Star Ocean
Graceful Universe

連載長編小説

36.第三章 第6話

 いくら華やかな城下街といえども、少しでもメインストリートから外れて細い路地に入るとそこは別世界。ツタまみれのボロ家や随所にヒビのはいった廃屋が所狭しと並んでいる。

 並んでいる、と言うよりは詰め込まれている、と言ったほうがいいだろうか。人が住んでいるのかどうかさえも怪しい家だらけだ。

 レストランでボーマン達と昼食を済ませたセリーヌとレオンは、先に武具大会へと向かって行ったボーマン達と一旦別れた後、宿屋に戻るべくこのラクールの道はずれをトコトコと歩き続けていた。

「ちょっと、本当にこっちであっていますの?」

「そうだよ。近道って感じするでしょ?」

 少しでも早く仲間たちに合流したいと思っていたセリーヌは、近道を知っていると言い張るレオンの後を素直についてきていた。

「ったくもう! なんでこの私がこんな陰気くさい場所を通らなくちゃなりませんの!?」

 今歩いている道の雰囲気が気に入らないようで、左手で杖をぶらつかせながらセリーヌは不満を口にする。

「ラクールはさっさと街の再開発を進めるべきですわ。わたくしのような奇麗な女性がこんなところに居ると、いつ何をされるか分かったもんじゃありませんもの!」

「よく言うよ。普段からジメジメした洞窟とかに潜り込んでるくせにさ」

 そんな彼女を隣にしたレオンは相手をするのも面倒臭げな様子だが、他に話し相手がいないので仕方なしにそう返事をするのだった。

「あれはその先にまだ見ぬお宝がありますもの! 夢のある陰湿さですわ!」

「へー、僕にはよく分かんないや……」

「ふん、分かってもらえなくても結構!」

 そう言うとセリーヌは表情を変え、少し後ろを振り返った。

「にしても、ここは風が強いですわね。油断していると服がはだけてしまいそうですわ……」

「そうだね。いろんな路地から入ってきた空気が、ちょうどこの辺で合流するから」

 そのとき路地にぴゅうっと勢いのある風が吹き抜け、建物間で張られたロープから無造作に干されている洗濯物がバサバサと靡いた。

 羽織っているローブをしっかりと握り締めながらレオンがふと目を横にやると、そこには朽ちかけた小さな宿屋があった。目的の宿ではない。たまたま目に入った、自分たちとは何の関係もない宿屋である。

 建物は酷く老朽化しており、薄暗いネオンが一定周期で点いたり消えたりしている。敷地こそ狭いものの四階建てのその宿は、三階の窓だけが開かれており、そこから燈色の灯かりがぼんやりとこぼれていた。ほかの部屋には光がないことから、今夜の客はあの一部屋だけなのであろう。

 レオンはそれを気味悪く思いながらも、果たしてどのような人がこんな場所で宿をとっているのだろうと、普段は思いもしないようなことを考えるのだった。

 こんな町外れの、いわば半分スラム状態の場所は総じて治安が悪い。遠方から来た土地感のない人間は、ここに入るのも躊躇うものだ。自分たちのように街の中心部にある宿に泊まるほうが、多少金額がかかったとしても遙かに安全なはずである。

 レオンの目の前には少し早足気味のセリーヌがいた。時間が結構おしているということもあり、レオンはさっきまで考えていたことを忘れ、何食わぬ顔を装ってその宿を通り過ぎることにしたのだった。

 だがそんな時、あの不愉快な風がまたレオンの後方から流れ込んだ。ひゅうっと音がしたかと思えば、その次の瞬間にはレオンの周囲が完全な静寂に包まれていたのだった。

 そして、そんな彼の耳に小さな会話がするりと入ってくる。



『エナジーネーデが衝突して、この星は完全に消滅したはずだ……』



 その言葉に、一瞬時間が止まるのをレオンは感じた。その声は確かに、先ほどの不気味な宿屋の3階から風に乗って来たものだった。

「……!?」

 エナジーネーデ。そんな言葉を知っている住民が、このエクスペルに居るだろうか?

 そんなはずはない。このことは自分達含め限られた人間にしか知らされていない事実である。こんな街はずれで耳にすることなどあり得ないはずだ。

 では、今あの宿屋で話している人間は何者だというのか?

