Star Ocean
Graceful Universe

連載長編小説

3.序章 第3話

 時刻はちょうど夜10時を回ろうとしている頃。

 クロード達が住む区域は地球のなかでも屈指の都会であり、娯楽施設が立ち並んでいる場所もたくさんあった。人間以外の種族も大勢たむろする繁華街の至る所では、派手な色彩のネオンサインが漆黒のビル群を七色に照らしている。

 その一角にある少しさびれた賃貸ビル。その地下へと続く細い階段を下ったところにはひっそりと経営されているバルがあり、そこからは会話を続ける二人の女性の声が響いていた。

「あーほんとにあのクソ上官め! 失敗なんて誰にでもあるじゃんかよぉ!」

 その二人のうちの一人がバンと乱暴に机を叩き、頭を垂れながらごにょごにょ何かを呟いている。さきほどクロードとレナに職場で遭遇したプリシスだった。

「まーたヘマしたの? あんた毎回毎回、なにかしらやらかしてるわね」

 彼女の隣の席に居るのはチサトだ。隣で肩を並べるプリシスに呆れながらも、彼女はグラスに残るウイスキーのロックを少しずつ喉へと流し込んだのだった。

 この2人は今夜ここで一緒に飲み明かす約束をしていた。何も珍しいことではなく、この世の中のOL達にはよく見られる光景である。

 この二人に至っては現場での仕事も多いために普通のOLとはとても呼び難いものがあるのだが、それでも酒好きなチサトにプリシスがよく付き合わされていることは事実であり、周囲から見ればそのように見られていてもおかしくは無いだろう。

 チサトとしては一人で飲んでいると独身女子が虚しく一人酒を嗜んでいるのだと周囲から思われそうなため、若いプリシスと共に飲むことでカモフラージュしているつもりだった。もちろん、そんなことはプリシス本人には内緒である。

「あーもうウルサいなー! こっちだってやりたくてやってるんじゃないもんねー」

 プリシスがさらに愚痴を吐く。完全に酔っ払ってしまったようで、日々のストレスをびーびーとチサトにぶちかましていた。

「しかもしかもクロードとレナったらさ、あたしの苦労なんざ知らず、今日も二人でどーせ今頃いちゃいちゃしてるんだろーね、ふん!」

「あらあら。かなりの欲求不満みたいねぇ?」

「なによー! そっちだって人の事言えないじゃん?」

「うっ……」

 言葉に詰まったチサト・マディソン26歳。元はエナジーネーデのジャーナリストだった彼女だが、4年前の戦いでネーデはガブリエルの放った崩壊紋章のエネルギーを受け止めたために消滅してしまった。

行き場を失った彼女はその後、心機一転してエクスペルにジャーナリズムを広げる活動を始めたのだった。その長きに渡る努力の甲斐もあり、今ではエクスペルにも新聞社などのマスメディアが少しずつ立ち上がるようになってきている。

 そんなチサトも、今では地球で再びジャーナリストとしての活動をはじめていた。もうエクスペルには自分の力が無くてもジャーナリズムは発達する。そう判断した彼女は宇宙を駆ける記者として働きたいという思いが強くなったらしく、1年ほど前から仕事が豊富にある地球へと移り住んでいた。

 エナジーネーデから外に出たことのなかったチサトにとって、他惑星を巡る取材は新鮮な冒険そのもののようである。クロードたちと同じく毎日忙しいらしいが、それでもかなり充実した日々を送っているとのことだ。

