Star Ocean
Graceful Universe

連載長編小説

8.序章 第8話

「だぁーもう! なんであたしがこんな事しなきゃいけないんだよー!?」

 この日、プリシスはクロードとレナが明日からの任務で使う宇宙船の最終整備を行っていた。出勤するやいなや言い渡された仕事であり、朝から連邦の宇宙船ドックに入り浸りで気がつけばもう夜の7時前だ。

 すでに作業のほとんどは終えていたものの、惑星ロザリスまでのオートパイロット情報の入力する行程が最後に残っていた。このオートパイロットとは目的の惑星まで自動航行するシステムのことで、これによって操縦方法が分からない人でも単身任務が可能になっている。 

「っていうかさー、フツー女の子に、しかもこんな時間に肉体労働させる?」

 自分が使うわけでもない宇宙船のせいで朝から夜まで大忙し。それもよりによってこれを使うのはクロードとレナの二人だという。そのことが癪に障ったプリシスは、つくづく最近の自分は損な役回りばかりさせられるなと、凝った肩を回しながら不機嫌そうに愚痴をこぼすのだった。

「まぁ仕方ないよ。私達は軍の中でも一番下の階級なんだし……」

 彼女の仕事仲間の女性が、プリシスの隣で作業マニュアルを眺めながらそう言った。

「それと惑星ロザリスの座標データだけど、ここ間違っているわよ、プリシス」

「げげっ!? あぶないあぶない、さんきゅー!」

「ほんとに気をつけてよね? クロード少尉たちを大変な目に合わせたりしたら、私たち大目玉なんだから……」

「ま、どうせここは二人の愛の巣になるんだし、いっそのこと違う星の座標打って、しばらくそこで二人にイチャついてもらうのもありだけどねー」

 そう言うプリシスは結構目が本気だった。冗談のつもりなのだろうが、とてもそうは聞こえない。

「ここからロザリスまではワープすれば3時間足らずで着くし、たぶん愛の巣なんかにならないわよ」

「甘いねー。あの二人をフツーの感覚で語っちゃダメだよ」

「だから“たぶん”って言ったのよ」

「“たぶん”じゃなくて“ぜったい”だと、あたしは思うけどね……」

 プリシスは苛立ちを抑えつつ、間違いのないようにオートパイロット情報を入力していくのだった。

 どうにもやりきれない虚しさが頭の中で渦巻いていたが、そんなことよりも今日はずっしりと疲れが溜まっており、さっさとこの作業を済まして家に帰り、そこでレナに文句の一言でもつけてやりたい一心で作業を進めたのだった。

 だが……

「あーっ!? 見直したらいっぱい間違えてるじゃん!? うわー、やり直しだー……」

 どうやらしばらく、家に帰れそうにはなかった。






 時は夕暮れ。沈みゆく太陽がレナの影を長く伸ばして映し出す。

 プリシスがあくせく働く一方、職場から帰宅中のレナはずっと落ち着きがない様子だった。

(いよいよ、明日からクロードと任務だわ……)

 どうも彼女には、明日からの任務を自分の彼氏との旅行と勘違いしている節があるようだった。

(って、いけないいけない! これは任務よ! 気を引き締めなきゃね!)

 レナは邪念を振り払うかのようにぶんぶんと首を振ってはみたものの、体の奥底からこみ上げるウキウキは駆け巡ることを止めようとはしない。久々の多幸感にどっぷりと浸かりながら、レナは足取り軽く鼻歌交じりにアパートの階段を登るのだった。






 部屋に入ったレナは昨日泥棒に入られた一件もあり、「浮かれないで、平静に平静に!」と心の中で呟きながら念入りに鍵をかけた。しっかりと聞こえた施錠の音にほっと安堵する。

「さてと。それじゃ、プリシスが帰ってくるまでに晩ご飯を作らなきゃね……」

 続いてレナは料理を作りにキッチンに向かい、帰りに寄ったスーパーで購入したたくさんの食材を冷蔵庫の中に入れ始めた。

 自分が居ないときでもプリシスがご飯に困らないよう、冷凍やレトルトの食品を大量に買い込んでいた。そのためいつも以上に帰路が重労働になってしまい、荷物の重みによってレナの掌にはポリ袋の食い込んだ跡がくっきりとついていたのだった。

