストさん。将来は娘さんの男好きで苦労しそうですね……」
「あははっ。そうね、ほんと私に似ちゃって……」
「…………」
楽観的に笑うオペラとは対照的に、父親として早くも悩みの種を抱え込むことになったエルネストは無言で表情を凍りつかせた。そしてそんな親の気も知れず、ローラはクロードが再び構ってくれるようになると、一瞬でけろりと泣きやんだのであった。
「ま、まだまだ先の話だから大丈夫ですよ、エルネストさん」
レナがエルネストにそう言ったが、エルネストにその言葉は届いていないようだった。
「うう……俺のローラがほかの男に……うおおぉぉぉぉぉ!!」
「ちょ、ちょっとエルネストさん!?」
エルネストは涙目でローラをがばっと頬元へと抱きよせると、なんとそのまま自分の顎鬚ですりすりと娘を撫で始めた。
するとローラはくすぐったくも気持ちがいいのか、大喜びではしゃぎ始める。その様子を見たエルネストの目には、再び白い輝きが戻った。
「お、おい、見たか今の笑い顔!? やっぱローラはまだまだクロードなんかより俺のことが大好きなんだな!」
晴れわたる声でそう言いながら自分で勝手に満足し、エルネストはその後何度も何度もローラの頬を鬚で撫でまわすのだった。
その光景はまさしく親バカそのものである。かつての冒険で抱いていた、知識と智謀溢れるエルネストのイメージがクロード達の脳内からどんどん崩壊していく。
「……僕も父親になったら、あんなふうになってしまうのかな……?」
クロードはオペラの隣の席に座り、皿に残されていたサンドイッチに手を伸ばした。あれだけぐっすり眠った後だというのに、もう色々と疲れを感じる。
子供が生まれると女性は母性本能が強くなるとよく言われる。しかし男も男で思考が変わるものだと、その良い実例を目の当たりにする朝になってしまった。
「そーいや、確か誰かさんも似たような事になってたような……?」
「ああ、そうだね……」
そしてレナとクロードには、エルネスト以外にもこのような行動に走りそうな父親に身に覚えがあり、二人してその男の顔を思い浮かべたのであった。
「……ふぇっくしょい!!」
「あら、あなた風邪?」
「いや、なんでもないさ、ニーネ。ただ俺の噂声が聞こえてきた気がしてな……」
「あら、そうなの。あなたの噂話なんて、物好きな人もいたものねぇ……?」
「う、うるせぇ! んなことより、早くエリスと散歩にでも行こうぜ!」
それからというもの、エルネストは自分の娘について小一時間語り尽くしたのだった。
既におすわりができるようになっただの、オペラに似て将来は美人間違いなしだの、同じような話を延々と続けていたが、やがてクロード達があまり真に受けていない事に気づいたのか、それらが一区切りついたところでコホンと軽く咳をつく。
「……さて、それじゃそろそろ真面目な話に入るとするか」
少し掠れた声でそう言うと、エルネストはテーブルの水を少し口に含み、クロードたちをここに呼んだ理由など、話を本題へと移していくのだった。
「例の渡し物を部屋から取ってくる。ちょっと待っていてくれ」
エルネストはそう言い残すと、クロード達が居るリビングを後にした。メールにも書いてあった“渡したいもの”は、エルネストの部屋で厳重に保管されているものらしい。
いったいどんな代物が出てくるのか。直接自分たちを呼ぶくらいだから相当凄いものなのだろう。期待半分不安半分で待ちわびるクロード達に、ローラを抱いているオペラが話しかけた。
「ところでみんな、昨日はゆっくり眠れたかしら?」
「ええ、そりゃもう!」
その問いかけにチサトが笑顔で答える。
「あんな良いベッドで眠ったの、生まれて初めてだったわ。ありがとうね、オペラ!」
「あら、なかなかおだててくれるわね♪ そんなに高いベッドじゃないのに」
「へっ……!?」
