14.第一章 第六話




 繰り返される波の音が響きわたり、凪が二人の髪先にそよそよと伝わる。

 港町ケロックに着いたクロード達は、その中に入っても途切れていない車輪の後を追いかけるべく、町のメインストリートを駆け抜けていた。

 このケロックという町は一見したところ、規模的にはネステードの村と同程度な感じがする。だが建ち並ぶ家々はネステードのそれと比べてレンガの組み方がしっかりしており、少々強固な造りになっているようである。

 また浜辺には漁用のネットなどがあちこちで乾かされており、その隣にはなにかの海藻を干す老夫人の姿が見える。どうやらここは港町のなかでも漁港としての色合いが強いようだ。

「馬車は港の一番奥に向かったみたいね……」

 レナが走りながらクロードに声をかけた。彼女の言う通り、馬車の跡は港の最も奥のごちゃごちゃした区域まで続いているように見える。

「ああ、そうみたいだね。港から出港してないことを祈るよ……」

 仮に出港してしまっていたら、クロード達がアルフレッドに追いつく確率は極端に低くなるだろう。そうなってしまう前に追いつかなくてはいけない。

 一抹の不安と焦燥感を抱えながら、クロードとレナは港の再奥地と思われる場所に到着した。海に突き出すよう人工的に土砂で埋めたてられ、杭で補強をされた波止場のような場所だ。

 そして今まで追いかけてきた車輪の跡は、ここで見事に途切れていることに二人は気がついたのだった。その先には馬車を海側へ引きずったような痕跡も残っている。

「はぁ、はぁ……これって………?」
「……くそっ!」

 クロードは事態を認識すると悔しそうに拳を握りしめた。さざ波が静かに響き渡り、それはまるでクロード達に手遅れだということを告げるかのようだった。

 二人の目の前には、すでに蛻の殻となった船着き場が広がっていた。波打ち際の傍に置かれた長い木の板には、まだ乾ききっていない泥の足跡がついていた。誰かがこれを馬車の積み込みに利用してから、そう時間がたっていないということだ。

 あのブーシーの群れがいなければ間に合ったかもしれない。クロードとレナは自分たちの不運を嘆くのだった。

「あっちの倉庫も空っぽみたいね……」

 レナが指さす先には、船着き場の傍に佇む倉庫があった。大きな扉つき建屋が5つ。おそらくここで取引される貨物を保存するためにあるのだろう。

 クロードはその倉庫のほうへと歩いて行き、少し中の様子を確認した。ブーシー20頭ほどが楽々入るほど広いその中に、今は何も置かれていなかった。だが奥のほうまで足を進めてみると、なにやら妙な痕跡があった。

「この粉はブーシーを落ち着かせた……」

 倉庫作業員の休憩用のものと思われる机と椅子の下には、僅かではあるが見覚えのある黄色い粉が落ちていた。

 黒土の上で不自然に点々と散った粉を手に取ると、クロードはそれをくんくんと鼻先で嗅いでみる。それは間違いなく、昨日アルフレッドがブーシーに捲いたときと同じ臭みを放っていた。

「これはアルフレッドの粉だ……」
「クロード、これってもしかして……」
「ああ、間違いないよ。アルフレッドはここでブーシー達を保管し、僕らがここに来る前にそれを全部船に積み込んで逃げたんだ!」

 アルフレッドがここにブーシーを保管し、それらを先ほど船に積み込んだと考えれば辻褄があう。これが決定的な証拠である。

「……でも、こんなに大きな倉庫をどうやって借りたのかしら? アルフレッドは町の人からすればよそ者なわけだし……」
「確かにね。中身がブーシーだって知ったら許すわけがないよな?」
「ええ。それにブーシーを運ぶのは流石にアルフレッド一人じゃ無理だわ。他に協力者がいるってことよね……?」
「……つまりアルフレッド以外にも何人か、他惑星の人間がいたってことか!」