「ほんと、プリシスもきちんと自分で料理が作れれば、こんなことしなくってもいいのに……」

 レナは長期任務に向かう前は、毎度毎度この瞬間に溜め息がでてしまう。同居人のプリシスに料理でもさせようものなら、いつキッチンが爆発してもおかしくはないからである。

 それほど彼女の料理の腕は抜群の破壊力を誇っており、実際に旅をしていた時は幾度と無く仲間から犠牲者が出たこともあった。おそらくこの先プリシスが料理を習得すること可能性が限りなくゼロに近いことは、レナのみならず誰もが認める事実である。

 諦めに近い感情を抱きながらも、全ての食材を整理し終えたレナはクロードから連絡が来ないかなと、そわそわ携帯電話を気にしながらせっせと夕食作りを開始したのだった。






「ただいまぁ―! 今日も疲れたよホントに……」

 それからしばらくすると、ドアが開かれる大きな音と共にプリシスが帰宅する声がアパートに響いた。彼女はリビングに入るやいなや荷物や上着をその辺に脱ぎ散らかすと、一直線にソファーへと倒れこむ。

 うつ伏せになってピクリとも動かないその様子に、よほど仕事が大変だったんだろうなとレナは思った。

「お帰りなさい。晩ご飯、もうそろそろできるからね」

「分かった。ありがとね、毎日毎日」

 プリシスはそう言うと重い腰を上げて台所へと向かい、レナの手伝いを始めるのだった。素直にありがとうを言うことができ、感謝の気持ちを行動に移すことができるところが彼女の良いところだ。

 とはいえ、平気で調味料と油を間違うような思考回路の持ち主である彼女の善意そのままに料理の手伝いをさせては、前述の通り大惨事になってしまう。そのため手伝ってもらうことと言えば食器運びくらいなものだが、それだけでもレナにとっては非常に助かるものだった。

「うー……これだけでも疲れた体には結構くるね」

「ほんとにありがとう、助かるわ、プリシス」

「おっけおっけ。早く食べたいからねー」

 プリシスは何か一つ作業を終える度に何かを口にしながらも、せっせと出来た料理をテーブルに運んで行くのだった。






 そうこうするうちに支度の済んだ2人は、テレビを見ながら夕食を食べはじめた。音楽番組が流れているその画面上では、話題のアーティストたちが輝くステージで新曲を熱唱している。

 特に見たい番組も無かったレナとプリシスは、これをBGMとして聞き流しながら食事に手をつけるのだった。

「レナ、明日からしばらく任務だったよねー?」

 あまり芸能やこういう類のものに興味の無いプリシスは、憮然とした顔でぽつりとそう呟いた。

「ええ、そうよ。レトルトのカレーとか買ってきたから、私が居ない間はそれを食べておいてね」

「ありがと。ちゃんと生き延びとくね」

 プリシスはそう返事をすると、スプーンを口に咥えながらにやにやとレナの顔を眺めはじめた。

「それはそうとさー……」

 企みごとをするようなプリシスの不敵な口調に、なにか嫌な予感をレナは感じた。

「な、なに?」

「明日からの任務って、実はクロードと二人きりなんだってねー?」

「えっ!? ど、どうしてそれを知ってるの!?」

 レナは慌てたようにプリシスに聞き返した。明日の任務がクロードと二人きりだということは、バレたら厄介なことになりそうだったので極秘にするつもりだった。そのため、まさかプリシスの口からさっきのような言葉が発せられようとは思ってもいなかったのだ。

「今日友達から聞いたんだよねー。レナとクロードが明日使う宇宙船の整備しながらさ」

 プリシスは今日の朝方、職場でその情報を手に入れたのだった。ちょうどプリシスの同僚の一人が、書類に書かれていた文面からクロードとレナ二人きりの任務であることに気付き、それが彼女の部署では大きな話題となっていたのだ。

 レナは意地悪そうに喋るプリシスに対して言葉に詰まった。クロードとレナは軍内でも有名な美男美女カップルであり、話題の的にされないようプライベートな話題は一切出さないようにしてきたつもりだったからだ。