彼女の目からしても、昨夜から今朝まで潜っていたこの家のベッドは相当な高級品であることは容易に見て取れた。少なくともベッドのカーテンを支える支柱は全て純金。そして枕元の装飾は象牙製。あれより高級なベッドがあるのなら見てみたいものである。
「チ、チサトさん! そーいう話題はしないでって言ったじゃないですかっ!」
「ご、ごめんごめん……」
レナがひそひそ声で彼女にそう言うと、チサトは頬を人差し指でぽりぽり掻きながら自分の言動を詫びるのだった。
決してオペラに悪意が無いことは分かっている。けれども金銭感覚の違いとは恐ろしいもので、レナとチサトは貯金を叩いて購入した自宅の格安ベッドのことを思い出すと、改めて惨めな気分になったのだった。
「にしても、クロードくんったら、ほんとよく寝ていたわよね?」
「す、すみません。疲れていたもんで………」
「いいのよ、気にしないで。それに夜中に目が覚めるよりいいんじゃない? あんた達もそのうち分かると思うけど、ほんとに夜泣きは大変よー。私とエルなんか夜中に起こされてばっかりだもの」
オペラにしてみれば、長時間眠り続けられることはさぞ羨ましいことなのだろう。この年の子供は時間帯かまわず頻繁に起きては泣き叫ぶため、それが多少なりとも彼女のストレスになっているようだった。
「……そういえば、この衛星には夜なんてあるんですか?」
クロードがぱっと外を眺めながらふと疑問に思う。オペラの言葉にあったこの衛星の“夜”。外に広がるのは、昨日と何も変わらない、照明に照らされた光景。時の経過を感じさせないその軒並みに、微かな気持ち悪さをずっと感じていた。この場所には時間で風景が変化するという概念があるのだろうか。
「ああ。そりゃあ、ご先祖様は明るくなったら起きて、暗くなったら眠る、って生活を繰り返していたそうだからな。世代が進んだ俺たちも、それは変わらんらしい」
ちょうどその時、一つの小包を抱えてエルネストがリビングに戻ってきた。
「この時計で午後9時から午前6時までの9時間は、外の照明は全部消灯することになっている」
エルネストは少し遠くの棚にある時計を手に取り、そう説明するのだった。
「まぁ、いわゆる仮想の夜を造り出してるってことよ。ちなみに時間帯によって光の色も微妙に調節されていてね。消灯前はオレンジの夕焼け色になったりするのよ」
どの知的生命体も、生活リズムというものはきちんとあるらしい。一日中外が明るいとなれば、それこそ何らかの身体異常がでてしまうのは当然のことだろう。そのためテトラジェネシスでは、人体に合わせて人工的に夜や夕方、朝焼けなどを作り出しているということだ。
「季節の移ろいは無いんですか?」
「それは無いわね。技術的にもまだ難しいんだと思うわ」
「この衛星では水も空気もすべて循環させているからな。無駄なことにはエネルギーは使えないのさ」
ただ点々と光の定期点滅が繰り返され、無駄な要素は全て排除された、ある意味最も合理的な環境システムをもつテトラジェネシス。自然こそ存在しないが、気温も湿度もすべてコントロールされた快適な暮らしが、ここでは約束されている。それはそれでよいことなのだろう。
チサトが居るためにここではタブーだが、さらに技術の進んだエナジーネーデが自然の景観を人工的に作り出そうとしたことも頷ける。クロードは鳥のさえずり声さえも聞こえない空間を眺めながら、頭の中でそういった思考にふけるのだった。
「さて、それじゃ待たせたな。これを見てくれ」
複雑な心境の三人に対してエルネストはそう声をかけると、手にしていた小包をそっと机の上に置いた。ベージュ色の布に包まれているそれを、エルネストは丁寧に開いていく。
やがて全ての包装が解放されると、そこには黒表紙に銀色の文字が刻み込まれた一冊の古文書が姿を現したのだった。あちこちにキズや汚れがあり、状態は決して良くはない。それゆえの厳重管理なのだろう。
「これはまた珍しそうなものを……」
クロードより先にチサトがそれを慎重に手に取り、色々な角度から眺めはじめた。
