Star Ocean
Graceful Universe

連載長編小説

19.第一章 第11話

 日付け変わり翌朝。昨日までの静寂とはうって変わり、街は朝早くから活気に溢れていた。日の光が城下町の至る所まで差し込んでいる。

 宿の外に出ると、クロードは通りがかった自転車に危うく轢かれそうになった。「どこみてんだよ、この野郎!」と、それに乗っている学生から罵声を受けるクロード。昨夜とは違い、ここは圧倒的に人通りが多い。

 さすが王都と呼ばれるだけあり、今まで訪れたネステードやケロックとは根本的に人口が違うのだろう。

「ったくもう、なんなんだよ!」

「まぁまぁ、そう怒らないで」

 朝から不運に見舞われるクロードをレナが窘めた。クロードは少し熱り立っているようだが、それはアルフレッドを捕まえる意気込みが高いということの裏返しでもある。

「そうよ。はやく港に行ってアルフレッドをやっつけましょ!」

 チサトのその掛け声のもと、三人は船が到着する港に向かいだす。

「いよいよね……。戦闘になるかもしれないから、気を引き締めていかないと」

 レナの顔が真剣味を帯びてくる。彼女の言う通り、彼らが惑星ロザリスへの侵入者だった場合は抵抗を試みてくる可能性がある。これからは油断の出来ない展開が続くであろう。

「そうね。やっつけてとっ捕まえて、さっさとインタビューしないと。こりゃ独占スクープになるわ」

 だが緊張間溢れるクロードとレナとは違い、チサトは相変わらず新聞の犯罪記事を書く事で頭が一杯なのであった。

「ん、あれかな?」

 そんな会話を広げる中、クロードが目を細めて海の方をじっと眺める。そこには普通の帆船より一回り大きな船が、王都へとゆっくり近づいてきているのが見えた。

「いかにもそれっぽいわね。ちょっと急いだほうがいいかしら?」

「そうだね、早く行こう!」

 レナも隣で目を凝らす。まだ遠くにあるとはいえ、あと一時間もすれば船は着港するであろう。そうなる前に待ち伏せしておきたいところだ。

 三人は気合いを入れ直し、港に向かう足を少し速めるのだった。






 活きのいい魚があちこちで水揚げされているのを横目にしながらも、しばらくして3人は帆船の発着場所までやってきた。ケロックの街同様、海沿いには市場が展開されており、その日の収穫を競りにかけようと多くの漁師が付近で待機していた。

 港にあるのは漁船だけではない。色々な船から荷物や漁具などが降ろされている。だがこの時間に到着しているのは小規模な帆船ばかりで、どれもケロックで聞いた大型輸送船と呼ぶにはみすぼらしいものばかりだった。先ほど見えたあの船がやはり本命だろう。

「よし……もう来るぞ」

 クロードの視線の先には、波に揺られながら僅かずつその姿を大きくしていく貨物船が映っていた。帆にサバサと風を受けながら、それはこちらへと近づいてくる。3人は気を張りつめらせたまま、それが到着するのをひたすら待ったのだった。





 あれから少し長く待っただろうか。貨物船は港に接岸し、船員達がその中の貨物を降ろし始めた。

「みんな、ブーシーが入ってそうな貨物が無いか、よーく見ててくれ……」

 クロード達はすぐ傍に置かれた木箱の陰に隠れ、その様子をじっと窺う。今は生活雑貨や食料品が降ろされているが、そのうちブーシーが入っているような一回り大きい荷物が現れるはずだ。

 アルフレッドやその仲間が降りてくるかもしれない。その際は三人一気に突撃して逮捕するまでだ。心の準備を決め、3人は一部始終を観察し続けた。

 だが……



「あら? もう荷降ろしはおしまいなの?」

 30分ほどしたところで、チサトが驚いたように声を漏らした。なぜなら貨物船の船員達は、特に大きなコンテナを降ろす事無く作業を終えてしまったからだ。

「そんな馬鹿な!? 向こうでも確かに大きな貨物を積んでたって聞いていたのに」

 クロードも予想外の展開に動揺する。確かにケロックの街では、大きなコンテナをフェイズガンと引き換えで貨物船に乗せたと言っていた。アルフレッドが出てこないというのならともかく、その巨大コンテナが降ろされないのは絶対におかしいことだ。