 そして、男の気が無いこともまた相変わらずだった。本人はあまり気にしていないと言うが、節々で内心かなり焦っているような態度が見受けられる。

「べっ、別に私はまだまだ仕事一筋ってことで……。っていうか、それこそプリシスだってどうなのよ?」

 ここでもチサトはムキになってプリシスにそう言い返した。

「んー……なんかさー、地球の男ってイマイチなんだよねー。あっ、クロードは別だけど」

「クロードは別、ねぇ……」

「そ。やっぱ軍人さんの中でもひときわ輝いてるっていうか、オーラが違うんだよね」

 それを聞いたチサトは嘆息する。

「私が聞きたいのはそーいうことじゃなくてね。あんたアシュトンとはどうなのよ?」

 人差し指でトントンとテーブルを叩きながら、チサトは眉を寄せてそう言った。レナやクロード同様、チサトもまた彼女ら二人の仲を勘ぐっている仲間の一人である。

「だーかーらー、アシュトンとはそんな関係じゃなくって……」

 プリシスは取り繕うようにそう答えた。

「そりゃ確かに寂しい時に連絡したりすると楽になるっていうかさ、そーいうのはあったりするよ。でもそれとこれとは別のことで……」

「へー、そうなんだ……」

 だからそう思うならいっそのこと付き合えっての、とチサトは思った。どうせ彼氏いないんだし、減るもんじゃないでしょ。そう言ってやりたいところだが、あいにくチサト自身そんなことを言えるご身分ではない自覚もあるわけで、押し殺すように口を閉じながら話にプリシスの話に耳を傾けたのだった。

「………」

 少しの沈黙のなか、プリシスがグラスを片手に揺らしながら、ぼうっと少し斜め上のほうを見上げる。カウンターの上に吊るされた燈色の電球の光が、じんわりとプリシスの瞳に広がる。

「……でもね、アシュトンと会いたいって時はあるよ。せめてエクスペルが連邦に加盟できれば、いくらでも会いにいけるんだけどさ」

「そうねぇ。でもエナジーストーンがある限り、連邦加盟は難しいんじゃない?」

 エクスペルが銀河連邦に加盟できれば、未開惑星扱いから外れるため外来などが自由になる。軍内部に出身者が居るということから連邦加盟案が検討されたこともあったが、文明の発達具合が不完全であるということ、連邦の詳しい調査が開始されてからまだ間もないということ、そして何よりエナジーストーンに汚染された凶暴な魔物が未だに多いという点がネックとなり、そのときは却下されてしまった。

「エナジーストーン、ねぇ……」

「エクスペルが文明化されるには、まず魔物がいなくなることが絶対条件でしょ?」

「うん。今のまま連邦に入ったとしたら、まずはモンスターの駆除をしなきゃいけないんだよね。その時に最先端の武器を提供するとして、それが悪用される可能性だって十分考えられるわけだしね……」

「そーいうこと。だから魔物凶暴化の元凶、エナジーストーンをなんとかしなきゃいけないわけよ」

「はーあ、世の中ってうまくいかないもんだねー」

 現実を突き詰められたプリシスは小さい声でそう言うと、グラスに残るカシスオレンジをグイッと飲み干した。空になったグラスのテーブルに置かれる音が、静かな店内に空しく響くのであった。





 一方、こちらは仕事後に二人で夕食を食べているクロードとレナ。今日が月曜日であることに加えて時間もディナーにしては少し遅かったため、二人はすぐに座席に空きがある店を見つけることができたのだった。

 連邦本部の近くで食べても良かったのだが、知り合いに見つかり後日話題にされる恐れがあったため、二人は職場から地下鉄で2駅ほど離れた場所にあるグリル料理のレストランへ立ち寄ることにした。

 繁華街の地下一階にあり、木目調の店装を暖かい色の照明が照らす、とても落ち着いた雰囲気の店だ。値段もそれほど高くないことからもっぱら若者のデートに使われるようで、クロードら以外の客もほとんどがカップルのようだった。

 席についてからしばらく、クロードとレナは仕事の話や、最近身の回りで起こった面白い出来事の話などをして楽しい時間を過ごした。それは料理が運ばれてきてもしばらく続いたが、やがて話題は今日の昼に少し会話にでてきた、クロードの新しい任務についてのことに移ってゆくのであった。

「えっと……そういえばお昼に話をした未開惑星への任務の話だけどさ」

「あ、うん………」

「結局、レナと二人で行くことにしたってランサーさんに伝ちゃったよ」

「え!?」

 レナはスモークポークを口へ運ぶ手を止め、嬉しそうに瞳を見開いた。

「それで、ランサーさんはそれでいいって言ってくれたの?」

「ああ。たぶん明日の朝一でレナにも連絡がいくと思うよ」

「ほんとに!? やった!」

 そんなレナの大きな声が店内に響く。クロードは周囲からの視線に恥ずかしさを感じたが、レナは本心から喜んでいるのだ。できるだけ気にしないよう心に言い聞かせた。

「そうと決まれば、明日は早速準備しなきゃいけないわね!」

「うん。大体の物資は連邦が調達してくれる手筈になっているから、そこまで気合いをいれなくてもいいかもだけど」

「こういうのは準備してるときが一番楽しかったりするのよ。小さいころ、お父さんやお母さんとお出かけするときだってそうだったでしょ?」

「うーん……言われてみればそうだったかも。うちは父さんが仕事ばかりだったから、母さんと二人で色んな場所に遊びに行ってたかな? 確かに支度してるときはすごく楽しかった記憶があるよ」

