Star Ocean
Graceful Universe

連載長編小説

73.第五章 第21話

 ヘイデンの部屋は、アギの部屋よりも昇り階段に近い場所にあった。先ほどとは違い、この部屋は彼の生活空間も兼ねているらしい。ベッドや食事用のテーブル、衣装タンスなどが備え付けられており、どれもきちんと整頓されているところにヘイデンの几帳面な性格が伺えた。広さもアギの部屋の倍近くはある。王族という格の違いが露わになっていた。

 ライゼルはここに到着すると同時にプリシスたちに別れを告げ、急ぎ足でアギの部屋へと戻っていった。下階にいる兵士たちにクーデターの中止を告げるためには、その司令官であるアギ本人が同伴している必要がある。おそらくライゼルは彼をしっかりと縄などで縛り上げ、そのまま城の中を引きずり回すのだろう。

 そっちのほうは彼に任せるとして、プリシス、アシュトン、ノエルの三人はそれぞれ部屋の中に散らばり、しらみつぶしに手がかりの捜索を開始した。ノエルが本棚の書物を、アシュトンが物置などの物品を、そしてプリシスが書斎机にて書類を漁る。その中で真っ先に何かを発見し、高らかな声を上げたのはプリシスだった。

「ちょっとちょっと! これ見てよ!」

 机の鍵付き引き出しを無人くんのドリルで強引に開けたその中には、丁寧に折りたたまれた何通かの手紙が保管されていた。傍には開封済みの便箋があることから、これらはおそらく誰かからヘイデン宛に送られてきたものなのだろう。

「見るからにアヤシイよね?」

「そうだね。いったい誰から届いたものなの?」

「えっと、ちょっと待ってね………」

 アシュトンとノエルが見つめるなか、プリシスは手紙の差出人がどこかに書かれていないかどうか調べた。しかし便箋には宛先しか記されておらず、いったい誰がこれをヘイデンに送ったのかは分からなかった。

 だが、手紙の本文にはどれも最後に一筆書きのサインが記されていることにプリシスは気がついた。

「あっ、これじゃない?」

 そう言うと彼女は、さっそく手持ちの翻訳機でそれをスキャンしようとした。しかしそれは全て筆記体のように流れ書体で書かれていたため、何度やってもエラーが表示されるだけで解読はできなかった。

「むー。筆記体くらい読んでくれてもいいのに……」

 一応、翻訳機の中には筆記体の言語表もインプットされているが、スキャン機能にまでは対応していなかったようである。そこでプリシスは面倒だなと思いつつも、その表と必死に照合しながら解読を進めてみる。するとこの筆跡はある文字と一致することが判明したのだった。

「……ラム………?」

「ええっ、それって!?」

 その名前に、三人は驚いたように目を見合わせる。

「確かその人はキーサイド王国の軍師……でしたよね? クロードさんの話だと」

 ノエルの言うとおり、なんとここにある手紙の差出人はキーサイド王国の軍師、ラムだったのだ。ディアスとチサトをミント姫誘拐の被疑者として捕えた張本人であり、また現在ノースフォールの門にてヘイデン王子とやり合っている軍隊の総大将。本人は戦いの現場に居合わせていないらしいが、それでもキーサイド王国の部隊は彼の指先で操られているようなものだ。

「そういえばヘイデン王子は、ノースフォールの門でキーサイド軍と対峙したとき、しきりにラムの名前を叫んでいたって話だったよね?」

 アシュトンは人差し指を立てながらそう言った。クロードからの連絡だと、ノースフォールの門で戦っているのはこの両者だったはずだ。

「うん。そうだけど、なんでそのラムって奴とヘイデンは手紙なんて交換していたワケ?」

 なぜ敵対しているラムとヘイデンは関係を持っていたのか。この問いに対する答えは事件の鍵を握っていることに間違いはない。プリシスは「むー……」と唸り声を上げながらこの件について少しばかり熟考するが、いい推理は見当たらない。

「……とりあえず、あたしたち三人で片っ端から手紙を調べてみよっか?」

「そうだね。きっと何か手がかりがあると思うよ、僕も」

「だね。もしかしたら………」

「うん」

 事件の重大なヒントがこの手紙には隠されているはず。そう確信したプリシスたちは高鳴る鼓動を抑えながら、おのおの冷静に手紙本文の解読を分担で進めていくことにしたのだった。






