Star Ocean
Graceful Universe

連載長編小説

66.第五章 第14話

「まさかこんな目に合うとはな……」

「ほんっと、せっかく魔物を倒してあげたのに。恩を仇で返されるってのはこういうことを言うのよね」

「まったくだ。派手な行為は慎むべきだと改めて思い知ったな。ま、あの場合は仕方ないが……」

「私たちは間違ったことはしてないわよ。過ぎたことで思い悩むより、どうやってここから抜け出すか考えましょ」

 チサトとディアスはケルベロスを倒した後、連行されたハルマ城の地下牢に閉じ込められてしまった。

 なぜ街を救った自分たちにこのような仕打ちを与えるのか。考えられる理由としては、やはりミント姫の失踪事件だろう。

 チサトとディアスがこの街に到着してすぐに上着を買ったあの店。寒さに無防備な男女二人が夜中に押しかけて防寒具を買うということは、どう考えても不審極まりない。チサトたちを連行した兵士の話によると、その店主からここに今朝通報があったそうだ。

 国境が封鎖されている今、街の外からの人の流れは最低限の物流を除くと無きに等しかった。不自然なタイミングで街に現れた二人は、この国を騒がせている失踪事件に何か関連があると考えられてもおかしくはないだろう。

 ケルベロス戦でさんざん見せつけた無駄な戦闘能力の高さも相まり、ディアスとチサトはいまや完全に被疑者にされたわけである。後々は事情聴取も行われるらしい。

「けど、そうは言ってもねぇ………」

 牢壁にもたれかかっていたチサトは、改めて部屋の周囲を見渡した。窓も何もない、ただ壁に囲まれた空間。そこに触れるとじーんと冷たい感触が伝わってくる。部屋の出口は換気用の小穴がいくつか空いているだけの、大きな鉄の扉だけだった。

 幸いにもボロボロの毛布が5枚ほど床に置かれてあり、チサトはこれを壁との間のクッション代わりにしていた。かなりの断熱効果があり、熱が壁へと逃げるのを防ぐことができる。彼女はこれ以外にもさらに2枚の毛布に体をくるめ、その場で考え事をしながらじっと座っていた。

 一方のディアスは1枚の毛布を床に敷き、その上で横になりながら残りの1枚を体に掛けていた。力づくでの脱獄は諦めざるを得ない状況であり、二人はそれ以外の打開策を見つけるべく思考を巡らせていた。

 ここに入れられる前、二人はありとあらゆる荷物を没収された。その中には例の通信器も含まれていたため、ここあら仲間に助けを求めることはできない。そうなれば自力で脱出するしかないのだが、当然ながら剣も取り上げられているため武力行使は厳しい。

 いずれ自分たちを尋問にかける兵士がここに来るため、その際に武器を奪って逃げ出すのが最も現実的だろう。もしそうなれば、そのときは自分の体術を信じるしかない。

 様々な場面に備えるべく脳内でシミュレーションを繰り返すディアス。そんな時、その傍らでもぞもぞしていたチサトが突然そっと立ち上がった。

「ご、ごめんディアス。ちょっとだけ向こうむいてくれない?」

 彼女にしては珍しく、妙にたどたどしい口調だった。

「何だ?」
「その……ちょっとトイレを…………」

「……は?」

 ここは牢獄。当然受刑者が用を我慢できなくなったとしても、彼らを外に出すわけにはいかない。そこで何もない牢部屋とはいえ、きちんと便器ぐらいは用意されているのだ。

 しかしその周りに仕切りなどは無い。ただ洋式便器がひとつ、剥き出しの状態でポツンと部屋の済に置かれているだけだった。

「だ、だからトイレよ。恥ずかしいから何回も言わせないで!」

「あ、ああ……」

 ディアスもようやくチサトの言いたいことを理解したようで、慌てて体を回転させて彼女に背を見せた。

 チサトはディアスがこっちを向いていないことを何度も確認すると、おどおどと自分の服に手をかけようとした。だが、ここでもう一つ言わなければいけないことがあることに気付く。

