23.第二章 第三話




 通信機で交信を始めると、ランサーはすぐに応答してくれた。

「クロードか。えらく時間がかかったみたいだな?」
「すみません。いろいろと事件が重なりまして……」
「ふむ。それはいいとして、どうしてお前達はテトラジェネシスなんかに居るんだ?」

 連邦の通信機では、相手が今どこに居るのか分かるよう、電波の送り先を逆探知されるようになっている。てっきり惑星ロザリスで任務にあたっていると思い込んでいたクロードが、なぜテトラジェネシスに居るのか、ランサーはその理由を問いただしてきた。

 クロードは今まであったことを一から正直に話した。アルフレッドのこと、ロザリスから惑星外兵器を回収したということ、テトラジェネシスにはもともと用事があったため任務後に立ち寄ろうと考えていたこと、そして古文書解読のためにこれからエクスペルに向かう許可が欲しいということ。最後の二件に関してはエルネストが補足として直接ランサーに説明してくれた。

 一通りの説明を受けたランサーは、しばらく返事をよこさずに考え込んでいたが、やがて重そうなその口を開いた。

「……わかった。今回の件に関しては大目に見てやる。エクスペルに行くことも目をつむってやろう。その代わり、アルフレッドとやらの件に関しては、これからもしっかり働いてもらうぞ」
「は、はいっ。ありがとうございます!」
「まぁ、詳しい報告は地球に帰ってきてからしてくれ。それじゃあ、気をつけてな」
「はっ。頑張ってきます!」

 クロードがそう言い終えると、通信は向こうからぷつりと切れた。もう少し説得に時間を要すると覚悟していたクロードは、あまりにあっさりとエクスペル行きが許可されたことに拍子が抜けてしまった。

「なんだか、けっこう連邦って法に緩かったりするのね」

 レナも意外だと言わんばかりに呟く。

「ま、おれの実力もあるだろうが、基本的に軍事干渉しなければ大罪になることはないさ。あんまり気にしていないと思うぜ。よかったな」
「……ありがとうございます。それでは、僕たちはさっそく宇宙船の準備をしてきますね」

 とりあえず、ランサーから正式に許可がおりたということで一安心したクロードとレナは、宇宙船の整備や座標入力等の準備を行うためにエルネストの自宅を後にし、二人で空港へと向かうことにしたのだった。





「へぇ、衛星都市って、写真でしか見たことが無かったから実際はどんなものか分からなかったけど……」

 一方、こちらは宇宙船へと向かったクロードらと別行動をとり、一人記事ネタ探しに街へと繰り出していたチサトである。

「意外と違和感って無いものなのねぇ……」

 今日もオペラの家に泊めてもらうことになり、朝から晩までは時間を自由に使う事ができるということで、彼女はエルネストの自宅から少し離れた、マンションやショップが立ち並ぶ郊外まで足を運んでいた。

 改めて周囲を見渡すと、ここも地球の都市と変わらないほどの栄えぶりを見せている。平日の昼間という事もあり、外回り中のサラリーマンたちが慌しく街を行き来している。

 閉塞空間内にある都市。地球と違う点といえば先ほどから何度も話題になっていることだが、遠くに見える風景が青空ではなくて、壁にいくつもの窓が付いたような灰色の壁だということだろう。

「って、そんな事より……」

 チサトは自分のすぐ横を過ぎていった若者グループに、何だか背筋がぞっとするような悪寒を感じた。

「ほんと、ここまで三つ目の人達に囲まれたら、なんだか気分が悪くなってくるわね」

 都会を埋め尽くす人々。その各々には地球にいる人とは異なり、額にもう一つの目がついている。そう、オペラをはじめとしてテトラジェネスは三つ目なのだ。

 言いかえればそれだけ多くの視線を感じるということ。しかもチサトはこの場所では珍しい“目が二つしかない”人間だ。街中では彼女に対し、自然と突き刺さるような注目が向けられていたのであった。

「ああ、気分悪いわ……」

 もうこんな星はこりごりだと言わんばかりの形相で、うんざりと眼前に掌を当てるチサト。だが、そんな弱音を吐いていては記者などやっていけない。この程度で参っているようでは、記者として失格だと心に言い聞かせる。

