Star Ocean
Graceful Universe

連載長編小説

9.第一章 第1話

 昼前の連邦の軍事空港。絶え間なく離着陸が繰り返される銀河連邦の要衛には様々な軍用鑑がずらりと並び、その表面からは太陽光がぎらぎらと反射され、まるで斑点のように輝いている。

 任務を控えたクロードとレナ。二人は惑星ロザリスへの出発を前に、ランサーから労いと任務確認の言葉をそこで受けていたのだった。

「いよいよ出発だな。未開惑星保護条約を気にしすぎてあまり固くなるなよ。任務完了の為なら、多少は現地の人々と交流しても構わない。それでは健闘を祈る!」

「はい。クロード・C・ケニー。少尉の名に恥じぬよう全力を尽くしてきます」

「同じく、レナ・ランフォード。軍医として、クロード少尉の任務の補佐を全うして来ます」

 軍服が風でぱたぱたとなびく。二人は真剣な眼差しでランサーに敬礼をした。

(少将の期待に応えるためにも、絶対にこの任務を成功させるぞ)

(久々のクロードとの時間を楽しむわ。絶対に……)

 それぞれの想いを胸に、2人は見送りにきた数名の軍の関係者に手を振りながら宇宙船の中に乗り込むのだった。急に用意されたものということあってか、連邦が所有する艦隊中で最も小型種に分類される機体だった。

 それほど重大な任務ではないこともあり、見送り人もいくぶん少ないこじんまりとした出鑑だったが、その中には宇宙船の整備を担当したプリシスの姿もあった。

「クロード。レナ。頑張ってね! 失敗なんかしたら承知しないかんね!」

 プリシスはクロード達に手を振り続けている。さすがにこれも軍の式典の一であるため、普段のように大声で笑いながら、というわけにはいかないようだが、それでもプリシスはできるかぎり精一杯の笑顔で二人に声を掛けたのであった。

「ああ、またお土産をもって帰ってくるよ。楽しみにしておいてくれ」

「とりあえず留守番お願いね。帰ってきたら家がちらかり放題みたいな事になってたら……分かってるわよね?」

「う、うんっ。分かってるよ。当然じゃん!」

「そ、なら大丈夫ね!」

 出向前のレナから一言クギを刺されたプリシスは、こりゃ気をつけないとやばいなと心の内で冷や汗を流すのであった。

「さぁレナ、出発するから中に入ろう!」

「ええ。今行くわ」

 クロードが先に宇宙船の中に入ると、レナも「それでは」と一同にお辞儀をして彼に続いていった。

 二人が船内に消えると、階段状の入船台が宇宙船の中に収納され、扉がプシューと音を立てて閉まる。それと同時に軽やかなエンジンの音が響き始め、機体は徐々に浮き始めた。いよいよ離陸の開始である。

「ふぅ。ま、無事に帰ってくるでしょー。あの二人なら大丈夫大丈夫……」

 そう呟きながら、プリシスは天高く昇っていく宇宙船を見上げた。離陸と共に巻き起こる風が彼女の茶色の髪をなびかせる。

 空は良く晴れており、プリシスは日光を遮るよう片腕を瞼に当てていた。

「この天気なら離陸は大丈夫だねっ!」

 機体はもうプリシスの視界から消えてしまっていた。だが彼女はその後もしばらくの間、じっと空を見上げながらこの場所に留まるのであった。





 離陸後もクロード達を乗せた宇宙船は何のトラブルなく順調に大気圏を突破し、あっという間に月の周回軌道上に達した。月面基地ムーンベースから地球圏離脱を通信で許可してもらい、さらに宇宙船の速度を上昇させていく。

「いよいよだね。いつも通り気楽にいこう」

「そうね。クロードが居てくれるから心配なんかしてないけど」

 レナが笑いながらクロードに詰め寄った。

「僕もレナがずっと居てくれると心強いよ。ありがとう……」

「クロード……」

 お互い笑い合いながら視線が重なる。だが、ここでレナがはっと息を吸い込むと、あることを思い出したように声を出した。

「あ、そういえばプリシスに戸締まりに気をつけるように言っておくのを忘れてたわ……」

「えっ、そんなこと言うまでもないんじゃ……?」

「で、でも心配じゃない? プリシスにもしものことがあったら……」

「あそこは治安が良いから心配ないよ。ってかどうしたのさ? 急にそんなこと言い出して?」

 クロードは少し戸惑いながら、不思議そうにレナに聞き返した。

「ううん、ごめんね、ちょっと緊張してるのかも……」

 レナは作り笑いをしながらそう誤魔化した。一昨日泥棒に入られたという言葉が喉のあたりまで出かかっていたが寸でのところで思いとどまることができ、なんとかクロードにバレずに済んだのだった。