「もしかして違う船だったのかな?」

「分からないわ。とりあえず、あの船員さんに聞いてみましょうよ?」

 レナが貨物船から降りてきた一人の船員を見つけた。三人は彼のもとへと急ぐ。

「あのー、すみません……」

「ん? 見ねぇ顔だな、なんだい?」

 レナの声に気付いたその船員は威勢の良い返事を返した。クロードは怪しまれないように自然を装いながら、彼女に続いて聞きたいことを尋ねる。

「この船って、いったいどこから来たんですか?」

「これか? これはケロックに貨物を送る定期船だ。昨日の朝に向こうを発って、さっき帰ってきたところだぜ」

 やっぱりこの船で間違いはなさそうだ。クロードはさらに質問を重ねる。

「では、この船にアルフレッドという人は乗りませんでしたか?」

「ん!? ああ、アルフレッドの旦那か?」

 船員はアルフレッドの名前にすかさず反応した。

「あの人なら、途中で船を降りてったぜ」

「と、途中!?」

「ああ。ケロックと王都の間にあるアルル半島で降ろしてくれって頼まれていたからな。すっげぇ荷物で大変だったが……」

「アルル半島……」

 クロードは急いで手持ちの地図を広げた。

 王都から海岸沿い、大陸から突き出た細長い半島の名前がアルル半島というらしい。以前この地図を見た際、この半島が邪魔でケロックと王都レッジまでの海路が長くなっているんだなと思った、まさにその場所だ。

「あの、それは何時間くらい前の事でしたか?」

「ん? そうだな……日の出と同時くらいだったから、3時間ほど前だったかな?」

「……そうですか、ありがとうございました」

 クロードは少し表情を暗くつつも、船員にそう礼を言った。

「いやいや、それよりあんた顔色悪いぜ?」

「す、すみません、大丈夫です。では……」

 アルフレッドを逃したショックが顔に現われていたのか、別れ際に心配をされてしまった。とりあえず彼はブーシーを降ろしたという事実を伏せ、三人は船員のもとを後にする。

「どうするのよ、クロード?」

「……行くしかないだろ。こうなったら!」

 クロードは歯を食いしばる。その脳裏にはランサー少将の顔が頭に浮かんでいたのだった。

 自分は彼の期待に応えなければいけないのに、いつも後手後手に回ってばかりで一向に事件が収束しそうにない。指揮官としての読みの甘さ、そういったものが歯がゆくて仕方無かったのだ。

「そ、そうよね。早く行けばまだ見つかるかもしれないし、頑張りましょ!」

 浮かない表情をするクロードの隣で、なんとか彼を励まそうとレナがそう呟いたとき、



――――ゴウッ――――



 どこかで聞き慣れた重低音が、地響きのように鳴り響いた。

「キャーーーッ!!」

「な、なんだあれは!?」

 それを目撃した街の人々がざわつき始める。何か作業中だった人も皆手を止め、各々の視線がそれ一点に集中している。

「あれは……!?」

 海の向こうの晴れ渡る空。なにもないはずの、まっさらな青空。

 だがそこには天めがけて昇っていく鉄の塊が重黒い色彩を放ち、何も知らない未開惑星の人々の目にその姿を焼き付けていたのだった。

 青白い光りを放つエンジンに、大気圏で機体を制御するための翼。その先には複数のビーム兵器が搭載されているところまで目視で確認できる。疑うことなど何もない、その鉄の塊は“宇宙船”である。

 そしてその中に居る人もほぼ見当がつく。この星に到着してからずっと追いかけてきた、あの男である。

「………逃がしたか…………」

 それはほんの数十秒の出来事だった。クロードは大空の彼方、犯罪者と神獣を乗せ宇宙へと消えていく宇宙船を見つめながら、ただただそう呟く他無かった。

 これでアルフレッドが犯罪者であることがほぼ確実になった。宇宙船が見えた方角は、地図で確認したアルル半島がある方向。そんな場所から離陸。どう考えても決定的だった。

「つまり、任務は失敗ってことね……」

 チサトの言葉を、この状況で誰も否定する事は出来なかった。

 悔しい事は悔しいが、アルフレッドに惑星外へと逃げられたという事になれば、これ以上の追跡はほぼ不可能である。この事実を案外すんなりと受け入れている自分がここにはいたのだった。

「クロード……」

「レナ……ありがとう、大丈夫だよ。もうこれ以上ぼくたちに出来ることはないし、正直に今回はダメでしたと報告するよ。ランサーさんも分かってくれるさ」

 レナが元気づけようと声をかけてくれたことがクロードは嬉しかった。これ以上彼女に気を遣わせないよう、クロードは言葉を選んで返事をする。

「……みんな、聞いてくれないか?」

 どことなく暗い雰囲気が漂っていたが、クロードがその空気を切り裂くように言葉を発した。

「今から、アルフレッド達が降りたっていうアルル半島に行ってみようと思うんだ。ひょっとしたら、何か手がかりが残っているかもしれないしね」

 このまま地球に帰ったところで、密漁者“らしき”人物を確認したという報告しか出来ないのでは、いささか情けない。できる限りの事はやってみるべきだとクロードは考えていた。

