Star Ocean
Graceful Universe

連載長編小説

41.第三章 第11話

「イーヴ、貴様も卑怯なやつだな」

 アースクエイクの揺れが完全に治まると、エルネストはイーヴを指差しながらそう言い放った。

「何を言っているのだ? どこからそんな自信が生まれてくるのかは知らんが、それとも力尽きる前の最期の強がりといったところか……」

 黒いローブを纏った腕を組み、ふふふと余裕の笑みをかますイーヴ。彼の態度に変化は一切見られなく、どんな言葉にも惑わされない精神力の強さが感じられる。

「エルネスト! どうしたってのさ!?」

 レオンの魔力もそろそろ残りが危ないところに入ってきている。このような挑発を受けた相手が攻撃の手を強めたりした暁には、自分たちにとってさらに不利な状況を生み出しかねない。レオンはそんな不安を顔に募らせた。

「なぁにレオン。俺に任せろ、すぐにカタをつけてやる」

 ゆとりを持った、余裕そうな表情を浮かべるエルネスト。胸のポケットから煙草の箱を取り出すと、そこから一本を咥えながらに取り出し、もう片方の手にしたライターで静かに火をつける。

「ふぅーっ……いくか……!!」

 ゆっくりと一筋の煙を吐き出すと、その煙草を手にとり、そのままエルネストはイーヴの方へと走り出した。

「馬鹿な真似を。無駄な足掻きだ………」

「どうだろうな?」

 イーヴの纏わりつくような言葉にもエルネストは萎縮しない。ただ一直線に敵の元へと駆けていった。そんなエルネストを葬り去ろうと、上を向いたイーヴの指先では紋章術が完成される。

「なら望みのままに押し潰されろ。パイルハンマー!」

 カラカラと小石が崩れ落ちる音と共に掘り起こされた大きな岩石。そのいくつかがエルネストの頭上に飛来した。これらはそのまま落下してくるものと考えられる。こんなのがまともに直撃すればただでは済まない。

「またワケのわからん紋章術を……」

 だがエルネストはそれにチラリと目をやっただけで、全く怯む素振りも見せなかった。勝利への確信が彼にはあったからだ。

「クラウドダスト!」

 エルネストは持っている鞭でピンと軽く地面を叩いた。もうもうと砂埃が舞い、それがエルネストを中心に広がっていく。そしてそれはエルネストの体を完全に隠した。

 だがそんな彼を前にしても、イーヴは焦りをいっさい見せなかった。標的の位置が分からなければ、パイルハンマーの岩を落とすこともできないことは確かである。だが攻撃の手が切れたと言っても、結局はエルネストの攻撃をすり抜けることができる。つまり、彼にとってはピンチを迎えたわけでもなんでもないのだ。

 どうせエルネストの攻撃は自分に決まらない。イーヴは自分のそういった余裕ゆえに、あることに気付くことができなかった。エルネストの武器は鞭。そもそも遠距離からでも攻撃できるにもかかわらず、彼はわざわざ危険を冒してまで自分に近づいているのだ。

「さて!」

 刹那、砂埃の中からエルネストが顔を出した。そこはイーヴの目の前。敵の懐である。

「貴様、いつの間に……」

「ていやっ!」

 イーヴが言い終わる前に、エルネストは鞭を持っていないほうの手でイーヴの体を縦に裂いた。






「……いつから気付いてたのだ?」

 不気味な声が辺り一体に広がる。

 エルネストの目の前。そこには体が真っ二つに割れたイーヴの姿があった。しかし地面に倒れこむ事も無く、二つともが直立を保ち続けている。なんとも不気味な光景である。

「もともと引っかかっていた。おまえの妙な気配にな」

 そのイーヴを裂いたエルネストの手。そこにはまだ火のついたタバコが指に挟まっていた。それを見たイーヴは白い歯を見せ苦笑するのだった。

「やはりそうだったか。さすがに鋭いな。“この場に私が居ない”という事実を見抜くとは……」

 そう言うイーヴは霧が晴れるように全身がサアッと細かい粒となり、その姿は大気に拡散しはじめる。同時に彼の体に描かれた紋章も同時に消えたためか、詠唱されたパイルハンマーの岩石もぷっつりと消滅したのだった。

