Star Ocean
Graceful Universe

連載長編小説

54.第五章 第2話

 農夫たちと出くわした場所から城までは、想像していたほどの時間はかからなかった。あの疲れはてていたプリシスでさえも「え、もう着いたの?」と驚きの声を零すほどだ。

 なにはともあれ、クロード達は城下街“ジルハルト”に到着した。今はその街の中心部を10人という大所帯で歩いている。

 街の奥には、大きな木造の城が聳えていた。「火事になれば一瞬で燃えてしまいそうだね」と不謹慎にもレオンが呟いたが、全くその通りである。雄大な城は縦横斜めに複雑に組み込まれた木造構造によって支えられている。そしてそれは周りの建物にも当てはまることだった。

 ここジルハルトの街は、何から何まであらゆるものが木でできている。通りに並ぶ家や店はもちろん、花壇や壺、さらには道路の舗装もレンガ型に切り取られた木が道に埋め込まれており、道行く人たちのアクセサリーにも木細工がふんだんに使われていた。

 町全体が黄土色と茶色の混合色に包まれているが、貧相な感じは全くと行っていいほどしない。それはこの街の木造統一に一種の芸術性が感じられるたからであった。

「すごい。まさか木だけでここまで綺麗な街が生み出されるなんて……」

レナが感動したように周囲に目を輝かせながら言う。

「しっかし、ほんとに全部木なんだな? 大したもんだぜ」

そしてその後ろではボーマンが機嫌よさそうに煙草を口に咥え、そこに火をつけようとしていた。

「こら! ちょっとそこ!」

 すると、直後にたまたま擦れ違った兵士から張りのある大きな声をかけられてしまう。何事かと顔をしかめるボーマンの元に、声の主である二人の兵士が近づいてくる。

 彼らの装備までもが木になることはないようであり、流石に鋼鉄の頑丈そうな鎧を身にまとっている。クロード達の見慣れぬ服装から、この国の者ではないと判断したのだろうか、この二人の兵士はボーマンを指差してこう言うのだった。

「わが国ではタバコは禁止されているので、今すぐ消してください。万が一どこかに燃え移ると、大変なことになってしまいますからね」

「へー、なるほど。たかがタバコの火でも、ここだと大火事になりかねないもんね」

「はい、そういうことです」

 レオンの言葉に、兵士たちは首を縦に振った。

「すみませんが、この街を出るまでは御辛抱ください」

「ん、わーったよ……」

 ボーマンはそう返事をすると渋々ポケットから携帯灰皿を取り出し、ぐりぐりと火のついたタバコをそこに押し付けるのだった。

 この街はこの街で色々とルールがあるようだ。一見すると綺麗な街ではあるが、ボーマンなど喫煙者にとっては肩身の狭い場所であろう。

「ったく。せっかく機嫌よく一服できると思ったのによぉ……」

「まぁまぁボーマンさん。ここは少しの間だけでも辛抱しましょうよ」

 兵士たちが向こうに行ったのを見計らうかのように文句を垂れるボーマンを、レナはそう言ってたしなめるのだった。

「けれど、この街には気のせいか兵隊さんが多いですねぇ」

 ここでノエルは気づいたように、このようなことを呟く。

「あそこにもまた1人の兵士が巡回していますよね? いくら城下街とはいえ、これはさすがに多すぎると思うんですが……」

 ノエルがそっと指差した先には、さきほどの兵隊二人と同じような鎧の兵士が一人、ゆっくりと自分達の向かいから歩いてきていた。

 彼はその途中、しきりに道から分岐した路地を確認するよう覗いている。何の考えも無しにただ見回りをしているのではないみたいだ。

「たしかにそうだね。ちょっと物騒というか、落ち着きがない」

 ノエルの言葉にクロードも共感した。もとい平和そうなこの街に、この兵士の数はおかしい。

 何か事件でもあったのだろうか? それはさきほど田楽路で出会った農夫の話していた言葉に、何か関係があるのとでもいうのだろうか?