「……そうね。どのみちアルフレッドは指名手配されるわけだし、少しでも多くの情報を集めておけば、後々役にたつかもしれないわ」

 レナもクロードの提案に賛成する。結局これからのアルフレッド捜索には連邦の力が必要であり、そのためには少しでもそれに貢献できるよう最大限の努力を持って情報集めに徹するべきなのだ。

「ああ。やれるだけのことはやろう」

「ええ……」

「りょーかい! そうと決まれば早速アルル半島へ行くわよ!」

 同様にチサトもクロードの案に同意し、一行はアルル半島へと向かうため海沿いに続く道を目指すのだった。





 昼を迎えるというのに、空はだんだんと曇りはじめる。体感する湿度から雨が降るというわけではなさそうだが、日差しが閉ざされ周囲はだんだんと薄暗くなる。そして現在のクロード達の気分も同じく、完全には晴れることはなかった。

 王都レッジから海沿いに延びる小道を、三人はひたすらアルル半島方面へと歩いていた。小道といっても草むらを踏みならしただけのものであり、みんなが一列にならないと進めないくらいに狭いものだった。

 ところどころ分岐しては砂浜方面や内陸の森林方面に道が延びていることから、この道は街の子供たちが遊び場に向かうために使われているのだろう。

「あっ! あれって車輪の跡じゃない?」

 ひらすらその小道を行進し続けること一時間、ついにチサトが手がかりとなりそうなものを見つける。

「ほんとだ!」

「なるほどね、ここで積み荷が降ろされた……」

 三人は砂浜に残る車輪の後を見つけた。それはクロードとレナがネステードの村で見つけた、例の馬車の痕跡とよく似ていた。近辺に小さな木片が散らばっていたり、何か物を置いた跡のようなものがある事から、アルフレッド達が貨物船から降りた場所で間違いなさそうだ。

 これ以外には特に残されている物は無く、ただただ車輪の跡が内陸の森へと続いている。

「この先から宇宙船が出たのかな? とにかく行ってみよう!」

「ええ、何か彼らの手がかりが残されているといいんだけど……」

 何かが見つかれば。3人はそう願いながらこの跡をたどり、深い茂みへと入っていくのだった。





 馬車が無理矢理入っていったためか、進むべき方向に草木はひらけており、三人は行き先に迷うことは無かった。

 ただでさえ曇りがちな天気なのに、日の光が届きにくい森の中。普段地球では嗅ぎ慣れない、むわっとした草の香りが茂みの中で鼻をつく。

 そんな中を一行は無表情でひたすら進んでいった。そしてそのまま15分ほど歩いただろうか。クロードの表情がぴくりと揺れる。

「……ここがどうやら離陸地点みたいだね」

 視界が広がると同時に、そこには草木の生えていない広間が森の中に姿を現した。明らかに宇宙船を止めてあったような場所であり、離陸時のエンジンからのエネルギーを受けたためか地面には微かに焦げた跡が残っている。

「ここなら、宇宙船を隠すのにもってこいってわけね」

 チサトの言うとおり、鬱蒼としたこの場所なら誰にも気付かれることなく大きな宇宙船を置いておくことができただろう。他に何か残されたものがないか探索を始めようとしたとき、レナが何かを見つけて声を上げる。

「み、見て! あそこに人が倒れてるわ!」

 その声を受け、急いでレナのもとに駆け寄るクロードとチサト。

「ほんとだ……!」

「ちょっと!? はやく手当てしてあげないと!」

 ちょうど広場の片隅のあたりに男が2人、仰向けになって倒れていた。既にレナが彼らの傍で回復呪紋を唱え続けている。クロード達もすぐに彼女のもとへと向かった。

「もしもし、大丈夫ですか!?」

「ん、ああ………」

 クロードが片方の男の肩を揺すると、気がついたかのようにその男は反応した。もう一人もどうやら無事のようで、背中に打撲の跡がある以外は大した傷も受けていないようだ。

「あの……ここで何かあったのですか?」

 レナが紋章術の詠唱を終え、クロード同様に男の肩を支えながら尋ねた。向こうは状況が飲めていないようであり、きょろきょろと辺りを見回した後、レナ達のほうへ顔を向けた。

「あなた方は……?」

「私たちはアルフレッドという人を追ってここまで来ました。そしたらお二人がここで倒れていて……」

「そ、そうなんですか。実は……」

 頭をぽりぽりと掻きながら、男は一つずつ思い返すように答え始めるのだった。

「私たち二人は昨日、アルフレッドと一緒にケロックの街を船で出ました。そしてこの場所に積み荷を降ろす手伝いをしていたんです」

「この場所まで荷物を運び終えるやと、突然あいつらに襲われて……」

 もう一人の男も気が付いたようで、横からそう付け加えるよう言った。

「あの男、妙な物体をこの場所に置いていたよ。気になってそれについて尋ねたら、「それは気にしなくていいから、とにかく早く木箱をここに運んで来い」の一点張りでよ……」

