Star Ocean
Graceful Universe

連載長編小説

43.第三章 第13話

 都合の好いことに、クロードたち一行が滞在していた宿屋の地下には小さな酒場が経営されていた。

 今夜はそこで楽しもうと決めた一行。クロード、レナ、チサト、ディアスは直接その酒場へと向かい、残り(ボーマン、プリシス、レオン、ノエル、セリーヌ、エルネスト、オペラ)は自分たちが宿泊していた宿へと帰って行った。

 ボーマンは宿屋で待つニーネに帰りが遅くなると一言伝えておきたいと思い、またそのニーネに娘のローラを預けていたエルネストとオペラも、今夜だけは彼女に子守りをお願いしておきたかったからだ。

 残りのメンバーはそれぞれ、荷物を整理する、化粧直しをする(主にセリーヌだが)、など個々の用事を済ませたのだが、これが意外と時間がかかってしまい、全員が酒場に集合したのは日が暮れてから結構時間が経った後になってしまった。

 その酒場はというと、雰囲気こそこじんまりとした感じが否めないところはあるものの、酒の品ぞろえは意外に豊富なようであり、カウンター裏にはワインからウイスキー、リキュールから果ては焼酎のようなものまで、たくさんのビンがびっしりと飾られていた。

 久々にエクスペルのお酒が飲めると大喜びのオペラを筆頭に、彼らの憩いの時間はスタートしたのだった。





「んでんで、エルネストのプロポーズの言葉は?」

 照明付きのシーリングファンが回転する下では、長机のテーブル席でエルネストとオペラがプリシスの質問責めにあっていた。

「いやいや、そんな面白いものではないぞ」

「えーっ!? エルネストったら、絶対クサいこと言ったに違いないじゃん!!」

「おいおい、別にそんなことは………」

「ほら、はやく言えよエルネスト!」

 困り果てるエルネストに対し、追い打ちをかけるようボーマンが唆す。まだビールをジョッキ半分くらいしか飲んでいないにもかかわらず、彼は既に相当酔っ払っていた。

「まぁ、なんだ。俺たちの場合は先に娘ができてしまったからな。そこまでロマンチックなことはしていないんだが……」

 エルネストもとうとう折れたのか、仕方がないなと言わんばかりに口を開いた。

「まずは、とりあえずオペラを宇宙船に呼んでだな……」

「おおぉーーーっ!! それでそれで?」

 口を割ったエルネストの話の続きが気になり、テンションの上がったプリシスはテーブルから身を乗り出す。

(きっ、気になる………)

(エルネストさんのプロポーズなんて、想像もつかないわ……)

 そしてそんな彼女の隣では、クロードとレナも興味津々な様子で聞き耳を立てていたのだった。

「ちょっとちょっと! まさかあんた達、タダでそれが聞けるとか思ってるんじゃないでしょうね!?」

 そのとき、エルネストの隣からは待ってましたとばかりに、オペラが不敵な笑みを浮かべてそう言い放つ。そして彼女は勢いよく手を挙げると、これまた威勢のよい大声でこの酒場の店主を呼びだしたのだった。