「まぁでも、確信は持てなかったさ。あのままだとな」

 エルネストはそう言って煙草を咥えた。

「おまえは2つミスを犯した。プリシスのレーザーに動揺してしまったということ。そしてノエルのアースクエイクを想定に入れていなかったということだ」

「えーーっ、じゃあアタシの攻撃も無駄じゃあ無かったってこと?」

「…………」

 遠くのほうで耳を傾けていたプリシスがニヤニヤとレオンの方を向く。一方レオンは面白くないと言わんばかりの態度でそんなプリシスを睨み返すのだった。

「ま、そういうことだな。お前のおかげだ、プリシス」

「やったぁ! ほーらレオン、どうよ! これがアタシの実力っていうか、戦況把握能力が……」

「……で、どうしてそれがイーヴの正体がここにないことに気付く手掛かりになったの?」

 はしゃぐプリシスを極力無視しながらレオンはエルネストに訊ねた。彼はまだ状況が理解できていなかった。なぜイーヴに攻撃が効いたのかもだ。

「イーヴ。お前はあのとき、反射的にプリシスのレーザーを避けようとしたよな? 他の二人は気付かなかったみたいだが、俺の目は誤魔化せないぞ」

「……ふっ、焦りは気付かれてたか………」

「そうだよな。あれだけの“熱”をマトモに愛けりゃひとたまりも無いもんな。こんな風に……」

 エルネストはそう言い放つと手にしたいたタバコを、もはや原型を留めていないイーヴに投げつけた。するとその軌道上にあったイーヴの体が、シュンと静かに消え去った。恐らくエルネストが先ほどお見舞いした一撃目もこんな感じだったのであろう。

「……そのとおりだな」

 姿は完全に消えてしまっているのに、なぜかイーヴの声だけははっきりと聞こえていた。

「まぁ、決め手はアースクエイクだったがな。地面が揺れているのに、お前は微動だにしていなかった。お前が目の前に居ない、つまり幻覚かホログラムか何かだと確信したさ」

 つまりエルネストがアースクエイク時に目にしたもの。それは大地が揺れているのにその場に静止し続けたイーヴの姿だったのだ。

「“この場に実存しない”ことと“熱に弱い”ことを合わせて考えたとき、考えられるのは……」

「霧かなにか、大気中の水の粒に自身の姿を投影していたって事か……」

 ようやくレオンも今までのカラクリに気付いたようだった。

「そういうことさ。形さえ映し出せればそこに紋章を描けるから、それで攻撃もできるしな」

 結局、これまでイーヴだと思っていたのは、空気中の水の粒子が集まった“霧”に映し出されたものだったというわけである。恐らくイーヴが作り出し操作していたのであろうこの霧だが、無人君スーパービームや煙草の炎などの熱源に触れれば一瞬で蒸発してしまうだろう。イーヴがプリシスの攻撃を避けたのも、その露呈を避けるためであった。

「ふふ、私はお前達を少々見くびっていたようだな。氷の粒子を拡散させ、それを投影機としたり音源としたりする私の術で惑わせてしまったこと、まずはお詫びしよう」

 何も無い空間に声がじわじわと広がっていた。よくよく見れば、先ほどまでイーヴが居た場所には小さな黄色の紋章がてかてかと輝いている。これが今までの術を生み出していた根源であり、声もここから出ているのであろう。

「残念ながら遠隔から再び霧をつくることはできないので、ここからは声だけで貴様らと接触することになるがな」

「おい、お前自身は今どこに居る?」

 エルネストはそう強気に返事をした。

「心配するな。考えが変わった。もうお前らと戦うつもりはない……」

「そういう問題じゃない。こっちは直接会ってお前に聞きたいことが山ほどある!」

「ふっ、焦るな……」

「……答える気はなさそうだな」

 これ以上聞いても無駄だと判断したのだろうか、エルネストはこれ以上深くは突っ込まなかった。とりあえず味方の危機は無事乗り越えることができたのだ。ここはそれで合点しておくべきだと考えたようだった。