「………ちょっとみんな、これを見てくれないかな?」

 作業をはじめて30分ほど経過しただろうか、翻訳機片手にアシュトンは、ある一枚の手紙の一文を指でなぞってみせた。

「ここ、たぶんミント姫について書かれていると思うんだけれど……」

「へっ!? どれどれ……?」

 探し求めていた彼女の手がかりに、プリシスとノエルは興味深そうにアシュトンが示す箇所を覗きこむ。

「……たしかに、書体ではミント姫と書かれていますね………」

 ノエルが翻訳表で確認しなおしたところ、やはりこの部分におけるラムの筆記体は“ミント姫は今のところ………”という文字から始まり、長々と続きの文章が後ろに続いていた。

 三人は互いにこくりと頷く。やはり何かミント姫とヘイデンとラムの三人には、自分たちの知らない“何か”があるのだろう。

「それじゃ、ちょっと大変だけれど、これを今からあたしたちで集中的に解読しよっか?」

「そうだね。けど、これ結構長いよ? 全部を訳すとすごく大変そうな気が……」

「つべこべ文句言わないの、アシュトン! これを読めば、事件の大きな手がかりになることは間違いないんだよ?」

 プリシスがアシュトンに向けてそう一喝する。この文章を一文字ずつ解読していくのは相当に骨が折れそうだ。文字を全て活字体にしてしまえば、あとは翻訳機が文法などを考慮した上での訳文を表示してくれるのだが、それでも面倒くさい作業が待ち構えていることに間違いないだろう。

 デスク備え付けのチェアにはプリシスが座っていたため、アシュトンとノエルは近くから適当な椅子を持ってきて、それぞれそこに腰掛ける。こうして三人は机の上に置かれた手紙を取り囲むよう、円形に対峙をしたのだった。

「お前たち、何か手がかりは見つかったか?」

 そんなとき、大きな音を立てて扉が開かれる。それと同時にライゼルとその父メンテンが部屋の中へと入ってきた。

「あ、王様!」

「おお、みなさん。息子の反乱から城を取り戻してくれたようで……」

 メンテンはプリシスら三人に向け、遜ったように頭を下げた。

「プリシス殿、それにノエル殿とアシュトン殿。この度はどうお礼をすればよいことか………」

「いえいえ。僕たちも自分たちのために協力しただけですから。お礼なんていらないですよ……」

 ノエルはそんな王様に、気にする必要はないと言葉をかける。プリシスとアシュトンもその後ろでうんうんと頷いた。

「それより、地下の人たちはみな無事に解放されたみたいですね?」

「ああ。代わりにアギを地下に放り込み、見張りの兵をつけて閉じ込めてある」

「そうだったんですか。それなら安心ですね」

「ああ。息子を信用して本当によかったよ……」

 いろいろと話を聞くに、あれから地下室で軟禁されていたヘイデン王をはじめ、家臣の者たちも全員、ライゼルの手によって無事解放されたとのことだった。ここまで来られるということは体力的な消耗も少なかったのだろう。メンテン王は申し尽くせないほどの感謝の意をプリシスたちに述べたのだった。

「こちらも話はおおかたライゼルから聞いた。どうやら息子は共和国を解体して、一気に他国を制圧させようとしているらしいな……」

「ええ。アギはそう言っていました………」

「……なんということだ。あいつには口をすっぱくして平和の大切さを説いてきたというのに………」

 メンテンは落胆したように片手で頭を抱えた。

「……それで、何か手がかりは見つかったか?」

 失意に陥る王に代わり、次はライゼルがそわそわした様子でプリシスたちに尋ねた。それを受けたプリシスは机の上に置かれた一通の手紙に目線を送る。ライゼルは彼女のアイサインに気がつくと、つかつかとそれに歩み寄り、ぴらりと手紙を指先でつまみ上げた。

「これは………?」

「うん、それなんだけどね………」

 解読に困っていたプリシスたちにとって、ライゼルがこのタイミングで来てくれたことはとても都合がよかった。

「あたしたちがこの机の引き出しの中から見つけたんだ。しっかりと鍵がかけられていたんだよ。その引き出しに」
「へぇ、鍵か……………」

「そ。しかもそれ、キーサイド王国のラムって人から送られてきたみたい」

「……なに!? ラム軍師だと!?」

「ね? 怪しいでしょ? ちょっと読んでみてよ?」

「わ、わかった! えっと、どれどれ……?」

 プリシスはライゼルが手紙を読み上げるよう、言葉で巧みに誘導した。

「……………」

 それからライゼルはしばらくの間、表情一つ変えずに手紙の本文を凝視していた。まるで横書きの文章を追うように視線を左右に揺れ動かしながら、少しずつ文の末尾に近づいていく。

