Star Ocean
Graceful Universe

連載長編小説

53.第五章 第1話

 山の中腹に位置する城下町のスラム街。日中は喧騒が絶えないこの場所も、真夜中ともなればさすがに静寂に包まれ、昼間の騒がしさに比べるとその静けさが不気味に感じられるくらいである。

 そんなスラムにある岩壁沿いの大きなレンガ造りの建物。外見からすれば広々とした内装をしていそうな感じもするが、実際その中はベッドも置けないくらいの小さな無数のスペースに区分けされており、その部屋とも呼べないような部屋でここの住民たちは夜を過ごすのだった。

 家具も食べ物も何も置かれてはいない。そんなものがあったとすれば、すぐさま他の住人の餌食となってしまうであろう。ここで人々は今日も冷えたレンガの壁にぐったりと背をもたれ、それぞれが静かにつかの間の休息をとるのだった。

 明日になれば、朝早くから過酷な労働が待っている。それに耐えるためには僅かな休息の時間さえ無駄にするわけにもいかず、起きている人など誰もいなかった。各部屋にはレンガ5つ分くらいの小さな窓があり、月光はそんな彼らをひっそりと照らし出していた。





 だがそんな中、ある部屋では一人の少年が目を覚ましていた。

 暗闇の中なので、彼がどのような身なりをしているのか、そういったことは全く分からない。

 少年はしばらくの間じっとしていたが、あるとき急にすっと静かに立ち上がる。そして物音一つさえ立てずに、自分の唯一の荷物と思われる小さな皮袋から何か円形の物体を取り出した。

 少年が取り出したもの。それは一つの道化師の面。

 彼は静かにそれを自分の顔に装着した。そして彼は悲しそうにその仮面の奥で微笑むと、小窓を器用に潜り抜けて部屋の内から外に出た。

 外は完全な崖になっている。外部から城下町への敵襲に備えるにはあまりにも堅固な自然要塞を、ピエロとなった少年は軽い足取りで下っていった。

 彼がさきほど見せた、悲しい笑いの結末へと……





 ロイド・モダイ2号星は銀河連邦によってつい最近発見された未開惑星であり、詳しいことはほとんど分かっていない。ただ一つ言えるのはロザリス同様、地球の中世程度の文明を持っているということぐらいだった。

 これくらいの文明レベルの未開惑星は、今のところ連邦領内では非常にたくさん見受けられる。エクスペルしかりエディフィスしかりロザリスしかりであるが、なぜこうも時代の一致した文明が多々存在しているのかということは、現代における銀河考古学の重要なテーマの一つとなっており、エルネストら考古学者はその謎に対しても日々頭を悩ませる。



 前置きはさておき、クロードたちは今このロイド・モダイ2号星にいる。他に居るのはレナ、プリシス、レオン、ノエル、チサトら地球組に、ディアス、アシュトン、セリーヌ、ボーマンらエクスペル組、合わせて10人だ。

 地球を発った宇宙船“無人君act2”は、エディフィスの時と同様にアシュトン達を拾った形になる。前もって連絡を受けていた場所に集合したアシュトンたち4人は、さすがに2回目ともなればさして宇宙船などに驚くことも無かったため、比較的スムーズに乗船を済ませることができた。

 エルネストとオペラについては、子育てなどで忙しそうだということもあり、今回の任務にはあえて呼ばなかった。そのため今回はこの10人で行動することになる。

 知恵袋のエルネストが居ないのは少し不安になるところだが、いつまでも彼に頼りっぱなしというわけにもいかないのも事実だ。

 そのためクロードは自分の判断力こそが任務の命運を握るんだと肝に銘じながら、さっそく仲間に指示を出すべく声を上げていた。

「こっちに一つ、大きな街があるみたいなんだ。いろいろと話が聞けそうだから、これからそこに向かおうと思う」

 着陸前に付近の様子をマッピングしていたため、クロードはこの周囲の地形をよく把握していた。いま自分達が宇宙船を下ろした場所も森林のくぼ地内部であり、これも人目につかないようにと考えて選んだ場所だった。