「いずれまた会うだろう。その時を楽しみにしているがいい」

 最後に、イーヴからそんな意味深げな言葉が送られてきた。エルネストをはじめ、それを耳にしたプリシスやレオンは一斉に顔をしかめる。

「おい、どういうことだ!?」

「いつか会うって……?」

 だがその問いに返事はなく、そのまま草むらに佇んでいた紋章はぷっつりと光を失ってしまった。これまでエルネストたちとイーヴを繋いでいた唯一の会話手段、それが向こうから一方的に遮断されてしまったことになる。

 いずれまた会うだろう。彼の残したこの言葉の意味するところをエルネスとたちは考えてみた。だがその答えは今ある情報だけではとても類推し難いものだった。

 ネーデ人と瓜二つの外観をもつ彼らは一体何者なのか。何の目的があってエクスペルに居たのか。なぜネーデの歴史について知っているのか。多くの謎を置き土産に、イーヴはこちらを拒絶してしまったのだった。

 そしてなんともタイミングのいいことか、ここで他の仲間たちの元気な声が聞こえてきた。エルネストたちが振り返れば、そこにはセリーヌ、ボーマン、そして今日大活躍のノエルの姿があった。

「あっ、あれはエルネストさん!」

「なんだ、お前らも終わったのか?」

 グレッグとの戦いを引き受けていた一行を見て、エルネストは全員が無事であることに安堵する。レオンとプリシスも嬉しそうに駆け寄る仲間たちを出迎えた。

「よかったー、ボーマンたちもなんとか無事にやり過ごせたんだね!」

「ああ、俺が最後に一発、グッレグの脳天にかましてやったよ!」

「エルネストさんやプリシス、それにレオンくんこそ大丈夫でしたか?」

 心配そうに尋ねるノエル。その様子を見るに、おそらくは自分の放ったアースクエイクの影響を波及させてしまった件が気がかりなのであろう。

「ぜんっぜん平気! むしろ感謝したいくらいだよ!」

「そうそう。ノエルのおかげで勝てたようなもんさ」

 プリシスとレオンは喜々としてノエルにそう言った。彼のアースクエイクがイーヴの招待を暴く鍵となったこと。それをあたかも自分たちが見抜いたかのようにペラペラと口にする。

「お前らとは距離があったからそれほど被害は受けていないさ」

 そしてエルネストからもノエルに労いの言葉が贈られる

「助かったよ」

「それならよかったです。けれど、僕は大したことしてないんですけどねー………?」

 頭上にクエスチョンマークを浮かべて首をかしげるノエル。その姿は妙に愛くるしいところがある。このような謙遜の姿勢こそ、プリシスやレオンには見習ってほしいものだとエルネストは思う。

「ま、チサトのよく言うMVPってのがあっただろ? 今回はそれがおまえだってことさ」

 ボーマンはチサトの戦闘勝利時の口癖「MVPは誰かしら?」にちなんだ褒め方をしながら、ぐいっと肩に手を回した。「あいてて」と苦しそうに叫ぶノエルに、それを見た仲間たちからは笑いが溢れた。

「……ところで、当のイーヴはどちらに?」

 セリーヌはキョロキョロと辺りを見渡した。本来の目的をもう一度思い出す。それは決してイーヴとグレッグを討伐するためではなく、なぜ彼らがエナジーネーデや十賢者のことについて詳しく知っているのかを問いただすためである。