 アルフレッドは恐らくここに収納するものを知らせずに倉庫を借りたのだろう。それがブーシーだと町の人に知られれば、彼は即座に罪人扱いされてしまうからだ。

 つまり、彼はこの町の人々の手を一切借りることなく積み荷作業を進めたことになる。しかし何頭ものブーシーを一人で船に積み込むのは無理だ。

 それはすなわち、アルフレッド以外にも未開惑星保護条約違反の仲間がいるということを示唆していた。

「詳しい話を聞きに戻ってみない?」

 レナがクロードにそう提案する。

「まずは当時の状況を調べなきゃいけないわ」
「そうだね、港を管理してる人を探して、アルフレッドのことについて尋ねてみるか」

 とりあえずは情報が無いことにはこの先なにも始まらない。まずは、彼らがここに来たときのこと、そして先ほど船を出したことについて知っている人を見つけ、話を聞きたいところだ。

 諦めるのはまだ早い。クロードとレナは疲れた足を再び動かし、町の方へと走っていった。





 町は漁師が多いということもあり、昼間の人通りは少なかった。

 クロードがとある夫人に、「今日出た船の行き先を知りたいがどこへ行けば良いのか?」と尋ねてみたところ、貿易船を管理している建物があるからそこに行けば分かる、という返事が返ってきた。クロードとレナはその場所を教えてもらい、そこへ向かうことにした。 

 ここに何か手がかりがあればよいが、無ければ行き詰まりになってしまう。そう考えるとついつい歩くペースも自然と早くなってしまう。そのためクロードとレナは聞き込みを開始してから10分もしないうちに、一軒の大きな木造の建物にたどり着くことができたのだった。

 外の壁には今日の潮の流れや漁獲状況、定期船情報まで数多くの張り紙がたくさんテープで留めてある。いかにも管理事務所といった感じだ。レナが入口に掲げられた看板を確認すると、クロードの方を向いて頷く。

「どうやらここみたいよ」
「ありがとう。それじゃあ行こうか」

 クロードとレナは少し大きな両扉を押し開け、建物の中へと入っていった。








 建物の中はクセのある樺の匂いがほんのりと漂っていた。中に人はあまり居らず、そしてどことなく薄暗い。寂れた雰囲気の中、奥のカウンターに受付員と思われるおばさんが一人、暇そうに新聞を読んでいる。

「あの、すみません………」
「はいよ。何か用かい?」

 クロード達が声をけると、おばさんはにこにこと快く返事をしてくれた。元気そうな女性だ。体格もいい。どうやら仕事を怠慢していたわけではなく、単純に客が少ないせいで仕事が無かった様子である。

「あの、僕達は今日この町を出港した船についてお伺いしたいんですが……」
「今日かい?」
「はい。そうです。調べて頂けますでしょうか?」
「あんたたちが聞いているのは漁船かい? 貨物船かい? それとも交通船かい?」
「それは……ちょっと分りません。今日の朝、馬車を引き連れてこの町にやって来て、一番奥の港から出発した男がいませんでしたか? 僕たちはその船を探しているんですが……」
「ああ! はいはい、あれね!」

 クロードのその言うと、おばさんは心当たりがあるのかすぐに返事をした。

「この町と王都レッジを結ぶ往復輸送便が毎週出ていてね。なんでも今朝、あんたたちの言う一番奥の港の倉庫を借りていた男が、なにやら大層な貨物を積み込んでいたね。えらく慌ただしかったのを覚えているよ」
「……王都レッジ?」

 クロードはまた聞きなれない街の名前を耳にして表情を濁らせた。

「ああ。この町に必要な物資を週に一度運んできてくれるんだよ。この辺りでは野菜が採れなくて、かといって隣村のネステードは他の街に売る余裕は無いみたいでね。その輸送船も王都に帰るときは積荷が空のことが多くて、そこに自分と荷物を乗せてくれって、今朝その男に突然頼まれたんだよ」
「……そうだったんですか」

 クロードはそう言うとカウンターに肘をつき、頭を抱え込んでしまう。

「なんてこった……」

 この話の通り、どうやらアルフレッドはブーシー共々王都レッジと呼ばれる場所に向かって出航してしまったらしい。明日になればこちらも船に乗れるだろうが、それを待っているほどの時間は無い。宇宙船の場所まで戻り、それに乗って追いかけても今からでは間に合わないだろう。