 辺りを見渡していた仲間達は、クロードの声を受け一斉に視線を彼に集める。ようやく宇宙船から開放され、ゆっくりと新鮮な空気を吸えたのも束の間。時間は有効に活用しなければならない。

「こっちに行けばいいのか?」

 ディアスがこれから向かうよう指示された方向を指さしながら、クロードに尋ねてきた。なにやら異議ありの様子だ。

「俺が思うに、こっちは魔物の気配が強い。安全に行くならこっちだと思うんだがな……」

 ディアスはそう言うと、クロードが言った方向から右斜め30度の方向へ指を逸らせた。その先には同じような森林が広がっていたが、彼が言うにはこっちを進んだほうがより安全らしい。ぱっと見ただけではどちらも同じような茂みであり、正直クロードにはその違いが分からなかった。

「……いや。確かにディアスの言うほうが安全なのかもしれないけど、今はできるだけ早く街に着くことを優先したいんだ。それならば多少襲われる危険があっても、こっちに行くべきだよ」

「うん。それに万が一襲われても、僕達がついているしね!」

 クロードの後ろからは、アシュトンが続いてそう声を出した。

「こっちは10人もいるんだ。多少敵が出てきても、全然問題ないよ」

「……わかった、お前の言うとおりにしよう」

 クロードとアシュトンの説得にディアスも納得したようで、彼は首を縦に振ると他の仲間たちに合図を送りはじめる。

「おーいみんな、こっちだ!」

「はいはーい。今行く今行く!」

 そして第一の実力者であるディアスとクロードを先頭に、じわじわと森を抜ける10人の長い行進が形成される。

「あんまり長く森の中を歩くのなんて嫌だから、もたもたしないでよね! クロードにディアス!」

 その最後尾になったレオンは、一番前まで聞こえるよう口元に手を当て、先頭の二人に向けて大声でそんなことを言うのだった。





 結局ディアスの考えは杞憂に終わり、森を抜けて街道に出るまでの間、魔物は一匹たりとも姿を現すことは無かった。

 モンスターが凶暴化したエクスペルにずっと暮らしていたディアスなどは、こういった林中を渡るときにも常時強い警戒を払う癖がついてしまっているのであろう。実際は魔物など滅多に出るものではなく、ディアスはどこか物足りなさそうな表情で、剣の鞘に当てていた手をいつの間にか解いていたのであった。

 森に面した街道には幾人かの人々が行き来していた。そのほとんどが農業従事者といったような感じで、鍬や台車を持つ人も居れば、今日の収穫物の根菜を両手に抱えている人も居る。

 見渡せば広大な農業地帯が広がっており、この中を交通路であるこの道が貫通しているような感じだ。遠くには小さな集落のようなものがちらほらと散見できるが、クロード達の目的地はそのような場所ではなかった。

 この道のずっと先に見える、地平線に隠れそうな城。あれこそクロードが宇宙船内から見つけていた、目的の街だった。

「えーーっ!? あそこまでまた歩くのー!?」

 それを目にしたプリシスは、気だるそうに膝を抱えながらそう言った。

「お前なぁ、あれくらいすぐに着くだろ! リンガとラクールなんかより断然近いぜ?」

「このあいだアシュトンの家へ向かったときも同じような感じでしたよね? もう20歳になるというのに、この体力の無さじゃあ将来は……」

「……だ、誰も疲れたなんて言ってないじゃん!」

 ボーマンとノエルの駄目出しを喰らい、プリシスはむっと膨れながらも再び足を伸ばして立ち上がる。アシュトンはそんなプリシスを心配し、荷物を持とうかと彼女に声をかけるのだったが、あっさりと機嫌悪そうに断られてしまうのだった。