「マスター! このラクールウイスキー“シモンズ”のロックを4つ!」

「はいよっ!」

「それと“船中八策”“シャトー・ラトゥール”もお願い。グラスはそれぞれ4つずつで」

「船中八策とシャトーラトゥールだね、了解! しかし姉ちゃんたち、がんがん飲むねー」

「いえいえ、これくらい余裕よ」

 メニュー片手に嬉々として注文を終えたオペラ。その内容はウイスキーに日本酒にワインが、それぞれグラス四つずつだ。

「ってなわけで、もしあんたたちが私との飲み比べに勝ったら、そのときはエルからのプロポーズの言葉を教えてあげるってことで!」

「えっ!?」

「うふ、もう決まりよ♪」

 オペラのその言葉に、プリシスとボーマンはぱちくりと瞬きをしながら自分自身を指差す。

「それって、もしかしてさ……」

「俺たち二人?」

 そう言って二人は互いに目を見合わす。それにオペラがコクリと笑顔で頷くと、ボーマンとプリシスは彼女に背をむけ、聞こえないようにごにょごにょと隠れ話を始めた。

「……おいプリシス、お前強いのか?」

「それが、実は全然ダメなんだよねー……」

「おいおい、どうすんだよ!? オペラは酒を頼んじまってるんだぜ! もうあとには引けないだろうが!」


「はい、さっそく来たわよ、お二人さま!」

 その秘密の会議が終わらないうちに、プリシスとボーマンの目の前にはラクール銘柄ウイスキー“シモンズ”のロックが二つ、オペラの手によって運ばれてきたのだった。

 コトンと音を立てて置かれたグラスの中では、ほんの少し黄色がかった液体がゆらゆらと波打っている。その表面で催眠術を放つかのよう揺れる丸い氷を見るだけで、ボーマンとプリシスは既にくらくら酔えた気分になれた。

 もちろん頼まれたのはこれだけではない。今もなお現在進行形で船中八策とシャトー・ラトゥールの大瓶が、店主からオペラへと手渡されている。それを見たプリシスは自分の発言を激しく後悔するのだった。

「ハンデとして私はあんた達の倍、二人分を飲んであげる。当然、逃げるなんてしないわよねぇ?」

「も、もちろんだろうが!」

「お、オッケーオッケー……」

 苦笑いするプリシスとボーマンの額には、既に遠目に見ても分かるくらいの汗粒が滲み出ていた。

 そして、そんな二人に有無を言わさぬ意思確認を済ませたオペラは「それじゃ、いくわよ!」と掛け声を上げると、そのまま皆の目の前であっさりとウイスキーを飲み干して見せた。その圧倒的な姿に、彼女との勝負を受けてしまったプリシスとボーマンは血の気が引いていくのを感じるのだった。

「エルネストさん。大丈夫なんですか、この勝負?」

 その少し離れた場所から、レナがこそっとエルネストに尋ねた。それを聞いたエルネストは頭をぽりぽりと掻く。

「ま、オペラはあれくらい余裕だろうが、あの様子を見る限りプリシスとボーマンはなぁ……」

「ですよねぇ……」

 レナの視線の先では、ウイスキーを一気飲みしたオペラが何事も無かったかのようにプリシスとボーマンに飲めよ飲めよと煽っている。倍の量を飲むということなど、この勝負においては全くもってハンデになっていないように感じた。

「今夜は荒れそうですね……」

「ああ、俺たちはゆっくり飲むか。クロード、レナ」

「そうですね。エルネストさん、できれば私たちにはこっそり教えてくれませんか? プロポーズの言葉」

「はは、やっぱりレナは気になっていたんだな。そんじゃ、あっちには聞こえないように……」

 悲鳴と絶叫が入り混じる飲み比べ勝負を横目に、クロードとレナ、そしてエルネストはゆっくり各々の酒に手をつけるのであった。





 国内最大の都市であるラクールの夜は長い。さらに今夜は武具大会が開かれたということもあり、多くの人がこの街へと集まっている。そのため酒場の賑わいはいつも以上のものを見せており、特に若い男子が多いようで地下の空間は悶々とした熱気に包まれていた。

 あちこちから聞こえてくる話題といえば、武具大会のことよりもラクールを震撼させたイーヴたちの騒動のほうが多いようだ。裏路地で古い宿屋が破壊されたとか、郊外ではとんでもない死神が現れたとか、はたまたソーサリーグローブの再来なのではないかという噂声まで聞こえてくる始末だ。

 それを解決した当の本人たちがここで呑んだくれているボーマン達だとは、この場にいる誰もが思いもしないだろう。他のどのグループよりもハイペースで酒をたいらげ、荒れに荒れていたクロード達のテーブルは、今やオペラの独壇場と化していたのだった。

「オペラさーん、無理、無理ですよー!」

「レナちゃーん? クロードくんはちゃんと全部飲んだのよー?」

 オペラはレナの隣にどっしりと座りこんでいた。片方の手をレナの肩へ回しながら、もう片方の手でジョッキ波々に注がれたジントニックをレナの口元へと近づけている。その向こうにはソファーで横になっているボーマンとプリシスの姿があった。