「ふむふむ……」
「おいおいチサト。取材してもらいに呼んだんじゃないんだぞ」
「んー、大丈夫よ。これじゃちょっとインパクト不足みたいだし」
“世紀の大発見”とでも銘打ってスクープにでもするつもりだったらしいが、得体の知れないその物体は記事にするには物足りないものと知るや否や、たちまち興味を失ったチサトはテーブルの上に古文書をそっと戻すのだった。
だがクロードとレナはその古文書から、なんとも形容し難い不思議なオーラを感じ取っていた。そう。どこかで見覚えがあるような……
「あの、エルネストさん……」
クロードより先に、レナがその感触をエルネストに告げた。
「なんだか私達がクロス洞窟で見つけた古文書と文字が似てるような気がするんですけど、気のせいでしょうか?」
「ふむ、よく気が付いたな、レナ」
エルネストはそう言って古文書を指さした。
「実はその古文書はな、かつてネーデに征服されていた惑星の遺跡から、俺の仲間が偶然見つけたものだ」
その言葉に、古文書の古びかしい香りを嗅いでいたチサトがぴくりと反応した。
「大昔の……ネーデの……?」
「ああ、古代ネーデ系の言語で書かれた、それも恐らく30億年以上も昔のものだ……」
「ってことは、私が産まれるよりずっと前の……」
レナはそっと古文書を手にすると、ぱらぱらとそのページをめくり始めた。エルネストは煙草に火をつけると、少し期待を込めるようにレナに訊ねる。
「どうだ、レナ?」
「……うーん、やっぱり何が書かれているのか分からないわ。けど、なんだか不思議な感じがする……」
読めるわけがないのは分かっていたが、興味深いものではある。意味は分からずとも、自然とページを捲る手は進んでいく。
そんなレナを横目に、エルネストは煙草の先端を灰皿にとんとんと叩きつけた。
「それでクロード、お前を呼んだ理由だがな。確かエクスペルに、クロス洞窟の古文書を解読した言語学者が居ただろ?」
「はい。キースさんのことですね?」
クロードはふと、懐かしい人物の姿を思い起こした。リンガにすむ言語学者キース。かつてクロス洞穴の古文書を解読した男だ。
「そうだ。彼にその古文書の解読を依頼してきてくれないか?」
そう言うとエルネストはクロードを静かに見つめた。相変わらずこういう時にエルネストが作り出す雰囲気は、物事を断りにくくする空気を漂わせていた。
だが彼が言うことにも一理ある。なにせキースが4年前に分析した古文書は古代ネーデに深い関連があったからだ。
つまり彼には古代ネーデ系の言語を解読する能力があるということであり、今回の古文書もネーデ関連のものならば、依頼するのも悪くは無いだろう。キースもこういった面白い仕事には食いついてくれるはずだ。
「そういうことですか。別にかまいませんよ。要はエクスペルまで少しおつかいをして欲しいと……?」
「ああ、そういうことだ。本当に悪いな……」
エルネストは両目をつむり俯いた。仲間をパシりのように扱うことになるため、申し訳なく思っているのだろう。
「いえいえ。でも、それくらいエルネストさんなら一人で行けるのでは……?」
クロードが少し疑問に思う。なにせ彼は少し前まで宇宙を又にかけ、あちこちを飛び交っていたのだ。エクスペルにだって単身で来た経緯もある。未開惑星保護条約などで縛られるような人間ではない。
「いや、たとえ俺が言ったところで、そのキースという学者との面識が無いからな。こればっかりはお前たちじゃないと無理なのさ」
そして彼は付け加えるように、
「それにまあ……未開惑星に一人で行くと遺跡探索という誘惑に負けて、またオペラを置き去りにしてしまいそうだからな……」
そう言って恥ずかしそうに笑うエルネストの隣には、にっこり笑うオペラと、娘のローラの姿があった。
こんな彼でも、今や一児の父である。父親の自覚がエルネストにあることは、先ほどのローラとのやり取りで嫌というほどクロードは思い知っていた。