 しかし、その全てを読み終えた瞬間、彼は信じられないように目を凍りつかせながら両手でくしゃりと手紙を握りしめた。尋常でないその力の入りようにプリシスらは不安が募り、そっと彼に声をかけてみる。

「ライゼル……?」

「…………」

「ねぇライゼルってば?」

 だがプリシスが何度か呼びかけて見るも、ライゼルは返事を返さなかった。

「ちょっと! 黙ってても分からないじゃない!?」

「………なんだ、これは……………?」

 ライゼルの第一声がそれだった。彼は何度も何度もその文面を見入ったように読み返していた。まるでそこに書いてあることが信じられないような、焦燥と驚愕の入り混じったような表情を浮かべていた。

「あ、兄上は………」

「えっ………!?」

「………兄上は、兄上はミント姫を自分のものにするため、ラムと取り引きをしていた、だと……?」

 手紙の内容を説明するライゼルの言葉は、震え声からぷつぷつと途切れ途切れになっていた。

「えっと……つまりヘイデンはミント姫に惚れたから、自分と結婚させてくれってラムに頼み込んだってこと?」

「だったら別に普通じゃ……?」

「いや、惚れたなんてものではない………」

 ライゼルはなおも言葉を詰まらせた。そして衝撃の真実が次に彼の口から告げられる。

「ミント姫には、とんでもない力がある。だから兄上はその力欲しさに結婚したと………」

「と、とんでもない力?」

「ああ………………」

 ライゼルは細く開いた唇から、大きく息を吸い込んだ。

「異界の魔物を召喚する能力。ミント姫はその能力を持っていると、ここにはそう書かれている…………」

 放たれた一言。予想していなかったその言葉に、プリシスたちは一瞬思考が停止してしまう。

「魔物を……」

「召喚する……能力………!?」

 アシュトンとノエルは二人立て続けにそう言葉を発した。それは各々が一言で表すことができないくらい受け入れるのに時間がかかる、ミント姫の隠された真実だった。

「ラムはミント姫の召喚能力について、この手紙で詳しく述べている。そして彼女をヘイデン王子の妃として嫁がせるようキーサイド王に斡旋する代わりに、多額の金銭を要求していたらしい」

「な………そんなやり取りがあったなんて…………」

「驚くのはまだ早いぞ。ラムの要求は金だけではないみたいだ……」

 ライゼルはなおも説明を続ける。

「ラムはヘイデンが統一国家を作った際、キーサイド王国の統治権を自分に譲与してほしいと……」

「なっ、なんだと!?」

「……これがこの手紙の要点だ」

 その話を聞いて真っ先に荒んだ声を上げたのは、彼の隣にいたメンテン王だった。

「あのラムが、侵略後の領土を求めてきた!?」

「ええ父上、ここには確かにそう書いてあります………」

「それはつまり、ラムがヘイデンの侵略計画を知っていたということか?」

「……知っていたというよりは、手を貸していたと言うべきかもしれませんね……」

 ライゼルはそう言うと、手にしていた手紙の一部分を指さしながらメンテン王にそれを見せた。

 メンテン王はその内容を確認すると、目を瞑って小さく舌打ちをした。そこに何が書いてあったのかプリシスたちには分からなかったが、それでもある程度の推測はできる。おそらくミント姫の魔物召喚能力を利用し、他国を侵略する計画をラムとヘイデンは密かに練っていたのであろう。

「つまり、ラムとヘイデンは最初っからグルで、ここ一帯を支配しようとしていたってわけか……」

 悩みぬく王族親子を差し置き、プリシスはぼそぼそとアシュトンとノエルにそう囁きかけた。

「ええ。どうやらそういうことみたいですね……」

「召喚能力を自分のものにするためだけに、ミント姫と結婚しようとしたんだね……」

 そう言うアシュトンの表情は悲しげだった。

「ただ利用するために、好きでもない人と結婚だなんて………」

「アシュトン………」

「ヘイデンはともかく、ミント姫はどう思っていたんだろう……?」

 ヘイデンの欲望とエゴの渦中に巻き込まれた彼女の心情を察するに、おそらく悲痛な哀情があったのだろう。結婚式の際、どうにもミント姫が憂戚に満ちた顔をしていたようアシュトンには見えたが、その理由が理解できた気がした。

