Star Ocean
Graceful Universe

連載長編小説

46.第四章 第1話

「………ということがあったんです」

 長い長い任務報告書。レポート用紙6~7枚にもわたるその内容を読み終えると、クロードは唇を固く結ぶ。そしてクリップで留められたそのレポートの束をもう一度丁寧に閉じ直すと、それを目の前に居る人物に差し出した。

「以上です。任務の最中に勝手な私用を挟んでしまったため、帰還が遅れてしまいました。反省はしています……」

 ぎゅっと目を閉じ、しっかりと頭を下げる。それと同時にクロードの金色の前髪がだらりと下へ垂れた。

 ここは地球のニューヨークにある銀河連邦本部ビル。その一角に位置するランサーの私室である。全面ガラス張りの小奇麗なオフィスビルを想像させる内装の中には、幾つかの観葉植物が違和感なく置かれている傍らで、過去のランサーの栄光を現す勲章の数々が壁一面に飾られていた。

 今その部屋にはクロードとランサーの二人だけ。向かい合う二人の空気はひどく張り詰めていて、とても居心地がいい雰囲気であるとは言えない。

 クロードたちは昨日、惑星ロザリスでの任務で使用した連邦の宇宙船と、プリシスの宇宙船“無人君act2”の二艦により地球へと帰還していた。そして今日から早速、クロードは休む間もなく連邦の本部での勤務を再開させていたのであった。

「……エクスペルにネーデ人が現れたというのは本当か?」

 ランサーが報告書をクロードから受け取ってからの第一声がそれだった。

 クロードはこのことに少し驚いた。なにせ自分はテトラジェネシスにエクスペル、二ヶ所も寄り道をしたのだ。許可はとったとはいえ、何かそのことに対して言及されてもおかしくはないだろう。

 だが、不思議なことにランサーはそのことを一切咎めはしなかったのである。もしかしたらネーデ人に関する話の後でその事に触れるつもりなのかもしれないが、態度からして重大な問題とは見なされていないようであり、そんな彼の様子にクロードは緊張が少し解けたような気がしたのだった。

「えっ………!? は、はい。僕が直接戦ったわけではないので詳しくは分かりませんが、その事に関してはプリシスに聞けば分かると思います」

「そうか。ネーデ人が現れた、か………」

 ランサーは肘を机につき、それをつっかい棒にするように自分の顎をその上に乗せた。

「クロード。テトラジェネシスだけでなくエクスペルにも行くという勝手な行動をとったこと、普通なら許されることでは無い。いくら銀河考古学会からの依頼があるとはいえ、本来ならば何らかの罰則が課せられる……」

「はい、覚悟はできております」

「………と言いたいところだが、それが予期せぬ、そして極めて重要な結果を招いたことも事実だ。それに免じて、今回に限り見なかったことにしてやる。きちんと連絡もしてくれたわけだしな」

 やはり、ランサーは彼を咎めなかった。確かにクロードがエクスペルに行ったおかげで、イーヴとグレッグという二人のネーデ人の存続を確認することができたことは事実である。

 このことを今回の功績とし、勝手な行動は大目に見てもよいと判断してくれたようである。結果オーライと言ってしまえば軽く聞こえてしまうが、要はそういうことらしい。

「そ、それでは……」

「ああ、ご苦労だったな。ロザリスで保護条約を違反したアルフレッドとやらは、またこちらで調査と追跡をしておく。プリシスやレオン、そしてチサト・マディソンやノエル・チャンドラー先生にも労いの言葉を添えておいてくれ」

「は、はい!」

 一番心配していた件に関して、ランサーの口から直接免罪を言い渡されたことにより、クロードは一気に気が楽になった。

 実は地球へ帰る途中、その宇宙船内でこの報告書を作成していたときから、既にクロードは気が重かった。

 勝手な行動をどう説明するべきか、任務の失敗でどれくらい怒られるのか、許しが出たとはいえ罰則が与えられることも十分考えられたため、それはどれくらい厳しいものになるのか。

 そんな事に頭を悩ませながら今日も重い足取りで出勤して来たわけであるが、それも取り越し苦労に過ぎなかったという結果に終わってくれた。

「とりあえず、もう既に次の任務はおおかた決まっている」

「そ、そうなんですか……?」

「ああ。その詳細が決定し次第また呼び出す。それまでゆっくりと体を休めておくように」

 ランサーはそう言うと、受け取った報告書を大事そうに机の引き出しにしまいこんだ。

「は、はいっ。それでは失礼します!」

 クロードはランサーにいつも通りに敬礼すると、ピンと伸ばした背筋を崩さぬようにゆっくりと部屋を後にしたのだった。





「はあぁ、よかったーー……」

 ランサーの部屋を出たクロードは今までとは態度を一転し、廊下にあった背もたれ無しのソファに力なく座り込んだ。緊張の糸が一気にほぐれたのか、気がつけば手が汗でびっしょりだった。