「そう固くならずにさ。プリシスなら、もしものことがあっても自力で撃退できるさ」

「あはは、そうよね……」

 レナは声高らげにそう答える。

(はぁ……私ったらなんであんな時にあんな事を思い出したんだろ? せっかく二人での任務だっていうのに、これじゃ台無しだわ……)

 レナは心の中でそう嘆いてみたが、任務はまだまだこれからである。この先クロードとの時間が良いものになるよう努力すれば、結果はおのずとよくなるだろうと心に言い聞かせたのだった。

「私もあんまり気負わないようにするわね」

「うん、大丈夫。すぐに慣れるさ」

 クロードはそう言うとレナの頭を軽く撫でた。

「さて、ちょっと揺れるよ。これからワープに入るから」

「ええ、わかったわ」

 完全に地球の重力圏を外れた宇宙船は、これから惑星ロザリスのある宙域までワープ操行を開始する。機体設備がオールグリーンであることを確認したクロードは、操縦席にある端末にワープ開始のコマンドを入力した。その隣でレナは自分の席でシートベルトを確認する。

 次の瞬間、機体がぐんと加速したのが二人には感じられた。窓に映る星々の光景が細い光の線と変わり、同時にそれが大きく歪む。どうやらこの宇宙船は無事にワープ空間に突入したようだ。

 こうしてクロード達を載せた宇宙船は太陽系の彼方へと飛び去っっていったのだった。





 予定では、ワープにかかる所用時間は約130分。クロードとレナが他愛のない話をしている間に、宇宙船はあっという間に惑星ロザリスの近くの宙域に到着してしまった。

 惑星ロザリスとは、正式には恒星ロザリス星群の2号星のことを指す。この恒星ロザリスは活動が比較的穏やかなためエネルギーを放出する力が弱く、太陽系に比べるとより周回軌道が恒星寄りの衛星に生命が誕生したようだ。

 これから向かう惑星ロザリス2号星も、太陽系で例えるところの金星軌道に近い位置にある。

「ここは太陽系に比べると規模が小さいね」

「ええ。すっごく綺麗ね……」

 レナは外を眺めながらそう呟いた。6つほどの衛星が見えるが、そのどれもが異なる色をしている。赤々と光る炎の球体の周りを、まるで色とりどりの宝石が回っているように見えた。

「そうだレナ、ちょっとそこに立ってくれないかな?」

 クロードは笑顔でちょいちょいとレナを呼ぶと、宇宙船の大窓の近くを指さした。

「え、ええ。いいけど……」

 レナはクロードに言われるがまま、指示された場所までとことこ歩いていった。そしてきょとんとした瞳でクロードのほうを振り返る。

「これでいいの?」

「ああ。ちょっと待っててくれ」

 クロードはそう言うと、カバンから手早にデジタルカメラを取り出したのだった。

「レナ、こっち向いて笑って」

「え、ちょっとクロードったら、もしかして写真撮るの?」

 両手にカメラを構えるクロードに、レナは慌てたように聞き返した。

「ああ。なんかこの綺麗な景色を背景にして、レナの写真を撮りたくなったんだ」

「え……でもこんなに綺麗な星々の中に私みたいなのが混ざってしまったら、せっかくの景色が台無しになってしまうわ……」

 レナは俯きながらそう言う。だが本心ではクロードのとある言葉を期待していたのだった。

「なに言ってるんだい。レナが一番綺麗だよ」

 クロードは流石と言うべきか、レナの求めていたその言葉をさらりと言ってのけた。少しあざといところのあるレナが望んでいることなど、今やクロードには手にとるように分かってしまう。

 互いに知らないことなど無に等しい。そう言ってもよいほど、この二人の仲は深いものなのである。

「やだ、もう。クロードったら……」

「ほらほら、そんなに照れてないで、もう一枚いくよ! 今度は僕も映るから!」

 クロードはシャッタータイマーをセットし、操縦席の手すりにカメラを置くと、駆け足でレナの傍へと駆け付け、そのまま彼女の肩を抱き寄せピースサインをしたのだった。

 レナもそれに体を預け、クロードと同じようにピースをする。


――――パシャ――――


 シャッター音が鳴り終わると、同時に二人ともに笑いが込み上げてくる。

「よし、写真はこんど送るね」

「ええ。でもネットとかにアップはしないでね。恥ずかしいから……」

「そんなことしないさ。この写真は二人だけのものだよ」

「うふふ、それならいいわ」

 レナは照れ笑いをしながら、クロードを見つめるのだった。



――――ピピピピッ――――



 突然コックピットからブザーが鳴った。クロードはレナを抱く腕をほどき、慌ててモニターの場所へと駆け寄る。

「……どうやら惑星ロザリスの静止軌道に乗ったみたいだね。いよいよだよ!」

 いつの間にか窓から見える景色は惑星ロザリスの碧い海と緑の大地になっていた。

「ほんとね……あら? 何かしら、あれ?」

そう言ってレナは再度モニターを見た。そこにはいつの間にか、何行かの文章が映し出されていた。


―――――――――――――――――――――――――――
そろそろ惑星ロザリスに到着かな?
離着陸はマニュアル操作になってるから、こっから先は手動でよろしくね。
あんまりイチャイチャしないでよー。
そんじゃ、任務頑張ってね。
プリシスより
―――――――――――――――――――――――――――