 結局この二人はプロポーズの言葉をかけたオペラとの勝負に敗北し、それから今に至るまで延々と唸り声だけをあげ続けていた。この様子だと、明日には今日の記憶など綺麗さっぱり抜け落ちていることであろう。

 オモチャの無くなってしまったオペラが次に標的に選んだのは、エルネストを盾に難を逃れようとしているクロードとレナだった。既にクロードのほうはオペラの餌食となり、レナの隣で机に突っ伏している。

「そ、そんなこと言ったってー……」

「あんただけ助かろうなんて、そんな都合のいいこと思わないことね! それっ!」

「う、うぐぐぐぐっ……」

 オペラの慣れた手つきによりジョッキの縁がレナの唇に押し当てられると、レナは必死に口を閉じてそれに抵抗した。だがそれも百戦錬磨のオペラにとっては全く無駄である。

「うふふふふ、無駄よ。それ、すりすりっと……」

「!!!???」

 オペラはレナの肩にかけていた腕をもう少し延ばし、掌でレナの胸元を撫でるように擦った。いきなりそんなところを触られ、レナは顔を真っ赤にしてびくっと体を跳ね上がらせる。そしてその拍子に、ついつい酒を飲むまいと踏ん張っていた口元から力が抜けてしまったのだった。それを見計らうかのように、オペラはジョッキをぐいっと傾ける。

「今ね! そーれっ!」

 オペラの手によって決壊したダムのように口内へと注がれるジントニックをひたすら飲み続ける、今のレナにはその選択肢しかなかった。つーんと鼻をつくライムの香りを嗅いでいるうちに、レナは頭が深い渦に飲み込まれていくような感覚に陥っていく。そのまま勢いで全部飲みほしたレナの頬は真っ赤に染まりあがり、それを見たオペラは歓喜の声を上げたのだった。

「さっすがー! やっぱ地球人の飲みっぷりは違うわねー!」

 本心では全くそんなこと思っていないだろうが、オペラはそう言うとレナにぱちぱちと拍手を送る。

「しっかし、あんた実はすっごい敏感なのね。あんな反応されちゃ、クロードくんも毎回大変よね、ほんとに」

「い、いつもクロードとするときはそんなこと……ありま………」

 言い終わる前に、レナはクロードに覆いかぶさるよう倒れこんでしまったのであった。オペラは腕を組みながらそんな二人を見下ろす。

「まったく……ほんと、あんたたち二人は幸せねー。いつまでたっても……」

「おいおいオペラ。ちょっとやり過ぎじゃないか?」

 そんな様子を終始眺めていたエルネストだったが、ここで苦笑いを浮かべながらオペラに一言そう言った。

「こんなことしていたら、もう誰もお前と酒を飲みたがらなくなるぞ」

「あら、そうかしら? バニスシティでボーマンを一回潰したことがあるけど、彼は今日も来てくれたじゃない?」

「そりゃ二年前の話だろ。さすがにもう忘れていたのさ」

「あら、たった二年で忘れるんだったら、この先まだまだやれるわね」

「……懲りない奴だな」

 エルネストとオペラは互いにワイングラスを取ると、チン、と軽い音を立てて乾杯を上げた。

「四年前にエクスペルを探しに来た時も、酒場で毎回こんなことしてたのか?」

「あったり前よ。男に口を割らせるにはこれが一番なんだから。どうせ女は酒にも弱いだろうって、みんな高をくくって挑んでくるのよね。だからそれを立て続けに返り討ちにしてたってわけ」

「……つくづく恐ろしい女だよ、お前は」

 エルネストはぐびっと赤ワインを飲み干す。さすがにオペラには負けるものの、実は彼もかなりの酒豪だった。

「でも、これをしていなかったら、私はクロードたちに出会うことも無かったのよ。言ったでしょ? ハーリーの酒場で飲み比べ勝負をしているうちにクロード達が入ってきて……」