「……そうそう、あと耳も塞いどいて」

「…………」

 ディアスは黙って毛布の中に潜り込む。さすがの彼もこの状況では、チサトの言葉に素直に従うほかなかった。

「……これでいいだろ?」

 あのディアスが毛布の中で丸くなっているというのもなんだか滑稽な光景だった。もちろん、今のチサトにはそんなこと考える余裕などないが。

「しかしお前もそういうところがあるんだな。意外だ」

 毛布の中から、しれっとディアスの声がする。

「しっ、失礼ね!? 当たり前でしょ!? この変態!」

「まぁこんなことをしても、聞こえるものは聞こえると思うぞ」

「うるさいわね、黙ってなさいよ!」

 チサトは恥ずかしさで顔を赤らめつつ、牢屋から出た暁にはデリカシーの欠片もないこの男を一発殴ってやろうと決心したのであった。





 牢獄での監禁生活は予想以上に過酷なものだった。先程のトイレの例もあるが、とにかく色々ストレスが溜まるのである。体は休まらないし、窓の無いこの場所では今が昼なのか夜なのか、そういった時間感覚もマヒしてしまう。

 捕まってからいったいどれくらいの時間がたっただろうか。二人が牢屋から抜け出すことができる機会は突然巡ってきた。いきなり金属が軋む音とともに鉄の扉が開かれると、重厚な甲冑に身を包んだ兵士が五人、自分たちをここから連れ出すためにやって来たのだ。

「お前たち、今すぐここから出るんだ!」

 ようやくこの場所から出られる。彼らを見たチサトはそう思うだけで感無量だった。これから尋問されるのか拷問されるのかは分からないが、少なくとも食べ物さえ与えられずに餓死するといった事態は避けられたのだ。

「はー、ようやくお迎えがきたのね……」

「うるさい。つべこべ言わずに黙って歩け!」

 扉から出たチサトとディアスにぴったりと張り付きながら、五人の兵士は地上へと続く階段に向かっていった。彼らは二人を相当に警戒しているようで、チサトが少しでも後ろを振り向こうものなら、瞬時に鋭い眼差しが彼女へと向けてきた。

 仕方なく彼らに言われるがままチサトとディアスはてくてくと足を進めた。牢獄から続く暗くて冷たい階段を登ると、石造りの殺風景な廊下に辿り着く。ここは牢に入れられる途中で一度通った場所だ。

壁にはきちんと窓があり、そこから見える城の外はすっかり日が暮れてしまっていた。どうやら自分たちは早朝に捕まって以降、ほぼ半日近い時間あの場所に拘束されていたらしかった。

 さらに一行は階段を上へ上へと登っていく。螺旋階段の途中には等間隔で扉があったが、チサトたちが連れて行かれたのは最後の扉、つまりこの建物の最上階だった。

「例の者たちを連れて参りました、ラム様」

 そこに到着すると、兵士の一人が扉越しにそう声をかける。するとその向こうからは、男の声が小さく返ってきた。

「入れ」

「はっ、失礼いたします」

 そう言って兵士たちは扉を開くと、手にしていた槍の鍔(つば)でチサトとディアスを乱暴に部屋へと押し込んだのだった。

「ちょ、ちょっと! なにすんのよ!?」

 チサトが顔を歪めながら文句を言おうとする。だがそのとき、すかさず部屋の主が彼女に言葉を放ったのだった。

「これはまた、短気なもんだな」

 部屋の中心には会議用のもとの思われる大きなテーブルが一つ。そしてその最も奥には、群青色をしたベルベット生地のソファに座る一人の男の姿があった。

「女風情がほざきおって……」

「な、なんですって!?」

「貴様、ラム様の前では口を慎め!」

 口で抵抗する隙もなく、チサトとディアスはそれぞれ二人の兵士に両腕を攫まれた状態で、そのテーブルの前まで引きずり出されたのだった。

 兵士の言うラムとやらが、二人の目の前にいるこの男の名だった。大柄で恰幅は良いが背はそれほど高くない。やや禿げあがった頭の下には、垂れているものの威厳のある瞳が備わっている。

「あのケルベロスを倒したのはお前たちだな?」

「ええそうよ! 何か文句ある!?」

 吐き捨てるようにそう言い放つチサト。護衛の兵士はまた槍を向けようとしたが、それを見たラムは「やめろ」と命令し、それを制止した。兵士ははっきりとした声で「申し訳ありませんでした」と言うと、まるで機械のような機敏さで武器を元に戻したのだった。

「あれからお前たちの荷物を調べさせてもらった。物騒なものとはいえ、なかなかいい剣だな」

 ラムは自分の脇に置いてあった剣を机の上に差し出した。それはディアスが没収された長剣だった。それを見たディアスは「ふん……」と不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「どこでこれを手に入れた?」

「………」

「……ふん、しらを切るか。まあいい………」

 ラムは不敵にそう言うと、さらにまた何かを取り出そうとする。

「私が本当に知りたいのは、こいつなのだからな………」

 彼がそう言いながら机に置いたもの。それはクロードやアシュトンと連絡をとるための通信機だった。それを見たチサトは彼らに聞こえないよう、「やっぱりか……」とこっそり呟いたのだった。