 考えていても仕方がないと思った一行は、こちらに向かってきた兵士の元へと近づいていった。

「あの……?」

 クロードが声をかけると、兵士は「ん?」とこちらを振り返った。

「すみません、今日この街で何か事件でもあったのですか?」

「いや、特に異常などはないが……」

 そう言うと兵士は兜を外して汗を拭った。

「僕は街に不審な奴が居ないかどうか、しっかり見回っているのさ。なにせ明日は、この国の王子の結婚式だからね」

 爽やかな笑みを含みながら、その若い兵士はそう答えたのだった。

「王子の……結婚式ですか……?」

「ああそうさ。君達は見たところ、ここの人じゃないね? 実は明日、このフーラル共和国のヘイデン王子と、隣国キーサイド王国のミント姫の結婚式が行われるんだ」

 兵士は説明を続ける。

「うちの国とキーサイド王国は長い間、血縁関係を結び続けていてね。その契りが結ばれる度に、両国民にも開放的な結婚式を行っているんだ。そして明日、その王族同士による数年ぶりの結婚式がここジルハルトで開かれるのさ」

「なるほど。将来の国王王妃のお披露目ってわけですね?」

「そうだよ。君達も時間があるなら見にいけばいいさ。噂によると、嫁ぎにこられるミント姫は、キーサイド王国始まって以来の美人さんらしいからな」

「おおっ!」

 兵士の“美人”という言葉に、ボーマンは凛々と目を輝かせた。

「そんな奇麗な女の子が見れるのか! そりゃいいな! それなら……」

「……ボーマンさん?」

 そんな彼にレナがむすっと横槍を入れる。

「妻子持ちだってこと、ちょっとは自覚してくださいね?」

「わ、わーってるよ、レナ! けど、見るだけなら全然問題ねーだろ? なぁクロード、お前も美人なお姫様見たいよな?」

 ボーマンは同意を求めるようにくるっとクロードの方を振り返る。

「い、いや。別にそうは思いませんけどね……」

「……は?」

 だが、クロードは彼の期待していた返事をよこしてくれず、さらりとボーマンの言葉を受け流すのであった。

「……もしかして、お前ホモか?」

「ちっ、違います!!」

 クロードは決してお姫様に興味がないわけではなかった。綺麗な女性を見たい気持ちはやまやまなのだが、レナが傍に居ては口が裂けてもイエスとは言えないのだ。そんなことをすれば、しばらく彼女に口を聞いてもらえないに違いない。

「ちっ、つまんねー奴だな」

 乗りの悪いクロードに対し、ボーマンは不機嫌そうに舌打ちをするのであった。

「あの……結婚式は明日なんですか?」

「ん、見に来てくれるのかい?」

 アシュトンが尋ねると、兵士は嬉しそうにそう答える。

「一般公開は明日の午後からだよ。その後は王族関係者だけでパーティが行われるから、もし王子と姫を見たいのならその時しかないね」

「わかりました。それなら今日はここに泊まろうと思います」

「お、そうかい。ま、楽しんでいってよ!」

 ここまで言うと兵士はさっき外した兜をすぽっと頭にかぶせ、

「それじゃ、僕はまた巡回に行かなきゃいけないから!」

 と言い残すと、クロード達に手を振りながら立ち去って行ったのだった。





「結婚式があるんだねー……」

 プリシスが無人くんを抱えながら、わくわくしたように呟いた。

「どうりで街もせわしく感じるわけだ……」

「ここに来る途中であの農夫さんが言ってた「顔を拝んで来い」って、こういうことだったのね」

 それに続くようにディアスとレナも言う。

 クロード達は街の広場に面する階段に腰を下ろしていた。この幅広い階段を越えてもう少し奥に進むと、そこには王宮の入り口が見えている。人の流れの邪魔にならないよう、脇の方に10人固まって座ると、この街に着いてから各々感じたことを口々に語り合っていた。

