「あら、ここじゃないかしら?」
レナはちょうど町の入り口付近まで戻ってきたところで、先ほど話で聞いた雑貨店らしき看板を見つけた。
「あ、ほんとだ。雑貨屋って書いてある……って、あれ?」
レナが見つけた店の前には、色々な雑貨が並べられている。しかしこの光景、少し前にどこかで見たような気がしないでもない。そう思ったクロードが店の屋根を見上げると、これまたどこかで見たような看板が吊るされていた。
“ボビィの雑貨屋”
赤く塗られた大きな看板。そこには黒いペンキではっきりとそう書かれていたのだった。
「これって、どこかで見たような……?」
レナもそう言って目を凝らす。
「いや、よく見てみると違うよ。確かネステードで寄ったのは“ポピィ”だったから……」
「えー、そうだったかしら? ちょっと待ってね……」
レナが首を傾げながらネステードで買ったブーシー木細工を鞄から取り出した。まだ値札が付きっぱなしで、その裏面を見ると“雑貨屋ポピィ”の印字がきっちりと押してある。
「ほんとだ! クロード、よく覚えていたわね?」
「あんなキャラの濃い店長、なかなか居ないからね」
「ふふ……そうね………」
「でも紛らわしい名前だね、この二つの雑貨屋は」
クロード達がロザリスの地図を買ったあの店の模倣店なのだろうか? そういう疑惑が芽生えるほどに、店の雰囲気、店頭に置いてある商品のラインナップ、ましては豪快に作られた看板までポピィの店と酷似している。
「ややこしいことするわね。まあいいわ……」
そう言って、レナは先に店に入るクロードに続いていくのだった。
――――チリンチリン――――
ドアを開けるや否や可愛い鈴の音が響く。どこかのお店とは異なる、かわいらしい演出に二人はもしかしたら店主の雰囲気も違うのかも、と少し期待した。だが奥から出てきた大きな人影は二人の期待を軽々と砕いてしまう。
「おう、らっしゃい!」
威勢良く奥から出迎えた店主を見て二人は危うくズッこけそうになった。
「ポ、ポピィさん!?」
「どうして? なんでここにもいるの?」
クロードとレナは店主を指差しながら叫ぶ。二人が突っ込むのもごもっともだ。なにせ店主としてやって来たのは、他でもない、大きな体、身を震わす声、そしてちょびっと蓄えられた口鬚まで、全てがネステードに居たポピィそのものだったからだ。
「おいおい、また兄貴と間違われるのかよ!?」
そんなクロード達の反応を見た店主は、面白げな様子で二人に返事をするのだった。
「えっ、兄貴って…?」
「……いいかお前ら?」
店主は筋肉隆々とした腕を組むと、クロード達にこう言った。
「俺の名前はボビィ、正真正銘、ネステードにいるポピィの弟さ!」
「……ええーーっ!?」
クロードとレナがほぼ同時に声を上げる。確かに兄弟を間違えることはよくある話であり、考えてみればさほど驚くほどではないのだが、それでもこんなに似た兄弟はこれまで見たことが無いといったレベルでポピィとボビィは瓜二つだった。
「その様子だと兄貴を知ってるみたいだな? 俺らボビィとポピィは仲の良い兄弟であると同時に商売敵でもあるのさ、覚えときな!」
ボビィは胸を張った。
「ま、気にするこたぁねぇぜ。間違えられることなんか、よくある事だからな!」
そう言ってボビィはガハハと笑う。髪型、声、目つき、体格、えくぼの位置……笑い方から高圧的な態度まで兄弟そっくりだ。