 どうやら昨日プリシスは機体整備の片手間に、この宇宙船が惑星ロザリスの軌道に乗るとメッセージが表示されるようプログラムしたらしい。着陸は自力でやれと重要なことが書いてあるが、それ以上に明らかな悪意を感じる。

「一部、余計な言葉が入ってるわね……」

「っていうか、あいつはこれが言いたかっただけだろ……」

「ええ、しかもよりによって今って……」

 レナはそんなプリシスの執念にただただ呆れるのでった。

「余計なお世話よね」

「だな。今頃は一人でいやらしく笑ってるだろうさ」

 クロードはそう言って苦笑いをしつつ宇宙船の操舵をはじめるのだった。

 さきほどのプリシスからの忠告(?)にもあったように、着陸だけは自分で直接操作をしなければならなず、しかもこれは細心の注意を払わなければいけない。宇宙船の事故は着陸時に最も多発すると言われているからだ。

「さて、それじゃあまずは着陸地点を決めなくちゃな。どこにしようか……?」

 着陸は未開惑星の人に見つからないように行わなくてはならない。基本的には惑星上の真夜中になっている地点を見つけ、人里離れた所に明かりを完全に消した状態で静かに着陸するのがセオリーとされている。

 地上をスキャンした結果、惑星ロザリスには大陸が2つあるようだった。うち1つの大陸は完全に恒星の影に入っている、すなわち着陸に適した夜間の時間帯ということになる。

「よし、あそこが丁度よさそうだな」

 クロードはその夜の大陸の中央付近、集落と思われる灯りが点在する場所から離れた山地のなかに、着陸にちょうどよさそうな平たい台地を見つけたのだった。ごつごつとした土壌が広がっている様子から見ても、ほとんど人気が無さそうなのは確かだ。

「ここなら問題なく着陸できるだろうね」

「そうね。さっそく着陸体制に入る?」

「ああ。レナ、悪いけど船の窓を完全に閉鎖してくれないかな? 光が漏れないようにね」

 クロードが全ての窓のシャッターを閉じるようレナに言った。宇宙船がどこか一部でも光った、
いわゆる目立つ状態で大気圏に突入してしまうと、現地の人に目撃されてしまう恐れが高まるからだ。

「準備OKよ!」

「よし。着陸するよ! 席について」

 レナは急いで自分の席に戻り、着陸時の衝撃に備えるべくシートベルトを着用した。クロードが操縦機器のなかで最も大きなレバーをぐいっと引くと、二人の体がガクンと軽くなる。

 そして機体は惑星の重力に吸い込まれていくかのよう、勢いよく降下を開始したのだった。





 宇宙船は目的の着陸地に数十メートルの所まで降りていくと、軽く逆噴射することでゆっくりと着陸を完了させた。

 機体が完全に静止したのを確認したレナとクロードは、外の状況を調べようとモニターの画面を開いた。

 機外に取り付けられた様々な観測装置のスイッチを入れると、この付近の大気濃度や病原体生息数、周囲の熱源反応など様々な数値が表示され始める。

「外の気温は25℃ね。これなら予定通りの装備でいけそうよ」

「そうだね。ちゃんと服は持ってきた?」

「ええ、ほら、見て見て!」

 レナはそう言うと、用意した衣装を荷物袋から取り出した。

 ここは中世ヨーロッパ級の文明レベルであるため、ちょうどエクスペルの時に着ていた服が馴染むと予想できる。そこで昔に着ていたの衣服を持ってきてもらうよう、昨夜クロードはレナに電話で伝えていたのだった。

「結構お気に入りだったんだけどね。これを着るのも何年ぶりになるのかしら?」

 改めて見るとちょっと子供っぽいなと思いながらも、レナは懐かしそうに自分の昔の衣服を眺めた。それはクロードと初めて出会ったあの日、17歳の自分がアーリア村で着ていたものだった。