「そうよ、オペラみたいに豪華なベッドを買うには、革新的な記事を書き続けないといけない訳だし!」

 チサトは軽く顔を振って、少し汗が浸る前髪を脇へとなびかせた。

「まぁ、虎穴に入らずんば……って言うもんね。がんばらなくっちゃ!!」

 新たなモチベーションとして“オペラの家のベッドを買うこと”を設定し、とりあえず気を取り直したチサトは、はたから見れば異星人だらけのこの街路を再び歩き始めた。





 その後しばらく、チサトは何か面白そうな事が無いかを探し、迷路のように入り組んだ大都会を何時間もさまよい続けた。だが、これといって事件らしい事件や珍事に遭遇することはなかった。先進惑星であると同時に非常に治安の良いとされているテトラジェネシスでは、年間を通してみても事件は少ないようだ。

「なんで最近、こんなにもツイてないのかしら………?」

 事件が少ないということは喜ばしいことだが、それは新聞記者のチサトから仕事を奪うということであり、それに彼女は頭を痛める。折角クロード達の後をつけてここまで来たというのに、まだ何一つ収穫が無いままだ。

 とりあえず気晴らしにということで、チサトはたまたま目についた大型書店内の雑誌コーナーに向かうことにした。

 店内のラインナップを眺めてみると、美容、ファッション、スポーツ、ビジネス……等、地球と同様様々なジャンル雑誌が並んでいる。

 記事というのはなにもその日の事件や出来事を報道するだけではない。様々な文化を紹介するのも立派な役目である。

 チサトはもともとそういった記事を書くのは好きではないが、ここまでスクープが無いとやむをえない。

 ちょっとはこの星の文化も知っておいたほうがいいだろう。そう判断したチサトは、この衛星の大衆雑誌に目を向けてみようという結論に達した。もしかしたら何か地球とは大違いの文化が見つかるかもしれない。そう、例えば太陽が無い故に、日焼けサロンが大流行しているとか。

「………」

 そんなことを考えながら、マンガ雑誌を立ち読みする男子高校生らしきテトラジェネスの隣でしばらく大衆誌と睨めっこをしていたチサトだったが、たいして面白そうな話が舞い込んでくる訳でもなく、これにもたちまち飽きてしまう。

「私ったら……今週の運勢が悪かったりするのかしら?」

 いつの間にか女性向けの週刊誌を手に取り、ぱらぱらと占いコーナーを探し始めていた。毎朝テレビの占いに一喜一憂するレナなどとは違い、元々あまりこういうものに興味を示さないチサトであったが、それでもあまりに退屈だったためか、それさえも面白そうに思えてくる。

 クロード達の取材に失敗し、テトラジェネシスでもネタが見つからない。果たして自分の不運は当たっているのだろうか。それが少し気になった。

「って、なにこれ、全然だめだめじゃない……」

 案の定、今週のチサトの運勢順位は最下位。「仕事で空回りすることが多そう」とのことだった。雑誌を握る力でシワがくしゃりと入り、隣で立ち読みをしていた男子高校生はそんな彼女に恐れをなし立ち去って行ってしまった。

「あーもう! あったまきちゃう!」

 パタンと雑誌を閉じたチサトは、それを元あった場所にズボッと差し込むように戻す。その乱暴さに周囲の人々から冷たい視線が向けられたが、チサトはそんな事には気にもかけず、さっさとその場から離れていく。

「とりあえず、今週はおとなしくしとけってことね。とほほ……」

 店の自動ドアを潜り抜けたチサトは、自分の運勢をこうも簡単に的中させられたことに腹を立てていた。しかしこれを期に占いの凄さを初めて知ったのも事実であり、今回ばかりはそれに従っておこうと、溜息交じりにがっくりと肩を落とすのであった。





「ねえ! おばちゃん!?」
「は、はひっ!?」

 その後、そのまま書店を後にしようとしたチサトだったが、彼女のスカートの裾が突然小さい子供に掴まれてしまう。

 がくんとバランスを崩し、危うく転びそうになったチサトはついついその子供に怒鳴ってしまった。

「ちょ、ちょっとあんた、どこ触ってんのよ!? ってか、おばちゃんじゃなくて、せめてお姉さんと呼びなさいよね!」
「……ごめんなさい、お姉さん」

 怒るチサトにしょげる男の子。それを見たチサトは、「まぁ、この子ったら、意外と素直で可愛いじゃない」と、尖らせた口を緩めるのだった。

 子供らしい態度に軽く母性本能が擽られる。どうせ暇でやることの無かったチサトは、まぁ話があるのなら聞いてやろうと思い、

「ん、まぁいいわ。ぼく、何か用かしら?」

 そう言って男の子の視線に合わせるよう、少し腰を屈めてしゃがみこんだ。

 見た感じ、5〜6歳くらいの子供だろうか。テトラジェネスの子供にしては、身なりがとても貧相に見える。おそらく貧しい家庭の子供なのだろう。

「うん。おば…………じゃなくって、お姉さんにこれを見てほしいんだ!」

 男の子はそう言うと、手にしていた青表紙の絵本を小さな手で少しずつ捲り始めた。それは小さな小さな児童書で、特別華美な製本技術も使われていない、ごく一般的に流通していそうなものだった。

