Star Ocean
Graceful Universe

連載長編小説

42.第三章 第12話

 不意に現れた黄色の紋章は、赤く染まるラクール郊外の草原に映えた。夕陽の赤色が紋章の黄色に覆いかぶさるようで、その輪郭はよく見えなかった。

「この星を後にした、という言葉は語弊があるな。正しくはこれから後にする、と言うべきか。謝罪するとしよう」

 そして敵が居ないのをいいことに完全に油断していたクロード達に、イーヴからのメッセージをその紋章から浴びされる。

「ごちゃごちゃ抜かすな。お前がイーヴだな? どういうことだ、説明しろ!?」

 ボーマンは見えない相手に怒声をぶつけた。だがそんな彼も、続いて聞こえてきた声に耳を疑うこととなる。

「その声は白衣のおっさんだな。てめぇはうるさいから黙れや、このカス!」

「お、お前……その声はグレッグか!?」

 返事はイーヴではなくグレッグの声だった。驚いたボーマンは咄嗟に辺りを伺うが、殺風景な一面にどこにも人影はない。そう、彼もまたイーヴと同じく、不思議な音声紋章越しにボーマンたちへと語りかけていたのだ。

「お前から受けた傷、まだギンギン痛んでやがるぜ。次は絶対にぶっ殺してやるからな、覚えてやがれ!」

「……貴様ら、どこにいる?」

 ボーマンは睨みつけるように眼光を研ぎ澄ました。

「それはお前たちにもじき分かるだろう。あとは自分の目で確かめるがいい……」

「イーヴ、準備は整ったぜ!」

「よし、出発しろ」

「わかった。あいつらに見せつけてやるよ!」

 グレッグの声は裏方へと回る。そしてその内輪での会話が途切れた瞬間、遥か彼方から低い音が鳴り響きはじめた。

「この振動……これは……宇宙船のエンジンか!?」

「まさか、あいつら……!?」

 クロードとエルネストがそう言ったとき、どこか遠くのほうからさらにもう一つ、爆発のような鈍い振動が伝わってきた。そして同時に姿を現したのは、流線型の白い物体。それはまぎれもなく、宇宙を縦横無尽に駆け巡る船そのものだった。

 そのサイズはかなり小型だった。せいぜい2~3人乗りといったところか。航宙艦規格としては恐らく最小クラスのものだろう。

「やっぱり! 宇宙船だ!」

「それもあんな堂々と……未開惑星保護条約の違反もいいとこじゃないか!?」

 クロードたちから見て、ラクール市街とは全く逆の方向。恐らく丘陵地の死角にあれは隠されていたのであろう。ここからでも見てとれるようなコックピットや鋼翼。エクスペルに似つかわぬその光景に、セリーヌやボーマンは唖然としていた。

「お前たち、あれはどういうことだ……?」

 見慣れないものを目の当たりにしたディアスが低い声で尋ねる。

「……ううん。ぜんっぜん知らないよ。あれはあたしのじゃない!」

 ぶんぶんと首を振って、プリシスはそれを必死に否定する。それを受けてクロードもディアスにこう言ったのだった。

「ああ、あれは連邦関係の宇宙船じゃない」

 クロードは職業柄か地球の軍港によく出入りしていたため、連邦の宇宙船のモデルにはある程度理解がある。そしてそれらには必ず、銀河を模った連邦のロゴが入っていることも知っていた。そして今遠くに見える宇宙船には、それらしきものが見当たらない。