「ま、まぁまぁ。あんたたちはその貨物船に乗った男を探しているんだろ? ならば歩いて先に王都まで行けばいいじゃないか」

 悩み込むクロードを宥めるようにおばさんは言った。

「えっ。今から出て船の到着に間に合うんですか?」

 クロードが再び顔を上げて問い返す。

「船で王都まで行くには大陸を回り込むようにして行かなきゃならないからね。意外と距離の割には時間がかかるんだよ」

 そう言い終えると、おばさんは下の引き出しから地図を出し説明を始める。それを見てクロードはなるほど、と頷いた。

 地図の記す限りでは、ケロックと王都レッジは山脈一つ隔ててすぐの場所にあった。だが海上にはケロックと王都の間に大きな半島が一つ飛び出しており、船で行くと陸路の倍ほどの距離を、半島を回り込んで進まなければいけない。

 これだけ距離に差があるにもかかわらずアルフレッドが海路を選んだのは、恐らく積荷と共に山を越えるのは厳しいと判断したからであろう。あれほど重いブーシーを何体も運ぶのだから当然ではあるが。

「ほら、ここから北へこの道に沿って、ここの山洞を抜ければ王都に……」

 おばさんは地図を指差しながら説明したが、ここで言葉を途切らせる。

「ああ……そういえば今はこの道は使えないんだった。ごめんよ………」
「……どういうことですか?」

 軽く舌を出して謝るおばさんにクロードが身を乗り出して聞き返した。

「いやね、ここの山洞、カーツ洞窟っていうんだけど………」

 クロードに尋ねられ、おばさんは訳ありげに理由を話し始める。

「ついこの間からだったかねぇ? ここに凶暴な熊の魔物が住み着いちまって、通るに通れないんだよ。王都からの討伐隊もまだ編成中みたいなのさ。気の毒だけど諦めな」

 申し訳なさげに話すおばさんとは対称的に、クロードはそれを聞いて少し安心するのだった。落盤等なら進むことは不可能だが、どうやらそうではないらしい。魔物が根付いているのなら、自分達で倒して進めば済む話である。

 見たところ山脈を越えるにはこの山洞以外に道は無いようであり、ここが通れると通れないでは大違いだ。人目にはばからず害獣を倒すことは未開惑星保護条約に違反しないので、その点でも問題はない。

「分かりました、僕達がその魔物を退治します」
「……ええっ!?」

 それを聞いたおばさんは驚いたかのように声を上げる。

「あんたたちが!? 無理はよしな、今まで何人も襲われて、死人もでているんだよ? 急がば回れって言うじゃないか、来週まで船を待ちなよ?」

 おばさんはクロードとレナをまじまじと見つめながらそう言った。確かに一見したところのガタイは良くない。そもそもちゃんと戦えるのか、そこからして不安だと言いたげな目をしていた。

「それでは間に合いません。それに大丈夫です、腕には自信がありますから」

 クロードはそう言うと腕をまくし上げ、細身ながらもがっしりとした筋肉を見せつけた。

「まぁ? 以外と逞しい体してるんだね。 ……それじゃあ、頼むことにするよ」

 その隆々たる筋肉を目の当たりにしたおばさんは、これなら信頼できると判断したのであろうか、クロードの話にうんと頷いたのであった。

 この町でも洞窟の魔物が深刻な問題になっているのは事実らしいし、本音を言えば討伐を引き受けてくれる人を望んでいたのだろう。

「で、報酬はどれくらい出せばいいんだい?」
「いえ、特にいりませんよ。色々教えて下さったお礼としてって事で」
「おお、なんと……いやぁ悪いねぇ。けど、無理しちゃだめだよ」

 そう言っておばさんはペコッとクロード達に頭を下げた。

(やれやれ、これで何とか追いつけそうなメドがたったな……)

 クロードの胸にもほんの僅かな安堵感がよぎるのだった。





「あの、ちょっといいですか……?」

 それまで黙って二人の会話を傍聴していたレナが突然、クロードの横から話を切り出した。

「話を戻すようになりますけど、その馬車でやって来て貨物船に乗っていった男と、その男が積んだ貨物について、何か教えて頂けませんか?」

 これも大切な情報だ。自分達が勝手に想像していたこと、すなわちブーシーを貨物船で輸送した、という仮説に揺らぎがないかどうかを確かめなければならない。

 もし大きな荷物など運んでない。ということになれば、事件はまた振り出しに戻ってしまうからだ。

 だがそんな事はレナ達の杞憂に終わる。

「ああ、その人達の事だね。なんか詳しくは分からないけど、こーんな大きな木箱を20個から25個くらい、ウチの倉庫に蓄えてから貨物船に乗せてたよ」

 おばさんはそう言って腕を大きく広げた。この箱の中にはブーシーが入っていると考えてよさそうだ。

「そ、そんな怪しい貨物を運ぼうとする人に倉庫なんか貸しちゃっても良かったんですか?」
「そりゃあ、そこはそれなりに代価を払ってくれたからねぇ……」
「代価……ですか?」