「そうですか……わかりました。行きましょう」
クロードはそう言うと、エルネストの話を快く承諾した。こういうことなら断る理由がない。
「ちょ、ちょっとクロード! 未開惑星保護条約は大丈夫なの?」
レナの意見の正しさはクロードも承知の上だった。エクスペルに行く最大の障害。それが未開惑星保護条約である。
「ああ、なんとかランサーさんに交信して掛け合ってみるよ」
「で、でも……許してくれるかしら? そもそも私たちがここに居ることも内緒なわけだし……」
「それなら俺のほうから伝えといてやろう。銀河考古学会からの依頼でクロードをここに呼び寄せたと伝えれば、多少は罰則も緩くなるだろう」
「エルネストさん……」
エルネストのほうもクロード達がエクスペルを訪問できるよう、事前に色々と策を練っていたようだ。
エナジーネーデやエディフィスの件を受け、銀河連邦内では古代超文明の調査の重要性が再認識され、それを担う銀河考古学会の権力はここ数年で飛躍的に伸びていた。
エルネストは過去の業績からも学会内では最高クラスの地位に就いており、クロードが今テトラジェネシスに居ること、およびエクスペルへの派遣要請をすること、この二点について直接、連邦に説明をしてくれると言ってくれた。
彼ほどの人物からの依頼ともなれば、銀河連邦本部も多少の条約違反は容認してくれるだろうということだ。
「ちゃんとした理由があるし、僕も頑張ってみるよ。それに……」
クロードは少し照れた様子で話を続ける。
「それに……地球で約束しただろ? この任務が終わったら、レナがエクスペルに行けるようにするって」
「クロード……」
クロードのその言葉にレナの瞳が潤む。地球で約束したこと。それを覚えていてくれて、それを達成しようと頑張るクロードの誠実さにレナは胸が熱くなるのだった。
「……でも、私達の宇宙船でエクスペルまで行けるのかしら?」
そんなクロード達とエルネストの会話を横から聞いていたチサトが尋ねた。
「エクスペルの正確な位置を記した座標は、確か私たちの宇宙船にはインプットされてなかった気がするんだけど……」
未開惑星エクスペルへの自動運転コードをデフォルトで備えつけた宇宙船は、今のところ存在しない。もしエクスペルに向かいたいのなら、自力でそのコードを入力しなければならない。
「そうだな。それなら一回、地球に戻らなきゃだめか……」
本当のところランサーから通信で許可を得たら、宇宙に来たこの足でそのままエクスペルへと向かいたいところだった。だが、エクスペルの座標が分からないのなら、今から直接向かう事は無理だ。一度連邦本部に戻り、座標情報を入手する必要がある。
「心配するなクロード。そのあたりは、既にきちんと手を打ってある」
だが、そんなことは予想済みと言わんばかりにエルネストがにやりと笑った。
「これだろ?」
そう言うとエルネストはゴソッとポケットの中に手を突っ込み、そこから一枚の紙切れを取り出す。
「これは……。もしかして、エクスペルの!?」
「ああ。俺がエクスペルでお前たちに出会ったあの時、遺跡調査に赴くために入手したものさ」
少し流れ字で書かれた文字が羅列してあるその紙きれ。どうやらこれがエクスペルの座標らしい。そう、かつては連邦黙認の未開惑星保護条約の違反常習者であった彼は、あちこちの未開惑星の座標の持ち主でもあったのだ。
エルネストの言う数年前、どのような経緯で彼がこれらを入手したのか? 非合法な臭いがぷんぷんするが、そういった話は今は置いておくことにする。
「……やっぱり、エルネストさんはエルネストさんですね」
そんなエルネストを呆れたように笑いながら、クロードは渡された紙をすっと受け取った。その一枚に、クロードは自分を取り巻く何かの連鎖のようなものを感じる。
エクスペル。この星が自分を呼んでいるような、そんな気がしてならないのだった。