「さてと、それじゃ……」

 着替え一式を出し終えたレナは、その場でおもむろに服を脱ぎ始める。

「えっ、ちょ……ここで着替えるのか?」

 その光景を目にしたクロードは、目のやりどころに困ったようにそう言った。

「ええ、そうよ。なに動揺してるのよ? もう見飽きたでしょ?」

「ま、まぁね。見飽きたわけじゃないけど……」

「……あんまりじろじろ見るのはやめてね?」

「は、はい……」

 レナがそう言うと、クロードは照れたように頬を掻いた。そしてバレない程度にちらちらとレナのほうを眺めつつ、自分もさっさと着替えようと鞄の中から自分の服を探すのであった。





 着替えを済ませた2人は準備を整えた後、いよいよ惑星ロザリスの大地へと足を踏み出した。

「やっぱりレナ、相変わらず似合ってるよ」

「そう? ありがとう」

 クロードから見たレナの姿は、4年前の冒険の時となんら変わりは無かった。襟の立った白いブラウスはレナの体型よりも一回りサイズの大きなものであり、その上に着ている青色のエプロンワンピースとはいい感じに色が対比している。

 そして腕のあたりからは赤色のショートマントがひらひらと靡いており、レナ曰くこれがコーディネイトのワンポイントらしい。

「ところで、クロード……」

 一方のクロードは上下ともにグレーの麻でできた衣服を纏っており、まるで中世の農民に居そうな格好をしていた。レナから見ても貧相な感が否めない。

「その服、いったいどこで買ったの?」

「うーん……それは秘密!」

 クロードは不敵な笑みをもらしてそう答えた。地球ではこういうマニアックな衣服を売っている店があることぐらいはレナも知ってはいたが、そういう場所にクロードが行ったであろうという事実が衝撃だった。

 ちなみにこの星の魔獣はそれほど強くないらしいので、クロードはかつての戦いで使ったような強力な破壊力をもった武器ではなく、単なる鋼製の険と、万が一の時に備えてフェイズガンを装備していた。

 一方のレナは格闘技メインで戦うので武器は使わない。

「さてと。夜が明けてきたし、そろそろ行こうか。まずは村か町に行って不審者の情報を集めたいところだね」

 クロードが辺りを見渡しながら言った。

「ここから村までどれくらいかかるのかしら? 着陸地点の西の方に集落があったような気がしたけど……」

「僕もその集落に先ず行こうと思っていたんだ。この星は地球に比べてだいぶ小さいから、意外と近くにあると思うよ」

「へぇ、そうなの。それじゃ、できれば朝になるまでにはそこに着きたいわね」

「ああ。それじゃあそれを目標にして早速出発しよう!」

 2人は宇宙船の中に誰も入らないようしっかりと入口にロックをかけると、集落があると思われる西へと向かって歩き始めたのであった。





 宇宙船を発ってからしばらくは、岩がごろごろした荒れ地が延々と広がっていた。

 だが、そこから2時間ほど歩くと地形は除々に落ち着きを見せ、クロードとレナは山道のような所に出たのだった。

 時々顔に当たっていた細かい砂粒の飛散も治まり、かわりに小さな虫の群れが頬にぶつかってくるようになった。横手には険しい山々が連なっているのが見える。典型的な山岳地帯だ。

 空は少しずつではあるが青みを帯び始めている。この様子だと日の出も近いのだろう。そろそろ疲れが溜ってきた二人は座るのにちょうど良い大きさの岩を見つけると、このあたりで少し休憩をとることにしたのだった。

「この道に沿って歩けば村に着きそうね」

 レナが顔をぬぐいながらそう言った。まだ夜ではあるものの、辺りはちょっと蒸し暑く感じられた。

「そうだね。日の出まで自転速度を考慮して1時間ってとこかな? 早ければその頃には着いていると思うよ」

 クロードが水を少し飲みながら答える。こちらはレナよりも汗をかいていおり、額に群がるハエなどの虫をうっとおしそうに手で払いのける。

「あら? あれって立て札じゃない?」

 そんなとき、ふとレナが何かを見つけたようだ。道の少し向こうを指差すその先には、岩と砂だらけの山道になにやら木片のようなものが刺さっていた。

 何かの立て札かもしれない。そう思った2人は早速その場所に向かってみた。近くでそれを見てみると案の定これは道案内板のようであり、朽ちたその表側には、

「この先、ネステードの村」

と、そう書かれていた。

「よかった。やっぱりこの先に村があるんだ!」

「ほんと、ネステードだって。なんだかネーデと名前が似てるわね」

 レナが立て札が指す方向を眺めた。そこには今までと変わらない風景の中、ネステードの村とやらへ続く道が延々と伸びている。

「あはは、そうだね。とりあえず、この村までもうちょっと頑張ろうか」

「ええ、早く行きましょう!」

 実際に村が近いことを知ると、二人はとたんに元気を取り戻した。そして任務の第一歩となるであろう場所へ向かうために再び歩み始める。

 澄んだ空、黄土色の大地、そんな大自然の中、こうして二つの足跡が仲良く並んで進んでいくのであった。


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