「これは何だ……?」

「……………」

「こればかりは言い逃れさせん。こんな物体、私は見たこともない……」

「……………」

「何も話す気はないようだな………」

 ラムはそう言うと、腕を組みながらテーブルに身を乗り出すのだった。

「では単刀直入に聞こう。お前たちはこの国でおきている事件について、何か心当たりがあるのだろう?」

 彼の言う事件とはミント姫の誘拐事件のことだ。

「私はキーサイド王国軍の軍師、ラムという。今はミント姫の誘拐事件の調査をしているのだが、その最中お前たちは町中に突如として現れた。あの腕の立つ戦いぶりといい、この光を放つ奇妙な物体といい、どうにも怪しすぎる。正直な話、ノースフォールの門を突破し、ミント姫を連れ去ったのは貴様らではないかと私は考えているのだ」

 ラムの正体はこの国の軍隊の司令官であった。そしておそらくここは彼の部屋。チサトたちはこの男によって誘拐犯の容疑をかけられていた。

 だが、そんなことよりチサトは“光を放つ奇妙な物体”という彼の言葉のほうが気にかかった。奇妙な物体とは通信機のことなのだろうが、それが光を放つとラムは言っているのである。

 チサトがふとそれに目をやると、ちょうど着信ランプの部分が緑色に点灯していることに気がついた。おそらくラムの言う光とはこのことであり、これは仲間の誰かから連絡があったことを意味している。チサトはすぐにでも通信機を取り返さなくてはいけないと、心に少しだけ焦りを募らせたのだった。

「どうだ、何か言え。ミント姫はこの国のどこにいる?」

「………」

「それでも口を割らず、か。まあいいだろう……」

 ラムはそう言うと、彼女の両腕を掴む兵士へと視線を向けた。

「おい、その二人を拷問室へ軟禁しろ。口を割るまでな」

「はっ!」

 兵士は短い返事をすると、チサトの両脇をぐいと引っ張った。

 さすがに拷問はまずいとチサトは思った。しかし、かといって自分たちは事件と無関係だと告げたところで、あの男は相手にしてくれないだろう。チサトはやむなく咄嗟の判断により、ここである賭けに出ることにしたのだった。

「……ええそうよ。私たちがミント姫を誘拐したわ」

 彼女の両腕に兵士が力を込めた瞬間、チサトは憮然とそう言い放った。

「どう、これで満足かしら?」

 突然の一言にラムは一瞬動きが固まったが、すぐにその表情には厳めしさが戻る。

「……ようやく口を割りおったな」

「ま、さすがに痛いことはゴメンだからね」

「そうか。こちらとしても手間が省けて何よりだよ」

「手間? 女の子に手をだそうとワクワクしてたんでしょ?」

「ふん、何とでも言うがいいさ……」

「あっそ。なら好きなだけ言ってやるわ」

 チサトはそう言って不敵に笑って見せた。

「おい、どういうつもりだ……!?」

「しーっ! いいからいいから!」

 彼女の態度の急変っぷりに呆気に取られていたディアスが、ひそひそ声で耳打ちする。チサトはそんな彼に向けて、黙って大人しくしていろとジェスチャーを交えながら指示したのだった。

「それで、ミント姫をどこに連れて行った?」

 ふたたびラムのけたたましい声が聞こえてくる。

「言え!」

「残念。それは私にも分かんないわ」

「な、なに!?」

 その問いにチサトがふるふる首を振ると、ラムは明らかに激昂したのが見て取れた。

「誘拐犯風情が。隠そうとしても無駄だ!」

「だから知らないって言ってんでしょ? 馬鹿なの、あんた?」

「ふ、ふざけるな!!」

「あら、そんなつもりないんだけれど」

「くっ……生意気な口を聞きおって……」

「……ま、私と取り引きするってんなら、知ってることくらい教えてあげてもいいけどね」

 チサトがそう言うと、ラムは急に大人しくなった。

「取り引き……だと………?」

「ええ、そうよ」

 チサトは淡々とした口調でさらに話を続ける。

「ノースフォールの門の兵士を眠らせたのは私と彼。当然、私がミント姫に変装してね」

「な、なに……!?」

 チサトの言葉に、ラムの表情がまた急変した。どっかの誰かさんと同じでわかりやすい男だなとチサトは思った。

「まさかお前たちは………」

「そ、私たちは囮だったってワケ。ここで捕まるのも計算のうちってことよ。あんた達が私らに気を取られている間、本当にミント姫を攫った仲間がキーサイド王国に侵入するっていう計画だったんだから」