「ミント姫は、自分の能力が利用されることを承知で、それでも結婚を受け入れたのかな?」

「……かもしれないわね。あたしだったら耐えられないよ。やっぱ結婚は好きな人としたいもん…………」

「結局は争いごとの駒としか見られていなかったってことですからね。人格を否定されたも同然の彼女は、おおいに傷ついていたことでしょう……」

 三人それぞれがミント姫を憐憫に思う。彼女はおそらく自分の人生を決める権利すら与えられていなかったのだろう。ただ兵器として利用されることに対し、彼女は一切抗おうともしなかった。それは自分の能力を大衆の前から隠し続けるためだったのかもしれない。

「……絶対に助けなくちゃ………」

「えっ……」

 アシュトンは突然、そんなことを口走った。

「絶対にミント姫を助けて、彼女に自由を与えるようキーサイド王国の人たちに訴えよう。じゃないと、可哀そうすぎる………」

「アシュトン………」

 アシュトンの強い呼びかけに、プリシスはつい彼の名を口にする。

「……そだね。宇宙のなかで悲しむ人が一人でも少なくなるよう、あたしたち銀河連邦はがんばっているわけだし!」

 そう言うプリシスは、惑星エディフィスで出会った少女リヴァルを今のミント姫と少し重ねていた。決められた運命のとおりにしか生きることのできない悲しみから、なんとしてでも彼女を救ってあげたい。そんな想いが沸々とプリシスの胸の奥からこみ上げてきたのだった。

「……しかし、ミント姫は何者によって誘拐されたのでしょうか?」

「えっ?」

「だって、そうでしょう?」

 アシュトンとプリシスが感情的になるなか、一方でノエルは冷静だった。

「先ほどアギの部屋でも話しましたが、根本的な問題です」

「た、たしかにね………」

 魔物召喚という兵器として利用されるはずの彼女を連れ攫ったのは、いったい誰なのか。ミント姫の行方を追っているディアスとチサトらがそれを突き止めるのだろうが、今プリシスたちが知りうる情報だけではまだ推定することができなかった。

「……ミント姫を誘拐したのは、たぶん兄上の手の者だろう」

 そこに、これまでメンテン王と二人でヘイデンについて話し合っていたライゼルが、ノエルたちに一言そう添えた。

「兄上はミント姫の誘拐を自作自演することで、キーサイドを攻める口実としたかったのだろう。それに昨朝、向こうの首都ハルマで魔獣ケルベロスが現れる事件も起きたという情報もある。幸いにも死者はいなかったらしいが、それもキーサイド王国にミント姫を送り込んだ兄上の策略なのでは……」

 ライゼルはつらつらと意見を述べる。彼はヘイデンを疑ってやまなかった。たとえ実兄といえども、これほどの事実が発覚してしまえばそれも仕方のないことだった。

「おそらく兄上はミント姫さえ自分の手中に入れば、あとはラムと協力する気などさらさら無かったに違いないな」

「つまり、ラムもヘイデン王子の計画の犠牲者になってしまったってこと?」

「そういうことかもしれないな。まぁ、勝手にミント姫を売りつけたのだ。情状酌量の余地なんて一つもありはしない」

「うん。そりゃそーだよ!」

 ライゼルの言葉を聞いたプリシスはうんうんと頷いた。

「そんな人をモノみたいに扱うやつ、あたし絶対に許せないもん!」

 そう言う彼女の口調は毅然たるものだった。女性という同じ立場から見れば、自由の剥奪を仮借することなど到底容認できるものではなかったのだろう。

「父上………」

 ライゼルはメンテン王の方を向いてそう言った。

「私を臨時の将軍に任命してください」

「ライゼル……お前!?」

 それを聞いたメンテンはそう聞き返したが、特に驚いた様子は見せなかった。

「……そうか。ヘイデンを止めに行くのだな?」

「はい。そのための軍隊の指揮権を、一時的にアギから私へ移してほしいのです」

「……わかった」

 メンテンは今さら息子を止めようともしなかった。

「今はお前を信用することにする。現にこうして私たちを助けだしてくれたわけだからな」

「父上………」

「この国の未来はライゼル、お前にかかっているのだ。その自覚を大切にしろ……」

「……私にはまだ実感が湧きませんが、しかし……」

 平和だった国に突然の危機が訪れて、気持ちの入れ替えが容易でないことくらい誰にでも想像がつく。それでもライゼルは全ての国民のために兄であるヘイデン止の暴走を止めなくてはいけなかった。今それを先陣きってできるのは、彼しか考えられない。ライゼル本人もそのことを必死に自分自身へと思い込ませていたようだった。