 クロードが興味深そうに尋ね返す。

「ああ。何にしてもあの方々、世界中でたいそう貴重な品物を扱っている商人らしくてさ。彼は珍しい剣を町で換金して、使用料を払ってくれたんだよ」

 どうやら金ではなく、物でアルフレッドは倉庫を借り占めたらしい。

「これがまた凄い物でさ。強く握りしめると輝くんだよ! そしてその神々しい光で目の前のものが粉々にするのさ。まさに光の剣、ってかんじだったね!」

 目を輝かせておばさんの熱く語る。だが、その話を聞いたクロードとレナの脳裏には4年前のある出来事が浮かび上がったのだった。

「ねぇレナ、確かこれってさ……?」
「ええ、間違いないわ。私も確かこれと同じように感じた記憶があるもの……」

 クロードとレナはひそひそ声で会話をした。その「光の剣」とは、正真正銘フェイズガン、もしくはそれに類似した類の武器の事であろうと。

「あの、もしかしてそのフェイ…………いや、その剣ってこう、引き金を引くと穴から光線が出てくる武器じゃないですか?」
「そう! それそれ。なんだ、あんた達も知っていたのかい?」

 おばさんの表情は嬉々から一変して落胆に変わったようクロードには見えた。珍しい武器だと彼女は信じ込んでいたようだが、クロード達も知っていたことで興ざめしてしまったのだろうか。

「あ、あの………その貰った剣は今どこにありますか?」

 レナがおばさんの気に触れないよう、慎重に尋ねる。

「ああ、それならね。確か町の入り口の雑貨屋の主人が高値で買い取ったはずだよ。その金を私に払ってくれたから、あの男に倉庫や船を貸したのさ。 ……って、妙に細かいこと訊くね。何かあの男たちが悪いものを運んでいたりしたのかい?」

 ここでおばさんがふと気付いたように聞き返した。

「い、いえ。そういうわけでは……。僕たちの仲間かどうかちゃんと確認したくて……」
「なんだ。あんたたちもあの男の仲間だったのかい」
「え、ええ……」

 さすがにブーシーを乗せていたなどと言えるはずもない。この星の住人には伏せなければならない事実だ。

「それじゃ、僕達これから魔物退治に行ってきます……」
「どうもありがとうございました……」

 場の空気の悪さを察知したクロードは、もうここを出ようと決めた。レナも合わせるかのように礼をする。

「あ、ああ。それじゃあ頼んだよ」
「ええ。お任せください。それでは!」

 クロードとレナはそう言って振り向くと、出口の扉に向かってそそくさと歩いていったのだった。






「ふー……最後は気まずかったね………」
「ええ、ちょっと怪しまれていたみたいだし……」

 クロードとレナは船に関する情報を得た建物から少し遠ざかった場所まで駆け足で移動し、そこでようやく一息ついたのだった。とりあえずあの場所から離れたい一心は二人とも一致していたようで、レナに至っては少し冷や汗まじりのようにも見える。

 実際あのおばさんはアルフレッドのことをどのように思っているのか。少なくとも悪く感じているわけではなさそうだが、ブーシーを運んでいたという事実が漏れないことを祈るのみである。

「とりあえず、アルフレッドが売りつけたっていうその武器を回収しに行こうか。未開惑星に先進武器を残したままにはできないし」

 電気はおろか蒸気機関さえまともに発達していない文明である。その武器がこの惑星にとってオーバーテクノロジーなことに間違いは無いだろう。

 アルフレッドは未開惑星保護条約を黄色い粉とオーバーテクノロジー武器、この二つの項目で違反していることになる。これは一刻も早く捕まえなければ、次に何をしでかすかわからない。

「時間がないわ。早く武器を回収して、アルフレッド達よりも早く王都に着けるように魔物を倒しに行きましょう」
「ああ、そうだね」

 最優先事項である武器回収に向け、レナとクロードは町の入り口にある雑貨屋へと急いだのだった。