 つまりあれは完全な賊者。銀河連邦としては今すぐにでも未開惑星保護条約の違反対象として取り締まらなければならないものであった。

「そういうことだ。悪いが俺たちはあんたらに捕まるわけにはいかねぇんだよ!」

「さらばだ、連邦の無能ども」

 あの艦の中、操縦席で胡坐(あぐら)をかいているであろうイーヴとグレッグはそう語りかけてきた。

「また我々は会うこともあるだろう。そのうちな……」

 この言葉を最後に、交信手段であった音声紋章がザザっと歪み始める。それを見たセリーヌが慌ててそれに近づいていく。

「いけませんわ。紋章力が急に弱ってるみたい……」

「あいつら、だいぶここから離れちゃったからね。仕方ないよ……」

 レオンは意外にもすんなり諦めてしまったような物言いだった。イーヴの紋章力も、さすがに距離が開けば弱まってしまう。宇宙船は既に遥か彼方まで遠ざかってしまっていた。

「……時は…………かな……ら……………ず……………………」

 そして、これがイーヴから送られてきた最後のメッセージとなったのだった。肝心なところが聞こえないまま、紋章は交信が途絶えたトランシーバーのようにブツッと音を上げ、跡形もなくこの場から消えてしまった。

 それをただ無言で見届けることしかできなかった一行。そしてしばらくの沈黙が続く中、クロードは誰よりも悔しそうに唇を噛みしめていた。

(まただ、この光景………)

 そう。皮肉なことにもこれは先日、惑星ロザリスでアルフレッドを逃したときと全く同じだった。あの時もクロード、レナ、チサトはまんまと向こうの策にかかり、ロザリスの王都レッジから宇宙船が飛び立つのを茫然と見送ったという真新しい記憶がある。そして今もまた、イーヴとグレッグという二人の未開惑星保護条約の違反者をみすみす逃してしまうこととなった。

(くそっ! 僕は肝心なときに……)

 目を瞑り自分を責めるクロード。そんな彼の背中を優しくポンと叩いたのはレナだった。

 無言のまま、彼女はクロードに一度だけ大きく頷いてみせる。強い意志をもった彼女のその眼差しに、クロードも黙ってレナに小さく頷き返すのであった。





「……さ、帰ろうか」

 青暗くなる空を見上げながら、エルネストはぽつりと皆にそう告げた。宇宙の彼方へ逃げてしまったイーヴとグレッグにぶつけたい言葉はたくさんあったが、それももう無理だろう。

 そんなことより、今は早くラクールに帰らなければ危険だ。未だにエクスペルでは、たくさんの魔獣が夜な夜な活動している。そのこともエルネストは十分に知っていた。
「いつもでもここに居ても仕方ないぞ」

「だね。……ま、クヨクヨしないで、次頑張ればいいんだよ!」

 レオンもそう言って明るい表情を皆に振舞った。他の仲間と違って一時は生死の危機に晒されることとなった彼にとっては、今こうして生きていられることが何より良かったことだと感じているらしく、そういう意味では誰よりも精神的ダメージが軽いように映った。

「ま、あいつらに俺たち……ってか俺の実力は十分お見舞いしたわけだしな。グレッグの奴、俺のパンチを食らってすっげぇ悔しそうだったろ?」

「ボーマン……」

「それにみんな忘れてるかもしれねぇが、俺たち久々に集まったんだ。今夜はぱーっとやろうぜ、ぱーっと」

 ボーマンの言葉にここにいる全員が、そういえば、といった表情で互いが互いを見合わせた。そう、あたかもずっと一緒に戦ってきたような感覚で接してきていた仲間たちは、実は2年ぶりの集合を果たしていたのだ。