「さっきの兵隊さんが言っていたとおり、ここで明日結婚式が行われるのよね?」

 足を組みながら階段の角に座り、途中の露店で買ったパンを口に含みながらチサトは喋り続ける。

「これってちょっと気にならない? なんだか私たちがここに来るときと、この結婚式の開催が被るのって、偶然じゃない気がするわ」

「ああ、俺もそう思う」

 片膝を立て、そこに腕を乗せながらディアスがそれに応えた。

「そのネーデ人が見つかったという報告と、この結婚式の時期が重なっている。もしかすると、奴らはここで何かを企んでいるのかもしれないな」

「そうだね。その可能性は高いかもしれない……」

 ディアスの言葉に、クロードはそう言って頷いた。

 どうやら自分達はこの共和国の1大ビッグイベント前日に、偶然にも居合わせてしまったらしい。

 国の権威者というものは、婚儀を結ぶたびに盛大な披露宴や式を執り行うものである。それは自らの力を国民に印象づけるには非常に効果的で、かつ国内の活気が上づくことにも繋がるからだ。

 そのため、多くの見物客がここジルハルトを訪れているようである。道沿いでは小さな劇団が路上ショーを披露していたり、また路地に軒を並べる店では、このイベントにちなんだペナントやタオルなどの記念品が売られていた。武具大会を前にしたラクール同様のお祭りムードである。

 これほどの出来事と、ネーデ人の出現が同時期にあったとすれば、これら二つには何らかの因果があると考えても不思議ではないだろう。

「でもさ、こんなにごちゃごちゃしていたら、もしネーデ人が居ても分からないよ……」

「そうだな。奴らがここに紛れていたらやっかいだぞ……」

 アシュトンがそう言って周囲を見渡すと、ボーマンもそれに同意する。街の中心であろうこの場所は、入り口付近に比べると格段に人が多い。一人ひとりの顔を確認していくなど困難である。

 ネーデ人を見分けるためには耳を見るのだが、もし彼らがここに居たとしても、他人の顔でそんなもの隠れてしまうだろう。

「でも、事件ってこういうときに起こるものなのよね……」

 レナが衣服についた木屑を指で取り除きながら呟いた。今座っている階段も当然ながら木でできており、ちょっと座っただけでもたくさんのゴミがスカートにひっついてくる。

「ガランとしたところよりも、ごちゃごちゃした場所のほうが何か事件を起こすには都合がいいと思うの。それに街が混乱すれば、それに乗じて逃げたりすることもできるわけだし……」

 彼女の言う通り、任務前に話をうけたネーデ人がこの場所にいるとすれば、当然何か企みがあるに違いないだろう。

 ここは銀河連邦の領内であるため、クロード達のような連邦の人間が嗅ぎ付けて来ることももちろん考慮してあるだろう。エクスペルで遭遇したときも、郊外のひっそりとした宿屋に留まるほど慎重なイーヴとグレッグならなおさらだ。

「まぁ、何か起こるかもしれないとしても、ネーデ人の話は一旦おいておこうよ。まだ見つかってもいない敵のことを考えていても、ラチがあかないしさ」

 レオンがこれまでの話を総括するようにそう口を開いた。

「それよりどうするの? その結婚式を見るためにここで1泊するか、それとも他に手がかりを探して他の場所に行くか?」
「そうですわね。正直この結婚式にはネーデ人の噂はないわけですし……」

 ここで結婚式の様子を見ていくか、他の場所までネーデ人を探しに行くか。一行には二つの選択肢である。たかが1日といえど、24時間もあれば状況が大きく変わる可能性は十分にある。

「どうしますの? クロード?」

「僕はここにもう一日滞在して、結婚式を見ていこうと思う」

 こちらを向いて訊いてきたセリーヌに対し、クロードは淡々とした口調で即答した。

「やっぱりレナの言うとおり、明日はもしかしたら何かが起こるかもしれない。少しでも手がかりになり得るものなら、それを見逃すわけにはいかないよ。それに、こんなに多くの人が集まっているんだ。色々と情報を集めることもできそうだしね」