おまけに名前もややこしいくらいに似せてある。もはや親が故意にやったとしか思えないくらいだ。
この奇跡的そっくりさんを発見してしまったクロードとレナは、しばらく大きく目を見開きながら口を開けて居合わせることしかできなかった。
「ところで今日は何の用だい? 言っておくが、うちは兄貴の所より品揃えはいいぜ!」
「え? あっ、その件ですが実は……」
声をかけられたクロードはようやく我に返り、咄嗟にここに来た理由を述べはじめる。
「先日、アルフレッドという方から物凄い武器を手に入れられたそうで、それをぜひ見せてほしいと思い……」
「ん? ああ、あれか! やっぱあんたも興味あるのか?」
「え、ええ。噂で色々聞きましたので」
「そうかそうか、わかったよ! 今持ってきてやるから、ちょいとそこに座って待ってな」
ボビィはとても機嫌良くクロードの願いを快諾した。やはり珍しい物を持つということは気分のいいものなのだろう。そういった幸せをこれから奪うことになるのだと思うと、クロードは気の毒な気分になった。
だがこれも仕方が無い。あれは本来この星にあってはいけないものなのだ。力づくでも取り返さなければならない。
二人にそんな事情があるとは露知らず、鼻歌交じりに店の奥へ向かうボビィ。兄と間違えられるだけではなく、挙げ句には宝物を取られることになるとは、おそらく今日が彼にとって人生最悪の日になることであろう。
だが、その最悪な出来事は別の形で彼に降りかかってくることとなる。
「ねぇねぇ、クロード?」
「ん、なんだいレナ?」
レナはボビィの姿が見えなくなるや否やクロードに耳打ちをした。
「ポピィさんとボビィさんて、ハニエルになんだか似てない?」
「ハニエルって……あの十賢者の?」
「そうそう、あの豪快な感じ、暑い日に「うおーーー! あっちぃーーー!」とか言ってそうじゃない?」
「あはは、分かる分かる!」
「でしょ? ハニエルも十賢者になる前はあんな感じだったのかなーって?」
「うーん……さすがに雑貨屋は無いと思うけど……」
「あ、たしかに! それは想像できない!」
「あ、あなたーーッ!」
クロードとレナがボビィを十賢者ハニエルになぞらえてそんな談笑していると、突如悲鳴が二人の鼓膜を貫いた。
ボビィじゃない、声の主は女性だ。店の奥からだろうか、そしてすぐにボビーの返事が聞こえてきた。
「お、おいおい!? どうしたシンシア?」
「た、大変! ノロップがカーツ洞窟に!」
「お、おい! なんだって!?」
シンシアと呼ばれた金髪の女性が、血相を変えて店の奥からやって来た。ボビィの奥さんだろうか、左手の薬指には銀色の指輪がはめてある。彼女ははぁはぁと息を切らし、その手には一枚の紙切れが握りしめられていた。
「ちょ、ちょっとあなた! どこにいるのよ?」
シンシアはこの場にクロード達しか居ないことに気が付くと、こちらの存在などお構いなしで必至に旦那を呼ぶのだった。
「おい、何があった!? ノロップがどうしたんだ!?」
少し遅れてボビィが奥から姿を現した。勢いあまって壁に肩がぶつかり、その衝撃で店全体がめりめりと音を立てる。
「こ、これを見て!」
「……………なっ!?」
紙に記された文字を追うボビィの顔がみるみる青ざめていく。その横から、クロードはちらりとボビィの手元で震えるその紙を覗いてみた。
――――――――
パパ、ママ
ひかりのけんで
カーツどうくつの
まものをたおしてくるね
これで、みんな、
よろこんでくれるよね?
