Star Ocean
Graceful Universe

連載長編小説

20.第一章 第12話

 「ふあぁ……長かったようで短かったわね……」

 そう言うと、チサトは力が抜けたかのように、ドサリと椅子にもたれかかった。

 あれからクロード達は半日ほどかけて、自分たちの宇宙船へと戻っていた。かなりの距離を今回の任務で歩いてきたこと。それを帰り道で三人は実感した。

 その途中クロード達は、アルフレッドの手伝いをさせられていた二人の住民を、元居たケロックの街まで送ってあげた。自分たちがここに帰るにはカーツ洞窟を通り港町ケロックを経由する必要があったため、そのついでといったところだ。

 外はすっかり闇夜だ。この星の住人に目撃されないよう、離陸は夜中に行わなければならないので、時間的にはちょうど良い頃合いではある。

「実際は3日間の任務だったものね。短いって言えば短いんだけど……」

 眠たげな目でレナが呟いた。いま彼女は、プリシスが残したマニュアルに沿って宇宙船の計器等のチェックを行っている。

「ああ、その3日間の間に色々とありすぎたからね。僕にも長く感じられたよ……」

 そう、この3日間は地球で淡々と仕事をこなしているよりかは、ずっと密度の濃い時間を過ごした。アルフレッドの事件もあったが、久しぶりに見た未開惑星の光景に、少し心洗われたかのような気もする。

「そうかしら? 私はいっつもこんな感じだけど?」

 モニター前で宇宙船のシステム立ち上げを行うクロードの横から、操縦席にどっかりと座るチサトがそう口を挟む。普段の苦労を自慢気に語る彼女の生活は、毎日が新たな出来事との遭遇なのだろう。このような経験には慣れているようで、もはや新鮮味という感覚は薄れてしまっているらしい。

「でも、チサトさんだって未開惑星はエディフィス以来じゃないんですか?」

「ん……まーね。石造りのお城なんか、久しぶりに見ちゃった」

「私も! クロス城が懐かしいわね!」

「あはは、そうねー……」

 そんなレナとチサトのやり取りを耳にすると、クロードは仲間たちに和やかな雰囲気が戻りつつあることを少し嬉しく思うのだった。

 今回の任務は、結果から言うと悔しいものになってしまった。だが何か、先進惑星には決して得ることのできない“何か”を感じることができた。そんな懐かしい気分に浸れたことに関しては、三人とも大いに満足していたのだった。

「クロード。出発準備OKよ」

 そうこうするうちに、どうやらレナが行う機器の点検が終わったようだ。

「あとは地球に帰るだけね」

「ああレナ。その事なんだけど……」

 クロードはレナとチサトに言わなければならないことがあった。

「……実は、テトラジェネシスに用事があって、そっちに寄ってから帰りたいんだ」

 レナとチサトが先ほどまで繰り広げていた、過去を懐かしむような話。これを聞いたクロードは、かつての仲間に会う約束を思い出したのだった。

「テトラジェネシス……!?」

「ああ。エルネストさんからこの間メールが来たんだ」

 クロードは数日前に届いたメールの内容を伝えた。クロードに渡したいものがあるという、エルネストからの連絡だ。ロザリスでの任務後に訪ねさせてもらうと、彼にはそう返事をしていた。今頃は首を長くして待っているだろう。

「ってことは、エルネストさんとオペラさんに会えるってことね!?」

「うわー、久しぶりね!」

 レナの顔が急に明るくなり、チサトも嬉しそうに表情を綻ばせる。

 テトラジェネシスは連邦加盟国家であるため、エルネストとオペラには会おうと思えばいつでも会える。実際、何度かレオン、プリシス、ノエルら地球組で会いに行こうと企画したこともあった。だがなかなか各々の都合が合わず、毎回計画流れになってしまっていた。

 そのため、この夫婦との再開も二年ぶりということになる。レナとチサトの気が昇るのも当然だ。

「ってことは、あの二人の間に新しく生まれた女の子にも会えるってことよね? 有名考古学者と貴族令嬢の娘か………だめね、記事ネタとしては今一つだわ」

 チサトがうーんと残念そうに唸る。

 先ほどエルネストとオペラを“夫婦”と表現したように、この二人は昨年ついにめでたく結婚した。オペラの一途な思いがようやく実ったということで即座に祝福のメールを送ったが、実は娘まで産まれたという話をその時初めて聞かされ、一同みな仰天したことをクロードとレナはよく覚えている。