「これ………」

 そう呟いて男の子が開いたページ。それは、何の変哲もない物語の一風景。岩山で少年が一人、果物を食べながら歩いている場面だった。

 晴れた空に崖下を流れる川。あまりにも普通の展開に、あまりにも普通すぎる光景。その本にチサトは何の違和感もなかった。

「えっと…………」

 いきなりの理解不能な問いかけに少し混乱するチサト。子供とはよく訳の分からない質問をするものだが、今回もその類なのだろうかと思う。

「ぼく? 何が聞きたいのかしら?」

 チサトがゆっくりと聞き返す。

「お姉さんって…ここの人じゃないよね?」

 少し掠れた声で男の子はそう言った。

「……どうしてそう思うの?」
「だってお姉さん、おでこに目が付いてないもん!」

 男の子はそう言って、額にある奥深い瞳をくりっとチサトへと向けた。その瞬間にチサトははっと思い出す。自分は他惑星の人間であることがバレバレであり、加えてここには自然というものが全く無いということも。

「お姉さんは、きっとこことは違う、どこか遠くの場所から来た人だよね!?」
「ええ、そうよ……」

 こんな小さな男の子に素性を簡単に当てられ、なんだか少し複雑な気持ちになりながら、チサトはそう答えた。

「だったら……もしかしたら、僕たちが知らないような事とかも、もちろん知ってるよね?」
「………かもしれないわね」
「なら……ここはどこなの?」

 そう言って男の子は、さきほど開いたページをチサトの顔へと近づけた。その表情はあまりにも無垢で、少しチサトは心がチクチクするのを感じた。

「こんなに青い場所。僕はここに行ってみたいんだ!」

 チサトはじっとその絵を見つめた。場面から察するに、どこかの渓谷の描写なのだろう。

「……ちょっと、その本を貸してくれる?」

 チサトがそう言って本に手を伸ばすと、男の子は手に込めていた力をすっと抜いた。大きな文字に、はっきりと分かりやすい絵。そんなページが続くその本を、チサトは巻末までめくり続ける。

(なるほど、やっぱりね……)

 その裏表紙には、“MADE IN THE EARTH”の文字がはっきりと記されていた。その本を男の子に返しながら、チサトは再びその男の子を眺める。

 おそらくこの子の両親は、空や川といった惑星に存在する自然について教えてこなかったのであろう。

 いや。教えることが出来なかったと表現するのが正しいだろうか。そういうものは実際に目で見ないと実感が持てないが、この子の家庭には他惑星に行くだけの経済的な余裕も無いのだろう。

「………………」

 相変わらず男の子はチサトに無邪気な眼差しを向けている。答えを期待しているような純粋な気持ちをぶつけられ、チサトはまた心が痛んだ。説明することも難しいし、かといって他に何もしてあげられない。そんな自分がもどかしく感じた。

「ふぅ……」

 チサトはとりあえずこの子から視線を外し、軽く周囲へと目を泳がせる。外はずっと変わることの無い風景。どこまで行っても白、灰、黒。

 この子は未だ、ここテトラジェネシスを出たことが無いのだろう。そして恐らくは今後もここから外へ出ることは無い。生活水準を映し出すその格好が、それを生々しく物語っていた。

「……ごめんなさい、分からないわ」

 とてもでは無いが、この子に真実を話すことが出来なかった。些細なことだが、それでもこの子には残酷な現実を突きつけることになるのだろう。そして、それを知ったこの子は親にこれからも訊ね続けるだろう。結果その家庭がどうなってゆくのか、チサトには容易に想像できた。

