Star Ocean
Graceful Universe

連載長編小説

2.序章 第2話

 次第に日も暮れ、街は帰宅途中のサラリーマンで賑わいだす。ここニューヨークは連邦本部以外にも様々なオフィスビルが立ち並ぶ区域であり、ラッシュ時には早く家庭に帰るために地下鉄の駅へと歩く人々で騒がしくなる。

 それは連邦の軍事ビルでも同じであり、エントランス前に設置されている平和を模ったモニュメント付近にはスーツ姿の大人たちがわんさか溢れていた。ここを集合場所として、これからおのおの恋人と食事に行ったり、あるいは同僚と飲みに行ったりするのだろう。

 だが窓から見えるそんな光景には目をくれる余裕も無く、クロードは明日の任務の支度を進めていた。宇宙船を手配したり配布資料に目を通したりと、指揮官には面倒くさい事務作業が多いのである。しかも今回の任務はかなり急を要することもあり、クロードは猫の手も借りたい思いで準備に追われていた。

 そしてようやくこれらの作業を全て終えたところで、クロードは再びランサーの部屋へと向かったのだった。

「……ふむ。結局は君とレナ・ランフォード軍医の二人で任務を遂行するのだな」

 ランサーがペンをクルクル回しながらクロードに尋ねる。任務計画書、必要物資の申請書、宇宙船手配書、隊員の惑星外任務手当や保険の申請書など。それらすべてをクロードは一日で揃え上げ、一式まとめてランサーに提出した。今はランサーがその全てにざっと目を通したところだった。

「はい。未開惑星ということもあり、少数で行った方が何かと都合が良い気がしまして……」

「そうか。まぁ予想通りだな」

「は、はい?」

「いや、なんでもない」

 ランサーはトントンと机で紙の束を叩き整え、クロードに返した。

「惑星ロザリスは今までの報告を聞いている以上、特に危険そうな要素も無いみたいだしな。とりあえず頑張るのだぞ」
「は、はい。油断することないよう、犯罪者を捕えてきます」

 クロードのその言葉を聞き、ランサーは満足そうに頷いた。

「今日は本当にご苦労だったな。これで物資や宇宙船に関しては当日きちんと用意されているだろうし、とりあえず準備は終了だ。どうだ、明日は任務に備えて久々休みを取るか?」

「えっ!?」

 今まであまり見たことの無い穏やかな表情で、ランサーはクロードに休暇の取得を勧めてきた。普段厳しい上官にしては珍しい発言だった。

「は、はい! ……でも、よいのですか? 毎日連邦が抱える仕事は膨大な量ですし、手伝うことなど山のようにあるのでは……?」

 クロードは少し驚きつつも、冷静な様子を保ってそう返事をした。突然の申し出に一瞬心が浮わつきかけたが、ここは上司の眼前である。素直に返事はしたものの、極力感情は抑えなければならない。

「君はここ最近ほんとによく働いてくれている。だから、たまにはゆっくりしろ。働きすぎは体に毒だし、疲れた体で任務に出ては失敗するぞ」

「……そ、そうですね。それでは、お言葉に甘えさせて頂きます」

 クロードはそう言ってしっかりと敬礼をすると、自然な歩調を意識しながらランサーの部屋を後にした。

 願っても無いことが棚から降ってきた、そんな気分だったクロードはランサーの部屋の自動ドアが完全に閉まるのを確認すると、「よし!」の一声とともにガッツポーズを決める。

「明日は何しよう?家でゆっくりするのもいいけど。レナはどうせ明日も仕事だろうし……」

 そんな事を考えながら、クロードは壁に映しだされるデジタル時計の表示を見た。もう夕方7時を過ぎており、さすがに建物内ですれ違う人の姿も少なくなってくる時間帯だ。

「そう言えばレナはもう帰ったのかな? ちょっと様子を見に行くか……」

 そう思いたったクロードは、レナに会うために再びエレベーターに乗ったのだった。





 レナの部署はクロードより少し上、ビルの29階にあった。いつも彼女がいる部屋のスライド式のドアをそっと開き、クロードは彼女の仕事場をちらっと覗き込んでみる。

「あら、クロードじゃない! どうしたの?」

 しかし、そっと垣間見たつもりだったクロードは不覚にもレナと目が合ってしまった。彼女もまだこのビルで残業をしていたらしく、レナはクロードを見つけるや否や、笑顔でそばに駆け寄り声をかけたのだった。