「ああ、そこで初めてお前はクロードと会ったんだったな?」

「そうよ。未開惑星でクロードみたいな人と会ったことがまずびっくりだったんだけど、まさかあの時はこんなことになるとは思いもしなかったもの」

「ははは、間違いないな……」

「まるで昨日のことみたい。ほんとによく覚えているわ……」

 オペラは懐かしむかのように、グラスに映る自分自身の姿を眺めた。カールがかった金髪から覗くオペラの三番目の瞳が、ガラスの曲面で大きく横に伸びている。思い返せばこのトレードマークこそが、彼らに自分たちを強く印象づけたきっかけになった。

「お前が勝負をやめられない理由がなんとなく分かったよ」

 エルネストが口を開く。

「俺たちももう親になっちまった。時間は間違いなく過ぎていくものだからな。気づけば俺も来年は40だ」

「そう。私もいよいよ30代ね。まだまだだと思っていたけど……」

「喜ぶべきか、悲しむべきか。ただ一つ言えるのは……」

 エルネストはそう言って周囲を見渡した。

「それだけ時間がたっても、変わらないものがあるんだと、改めて今日思ったよ。どんな文明でも朽ちて遺跡になる。衰退しないものなどないはずだったんだが……」

「エル………」

「オペラ。また冒険が始まるのかもしれないな」

 先ほど郊外の草原でディアスと話したこと。それをエルネストはぽつりと漏らしたのだった。

「そうね……でも私たち、今回は行けないわ。ローラがいるし……」

 オペラはくるくると髪先を指でいじる。

「やっぱりいろいろと問題があるわ」

「ほう、問題か……」

 難しげな顔をするオペラに、エルネストは無邪気な顔でそう返事をしたのだった。

「なら、そのときは賭けをしないか?」

「賭け?」

「ああ。ポーカーでもダイスでもなんでもいい。勝った方が冒険へ行き、負けたほうが子守りをする、なんていうのはどうだ?」

「……あら、それはいいかもしれないわね」

 オペラはそう言うと、テーブルに肘をついて顎を手に載せた。

「今の時代、いつ宇宙のどこにいても連絡とれるものね。たまにはいいこと思いつくじゃない?」

「だろ?」

「それじゃ、テトラジェネシスに帰ったら早速勝負ね!」

「お、おいおい。ちょっと待てよ。いくらなんでも今すぐってわけじゃないぞ?」

 エルネストはそんな気の早いオペラについ呆れてしまう。

「それに、まだ冒険が始まると決まったわけじゃないだろ?」

「ふふ、エルったら。いいでしょ別に?」

「………ったく………」

「うふふ……」

「……ほんと、恐ろしい女だよ。お前は」

 エルネストがそう言うと、オペラは満足そうに鼻を鳴らす。そして彼女は脇に置いてあったワインボトルを掴み上げると、空になっていたエルネストのグラスにゆっくりとそれを注ぐのだった。





 オペラが大暴れしたテーブルから少し離れたところでは、レオンとノエル、そしてディアスの三人が卓を囲んでいた。立ち飲み用のハイテーブル上にはディアスとノエルがちびちびと飲み続けている日本酒“黒龍・石田屋”の瓶が置かれており、その傍には未成年であるレオンが口をつけていたキャロットジュースがあった。

 異色な組み合わせのメンバーに、これまた異色な組み合わせの飲み物。そこで主に話題となっていたのはレオンの地球生活に関することだった。

「……ってな感じで、チキュウではもう剣なんてどこにも売ってないんだよ。みーんなプリシスやオペラみたいに、機械でできた武器を使ってるんだ。僕もはじめて来たときはビックリしちゃった」

「……なら、俺が地球で生活していくアテはないな。俺から剣を取ったら何も残らない」

「そーいうことだね。っていうか、地球じゃ剣を持ち歩いてたら犯罪で捕まっちゃうし」

「……それならなおさらだ。剣と離れるなど断固として断る。地球には絶対に行きたくないな」

 先ほどからディアスは事あるごとに地球の文化の否定ばかりしていた。だがその割にはレオンの話を興味深そうに聞いている。なんだかんだで彼にとって異文化の話は新鮮なのだろう。