「いいねー、それ!」

 プリシスが顔を綻ばせる。

「実はあたし、今年でハタチになったんだ。だからもうお酒飲んでもいいんだよ!」

「マジか。ついにプリシスも大人の仲間入りってわけだな!」

「へっへっへー、そゆこと!」

「ははっ、こりゃあ楽しくなりそうだな!」

 そんな話だけでも盛り上がるボーマンとプリシス。それを見て笑うクロードとレナ。いつの間にかここに居る人間のほとんどに笑顔が戻りつつあったのだった。

 そしてそんな光景を、彼らとは少し離れたところからディアスが複雑そうな瞳で眺めていた。そんなディアスにエルネストが近づき、さりげなく声をかける。

「どうした、ディアス? 相変わらず浮かない顔をして?」

「エルネストか……」

 ディアスはエルネストの方を振り向かず、さらりとそう返事をした。

 崩れないその表情は、どこか遠いところを見ている。そう感じとったエルネストは、自分もまた彼と同じ方向を眺めてみる。

「……まさか、まだ思いつめているのか?」

「……いや、なにか不思議な感じがしてな」

 ディアスがきまり悪そうにぽつりと呟く。

「不思議だと?」

 それを聞いたエルネストは、興味深げな態度で彼に聞き返した。

「ああ……」

「それはどういう意味だ……?」

「俺たちは何かに惹かれるようにここに集まり、そして奇遇にも新たな敵が現れた。そうだろう?」
「まぁ、その通りだが………」

 ディアスの意味することが、エルネストにはなんとなく分かった気がした。

「思い出してみろ。エクスペルでも、そしてエディフィスでもそうだった。二度あることは三度あるとは考えたくないが、どうもそのような気がしてな。素直に喜べずにいる」

 ディアスは何かの予兆めいたものを感じ取っていたようだった。逃げた二人のネーデ人イーヴとグレッグ。正体も掴めない相手に、自分たちは雲を掴むように喰らい付いた。その曖昧さが妙に心に疼き、とめどない不安が彼の脳裏をよぎったのだった。

 ソーサリーグローブは十賢者に。オペラの救難信号はアクマに。これまで大事件の前触れは突然、些細なところから始まってきた。もしかすれば、この騒動も同じなのではないか、と。

「ま、俺も同感だ。あまり大きな声では言えないがな」

 エルネストは同調するようにそう言った。

「あいつらがただ者でないことは間違いない。これからも何かしらの形で俺たちを巻き込んでくるだろう」

「……その通りだ。だから俺たちは油断してる場合じゃなく……」

「……はははっ」

「……おい、何がおかしい?」

 突然このタイミングで失笑を始めるエルネスト。そんな彼の態度にディアスは片眉をしかめる。

「いやいや、そのだな……」

「何だ、言ってみろ!?」

「なんだかお前って奴は……」

 エルネストは両手で自分の髪を梳き上げながら、夕空を見上げた。

「……そんなこんな言いながら、実は内心わくわくしてるんだろ?」

「なっ………!?」

 その言葉にディアスは顔色を変えた。

「べ、別に俺はそんなこと………」

「なーに、心配するな、ディアス」

 エルネストはディアスが話し終わるのを待たず、そのままディアスの方を振り向く。そしてにやりと白い歯を見せると、自分の胸を手のひらでぽんと叩いた。

「その点に関しても、俺も同じだ」

 はっきりとした口調で言い放たれた言葉。それはまるで、これを言うためにディアスに絡みに来たんだと言わんばかりのものだった。

 そのまましばらく沈黙が二人の間で続いた。だが、やがてどちらからともなく、声を殺したような笑い声が漏れてくる。

「……くくく………」

「……ふははははっ」

 エルネストの思い、そして伝えたいことはディアスの胸の中に届いたようだった。

 謎は謎を呼び、真実もまた謎を呼ぶ。今度も仲間と共にまた、一つひとつ謎を解き明かしていくのだろう。そしてそれを楽しいと思うことは、決して間違った考えではないということ。

 肩の荷がまた少し下りた気のしたディアスと、一緒に笑うエルネスト。そしてそんな二人に、ちょうど心に思い描いていた仲間たちから声がかけられる。

「ディアス、エルネスト、置いていきますわよーっ!!」

 エルネストとディアスに動きだす気配が無いと気付いたセリーヌが、口に手を当てて二人を大声で呼んだ。いつの間にか、他の仲間はもうラクールへと足を進めはじめていた。みな今夜の宴を楽しみにしているのであろう。

「それじゃ、俺たちも行くか」

「……そうだな」

 エルネストとディアスはセリーヌの呼び声に引き寄せられるよう、二人して歩き始めるのであった。

 プリシスのレーザービームやセリーヌの紋章術、これら数々の戦いの痕跡を残した一行が立ち去ると、まるで今まで息を潜めていたかのような虫たちのさえずりが、闇に染まる草木のあちこちから音を立て始める。

 こうしてまた、このラクール郊外の草原はいつもと変わらぬ夜を迎えることができたのであった。


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