「もしかして、今日はもう仕事おわり?」

「ああ、もう今日はあがっていいってさ。それでレナさえ都合よければさ、これから一緒にごはん食べに行きたいなー、なんて思ってさ……」

「え、ほんとに!?」

 レナはうれしそうにそう返事をした。

「わたしも今ちょうど終わったところなのよ。久しぶりに行きたいわ!」

「そういや2週間ぶりぐらいだもんね。ごはん一緒に食べるのって」

「ええ。それじゃ、ちょっと待っててね。すぐ支度するから!」

 そんなレナの様子にクロードの顔が自然とほころぶ。最近は他惑星から送られてきたデータ解析や反銀河連邦団体から押収された武器の分析などで本当に忙しく、時間の経過が恐ろしく早く感じられた。そのためレナを長いこと一人にさせてしまったことに昼間の会話で気付かされ、クロードは彼女に対して申し訳ない気持ちが湧き起こっていた。

 それで今日は夕食に誘ってみたのだが、レナの反応を見る限りでは彼女との蟠りも少しほどけたように思えた。

「先に下で待ってて。10分くらいで私も行くから!」

「うん、わかった!」

 レナは帰り支度を急ぐため自分の机に戻っていってしまった。クロードも先に1階に向かおうと扉を閉める。それと同時にレナが同僚から囃(はや)したてられる声が聞こえ、恥ずかしいような優越感のような、不思議な気分になりながらクロードはエレベーターの方向へと足を進めていくのだった。





 クロードは待ち合わせているレナの到着を待つため、1階のロビーにあるソファに腰掛けた。仕事を終えたたくさんの軍人達が、出口へと向かってクロードの目の前を通り過ぎていく。

 彼ほどの地位にもなると部下も多く、ここに座っているだけで多くの後輩から挨拶を受ける。そんな後輩達に「お疲れ様」と声をかけていると、クロードはある人物がこちらに近づいてくるのに気が付いた。

「あっ、クロードじゃん!」

「お、プリシスじゃないか!」

 ちょうど仕事を終えたところなのか、プリシスも偶然ここを通りかかったところだった。ソファに座っているクロードに気がついたようであり、にこにこ顔でこちらに声をかけてきた。

 十賢者との戦いののち地球の大学に留学したプリシス・F・ノイマン。彼女はたびたびホームシックにかかりながらも地球トップクラスの工科大学にて博士号を飛び級取得し、現在は情報諜報部門や機械部門のエンジニアとして連邦の軍人を勤めている。そのため今のようにクロードやレナと職場で遭遇することもよくあることだった。

 新米ゆえにまだまだ地位は低いものの、その有り余る才能から将来を期待されているという話をよく聞く。ちなみに本人はゆくゆく連邦の指揮官になりたいと思っているらしいが、この調子だとそう遠い話ではないかもしれない。

「またまたレナ待ってんの? いやぁお熱いねー。羨ましいよ」

「ま、まぁね……」

 プリシスは小悪魔の様な目線でクロードに言うと、クロードもすんなりそれを認めた。

「なになに今夜は? 一緒にディナーですか? それともそれとも……?」

「おい、別に何だっていいだろ!」

 毎度毎度プリシスに会うたび、クロードはこういった話題でよく彼女からおちょくられていた。いい加減しつこいとは思うものの、プリシスはこれくらい元気なほうが丁度いいのだとクロードは自分に言い聞かせ、できるだけ大目に見るよう心がけていた。

「はぁー、うらやましいなぁ。あたしなんか最近全然ダメダメでさぁ。今日も整備した機器に不具合が生じるし、もう最っ悪……」

 プリシスはため息まじりに肩を落とす。彼女の失敗談など、かれこれ何回目であろうか。おそらく数え切れないくらい、クロードはこのような話を聞かされてきていた。まぁ“失敗は成功のもと”とはよく言ったもので、これらの逆境にもめげない精神力でプリシスは現在の地位を得たわけではあるが。

「クロードー! ごめんね。ちょっと遅れちゃった……」

 ここでちょうど、レナが少し駆け足でこちらに向かってくるのが見えた。

「あら、プリシスもいるじゃない。お疲れ様!」

「やっほーレナ。そちらこそお疲れ様ー!」

 レナに気が付き、プリシスは大きく手を振る。

「プリシスも今日は早かったのね」

「うん、もうなんかいろいろと疲れちゃってさ」

「疲れたって……また何かやらかしたの?」

「まあね。もういちいち気にしてないけど……」

「そう。いろいろと大変なのね」

 レナは相槌を打ちながらプリシスの話相手をする。

「さーてと、それじゃあ邪魔者はこれにて退散しますか。あとは二人でごゆっくり!」

 プリシスはすっと立ち上がり「ほんじゃね、ばいばーい」と再び手を振ると、そそくさとこの場を後にしていったのだった。人の流れに乗っていってしまった彼女はすぐに二人から見えなくなってしまい、嵐が去ったかのようにクロードとレナはその場に取り残されてしまう。