「そういえばそうだな。俺はグレッグの野郎を遠くまでぶっ飛ばしちまったせいで、一々確認に行くのが面倒くさくなっちまって……。それで先にこっちに来たんだがな……」

 グレッグは今頃、平原の遠く離れた場所で気絶しているであろう。わざわざ彼のもとに行くよりも、親玉臭のするイーヴのほうが有益な証言を得られるとボーマンは考えたのだ。

 だがそんな期待には応えられるはずもなく、エルネストは重い口を開く。

「それが、実はだな……」





「えぇーー!? それじゃあ結局、イーヴを捕まえることは出来ませんでしたの?」

「すまん。そういうことだ」

 イーヴとの戦闘の一部始終を説明したエルネストはそう言って肩を落とした。

「残念ながら俺達は奴の幻影と戦ってたってことらしい。これといって収穫も無いままな……」

「そうか……」

 それを聞いたボーマンもふうっと溜息をついた。確かにイーヴの身柄を確保することは出来なかったが、それでも仲間が無事で居てくれてなによりだ。そう思うと、今回はむしろ幻影が相手でよかったんじゃなかったかとボーマンには思えた。

「それでは仕方がありませんね。先にグレッグの元へ行くとしましょうか」

 結局イーヴは諦めざるをえない。しかしグレッグに関しては間違いなく本人そのものをノックアウトしたわけである。逃げられる前に先にこちらを捕まえる必要があるということで、皆の意見が一致したのだった。

「よし、行くか……」

「そうですわね」

 そう言ってボーマンとセリーヌはゆっくりと腰を上げる。だがそのとき、遠くの方で人影が揺れるのが一向には見えた。

「……ん、あれは誰?」

「……おいおい、遅ぇぞお前ら!」

 立ち上がりかけていたところ、プリシスが額に手をあててその方向を見つめた。一方でボーマンはこちらに向かってくるその集団の正体に気がついたようで、大声でそう野次をふっかけたのだった。

「もうこっちは終わっちまったよ、クロード!」

 ボーマン達の視線の先からは、クロードを先頭にレナ、オペラ、チサト、ディアスが続くようにしてこちらに走って来ていたのだった。

 セリーヌが助けを求めてきたとき、ボーマンやノエルはいち早くレオンの元へと駆けつけた。その一方でクロードやレナたちは武具大会の中止を呼びかけ、一般人の安全確保を務めていた。それが一段落してから戦いに合流することで話がついていたが、少しばかり登場が遅かったようだ。

 全員がこちらに到着すると、その先陣にいたクロードが息を切らせながら事情を説明し始めた。全員汗まみれだ。

「ごめん、ちょっと会場の人たちを避難誘導するのが遅れちゃって……」

「思った以上に人がたくさん居たからさー、結構混乱してたのよ」

 クロードに続き、チサトもぱたぱたと手で額を扇ぎながら言う。その傍らでは、オペラがいち早くエルネストへと歩み寄っていた。

「ここに連れてくると危ないと思ったから、ローラはニーネさんに預けてきたわ、エル」

「そうか。すまないな、オペラ」

「それで、終わったってのはどういうことなのかしら?」

「ああ。言葉の通りだ。もう俺達で怪しい二人組は倒しちまったよ」

「ふーん、そうなの……」

 オペラはそう言うと、きょろきょろと辺りを見渡した。

「それで、その二人組とやらはどこに居るのかしら?」

 オペラの視界には、旦那であるエルネストをはじめ仲間の姿しか見当たらない。それ以外は荒れた草原が広がっているだけ。このような疑問を浮かべるのも無理はないだろう。

 気が付けば地平線へと太陽が沈みかけていた。ラクールで昼食を食べた直後にレオンとセリーヌが襲われたことを考えれば、あれから結構な時間がたってしまったらしい。山吹色の西日がエルネストたちの影を薄く伸ばしていた。