 完全だと思っていた情報封鎖が破錠を迎えたことで戸惑うレナに、プリシスはさらに追い打ちをかける。

「どうせ今日も仕事中、ずっと時間気にしながらそわそわしてたんでしょー?」

「そ、そんなことなんかないわよ……」

「ふーん、そうなんだ。てか、なんだか今日の晩御飯豪華じゃない?」

「べ、別にいつも通りじゃない? ほら? 麻婆豆腐にお浸しなんて、よく作ってるでしょ?」

「あはは、レナったら動揺してる!」

 言葉責めにあったレナは顔を赤らめながら、プリシスが期待する通りの反応を返すのであった。テレビでは画面に映ったミュージシャンが、愛だの好きだのといったフレーズを空気も読まずに連呼している。

「ほんと楽しみにしてるんだねー。ま、そりゃそっか。明日からクロードとあんなことやこんなことができるなんて妄想したら……」

「ちょっと、妄想だなんて! 変なこと言わないでよ!?」

 レナにとってこれは半分図星だった。自分の体温がどんどん上昇していくのを感じ、それに任せてレナはついムキになって叫んでしまう。

 それを見たプリシスはさらにレナをからかおうとしたその時、まるで助け舟が到着したかのように突然レナの携帯電話が着信音を上げたのだった。

「あっ、で、電話がきたみたい! 悪いけど先に食べといてね!」

 それに気がついたレナは救われたような表情で携帯電話を取ると、食べかけの食事をテーブルに残したまま素早く自分の部屋に戻っていったのだった。

「ちっ、クロードめ……」

 このタイミングでの着信など考えられる電話の相手はただ一人である。さすがのプリシスでもそれくらいは予測でき、獲物を逃したような顔つきでぱくりと白米を口へ放り込むのだった。

 クロードはいい意味でも悪い意味でも間が悪い男だ。プリシスはそんなことを思いながら、耳障りなラブソング流れるテレビのチャンネルをとりあえず変えたのであった。







「クロード、助かったわ。明日からの任務のことで事で色々とプリシスからいじめられて、もう大変だったんだから……」

「あはは、そうだったんだ。プリシス最近ストレス溜まってそうだったからなぁ」

 電話越しに聞こえてくるクロードの声に、レナはうんうんと首を縦に振った。

「たしかにね。あの子は辛いときこそ、ああいった元気そうな自分を作るから……」

「まぁ、地球はエクスペルと違って日々ストレスとの闘いだよ。仕方ないさ」

「そうね。プリシスはそういうことにまだ慣れていないのかもしれないわ……」

 エクスペルから移り住んだ仲間たちはみんな地球の多忙な日々に疲れ果ててホームシックにかかったが、誰よりもプリシスが酷かったのをレナは覚えている。今も若干それを引きずっているような気がしないでもないくらいだ。

「昨日も話したように、またエクスペルに帰省しなきゃね。そのためにも明日から頑張ろう。ね?」

「ええ、ありがとう……」

 こういったクロードの気の利いた言葉が、レナにとってはとても心地よいものだった。

「気にするなって。まぁ少し時間はかかるだろうけど、きっといいように事は運ぶさ。さて。それじゃ、話を戻して明日からの任務の事だけど……」

「うん! ちょっと待ってね!」

 レナはそう言うと自室のデスクチェアに腰掛け、机の引き出しからメモ帳とボールペンを手早く取ったのだった。





 レナとクロードが電話で話し続けている間、プリシスはその隣にある自室へと戻っていた。

 夕食を終えて自分の食器を片付け終えた(食い逃げするとレナがうるさく注意するため、片づけが苦手なプリシスでもこういう習慣はついていた)プリシスは、ベッドの上で寝転がりながら通信機にメールを打っていた。送り先はアシュトンだった。

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………
………
でさぁ、レナったらどーせクロードと甘い空気をかもしだすんだよ。
それに使われる宇宙船を整備するなんてさ、本当にやってらんないよ。
おかげでなんか今日は肌荒れもひどいような気もするしさ。

なんかさー、最近歯車が噛み合ってないっていうか、
上手く行かないっていうか。
自信がまた無くなってきているような気がするんだよね。

なんか寂しいよ。またエクスペルに

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 ここまでメールを書いたところで、プリシスはパタリと折りたたみ式の通信機の画面を閉じた。