「相変わらずだね、プリシスは」

 クロードがそんなプリシスを苦笑いで見届けながらふっと呟く。

「ほんとに元気よね。グラフトさんにもしばらく会って無いのに。一昔前まではエクスペルに帰りたいとしか言わなかったのが嘘みたい」

 ホームシック時代は相当に暗かった彼女が、何故今のような明るさを取り戻したのか。

「やっぱりアシュトンじゃないかな?」

 クロードが一人の男の名前を挙げた。アシュトン・アンカース。以前からずっとプリシスに思いを馳せている若き紋章剣士である。プリシスが本音を語れる唯一の存在であり、それはエディフィスの戦いの時に共に行動した時間が最も長かったためだろう。

 遠く離れたエクスペルに居ても、この二人は通信機を使ってマメに連絡をとりあっているらしい。当初はアシュトンが一方的な文面でのメールを送りつけていたが、最近ではエクスペルの様子などを写真付きで送ってきたりしているらしい。

 ホームシックな彼女を思いやってのことなのだろうが、プリシスもこれは嬉しく思っているらしく、彼女の部屋のフォトフレームには彼から貰ったリンガやラクールなど故郷の画像が映し出されている。

 クロードからしてみると、あの二人はむしろ会えなくなってからのほうが距離が近づいているように思えた。レナも同じことを感じているらしく、ここ最近は彼らの動向が二人の話題にのぼることもしばしばだった。

「そうみたいね。早くあの二人もくっついちゃえばいいのに。そうすれば私達へのちょっかいも減るだろうし……」

 プリシスもアシュトンと一緒になれば、少なくとも恋仲でいじられる事は減ると思われる。慣れたとはいえ、やはり面倒くさいことに変わりはない。ただプリシスのあの性格を考慮すると、たとえ身を固めたところで行動が変わるに違いないと断言することはできないが。

「けど惑星が違うわけだし、なかなか上手くいかないみたいね……」

「うん。エクスペルはまだまだ未開惑星のままだもんね」

「ほんと、私としても早く連邦に加入してほしいわ」

「そうだね……」

 クロードとレナは深く溜息をついた。エクスペルは今のところ準未開惑星という括りで扱われており、安易に訪れることができる場所ではなかった。レナやプリシスにとってはここが故郷であるため、クロードは彼女らだけでも定期的に戻れるように手配しようとしたこともあったが、いろいろと理由をつけられ却下されてしまった。

 それゆえエディフィスでの戦いを最後に、クロードたちはエクスペルに一度も立ち寄っていなかった。

「そういえばアシュトンやディアス、ボーマンさんやセリーヌさんにも、長い間会ってないよね」

 クロードはエクスペル、という言葉に続くように、懐かしい過去の戦友を思い出した。その中でも現在エクスペルに住んでいる4人、アシュトン、ディアス、ボーマン、セリーヌ。彼らは地球に来る機会がまったく無かった。

 一応エクスペルに居る仲間には、地球との通信機器の携帯が許可されている。これも未開惑星保護条約の観点からするとかなりグレーゾーンなところではあるが、行き来は駄目だとしてもせめて互いに連絡くらいは取らせてほしい。そんなクロードたちの願いが連邦幹部に通じたのか、メールに加えて映像を通したリアルタイム通信機能を搭載した最新鋭の機器をアシュトンらエクスペルの四人に与えられることとなったのだ。

 そのため仲間全員と連絡を取ることは可能だが、それでもクロードとレナは必要な時以外は使っていなかった。エクスペルと地球では話題も全く異なるわけであるし、上記の四人の中で安定して連絡が取れる人が居ないというのも大きな理由だった。セリーヌ、アシュトン、ディアスは放浪している事が多く、ボーマンは子育てと薬局営業の両立で毎日忙しいらしい。

「そうね。いつか暇な時を見つけて、またみんなで会いに行きましょうよ。未開惑星保護条約はエルネストさんのように、なんとかごまかしをつけて、こっそりとね!」

 レナが懐かしむような顔をしながら提案した。彼女も母親のウェスタ、それに小さいころから可愛がってもらっていたアーリア村の村長レジスにも長い間会っていなかった。そのためエクスペルに行きたいという思いはクロード以上に強いものがあるようだ。

 未開惑星保護条約も、今まで何度となくそれを破ってきたエルネストという良い実例が身近にある。

「それはいいね! クビ覚悟だけど!」

「もしクビになったら、一緒に作家でもやりましょうよ! 今までの冒険をそのまま書くだけでも、ベストセラー武勇伝ができそう!」

「そうなりゃアシュトンやセリーヌたちもこっちで人気者になるだろうし、みんなで地球に亡命だな」

「ボーマンさんの娘さんにもいつでも会えるわね! どれくらい大きくなってるのかなぁ……」

 現実味があるかどうかは微妙なところだが、このごろ哀愁を感じていたクロードからすればなんとも心躍る話題である。

 いつかまたみんなに会いに行きたい。そんな事を話しながら、クロードとレナは連邦のビルを後にし、夕食を食べに夜の街へと歩いていったのだった。


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