「残念ながら、二人のうち片方は逃がしてしまったよ。離れた場所から自分の幻影をここに映し出していたらしく、俺たちはずっとそれと戦う羽目になったのさ」

「へぇ、それは残念ね……」

「妙な術を使われていたんですね、エルネストさんたち」

 ここで二人の会話にレナが口を挟んだ。

「その人たち、私と同じネーデ人みたいな人たちだってセリーヌさんから聞きました。ね、チサトさん?」

「そうよ。どうだったの? そいつら?」

 レナとチサトは一丸となり、ここに現れたという人物について迫真の形相で問い詰めた。

「……やっぱり気になるんだな? 特にお前らは」

 エルネストがそんなレナたちに言葉をかけた。

「そりゃそうよ! 私だってこのあいだ……あっ!?」

「ん? どうしたんだ?」

「えっ……い、いや。何でもないわ!」

 慌ててぶんぶんと首を横に振るチサト。てっきりネーデ人の末裔だからという返事が返ってくると思っていたエルネストは、そんな彼女の姿に少し拍子を狂わされ、そしてその言葉から彼女に対して不審感を抱いたのだった。

(チサトめ……あいつ、何か心当たりがあるな……?)

 だが本人がこれを隠すのには何か訳があるのだろう。そこを追及することはしたくなかったし、何より仲間は信用したい。そう思ったエルネストは口を手で覆いながら、これ以上は何も言わないことにしたのだった。

「認めたくはないんですけどね……」

 ここで突然、ノエルがぽつりとそう呟いた。全員の視線が一斉に彼へと向けられる。

「あれはネーデ人です。間違いありません。少なくとも僕はそう思います」

 そのノエルの言葉に一同は声を詰まらせた。ここまで切実な口調で言われると、誰もが返す言葉に困ってしまった。そしてさらに彼は話を続ける。

「僕はネーデの人たちをずっと見てきました。そして今日戦ったグレッグという人は、僕の記憶の中にあるエナジーネーデの住人と何もかもが同じでしたから……」

「………」

「もちろんそれだけではありません。妙な紋章術についても。遥か数億年前、まだランティス博士の十賢者事件が起こる前から、ネーデは高度に発展した紋章時空文明を築き上げてきました。その時代には幾千もの紋章術が開発されたと伝えられていています。その一部はエナジーネーデのデータベース内に残っていたとされており、イーヴという男が使っていた幻影投影術もその類のものだと考えられます」

 悲しげに淡々と語るノエル。そんな彼の言葉に仲間たちはただただ耳を傾けていた。

「クロードさん」

「……へっ?」

 突然、ノエルはクロードを名指しして呼んだ。不意なことに驚いたクロードはおぼつかない声を漏らす。

「確かこの間、地球の牛丼屋さんで話してくれましたよね。あなたも地下鉄でネーデ人らしき人影を見たと」

「何だと、クロード!?」

「それはほんとですの!?」

「あ、ああ……た、確かにそうだけど……」

 それまでノエルに向けられていた仲間の視線が、今度は一斉にクロードへと向けられる。

「あれも、あのとき僕は見間違いだと思ったんだ」

「……詳しく聞かせてもらおうか?」

 これまでずっと黙っていたディアスが、威圧するような重い口調でそう尋ねた。

「一週間くらい前、レナと一緒に晩ご飯を食べたんだけどさ。そのあとレナを家の近くまで送って、帰りに地下鉄の駅に向かう途中でネーデ人そっくりな耳の男とぶつかったんだ。そいつはすぐ逃げるように居なくなったけど、特徴はエルネストさんたちが戦った人と同じ、銀髪の男だったよ」

「ちょっと……そんな話聞いてないわよ、クロード!?」

 レナはクロードが自分に隠し事をしていたことに腹を立てた。

「ごめん。本当に気のせいだとその時は思っていたし……」

「だからって……ノエルさんには言ったのに私には何にも相談してくれないなんて!」

「それは……ノエルさんをたまたま見かけた時に偶然思い出したから喋っちゃった、みたいな……」

「それでもっ!!」

「……まぁまぁレナ、いいじゃない。クロードは本当にあなたに心配かけたくなかったのよ」

 憤りをぶつけるレナをオペラがなだめる。それを受けてレナも少し冷静になったのか、感情的になりすぎた心を抑えようと細く息を吐き出すのだった。クロードも彼女の怒りがひとまず静まり、これが大きな亀裂にならなかったことにほっとする。