 そしてそれを机の上に放置すると、散らかったベッドの上で仰向けになる。長い髪がシーツの上に広がり、その一部を指に絡めながらプリシスはぼうっと天井を眺めた。

 明かりが薄暗く、隅のほうの汚れなどが一際目立って見える。これを見るたび、故郷エクスペルの鋼鉄でできた実家が少し恋しくなる。

 あの頃はこんなこと考えたこともなかった。生きていくって大変だなと悲しくなりながら、プリシスは枕を抱きかかえた。

「あたしって結局、弱虫なんだよね……」

 また弱音だ。これじゃあさっきのメールとおんなじだ。プリシスはそう思うと再び自己嫌悪に陥った。もうあまり何かを考える気にもなれない。

「地球に来て色々と勉強になっているけど、でも……」

 普段の彼女なら決して言わないような、そんな弱弱しい言葉。

「私は本当に成長できているのかな? アシュトン?」

 プリシスとアシュトンの二人は2年前のエディフィスにて、お互いに応援しながら目標に向かって頑張っていこうねと約束をしていた。その後の話によればアシュトンは紋章術の勉強に精進し、その傍らエクスペルで人助けをして多くの人々から尊敬されているらしい。

 けれど、一方の自分はどうだろうかとプリシスは自問自答する。このまま連邦の軍人として冴えない毎日を過ごしてしまうのではないか? かつて夢見た総司令官など、未開惑星出身の自分には非現実的すぎるのは分かっていた。

 部屋が静かになると、レナが電話越しに話す声が壁を隔てながらも幽かに聞こえてくる。プリシスは「うー……」と唸りながらごしごしと両手で顔を擦ると、基分転換にお風呂にでも入ろうと部屋を後にするのだった。





 クロードとの電話を終え、プリシスの後で入浴を済ませたレナは寝支度をしていた。明日の準備もばっちり。きちんとカバンの中身のチェックも終えたところだ。

「任務は体力も消耗するし、今日はもう寝ようっと」

 レナは隣の部屋のプリシスに「もう寝るね」と扉越しに伝えると、喉を潤すためにキッチンへと向かった。

 水さしからコップに注いだ水を飲みながら、ふとベランダに足を踏み出してみる。すると煌々と輝きを放ちながら夜空に浮かぶ満月が、レナの目に入った。

 地球は夜になっても明るいので、エクスペルに比べるとあまり星はよく見えなかった。それでもレナは、この向こうにあるであろうたくさんの星々を想像しながら夜空を眺めることがよくあった。

 エクスペル、ネーデ、エディフィス。その他にたくさんの星があり、たくさんの出逢いがあり、そしてたくさんの悪夢もある。今まで一つの惑星という狭い檻から羽ばたいたレナにとって、未知の世界に対する好奇心が枯れることはなかった。

 なにか今回の任務には、自分にとって特別な「何か」があるような気がした。短い冒険になるだろうが、それでもその楽しみに胸が躍る。そして同時に、なぜか不思議な胸騒ぎみたいなものがレナの心をよぎったのだった。

 あまりこういうことを考えても何なので、レナはそれも気のせいだということにしておいた。明日からは気持ち新たに頑張らなければならない。レナは透明なグラスから液体を喉に一口二口ほど通す。

 その上空では満月がてらてらと地上を照らしていた。それはまるで、これから始まる何かを暗示しているかのようだった。







 そしてちょうと同じ頃、偶然なことにクロードも自室から夜空を眺めていた。

「また新しい星に向かうんだな。今までいろいろな星に行ってきたわけだけど……」

 クロードはふと思う。この広い宇宙の中から、今の愛しい彼女と巡り会えた。かけがえのない仲間たちとも巡り会えた。自分が「クロード」になったのも、それを認められたのも、あのエクスペルに偶然迷い込んだおかげだった。

 次の任務にはそれほどではないにしても、それに近いような予感がしていた。ほんの微かな予感だが確実に何かが近づいてくるような、言うならば予兆。何かがまた自分の身に起こるのではないか、ふとそんな気がしたクロードだった。

 だが、もしそんなことがあってももう迷わないだろう。ただ自分の道を突き進むだけだ。自分がこうでありたいと思うこと、その信念を曲げないように生きていく。もうこの世にはいない父にそう誓った。

「さぁ、もう寝ようか……」

 クロードは窓のブラインドを閉めると、リビングで相変わらずテレビに観入っているイリアとレオンにおやすみのひとことを告げ、ゆっくりと毛布を被ったのだった。

 いよいよ明日、二人は出発の朝を迎える。


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