 そんな事情があるせいで結婚式もまだらしく、その時こそはみんな必ず休みをとってテトラジェネシスに行こうと約束までしていた。

 ちなみに二人の娘はローラと名付けられており、今のところオペラとエルネストどちらに似たのか、外見からはまだ判断できないらしい。

「もっと早く言ってくれれば、ローラちゃんにお土産買ってきたのに! これから服とかおもちゃとか、色々必要になるだろうし……」

「そうよクロード。どうせそういうの買ってきてないんでしょ?」

「うっ……」

「ほんとにもう! あんたは肝心なとこで気が利かないんだから!」

「ご、ごめんなさい……」

 クロードはレナとチサトから口々に駄目出しされてしまう。クロードにとって知り合いに子供が生まれるなど初めてのことだったので、そのようなもてなしなど思いもつかなかった。





 こういった話を苦笑いでごまかしつつも、クロードは順調に出発作業を続け、ついにテトラジェネシスへの航路設定が完了させた。

 モニターに所要時間やエネルギー消費量が表示され、三人はそれらを順番に確認していく。

「ここからテトラジェネシスまでは2時間くらいかかるみたいだね。二人は仮眠でもして来なよ」

 今日は早朝からずっと起きっぱなしだったため、かなりの睡魔が三人に襲いかかっていた。クロードはレナとチサトを気遣い、操縦は自分に任せて休むよう勧めた。

「そんな。クロードは大丈夫なの?」

「僕の事なら平気さ。たかが二時間だし、向こうに着いてからたっぷり休憩するよ」

「……わかったわ、ありがとう。ほんとに気をつけてね……」

 レナはクロードを心配して声をかけたが、大丈夫だと本人が言うのでここは言葉に甘えさせてもらうことにした。操縦室の扉の前でクロードに手を振ると、チサトと共に仮眠室へと向かって行ったのだった。

「さてと……」

 クロードは操縦席のシートベルトを締めると、準備が完了した離陸シークエンスを開始した。しばらくすると期待はふわっと大地から浮き上がり、そのままどんどんと高度を上げていくのであった。





 艦が宇宙空間に到達すると、クロードは2人が居なくなったコックピットで一人、船外モニターをぼうっと眺めていた。

 そこにはどんどんと小さくなる惑星ロザリスが映し出される。夜の出発だったため、自分が見つめている惑星ロザリスの側面は影ににあっており、細かい様子はよく分からなかった。

 だが、それでもその光景にクロードはいろいろと印象深い経験を思い出されるのだった。

 ポピィとボビィの両軒にはこれからも切磋琢磨してほしいということ、ノロップくんがこれからも元気でいてほしいということ、ネステードの人々とブーシーがまた仲良く暮らす日々が戻ってほしいこと。

 僅か三日の間とはいえ、たくさんの出来事と出会いがあった。

「アルフレッドのことは切り替えていかなきゃな」

 その中でも最も心に深く刻み込まれた、アルフレッドという一人の男。彼を逃したことは悔しいが、リベンジの機会はまた巡ってくるはず。

 決着はそのときに付ければよい。この新たな決意を、クロードは何度も何度も自分に言い聞かせるのだった。

 ふとアラーム音が部屋に鳴り響く。どうやら完全に惑星ロザリスの大気圏を抜け、ワープ可能な領域に達したらしい。

「それじゃあ、これでこの星とはさよならだな」

 クロードは躊躇うことなく、テトラジェネシスへのワープを開始するよう制御コンピュータに指示を出した。それを受け、宇宙船はセクターη(イータ)に向けたワープ空間へと入っていくのであった。





 こうしてこの日、二つの宇宙船がこの星から離れていった。これからまた、惑星ロザリスでは平和な日々が始まるのであろう。

 さまざまな思いが各々の胸に残る形で、この惑星での騒動は幕を下ろしたのであった。


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