 レオンは血液が逆流するような恐怖感を覚えながらも、この言葉の主に気付かれないよう必死に声を殺した。

「セリーヌは気づいていないのか……?」

 レオンにはさっきの声がよく聞こえたので、前に居るセリーヌにも当然聞こえたはずだと思っていた。しかし当のセリーヌは全く事態に気付いた素振り一つ見せず、つかつかと前へ前へと進み続けている。

「そんなばかな、ありえない……」

 レオンはぴたりと立ち止まった。あの宿の3階で話をしている奴らは何物なのか? 単なる聞き間違えか、それとも空耳だったのか?

 突然のことに、彼の頭はひどく混乱していた。

「いや、そんなことはない……」

 あれは確実にそう聞こえた。間違いなく、あの場所からだ。レオンにはどこかしらそういった確信があった。そして嫌な予感がぷんぷんと臭う。

「……ちょっと、セリーヌ?」

 とりあえず見逃すわけにはいかないと判断したレオンは、セリーヌを必要最小限の音量にとどめた声で呼び止めた。

「あら、なにかしら? レオン……」

 しかしそんなレオンの思惑とは逆に、セリーヌはこの静かな路地の遥か向こう側まで聞こえんばかりの、透き通るような大声で返事をしたのだった。

「しっ! しっ! 静かに……!!」

 レオンはセリーヌの空気の読めない返事に心臓がびくっと震えるのを感じた。急いで人指し指を唇の前に立て、大きな声を張りあげないようジェスチャーで伝える。

「ちょっと! いきなりなんですの!? ほんとに……」

「いいから静かにして! ほら、よく聞いてみなよ。何か聞こえてこない?」

「……はい?」

 しかめっ面をしながらも、セリーヌは言われるがまま渋々と耳を澄ました。レオンも耳をぴくぴくと立て、声を拾うことに全神経を集中させる。



『クォドラティック・スフィアの力でエナジーネーデがエクスペルに激突したはずだが……?』
『おい。どういうことだよ!? あれがもし虚実の話だったら、俺たちがここに来た意味が無くなるじゃねえか!?』



 すると数刻するまでもなく、宿屋で行われている会話が再びここまで聞こえてきた。それを受けてセリーヌも、ようやくレオンが言いたかったこと、およびその内容の深刻さに気付いたのだった。

「……なんてことですの。まさか……そんな……」

「だから言ったろ?」

 一方のレオンも、聞こえてきた声は空耳ではなく紛れもない事実であったということ、そして先ほどセリーヌが放った大きな返事は相手に気付かれていないということが分かり、少し安心したのだった。

「クォドラティック・スフィアと言いますと、確か……」

「エナジーストーンのことだね」

「そうでしたわね。でもエクスペルの人たちはそんな呼び方しませんわ」

「うん。ネーデ事件を知っている銀河連邦の一部の軍人か、もしくは……ネーデ人くらいしかいないよ。エクスペルではみんなエナジーストーンって呼ぶからね」

 クォドラティック・スフィアとは十賢者達がエナジーネーデに上陸する際、エクスペルの公転軌道をずらすために隕石として落下させたエネルギー体である。これは紋章力を結晶化させたものであり、エクスペルの気候変動や魔物の大量発生など、さまざまな害悪を引き起こす元凶となっていた。

 そしてこのクォドラティック・スフィアは、レナのペンダントについていたクォドラティック・キーと共振作用を引き起こし、より力を増幅した状態で惑星エクスペルとエナジーネーデを引き合わせたのだった。十賢者の一人、メタトロンが「計画が100年は早まった」と言うほどに、その相互作用は強力なものである。

「彼らはいったい何者なんですの?」

 セリーヌは言い表せないような不安を浮かべながら、光こぼれる窓をちらちら眺めていた。

「…………」

 そんなセリーヌの傍らで、レオンは必死に会話の続きを聞き取ろうと耳を尖らせる。だが今までははっきりと聞こえていた彼らの声が、なぜか急にぴたりと止んでしまった。

「おかしい。あいつらの会話、さっきまでは聞こえてたのに、今は全然聞こえないよ」

「……窓を閉められたみたいですわ」

 さっきまでは完全に開放されていた窓のガラスが、いつの間にか閉じられていた。

「どうやら気づかれたみたいですわね……」

「……ああ、そうだね」

 二人は念のため窓から見えない場所まで移動すると、様子見も兼ねてしばらく沈黙を守ってみた。だが目の前で何かが起こるということはなく、それゆえに張りつめた緊張感が途切れることはなかった。

