連載長編小説
47.第四章 第2話
クロードとレナ以外の仲間たちも、地球に帰還した次の日には早くも活動を再開していた。その中の一人であるノエルは珍しく朝一番から大学の図書館へと赴くと、漁るかのように大量の文献を引っ張りだし、閲覧机の上でそれらと睨めっこを続けていた。
規則正しく並んでいるステンレス製の書架からノエルが選び出したものは、もっぱら宇宙の種族学や宇宙史、進化論などに関するものだった。
しらみ潰しにいけばキリがないであろうほど大量の蔵書が納められている大図書館。ノエルは多くの書物に次から次へと目を通したが、なかなか目的の記述に巡り合うことはできなかった。
「やはり、ここにあるわけないですね……」
ノエルの目の前では多量の書物が机上を占拠している。それも読み終えた資料をその上にどんどん積み重ねてきたせいで限界が訪れていうようであり、いま手にしているこの本を分厚い書物のタワーの上に置けば、たちまちバランスを崩して崩壊してしまうであろう。
周囲の目線を完全にシャットダウンする本の壁の中でノエルが探していたもの。それは古代ネーデに関する記述だった。
しかしノエルは、そんなものがここにあるとはハナから期待していなかった。なにせ連邦によってエナジーネーデが発見されたのはつい最近のことだ。それは彼自身もよく分かっていた。
それではノエルはなぜ血眼になって調べ続けるのか。それはもう一つ、彼には探している情報があったからだ。先日クロードに尋ねられた“長い耳を持った種族”に関することである。
はじめはクロードの見間違いだと思っていたものの、イーヴとグレッグという実物のネーデ人が自分たちの目の前に現れたことで考えが大きく変わってしまった。彼らがネーデ人であることに間違いはない。その正体に少しでも近づけるヒントは何か無いものかと、藁にも縋る思いで黙々と調査を続けることにしたのだった。
滅びを受け入れたのだから、彼らはもうこの世に存在してはいけない。だがその一方で、あの頃を思い返す度に脳裏に現れるのは、平和だったエナジーネーデの光景と、そこで暮らしていた人々の顔だった。
望んではいけないと知りつつも、心のどこかではまた彼らに会いたいという想いが潜んでいることもまた、ノエルは気付いていたのだった。
「さて、そろそろ休みますかねぇ………」
ノエルは静かに本を畳んだ。あまり長い時間こういうことを続けていると、いよいよ頭がパンクしてしまう。溜まった疲れを解すためにも、このあたりで少し休憩を挟むことにした。辺りを見渡せば学業に励む学生達が自分と同じように机を占拠し、必死にペンを走らせている。
「いいですねぇ。学生さんは気楽で………」
彼らの姿を見てそう呟くと、ノエルは半日ほど座り込んだままの体を椅子から持ち上げた。背中とお尻がズキっと痛む。腰を擦りながら、ノエルは積み上げられた本のタワーを解体しようと、慎重に手を伸ばした。
「ふぅ、これだけのものを読んでも、結局は時間の無駄でしたねぇ」
そしてそれらを元あった書架へと戻す途中、ノエルは束になった文献の重さにひしひしとそう実感させられたのだった。
「……ノエル先生?」
そんなことを思っているとき、ふと自分に声がかけられた。
「こんにちは。そんなにたくさんの本を読むなんて、先生も凄いですね」
「おや、あなたは……?」
その声の主は、普段ノエルが授業を担当している生徒の一人だった。たびたび自分の部屋まで質問に来てくれるような子であったので、ノエルはその顔によく見覚えがあった。
「やあ。そちらこそご苦労様です。勉強のほうははかどりましたか?」
「いいえ。なかなか内容が難しくって……」
ノエルが健気に返事をすると、その学生は苦笑いをした。
「へぇ、何が分からないのですか?」
「ええ。宇宙量子力学なんですけれど、大統一理論が難しくて何のことやら……」
「どれどれ、ちょっと見せてください………ああ、これはですね」
ノエルはその学生が持つ教科書を一つひとつ丁寧に解説しはじめる。すると学生は今まで分からなかったことが次から次へと解決したようであり、すべての説明が終わると晴れ渡った表情で何度もノエルにお礼をするのであった。
「ありがとうございます! まさか生物学が専門のノエル先生にこんなことを教えてもらえるなんて……」
「いえいえ、礼には及びませんよ」
「……ほんと、ノエル先生がうらやましですよ。何でも知っているし、頭もいいし。悩ましげに学問と向き合う姿なんか想像できません」
「……そう見えますか?」
「はい! もちろんですよ!」
「……実は、ぜんぜんそんなことはないんですよ」
ノエルはそう言って自分が持っている本に目をやった。
「えっ? とてもそうは見えませんけれど……」
「……実は先日、まったく掴みどころのない謎に直面してしまって。その調べ物をしていたところです」
「ふぅん、そうなんですか……」
声を鳴らす学生のその様子から、彼は自分の言ったことを信じていないなとノエルは感じた。それでも自分を慕っている態度には変わり無いため、ノエルはさらに説明を続けることにした。
「やはり我々人類にとって、どうしても分からない事というのは付き物なのですよ。何かが分かれば、それに伴って必ず分からないことが産まれる。そういうものなんです」
「……だからそれを暴くために、先生は一生懸命研究をされているんですよね?」
学生は無邪気にそう聞いてきた。
「……まあ、そうです」
その問いに対し、ノエルは少し声を弱らげそう答えた。
「……そりゃそうですよね、すみません………」
それを聞いた学生はしゅんとうなだれ、ノエルに謝罪の言葉を述べる。
「あの……うまく言えないですけど、がんばってください! どんな謎なのか、おそらく僕みたいな学生が聞いてもさっぱりなんでしょうけど、ノエル先生なら必ず答えを見つけだせますよ」
「……ええ」
彼の言葉に、ノエルは鼓動の高鳴りを感じた。
「絶対に暴いてみせますよ」
ノエルの顔には笑みが浮かぶ。
「あなたも私みたいになれるよう、精進してください」
「はい!」
その学生は元気よく返事をすると、持っていた宇宙量子力学の参考書をパンパンに膨れ上がったリュックサックにしまい込み、両手でその底面を支えながらそれを背負ったのだった。
「それじゃあ僕はこれから用事があるので、また次の授業でよろしくお願いします!」
学生はそう言い残すと、そのままスタスタと図書館の出口のほうへと行ってしまった。
それを黙って見送ったノエル。その手には溢れんばかりのたくさんの書物。
「それを暴くことで、真実は必ず存在するのです……」
ノエルが授業で担当している生徒など、数が多すぎて到底全員のことは覚えられない。せいぜい印象に残る数人の顔が分かるくらいである。だがその名も知らぬ学生の一言にノエルは大きく励まされ、同時に研究者として大切なことを思い出させられた。
「そうだ、僕がやらなきゃ。絶対にこの謎を暴いてみせる……」
諦めかけていたノエルの心に再び火が灯った。もう少し色々と調べてみよう、もしかしたら何か手がかりが掴めるかもしれない。そう思ったノエルは足を速め、颯爽といま手にしている書物を戻しに行く。
そして向かうはまた、聳え立つステンレスの書架の群れだ。新たな資料を手に入れるためにも、ノエルは自らを奮い立たせたのであった。
そして、同時にさっきの学生の顔を必死に頭の中にしっかりと記憶していた。次の授業で彼の名前が分かれば、そのときには少しばかりその成績を上げてやろうとノエルは決めたのであった。
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