 ぺらぺらとありもしない嘘を陳ずるチサト。よくもまあここまで話をでっちあげられるもんだと、ディアスはある意味関心しながら彼女を眺めるのであった。

「もしあんたが私たちを自由にしてくれるってんなら、その仲間の場所を教えてあげるわ。悪い取り引きじゃないと思うけど?」

 ここまで言い終えると、チサトはどうだと言わんばかりにラムの返事を待つのだった。

「……どうやって仲間の場所を知るというのだ?」

 これが開口一番、ラムの放った言葉だった。彼の言うとおり、チサトの話が本当で仲間の場所を教えてくれるにしても、その仲間が今どこに居るのかを知る手立ては今の彼女にないはずだ。

「その机の上に置いてある、光を放つ道具があるでしょ?」

 そんなラムの疑問に答えるべく、チサトは取り上げられた通信機をぴんと指差した。

「それは私と仲間が連絡を取ることのできる魔具なの」

「……ほう、なるほど。そういうものだったのか…………」

 ラムは通信機を持ち上げながらふむふむと頷いた。

「もしそれを返してくれたら、私が仲間に居場所を尋ねてあげるわ。もちろん、ここに居ることは内緒でね」

「……つまり、仲間を売ってでも助かりたいと…………」

「そゆこと。なんだかもう疲れちゃった。死ぬのもゴメンだし、ここはひとつ、あんた達の肩を持ってとんずらすることにするわ」

「………なるほど、面白い」

 ラムはそう言うと、ニヤリと一笑した。

「わかった。お前たちが誘拐犯を裏切って我々の味方をするというのならば、解放してやろう」

「あら、意外と話が分かるのね?」

「ただし、きちんと奴らの居場所は聞いてもらうぞ」

 ラムは手招き合図で兵士の一人を呼び寄せると、これをチサトに渡すようにと言い添え、通信機を託した。

「はいはい、分かりました……っと」

 彼から通信機を受け取ったチサトは、手早くそのロックを解除した。画面には不在着信が一件、やはりクロードからだった。音声ではなく文章メールにて要件が届けられており、その内容は“状況はどうだ?”の一文だけだった。

「それじゃ……」

 ここにいる全員が見張る中、チサトはスピーカー音量を最大まで上げ、音声連絡にてクロードを呼び出したのだった。


――――トルルルルル――――


 通信機の単調な呼び出し音だけが、静寂に守られた部屋の中に響き渡る。ラムや護衛の兵士、そしてチサト本人も、それぞれ緊張は最大のところまで到達していた。

『……もしもし、チサトか?』

 その音が途切れた瞬間、同時に通信機からクロードの声が聞こえてきた。

「あ、クロード。ごめんねー、返事するの忘れてて」

『いや、別に構わないよ。それより状況はどうだ?』

 それを聞いたチサトは視線をラムのほうに向けながら、マイクに向かって声を出した。

「こっちは何ともないわ。いまキーサイド王国の首都ハルマってところで、ゆっくりディアスと休憩しているの」
『そうか、ならよかったよ』

「で、クロードたちはどこで何してるの?」

『ん、僕たちかい?』

 そのクロードの言葉を聞いたラムはほくそ笑みながら、チサトに向けて大きく一度頷く。

『僕たちはちょうど、ノースフォールの門に到着したところさ。もう日も暮れかけているし、今日はここの宿屋で一泊するよ』

「へー、そうなの。お疲れさま。そのままキーサイド王国に入るのかしら?」

『ああ。なんだか今は普通に国境を行き来できるみたいなんだ。また何かあればこっちから連絡するよ』

「はいはい、おっけー了解!」

 チサトはそう返事をすると、あっさりと回線を切断した。通信機からプツリと遮断音が鳴ったことを確認すると、チサトはラムに対して得意気に口を開く。

「どう? これで満足でしょ?」

「なるほど。ノースフォールの門に、ミント姫とその誘拐犯は居るんだな………」

「ええ、そうよ。それで……」

「ということは、騎士団を派遣して…………」

「ちょっとあんた! 話聞いてるの!?」

 だが一方のラムはというとチサトの言葉など耳を貸すことなく、拳をぎゅっと握りしめながら誘拐犯の捕獲を所感していたのだった。

「おいお前たち! 今すぐノースフォールの門へ出撃するよう、第一騎士団、第二騎士団、そして第六騎士団に通達しろ!」

「ははっ!」

 ラムは部屋に居た兵士のうち、チサトとディアスを拘束していない者に向かって鋭い口調で指令した。その命令を受けた2人の兵士は急いでこの部屋を後にすると、鎧の音をガシャガシャと響かせながら螺旋階段を降りて行ったのだった。