「どうやら奴らはまだここから出てきていないみたいだね。多分、宿の出口はここだけのはずだよ」

 しびれを切らしたかのように、レオンは静かにそう呟いた。

 この宿の裏手には高い壁が聳えている。そのため先ほど会話していた人間が逃げ出したとすれば、間違いなく目の前にある表玄関を通るだろう。そこを誰も通っていないということは、怪しい人物はまだ宿の中に居るということである。

「そうですわね。それに、あそこから逃げ出すというのならいちいち窓を閉めたりしませんし……」

 セリーヌの言うとおり、窓を閉めたということは盗み聞きを警戒しつつも、会話を続ける意思はまだ向こうにあるということである。ランプの明かりもまだついており、おそらく部屋では先ほどの話の続きが行われているものと考えられる。

「で、どうしますの? いったんプリシス達に連絡して……」

「いいや、僕とセリーヌだけで行こう」

 セリーヌが言い出す前から決めていたかのようにレオンは即答した。

「プリシスたちを呼びに行ってる隙に逃げられるかもしれない。それにここはあまり大人数で動かないほうがいいよ」

 今から二人が行おうとしていることは、紛れもない潜入捜査である。こういったことは少人数で慎ましく行うのが普通であり、トラブルメーカーのプリシスなどは足手まといになりかねない。

 セリーヌも言葉の裏に隠されたレオンの思惑を感じ取ったようで、ゆっくりと肩や首を回すと

「わかりました。これは行くしかないですわね」

 と、そう言ってゆっくり笑ったのだった。

「なんか気のない発言だなぁ。心配だよ……」

 そんな彼女にレオンは不安を露わにする。

「そんなことはありませんわ。それに潜入する策はもう練ってありますし」

 そんな彼にセリーヌはもう一言、付け加えるよう丁寧に言葉を添えた。

「策?」

「ええ。このまま正面から入っていくのは、さすがに不審に思われますでしょ?」

 彼女の言う通り、相手は外に不審者がいると警戒したため窓を閉じたのである。のこのこと宿に入ることは、敵がやって来ましたと宣言するも同義である。

「……じゃあどうすんのさ?」

「……ですから、ちょっとあれを御覧になって?」

 そう言ってセリーヌが指さす先には、宿屋の最上階にある小さなバルコニーがあった。腐りかけた木々で支えられたそれは、もう何年も使われていないかのようにひっそりと屋根近くから飛び出している。

 その足場の一番端には、風が吹くたびに開閉を繰り返している、ぼろい扉が一つあった。その縁からは破れた灰色のカーテンがちらちらと姿を覗かせている。

「あそこから入れば、彼等の居る3階まで忍び寄ることができると思いますの」

「……そりゃま、そのとおりだけどさ。どうやってあんな高い所まで行く気だよ? ハシゴでも使うの? それこそ向こうに気付かれちゃうよ」

「……テレポートを使いますわ」

 セリーヌはそう言うと、呪紋を唱える体勢にはいった。

「わたくしは実際に行った場所や見た場所しかテレポートすることができなくって……」

 セリーヌは説明をしながらも詠唱を続ける。

「なので、直接彼らの部屋に近づくことはできませんけれど……」

「そっか、なるほどね。今見えているあのバルコニーへなら移動できるってことだ」

 要はテレポートの移動範囲内にあるバルコニーから中に入り、そこから階段を下って不審者のいる三階まで行くということだ。レオンはこのセリーヌの作戦に納得するが、彼女の説明を聞いてふと一つの疑問が生まれる。

「そんじゃ、武具大会の会場から僕たちの宿屋までいちいちこんなところ歩かずに、とっととテレポートすればよかったんじゃ……?」

 今の話が本当ならば、闘技場から自分たちが戻ろうとしていた宿屋まで一瞬で移動できたはずであり、徒歩で向かうという無駄な労力を費やす必要などなかったはずである。

「これは意外と魔力を使いますのよ! それじゃ、行きますわ!」

「へっ!? ちょっと待って! まだ心の準備が………」

 レオンが言い切る前に、セリーヌはテレポートを発動させた。すると二人の体は細い帯状に収束していき、ぷつりとこの場から姿を消したのであった。


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