 素直じゃないなと内心思いながらもレオンは悪い気はせず、話し好きな性分もあり地球での体験を事細かに語り続けていたのであった。

「ま、ディアスだったらせいぜい剣道の先生くらいじゃない? 地球でやっていくのなら」

「……なんだ? その剣道とやらは?」

「うーん、そうだねー……」

 どう伝えれば理解してもらえるだろうかとレオンが考えていると、ノエルがその代わりを引き受けるかのように説明をはじめる。

「地球では、竹でできた刀で模擬戦闘するというスポーツがあるんです。それが剣道と呼ばれていまして。他にも細い棒をレイピアに見立てたフェンシングという競技もあるみたいですね。ネーデにも同じようなものがありましたし……」

「ほう、物好きな奴らもいるもんだな。敵もいないのに戦うというのか?」

「まー……趣味みたいなものですからね」

「剣は趣味、か……」

「ええ……」

 ノエルはそう言うと、何かの魚の刺身をぱくりと口に放り込んだ。

「戦いがなくなれば、いずれそうなりますよ。文明の宿命です」

「……なら、このエクスペルもいつかは、本当の意味での剣が………」

 ディアスはそう言葉を漏らす。

「剣は何かを守るための道具から、娯楽のための道具に移り変わってしまう。そういうことか……」

「まぁ、そんなところですね。エクスペルも平和になれば、確かにディアスさんの仰る通りになるかもしれません」

「なるほどな………」

 そこまで言うとディアスは無言になり、皿に並べられた地鶏串焼きに手をつけたのだった。先ほどから彼はこれと日本酒しか口にしておらず、テーブル上の竹筒にはディアスが食した後の竹串が20本ほど入れられていた。いかに彼がこれを愛しているかが伺える。

「そーいや地鶏の串焼きもちゃんとあるよ。地球に」

「………なに!?」

 串に刺さっている鳥肉を歯で引き抜こうとしていたディアスは、レオンのその言葉に今日一番の反応を見せたのだった。

「マジマジ。見た目もそれと同じ感じだよ」

「ふ、ふん。どうせ大したことないものに違いない………」

「ってか、地球じゃ結構メジャーな食べ物だよね、ノエル?」

「ええ、地鶏専門の居酒屋なんて山ほどありますし」

 レオンとノエルの話を聞いたディアスは、あからさまに目が泳ぎ始めた。

「ほ、本当なのか?」

「ええ。大学の周りにもたくさんあって、よく教え子たちも通っていますよ」

「ふん。そ、そうか……」

 今までとは違い、あからさまに無関心を装うディアス。レオンはそんな彼を小馬鹿にするような笑いを浮かべる。

「あれれー? ディアスってばもしかして、ちょっと地球に行きたくなったんじゃない?」

「なっ……!? ば、馬鹿が! 俺はそんなことちっとも………」

「気になるんでしょ?」

「……まぁ、そりゃ少しは、行ってやらんこともない……かもしれんが…………」

「あはははは、やっぱり!」

「う……うるさい!」

 言葉では嘘をつけても、態度は正直になってしまうのがディアスだ。顔を赤らめながら串焼きを食べるペースの上がるその姿を見て、ノエルとレオンは大きな笑い声をあげたのであった。

「……楽しそうでなによりですわね」

 そんな三人に、背後から一人の女性の声が聞こえた。

 一斉に振り返ると、そこにはセリーヌがサワーグラスを手に立っていたのだった。彼女が飲んでいたのはフラミンゴ・レディ。ウォッカベースのフルーツカクテルだ。淡いピンク色の液体は、セリーヌの艶やかな風貌によく映えていた。

「わたくしもお邪魔させていただいてもよろしくて?」

 セリーヌはディアスらの答えを待たずに、自分のカクテルをテーブルに置いた。

「セリーヌ。お前チサトと一緒じゃなかったのか?」

「ええ、そうだったんですけれど……」

 ディアスが聞くと、セリーヌは困り果てたように唇を尖らせる。

「チサトったら、トイレに行くと席を立ってから一行に帰って来ませんの。彼女、何か具合も悪そうでしたし……」

「そうなのか。心配だな……」

「ええ。まぁ、こういうことはレディにつきものですので、そこまで気にはしていませんけれど、だからといってずっと一人でカウンターに居るのも退屈で。だから彼女が帰って来るまで、私も貴方たちの話に混ぜてくださいな」