 クロードがそう言うと、レナは少し寂しげな顔をした。

「お母さん、かぁ。クロードはイリアさんにいつでも会えて羨ましいなぁ」

「レナ……」

「ねぇクロード、私時々不安に思うことがあるんだけど……」

 レナは手に持っていたフォークを置いた。

「このまま、私はずっとエクスペルに帰ることができないんじゃないかって心配になるの。もうあそこを離れて2年になるはずなのに、私にとってはあっという間だった」

「……そうだね、僕もそう思うよ」

「それでね。この調子で月日が流れていくのかなって思うと、なんだか心配で……」

「……レナはお母さん……ウェスタさんに会いたいの?」

「うん……それはもちろんそうだし、それ以外にもディアス達やアーリア、クロスの友達も。実際に会えるのはもう無いのかもって……」

「……そんなことないさ」

 クロードは励ますようにそう言った。

「いつかきっと戻れる日が来るよ」

「でも……未開惑星保護条約を破るわけにはいかないでしょ?」

「それはそうだけど……」

「地球にいるとエクスペルのみんなに会えないし、だからといってあのままエクスペルに残っていたらクロードと一緒になれなかったわけだし……あっ、別にクロードが悪いわけじゃないわよ?」

 レナは話を続ける。

「ただ……未開惑星保護条約って、私たちが帰っちゃいけない理由になるのかなって。別に私は、ただお母さんや友達に会いにいきたいだけなのに……」

「基本的に頭の固い人が多いからね。うちの上層部は」

「ね。なんとかならないのかしら……」

 プリシスやレオンもそうだが、エクスペルに帰れないことは彼女らの少しずつ精神を圧迫していることはクロードも薄々感づいていたことだった。何が原因かはわからないが、最近レナからこの手の話題が増え、またその気持ちがよく分かるだけになんとかエクスペルに連れていってあげたいと思うことも多くなっていた。

「……それじゃあ今度、僕が直々にランサーさんに相談してみるよ。レナたちがエクスペルに戻れるように」

「……クロード」

「そしてじっくりと話し合ってみるよ。あの人は話が分かる人だし、連邦の上層部にも繋がりがあるみたいだしね。今度の任務で僕の信頼が増せば、ひょっとしたら話を受け入れてくれるかも」

「えっと……じゃあ……」

 レナはそれを聞き、驚きながらも少し答えに時間をかけた。

「じゃあ……約束してもいいの……かな? クロードとの任務がもしうまくいけば、エクスペルに戻る話をランサーさんにつけてくれるって……」

「ああ、もちろんだよ」

「ほ、ほんとに!? ありがとうクロード! すっごくうれしい!」

 嬉しさからか、レナの顔がにっこりと綻んだ。そんな期待を膨らませる彼女を見たクロードは、念のためにと幾つかの言葉を付き足す。

「ただ、任務を頑張ったからって絶対にエクスペルに戻れる保証はないけどね。また却下されるかもしれないよ?」

「えー……これはちょっと期待しちゃうんだけどなー」

「ま、まぁ僕もできるだけ努力するよ……」

「えへ、それじゃあ楽しみにしておこっと。よーし、そうと決まれば全力で犯人捕まえに行くわよ! いいわね、クロード?」

「……それはいいけど、あんまり無茶するなよ?」

「大丈夫よ。ちょっと腕は鈍ってるかもしれないけど、まだまだ武術は現役だって思っているし!」

 レナはそう言うと、残っていた料理に再び手をつけ始めた。

「がんばるわよー!」

 ちょっと余計なこといってしまったかな?とクロードは自問自答したが、レナ本人が嬉しそうなのでよしとすることにした。とはいえ、ランサーさんに先ほどの訴えを行うことを想像すると、それだけで緊張して変な汗が込み上げてくる。

「すみません。お水のおかわりいいですか?」

 とりあえず、クロードは話しすぎで乾いてしまった喉を潤すことにしたのだった。


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