「その様子だと、なんとかうまくやり切れたの?」

 この部屋の前で彼を待っていたレナが、そんなクロードにすかさず声をかけた。彼女は不安に駆られるクロードを心配し、ここまで彼と一緒について来てくれていたのだ。

「ああ。ほんとに助かったよ。さすがにあれだけ勝手に動いたんだ。今回は本気でヤバイと思ったよ……」

「まあ、エルネストさんといいディアスといい、色々あったものね……」

「うん。やっぱり二人とも、ほっとけなかったからね……」

 その結果がどうなろうとも、クロードにとってこの二人は大切な仲間である。その決意は4年前、エルリアタワーで宇宙船カルナスから帰還した時から変わらない。自分一人のために仲間を犠牲にすることは絶対にしてはいけないと、クロードは心に誓ったのだ。

 結局はそれがクロードと父ロニキスの最期の別れになったわけだが、クロードはこの選択に後悔はしていない。今度は自分が父のような立派な軍人目指して頑張ればいい。父もそれを望んでいることであろう。

 その軍人としての仕事の一環であった今回の任務。色々と楽しいこと、そして連邦に貢献した部分も少しはあった。だが……

「まぁ、それでも今回の任務は失敗ってことだね。いくつか収穫はあったにしても」

「そうね……でも………」

 レナはそう言うとクロードの隣にそっと腰掛けた。

「私にとっては、すごく中身のある任務だったわ。いろいろ悪さをしている人たちを見つけることだってできたんだし……」

「レナ……?」

「それに、エクスペルに行くことができて、すごく嬉しかったもん」

 任務の直前にしたレナとの食事の際、クロードは彼女を絶対エクスペルに連れて行くという約束をした。ロザリスでの任務を成功させてランサーの信頼を勝ち取ってから、このことを上司に相談するというのが当初の予定であったが、それとは違う予想外のかたちでこの約束は実現することとなった。

「ありがとね、クロード。これで私は、また地球で頑張っていけるわ」

「ははは……そう言ってもらえると僕も救われるよ」

 二人はそんなことを言いあいながら、廊下で和やかに笑い合ったのであった。

「あ、そうそう。ランサーさんにさっき言われたんだけど、次の任務はもう決まっているんだって」

 クロードはまた新たな話を切り出した。先ほどランサーから告げられたことに関することだ。

「へっ!? クロードにはもう次があるの?」

「みたいだよ。詳しい話をするためにまた呼び出すってさ」

 そう言うとクロードはゆっくり息を吐いた。

「そしてこれも多分だけど、その任務の指揮官もまた僕がやると思うんだ。その時はもっとたくさんの仲間を連れて行くから、また一緒に頑張ろうよ」

「そうなんだ………わかったわ!」

 レナは少し間をおいてから頷いた。

「頑張って任務の失敗を挽回しましょ!」

 次の任務がある。そうクロードから話をされたレナにとって、今度こそは彼と二人きりで行きたいというのが本音ではあった。

 彼女の場合、ロザリスでの最大の目的はクロードとの二人旅を満喫するという不純なものであった。はじめこそ2人でロザリスの探査していたために順調ではあったものの、チサトの登場にネーデ人の出現。このあたりから計画を狂わされてしまった形になったのだ。

 最後にクロードといい雰囲気になったときといえば、ロザリスの王都レッジで二人過ごした夜まで遡る。物足りないのも当然であり、それゆえレナが本当に挽回したかったのは任務そのものではなくこっちの件であった。

「そうだね。たぶんプリシスやチサトさんは来ると思うから、また賑やかになるよ」

「え、ええ、そうね……」

 他に仲間が居るなら意味無いじゃない、とは口が裂けても言えなかったレナは、力なくそう返事をするしかなかった。その代わりと言っては何だが、レナは腹いせにクロードに釘を刺しておくことを思いついた。

「あ、そうそう、クロード!」

「ん? なんだい?」

「明後日の日曜日、遊園地に遊びに行くのが任務で延期になったとしても、また後で一緒に行ってくれるわよね?」

「えっ!? あ、ああ、もちろんだよ……」

 彼女と交わしたもう一つの約束を思い出して焦るクロードを見て、レナは少し満足したかのような笑みを彼へと向けたのであった。


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