「あれは物体というより、何かの金属でできた建物みたいでしたね……」

 妙な金属の物体とは宇宙船のことに違いない。二人の話から判断するに、アルフレッドは彼らをつかってブーシー入りの木箱を海岸からここに運ばせ、それが終わると鈍器のような物で背後から襲うことでその後抵抗されることを防いだのだろう。彼らの気を失わせた後、宇宙船を出発させたと考えるのが妥当なところだ。

 未開惑星の人間を道具としか思っていないような扱いだが、それでも二人が殺されなかっただけ今回はマシだと考えるべきだろう。

「……って事は、あなたはそのアルフレッドに雇われていたって訳かしら?」

 チサトが疑い深そうに指を立てながら会話に割り込んだ。

「ああ、その通りだよ。俺達二人は昨日、ケロックの街でアルフレッドの旦那に雇われた下働き人さ。この半島での荷降ろしを手伝って欲しいと頼まれたんだよ」

「その荷物、木箱って言ってたわよね。特徴覚えてる?」

「木箱は……なんだか大きなタンスくらいのものが10個くらいだったよ。何が入っているのかまでは分からないが、結構重かったな」

「へー、なるほどねー……」

 つまり、10匹くらいのブーシーがこの星から持ち出されたことになる。その用途までは分からないが、未開惑星保護条約ではかなり大きく罰せられる範囲である。

「……ところで、あなた方三人とアルフレッドは知り合いなのですか?」

 ここでチサト達は男たちから逆質問をされた。ここまで探りを入れる自分たちも彼らからすれば十分怪しい人物らしい。クロードは正直に答えることにした。

「僕たちはアルフレッドを追いかけているんだ。巷で悪事を働いているって噂を聞きつけてね」

「へー、そうなんですか。それならアルフレッド以外にも他に二人の仲間がいましたよ」

 話によると、アルフレッドは自分の他に二人の部下を従えているとのことだ。名前までは覚えていないらしいが、リーダーのアルフレッドの命令に対して忠実に行動していたらしい。

 どうやら今回の事件は単独犯ではなく組織犯罪のようだ。こうなると銀河内にアルフレッドの仲間、あるいはそれを束ねる存在も示唆される。いずれにせよこの事件が複数犯によるものという情報は、今後の方針を決めるにあたって重要な証言だった。

「……ねぇクロード、この人たちを信用していいのかしら?」

 チサトはクロードの耳元で、二人の証人に気付かれないよう囁きかける。

「もしかしたら彼らはこの星の住人のフリをしたアルフレッドの仲間で、時間稼ぎのために演技してるのかもよ。アルフレッドだってクロードと会ったとき、この星の格好してたわけでしょ?」

「いや、それはないと思うよ。そもそも時間稼ぎする理由が無いしね。アルフレッドは僕らの宇宙船がここから遠いところ、ネステード付近に停めてあると知っているんだ」

「それじゃ……この星にあそこの二人が残って、こっそりブーシー狩りを続けるつもりとか……?」

「もしそうだとしても、わざわざ僕たちと会うことはないだろ?」

 チサトは目の前にいるのがアルフレッドの仲間ではないかと疑っていた。もしかしたら彼らは自分たちを足止めしているのかもしれない。あるいは、この星に留まり狩りを続ける部隊であることも考えられる。

 だが、あの宇宙船の発進をこの星の人々に見せつけた以上、いずれクロード達がこの場所に来ることは明白である。それならばこの二人がこの場に残り、わざわざクロード達に見つかりにいくこともないだろう。目の前の男二人がアルフレッドの仲間である可能性は非常に低いとクロードは考えていた。

 敵は3人。彼らの迅速な動きから見るに、ケロックの人を労働力に使うことも含めて前々から周到に計画していたのであろう。

 クロード達はだいたい話の大筋が読めてきた。ただ一つ分からないのは、なぜアルフレッドはブーシーを欲しがるのか、その理由だけだった。

「色々とありがとうございました」

 レナは二人にそう礼をした。ただでさえ意識が戻りたてで気分が悪いだろうに、半ば尋問のようなことをしてしまったことを申し訳なく感じていた。

「いや、別にかまいませんよ」

「ああ、アルフレッドをきちんと捕まえてくれ!」

 彼らは自分たちを殴ったアルフレッドにきちんと罰を与えてほしいと、クロード達に期待の声をかけてくれたのだった。

「ありがとうございます。絶対捕まえます!」

 クロードはそう言うと両手の拳を握りしめた。今の言葉にウソは無い。ブーシーという神獣を乱獲するだけにとどまらず、住人にまで危害を加えるなど許し難い行為だ。

 連邦の名にかけ、いつか必ずアルフレッドを見つけ出してやるという強い気持ち。それがクロードの心の中で大きく芽生えたのであった。


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