――――――――
そこには小さく幼い字でそう書かれていた。
「早く助けに行かねぇと…!」
ボビィは一心不乱に店を出ようとする。だがそんなボビィの太い腕をシンシアの細い手が掴む。
「あなた! あそこの魔物には、この前も人が殺されてるじゃない! 一人で行くなんて無茶よ!」
そう叫ぶシンシアの頬には涙が滲んでいる。
「そんなこと関係ねぇ! 離せ、シンシア!」
「二人とも落ち着いてください!!!」
ボビィがシンシアの腕を振り払おうとしたが、クロードのその一喝ですぐに冷静になり、二人とも黙り込むのだった。一人で洞窟に行くなど自殺行為。冷静に考えれば誰にだって分かることである。
「あの洞窟は危険です!」
「………ああ、分かってる……分かってるさ。でもあそこには俺達の息子が……」
「それも分かっています。だから………僕たちが行きます!」
クロードはそう言うと自分の胸をパンと掌で叩いた。
状況から察するに、光の剣(アルフレッドが売りつけた武器だと思われる)を見つけたボビィの息子、ノロップは、それを使ってカーツ山洞に巣くう魔物を退治しに行こうと思ったのであろう。
だが、前述の通りカーツ山洞に一人で行くなどという事は、自ら死地に赴くことを意味する。たとえ武器があろうとも、子供一人の力では簡単に返り討ちにあってしまうことは目に見えている。
「僕と彼女はこう見えても巷では有名な旅の戦士なんです。その魔物を倒す目的でこの町に来ました。港の管理事務局の方の許可もとっています」
クロードは偽りの経歴を作り出した。一般人ではなく戦いのプロだと名乗ったほうが、ボビィ達としても任せることに抵抗を感じさせないだろうと判断したからだ。
自分たちの実力を示すため、レナは紋章術を詠唱してボビィが先ほど壁にぶつけて負傷した肩の怪我を癒した。瞬時に塞がるその傷に、ボビィとシンシアは「おお…」と声を漏らす。
「これで解ってもらえましたか? もしノロップくんが瀕死だったとしても、私なら一命を取りとめさせることができます!」
レナはそう言うと、ボビィの傍で失意の底にあるシンシアの肩をそっと叩いた。
「大丈夫です。きっと、私たちが無事連れて帰りますから……」
「……信じていいの、あなたたち?」
「ええ、任せてください……」
レナがそう優しく声をかけるとシンシアはレナに抱きつき、わんわんと声を上げて泣き出すのだった。
「す、すまねぇ、頼む! この通りだ!」
「……もちろんです。ただし、条件があります」
クロードが土下座するボビィにそう言った。
「もし、僕達がノロップ君の救出に成功したら、その光の剣を僕達に譲ってほしいのです」
突き刺すように言い放つ。クロードはこの騒ぎにつけ込んで、武器を回収する算段だった。違反武器を取り返せるし、山洞も通行可能になり、ノロップも無事にボビィ・シンシア夫妻のもとへ帰ることが出来る。まさしく一石三鳥である。
事件に便乗するような形になり良心が痛むが、この際仕方がない。いい顔をしてばかりでは軍人はやっていけない。どう説得してボビィから武器を譲り受けるかという問題を抱えていたクロード達にとっては、不謹慎ではあるが都合のいい事件だった。
「……ああ、仕方ねぇ。ノロップの命には代えられないしな。それに、元はと言えばあの武器を買った俺が悪いんだ」
「いえ、本当に悪いのは……」
クロードはそこまで言いかけて口を止めた。アルフレッドの名前を出して話をややこしくするのは避けたかった。
「……とにかく、僕たち二人でカーツ山脈に向かいます。お二人方は町の人達にこのことを伝えて、一人でも多くの応援を集めてください。もしかしたら別の場所に居るかもしれませんし、そうなれば捜索するのに人が必要ですから!」
「ああ、わかった! こっちは任せとけ!」
その後ろからシンシアも「お願いします」と付け加えた。既に彼女は泣きやんでおり、今自分がするべきことに意欲に燃えているように見えた。
「それじゃ行こう、レナ!」
「ええ! ボビィさん、シンシアさん、必ず助け出しますので、待っていて下さいね!」
レナはそう言い残すと、クロードと共に店の外へと駆け出し、街を飛び出すのだった。
「……頼んだぞ」
ボビィとシンシアは息子、そして二人の戦士の無事を祈りながら店先からクロードとレナを見送るのだった。そしてお互いの顔を寄せ合い大きく頷くと、彼らも協力者を求めて街の中心へと走っていくのだった。