「とりあえず、結論としては……」

 クロードとレナのいざこざが落ち着いたのを見計らうかのよう、ノエルが話を再び続けた。

「これだけ目撃情報があると、やはり僕達以外にもネーデ人が宇宙のどこかに居る可能性が高いってことですね。その人たちがエクスペルに来た目的は分かりませんが。しかしあのエナジーネーデの崩壊から逃れることができたなんて、なにぶん信じがたい……」

「………るわけないじゃない!!」

 そのときノエルの言葉が、甲高く荒々しい声に突然遮られた。

「そんなのあるわけないわ!! みんな見たでしょ!! もうネーデはこの世にはないのよ!! あの大地も、海も、街も、人も……どうしてみんなそれが分からないの!?」

 そこにはチサトが一人、感情を剥き出すように大声を上げていた。拳を握りしめ、衝動的に発せられたその言葉は、ノエルが語る“ネーデ人が生存している”という事実を必死に否定しようとしていた。

「もし生きているのなら……ネーデのみんなの決断は……死んじゃったのは一体何だったことになるの!?」

「チサトさん……」

「そんなこと、絶対に私は………」

「……チサト。俺はまだイーヴとグレッグがネーデ人だなんて思っていない」

 エルネストはそんなチサトを落ち着かせるよう声をかけた。

「俺たちが戦っていたイーヴはもう居ないが、この草原の向こうにはグレッグが今も気絶しているはずだ。まずはそいつに話を聞きただしてみよう。話はそれからだ。お前も新聞記者なら分かるだろ。まずは何が真実なのか、それをはっきりさせなくてはいけない」

「……エル………そうね………」

 チサトはしゅんとうなだれた。仲間たちにちらちらと視線を送る仕草からは、申し訳ないことをしてしまったという謝罪の意が汲みとれたが、それでも彼女は必死に唇を噛み殺していた。

「そんな、別に怒ってませんよ」

「私たちこそ、チサトさんの気持ちも考えずにあんなこと言ってしまって…………」

 クロードとレナがそう言うと、他の仲間たちもこぞってチサトに励ましの言葉をかける。ネーデ崩壊の辛さは誰もが共有していること。今のチサトにはそれだけでもいいから伝えたいという思いが皆にはあった。

「……ごめんなさい…………」

 自分の思いを本当に理解してくれているとは決して思わない、それでもここまで独り芝居のように声を荒げた自分を受け入れてくれたことに少し嬉しさを感じたのだろう。チサトは潤んだ瞳でこの場にいる全員を眺めるのだった。

「さ、そうと決まれば行こうよ、みんな!」

 レオンがそう呼びかけると各々がそれに相槌をうつ。今やるべきことはここで机上の空論を繰り返すようなことではない。いちはやく真実を聞き出すべく、グレッグの身柄を確保することだ。

 夕焼け空を背景に、この場にいる全員が一丸となって移動をはじめようとした。だがその時、これまでこの場所で一度もなかった突風がびゅうっと彼らを吹き付けた。そしてエルネスト達にとっては聞き覚えのある声が、どこからともなく辺り一面に響き渡る。

「無駄なことはよしたほうがいい。私もグレッグも、既にこの星を後にしている」

「……なっ!? その声は!?」

 それを耳にしたプリシスは、これまで額に浮かべていた笑顔を急に引きつらせた。これは自分がずっと相手にしていた声だ。そう、その主とは……

「イ、イーヴ……!?」

 気がつくと仲間たちの輪の中心、ちょうどプリシスがいるあたり。そこに先ほどまでエルネスト達を苦しめていた紋章が再び浮かび上がり、重厚感のある声色を発していたのだった。

 慌ててそれから距離をとるクロード達。突然現れたイーヴの紋章術は彼の音声と共に、てらてらと不気味な輝きを放っていたのであった。


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