 そう説明するクロードの傍らではレオンとボーマンもうんうんと頷いている。彼の案に誰も異論は唱えなかった。恐らく全員の心中では、結婚式を拝んでいくべきだという意見が一致していたのであろう。

 どうせこのまま広大な惑星内を歩き回ったところで、時間ばかりが過ぎるだけで何も進歩しないということも十分考えられる。少しでも動きがありそうならば、多少時間をかけてでもそこに立ち会うべきである。

「よし、どうやら決まりだね!」

 クロードは皆の表情を見てそう言った。

「なら、明日まで世話になる宿屋を探さないと。お金は連邦からたくさん貰ってるから、値段は気にしなくてもいいんだけど……」

「……混む前に部屋を確保しておきたい、ということだな?」

 ディアスの言うように、油断していると宿はすぐに一杯になってしまうだろう。他地域からの観光客も大勢いると考えられるからだ。

 ラクールでも武具大会が目前になると同様の現象が発生する。そういったことを目の当たりにしてきたディアスは、こういうことに気がつくのが早い。

「ああ。はやくしないと、下手すりゃ野宿するハメになってしまうよ」

「の、野宿ですって!? それはまっぴら御免ですわ!」

 セリーヌが口をへし曲げて声を上げる。

「み、みなさん! 急いで部屋を取りにいきますわよ! ほらほら!」

「ちょっとセリーヌってば! そんなに引っ張んないでよね!」

 セリーヌに服をぐいぐい引っ張りあげられたプリシスは、むすっと怒声をあげた。

「確かに、急がないといけないかもしれませんね……」

 そうぽつりと呟いたノエルが見上げた空には、大きく西に傾いてしまっていた太陽が映っていたのであった。





 クロード達の心配は見事に的中し、宿屋を2~3軒回ったくらいでは簡単に空き部屋は見つからなかった。

 どうやら道路沿いの大きい宿は全て予約で埋まっているようであり、クロードたちはもう少しマイナーな宿屋は無いものかと、この街に詳しそうな人に聞き込みを始めることにした。

 そして通りや店などを転々とするうちに、一つの情報が手に入る。この城下街に他国から入ってくる人はほとんど街の東側から来るということだ。隣国のキーサイド王国がこの国の東側に位置しているためである。

 またフーラル共和国内の大きな都市も領土の東側に多いらしく、基本的にその方面から人が流れ込んでくるという話だ。これを逆手に取れば、来訪者の中でも街の西側まで行く人は少なくなると考えられる。

 この話を頼りにクロード達は街の西側へと足を進めた。もう日は暮れかけており、夕日に向かっていくという感じだ。

 眩しい景色が続く道の先に辿り着いた城下街の西部は、聞いていたとおり東部よりも人が少なく、少し静かな住宅地といった感じであった。

 そして最初に目についた宿屋に足を運んでみると、なんとかシングルルームだけなら10人分ほどの空きがあるということだった。宿探しの苦労は報われたのである。

 緑の屋根が綺麗な、ようやく見つけた中級旅館“Moonlight Blues”。各自が部屋に向かってぞろぞろと階段を上るその表情には、ほっとするような安堵の色が見られた。

 中でもセリーヌに至っては誰よりも嬉しそうであり、「もう少しで他の誰かさんが泊まっている部屋を奪いに、紋章術で襲撃しに行くところでしたわ……」と冗談交じりに呟くと、仲間たちからは大きな笑いが巻き起こるのであった。

 それぞれが部屋に分かれる前に、今夜は自由行動にするが休養はしっかりとっておくようにとクロードは全員に伝えた。かくして惑星ロイド・モダイ2号星での最初の夜を、一行は無事に迎えることができたのであった。


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