 セリーヌはそう言ってにこりと笑った。

「ま、あっちに比べれば僕たちは常識的で居るからね」

 レオンは横目でオペラたちのテーブルを見る。酔い潰れたクロード、レナ、プリシス、ボーマンのだらしのない姿に、改めて自分はこっちの卓でよかったと思うのであった。

「ええ。オペラとエルの邪魔はしたくないですし、その他の方々も想い人がいるようで。わたくし的には少々居づらい気がしますわ、あちらは」

「あれ? クリスさんはどうしたの?」

「あー……それはですね、レオン………」

 クロス王国の第一王子クロウザー。レオンがその名前を挙げた途端、セリーヌの顔色が変わった。

「結局、わたくしはつくづく男運が無いようでして……」

「え、え、どういうこと? 気になるなー」

「え……でも………」

「いいじゃんいいじゃん、話してよー!」

 レオンが耳をひょこひょこと動かせる。実は以前より不仲説が囁かれていたセリーヌとクロス王子の関係について、レオンは詳しい話を聞きたいと前々から思っていた。今こそそのチャンスとばかりに、セリーヌを言葉巧みに唆す。

「幸せいっぱいのクロードたちとは違って、僕たちみんなガールフレンド居ないもん。みんなセリーヌの仲間だよ。ね、ディアス?」

「……レオン、なんで俺に聞く?」

「まぁまぁ、いいじゃないですか。独り身どうし、気が通じ合うものもあるかもしれませんし」

「ちょっとノエルまで……。ま、確かにそれもそうですわね……」

 ノエルの言うとおり、類は友を呼び、はたまたセリーヌもそれに惹かれるようにここに来てしまったのかもしれない。そんな気がした四人は虚しさに心を鎮めながらも、向こうのテーブルとの差に溜息をつくのだった。

「なら……今夜ぐらい、わたくしもいっぱい愚痴らせていただこうかしら?」

「お! 待ってましたー!」

「これは楽しみですねー」

 謎の一体感が四人の中で生まれる。

「では、まずは三年前。わたくしがクロス西の山脈を探検していた間の話から……」

 セリーヌは喝采の声に気分を良くしたのか、高揚した様子で口を開き始めるのだった。寂しさを晴らすというよりは、うっぷんを晴らすかのような物言い。出るわ出るわの彼女の話はこの後酒場を出るまでの間、延々とレオンたちに三人へと語られたのであった。





 この日の夜は結局、最後までチサトが皆の前に姿を現すことはなかった。閉店の時間になっても帰ってこないことに心配した一同だったが、地上にある宿屋のフロントに話を聞いたところ、彼女は一人で先に部屋へと戻って行ったらしい。様子を見に行ったオペラの話によると、チサトは既にベッドで眠っていたとのことだった。

 具合が悪く見えたのは本当だったようで、エルネストたちはとりあえずチサトの行方が分かったことに一安心したのだった。

 さすがに戦いで疲れた体にアルコールはよく回ったようで、エルネストとオペラ以外はみな多かれ少なかれ酒に飲まれていた。特にオペラに潰されたボーマン、プリシス、クロード、レナの四人は結局あれからも寝息を立て続けており、オペラがレナを、エルネストがクロードをそれぞれ部屋へと連れて帰っていった。

 またノエルはボーマンを背負いながら、セリーヌとレオンはプリシスの両脇を支えながら自分たちの宿屋まで連れて帰る羽目になってしまい、彼らはぶーぶーと愚痴を垂れながらもエルネスト達に別れを告げ、夜の街へと歩いていったのだった。

 2年ぶりの再会を祝う愉快な宴。それは多くの犠牲者を出しながらも、こうして無事(?)におひらきを迎えることができたのであった。


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