「よし……! ようやくミント姫は保護できるのだな。よかった、これでまた………」

「だーかーらー、私の話を聞けっての!」

 独り言ばかりを呟くラムに対し、ついにチサトは堪忍の緒がぷっつり切れたかのよう大声で怒鳴り散らした。

「私達をちゃんと約束どおり解放しなさいよ!」

「ん? ああ、そうだったな……」

 ラムはまるで興味のないものを蔑むかのような目線をチサトとディアスに送った。

「おい、放してやれ」

 ラムがそう指示すると、ようやくディアスとチサトの両腕を束縛していた兵士が離れていった。チサトは顔を歪めながら、掴まれていた部分をパンパンと何度も払う。

「これも返してもらうぞ」

 こちらもまた自由になったディアスは、そう言ってテーブルに置かれた没収物を取り戻した。まず自分の剣を腰へと吊り直し、続いて私物や防寒着の入った大袋を背中に担ぐ。

 クロードたちを少し犠牲にしてしまう形になってしまったが、ようやく自分たちはこの城から抜け出すことができそうである。チサトとディアスは袋から取り出したそれぞれのコートを羽織り、外に出る準備をてきぱきと進めたのだった。

「意外と素直に解放してくれるのね?」

 ダッフルコートの麻紐ループを掛けながら、チサトはラムにそう尋ねた。

「私はきちんと約束は守る男だ」

「そ。助かるわ」

「まぁ、貴様らもこれに免じて犯罪事から足を洗うんだな」

「はいはい、肝に銘じておくわね。それじゃ」

 チサトはそう言い残すと、ディアスとともにこの部屋を立ち去っていくのであった。外にある階段を下りた先、この城の一階には長い廊下があり、それがそのまま出口へ続いている。

「やっとここからおさらばできるわね、ディアス?」

「ああ、お前がうまく言ってくれたおかげでな……」

「どういたしまして。ってことで、街についたら何か奢って? もうお腹ペコペコなの」

「……仕方ない奴だな」

 そんな話を繰り広げながら、二人はゆっくり早足で螺旋階段を降りていくのだった。






「ラム様、よかったのですか? あの者たちを帰してしまって……」

 彼らが立ち去った部屋では、ラムと一人残った兵士がなにやら会話を始めていた。

「ふん、まさか」

 その兵士の質問に、ラムは鼻で笑って見せた。

「ザラをここに呼べ」

「ザ、ザラって、あの傭兵をですか?」

「そうだ。早くしろ」

「はっ……!」

 その言葉を受けた兵士は駆け足で部屋から立ち退いていく。

 パタリと扉が閉められ、誰もいなくなった私室で一人になったラムは、ゆっくりとテーブルの下の引き出しを開いた。そしてそこから文字の書かれた一枚の便箋を取り出すと、それをおもむろにビリビリと破き去った。

「ヘイデンの奴め、私を裏切るからこういうことになるのだ……!」

 ヒラヒラと地面に舞い散った便箋を靴で潰しながら、ラムは一人で嘲笑を浮かべるのであった。

 ちょうどそのとき、部屋の扉がノックされ、一人の男が姿を現す。

「お呼びですか、ラム様?」

 今までの軽装な衛兵とは違い、分厚い鎧と兜に身を包んだ男。その姿を確認したラムは、待っていたとばかりに口を開いた。

「……暗殺命令だ、ザラ」

「暗殺……ですか?」

「そうだ。ケルベロスを倒し、今朝牢屋に入れられた二人の男女が居ただろう。先ほど、あいつらをここから城下町へと解放した」

「……その彼らを殺せと?」

 ザラと呼ばれた傭兵は静かにそう訊ねた。

「ふっ、なかなか察しがいいな。奴らを殺し、所有物を全て奪うのだ」

「……金はいくら出す?」

「20万でどうだ?」

「………あと10万だ」

「ふっ、かまわん。30万、いや、色をつけて40万だ。その代わり、確実に殺れ」

「…………分かった、引き受けよう」

 ザラは一言、手短にそう返事をすると消えるように部屋から出て行った。ラムはそんな彼の後姿を、順風満帆だと言わんばかりの表情で見送ったのであった。


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