「それでも私がやらなければいけないということは分かっています。だから、必ず兄上を止めて参ります……」

 その思いを伝えるかのよう、ライゼルは力強い口調でそう言った。

「僕たちも行きます」

 すると、アシュトンも彼に同調するような声明を上げた。その隣ではプリシスも含み笑いを浮かべながら腕を組んでいる。

「ま、いまさら言う必要もないと思うけどね」

 プリシスたちは、既にライゼルを自分たちの仲間だと認めていた。

「ありがとう、みんな!」

 彼女らが参戦してくれることはライゼルにとっても作戦の範疇だったようであり、すかさず次の行動を指示する。

「……俺は今から兵を集めてくるから、プリシスたちは城の表で待っていてくれ。こっちもすぐに行くから!」

「おっけ!」

「よし、それじゃ、また後で!」

 そう言い残すと、ライゼルは足早にこの部屋を後にした。自分の率いる軍隊の整備は、できるかぎり急がなければならないのだろう。メンテン王もそれを理解した上であったのか、息子に向けて見送りの声をかけることはなかった。

「さ、それじゃ僕たちも行こう!」

「うん、そだね!」

 自分たちもライゼルとともに出撃するため、城の表にある堀の前まで行かなくてはいけない。示し合わせた場所へと向かうべく、プリシスとアシュトンも扉のほうに向かっていった。

「プリシスさん?」

「ん、なぁに、ノエル?」

 こうしてヘイデンの部屋を出ようとしたとき、ノエルはちょいちょいとプリシスの肩を叩いて彼女を呼び止めた。

「分かっているとは思いますが、これ以上はできるかぎり未開惑星保護条約に違反しないようにしましょう……」

「えっ……?」

「無人くんは、これ以上見せないほうがいいのかもしれません」

「ううっ………言われてみればそうだね…………」

 ノエルにそう言われ、プリシスは今までの自分の行動を振り返る。

 すでに無人くんという先進技術の塊を、この星ロイド・モダイ二号星の住人、しかも将来は一国を統治するであろう人物に見せてしまい、しまいにはそれに乗せることまでしでかしてしまった。

 いくら任務のためとはいえ、これは明らかに未開惑星保護条約に違反してしまっている。さすがにヤバいと思ったのか、プリシスは頭を掻きながら舌を出した。基本的に抵触するくらいなら連邦は黙認してくれるのだが、それにも限度というものがある。現にそれで罰せられた軍人をプリシスは何人か目にしたことがあった。

「まぁ、この星の兵士さんから見えないところから援護してください。戦いは僕とアシュトンでやりますから」

「おっけー。しっかり頭にいれておく……」

 ノエルに指摘されたことに、プリシスは素直に従った。これ以降、プリシスは派手な行動を慎まなければならない立場になってしまう。彼女は手に抱く無人くんを顔の前へと運ぶと、仕方なさげに話しかける。

「ごめんね。そーいうことだから、しばらく大人しくしていてね?」

「………」

 無人くんの表情が変わることは無かったが、もともとプリシスによって制御された機械だから勝手に武器を発射したりはしない。この一言はプリシスにとって、おまじないのようなもの。過ちを犯さないよう自身に言い聞かせるような、一種の自己暗示に近かった。




 こうしてプリシス、アシュトン、ノエルの三人が部屋を出ていき、ヘイデンの部屋には父親であるメンテン王がただ一人で取り残される形となった。

 彼は悲しげな表情で、手紙の置かれている机の引き出しをそっと開いた。何枚も積み重なった便箋の束の隅からは、一枚の硬質な厚紙が角を覗かせている。それに気がついたメンテンは指先でそれをつまみむと、そっと抜き出すように取り出した。

 それはヘイデンが婚約する予定だった、ミント姫の全身が写し出された白黒写真だった。結婚式のときのような華やかな衣装ではなく、普段王室で着用するような平凡な服装で、彼女は一人椅子に座っていた。髪は全て真っ直ぐにおろしており、化粧も極めて薄いナチュラルなもの。その姿はいかにも自然体な、ミント姫という一人の女声そのものを表していた。

「あれだけお前は結婚に積極的だった。ようやく愛する人を見つけてくれたと思っておったのに……」

 メンテンは暗然と、その写真をじっと眺めていた。

「お前は本当に、こんなことを望んでいたのか……?」

 彼がそう呟いてみても、返事はどこからも返ってこない。その答えはもう一人の息子と、彼を援護する三人の男女が見つけてくれる。メンテンは祈るような気持ちで写真をそっと引き出しにしまうと、机の縁を両手で力強く握りしめたのであった。


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