「……そう、わかった」

 しょんぼりと俯くその小さな姿に、チサトはさらに胸が締め付けられた。自分はこんな小さい男の子の夢を簡単に壊してしまっているのだ。

 巡り巡る罪悪感。これも仕方の無いことだと、必死に自分に言い聞かせるしかなかった。

「ごめんなさい、おばちゃん。それじゃあぼく、そろそろ帰らなきゃ……」

 そんなチサトの心境に気が付いたのか、はたまた帰りが遅いと母親に怒られるからだろうか。男の子は小さな声でそう言った。

「いいえ、こちらこそ力になれなくてごめんね……」

 チサトはそう言ってから、座り込んでいた姿勢を解き、すっと立ち上がる

「ぼく、名前は?」
「……シファーダ」
「そう。シファーダ君、確かに今はまだ行けない場所かもしれないけれど、いつかそこに行けるようになるわよ」
「……本当に?」
「ええ。それはあなたの努力次第よ。本当のことを知ろうとする気持ち。それを大切にしていれば、きっといつかね……」

 チサトはそう言って、ちらっと時計を眺めるふりをした。

「あら、もうこんな時間ね? お姉さんもそろそろ行かなきゃ。じゃあね、シファーダ君」

 実際に何か予定があるわけでは無かったが、チサトはなぜかこの場を離れたかった。適当に理由をでっち上げると、ばいばいとシファーダに手を振る。

「うん。僕、大きくなったら絶対にここに行くよ!」

 3つの瞳に少しだけ輝きが戻った少年。彼はそのままチサトに手を振り、どこかに立ち去ってしまった。

「それじゃあね。ありがとう、二つ目のおばちゃん!」

 たたっと去り行く少年が残した自分の”おばちゃん”という呼び名にも、今は不思議と怒る気がしない。そのままその輪郭がぼやけて行くのを、チサトはそっと見送ったのだった。

「そう。真実なんて、自分自身の目で確かめないと分からないもの………」

 そう呟くと、チサトの脳裏にはふと惑星ロザリスで視界に映った、正体不明のネーデ人の姿がよぎったのであった。





 その頃一方、ここは誰とも知らぬ宇宙のとある場所。近くに星は無く、ちらつく遙か彼方の恒星の輝きが、無数の針の先端のように不気味な雰囲気をかもしだしている、そんな宙域。

 黒いキャンパスに輝く液体を撒いたかのような、遥か遠くで起こった超新星爆発の光を背景に、一隻の巨大な宇宙船がゆらゆらと運行していた。

「無事、任務を達成して参りました……」

 その艦の最上部にある一室にて、男2人が話をしている。淡い赤色を基調とした、いかにも高級感溢れ、しかしどこか重圧を感じさせるようなその部屋。

 広がる宇宙の景色が映し出された大窓の前には、一人のスーツ姿の男が、2〜3人は座れるであろう巨大な黒革椅子にどっしりと足を組んで佇んでいた。

「そうか、ご苦労だったな、サリッサ」
「ははっ。光栄でございます」

 そんな態度の大きな男の目の前に、サリッサと呼ばれた一人の男性が背筋を伸ばして立っていた。見たところ、この2人は主従関係。黒革椅子に座るスーツの男がサリッサと呼ばれたこの中肉の男性を従えているようである。

「しかし……どうやら銀河連邦との接触があったようだな……?」

 そう言うと、スーツの男は目の前にある机に置いてあるワイングラスを手に取る。

「えぇ。どうも連邦の軍人らしき若者に追跡されまして。しかし……」

 威圧感のある主人の前ではあるが、サリッサは落ち着いて事情を説明していく。

「特に我々の尻尾を掴ませるような痕跡を残すようなことはしておりませんのでご安心ください。名前も“アルフレッド”という偽名で誤魔化しました」
「……まぁ、お前のことは信頼しているし、大丈夫なのだろう。それに、そろそろ連邦も目を向ける頃だと思っていたしな」

 そう言って男はグビッとワインを一口で飲み干す。

「計画は完璧でございます。ブーシー達もきちんと保存しておりますし……」

 サリッサは少し調子づいたような顔つきになりながら、自分の功績を並べていく。それを受けてスーツの男はすっと立ち上がると、大窓へと足を進めていく。そして宇宙の景色を眺めながら、手を背中の後ろで組んだ。

「お前が優秀なのは分かっている。だが傲慢にはなるな。銀河連邦を舐めてはいけない。次のミッションのコンプリート。今はそれだけを頭にいれておけ」

 独特の重みがある低い声で、男はそうサリッサに向けて言い放った。

「はっ。仰せのままに……」

 深々と頭を下げるサリッサ。彼はしばらくはその体制を続けるのであった。

「ふふ。何もかも順調だ……」



――――ごうんごうん…――――



 静かな音を船内に響かせながら、宇宙船は銀河の偏狭をゆっくりと駆けていった。