「さっさと行こーよ! さっさと!」

 そう言って前方を指差すプリシス。無理して頑張る彼女を見て、僕達も行こうとクロードは仲間達を促した。

 ちょうどそのとき、後ろのほうから突然クロード達に声がかけられる。

「おお。お前さんたちもこれから行くんじゃな?」

 一斉に振り返ってみれば、そこには一人の農夫が立っていた。後ろには数頭のヤギを紐で繋いでおり、どこかの遊牧地から宿舎へと連れて帰る途中なのだろう。

「え、ええ……」

 急なことに驚いたレナは、咄嗟にこくこくと頷いてそう答えた。

「そうかそうか。それならばしっかりと顔を拝んでくるんじゃぞ。ワシらは忙しくて見に行けんからなぁ……」

 老人は羨ましげにそう呟くと、「ほれ! 行くぞ!」と連れのヤギたちの手綱を引っ張り、脇の小道へと入って行ったのだった。

 だが突然そんなことを告げられても、クロードたちは彼の意味することが何のことなのだか、さっぱりきっぱり分からない。

 小道の向こうにはこれまた小さな集落があり、恐らくあの場所へと農夫は向かうのだろう。だがそんなことを考えるよりも先に、クロードは彼にもう一度尋ねなければならなかった。

「ちょ、ちょっと待ってください! しっかり顔を拝むって、一体誰の事を言っているんですか?」

「は? 何ボケとるんじゃ? 顔を拝むといえば………ん、誰じゃったかのう? 名前が出てこんわ……」

 クロードの呼び止めに農夫は足を止め、少し面倒臭そうな顔をしつつも返事をしてくれた。だが、誰の顔を拝むべきなのかという肝心なことをど忘れしてしまったようで、農夫は言い終わる前にごにょごにょと言葉を詰まらせるのであった。

「……すまん、忘れてもうたわ。まぁ、しっかり見てくることじゃな」

 最後にこうきっぱりと告げると、「ほいほい!」とヤギたちを誘導しながら、その農夫はそのまま向こうのほうへと行ってしまった。

 それをただ呆然と見送るクロードたち一行。

「なんだったんだ………?」

 ディアスがぽつりと呟く。最後に名前を思い出そうともしないところを見ると、農夫はよほど早く家に帰りたかったのだろう。肝心なことを聞けなかったために、ディアスは少しもどかしそうである。

「さっぱり何のことか分からなかったわね。でもあの人が言っていた、「顔を拝む」ってところが気になるわ。一体何のことなのかしら……?」

 チサトも腕を組んで声を唸らせる。

「おそらく、なにかしらの行事が街で行われているんですわ。顔を拝めと仰られていることから、有名人が来たりだとか、そんなところじゃなくて?」

「……でもさ、こんな辺鄙な場所の、しかも流行りに全く疎そうなさっきの農夫のおじさんでさえも羨むようなことなんでしょ? 普通に考えて、有名人とかそんなんじゃないと思うんだけどなぁ……」

 アシュトンの言うとおり、外界に疎そうなさきほどの農夫でさえも知っているような事なのである。

「ま、行ってみないとわかりませんわね。どのみち私たちは向こうに行くわけですし……」

「そーだな。おい、ノエル! いつまでヤギを目で追ってるんだ? 早く行こうぜ」

「あ、うん!」

 ついつい農夫の連れているヤギに目をとられていたノエルは、慌ててボーマンにそう返事をする。

「もたもたしている時間はないぞ。とりあえず夕暮れまでには、街に着かないといけないんだからな」

 農夫の話も気になるところではあるが、ここはディアスの心配するとおり早く道を急がないと、灯りの無いこの道では夜になってしまうと完全に方向性を見失ってしまうだろう。まだ日は暮れてはいないが、かといって日没まで十分な時間があるわけでもない。

 農夫との会話の間、密かに休憩をしていたプリシスも十分に回復した様子であるし、そろそろ出発してひと頑張りしたいところだ。

「何か臭うね……」

「へ、何が?」

 そんな中、ふとレオンが難しげな顔で小さく呟くと、それにチサトが反応する。

「……いや、なんでもないよ」

「……あら、そう」

「さ、早く行こう!」

 そう言うと、レオンは何事もなかったかのようにてくてくと歩き始めた。しかし彼が小さく呟いた言葉通り、このことが後々この星に大きな波乱を巻き起こすことになるとは、現時点において彼以外は誰も予想できなかったのであった。


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