Star Ocean
Graceful Universe

連載長編小説

1.序章 第1話

 かつて宇宙の命運を掛けて邪悪な十賢者との死闘を繰り広げ、数多もの犠牲のもと世界の崩壊を防ぐことに成功した12人の勇者たち。

 月日の流れとは速いものであり、彼らが英雄になったあの日から、おおよそ4年の歳月が経とうとしていた。そしてその英雄たちはというと、過去に得た肩書きに捉われることなく、それぞれの人生を毎日必死に生きていたのであった。

「……以上が任務内容だ。理解したか、クロード?」

「はい、承知いたしました。ランサー少将」

 その宇宙を救った英雄の一人、銀河連邦の若き軍人クロード・C・ケニー。彼はある日、上司であるランサー少将から徴令を受けて連邦本部のビルの一室に足を運ぶ。

 銀河を舞台にした新たなる彼らの物語。それは今、この場面から幕を開けるのであった。







 チキュウ。今日も平和なこの星には、ヒトとモノが休む間もなく慌ただしく動いている。

 宇宙暦370年。ますます勢力を伸ばし躍進していく銀河連邦。その本拠地はこのチキュウの大都会。地を這う車群のクラクションや空飛ぶ宇宙船の騒音が絶えない経済特区ニューヨークのど真ん中。

 周囲のどれよりもひときわ高く突出したガラス張りのビルこそが、人呼んで銀河連邦本部。すなわちこの世間の中枢を担う場所であった。

 たくさんの軍人達が、この巨大な建物内で平和のために汗を流している。一般人の平穏な生活の傍ら、彼らは銀河中で巻き起こる様々な事件や犯罪を取り締まらなければならない。そして今回クロードに舞い込んできた任務も、はたまたそれに関するものであった。

「未開惑星保護条約違反者の逮捕は2、3日で終了できるだろう。だが、それを今回はお前が先導して取りかかることとなる。責任も大きいが、それは上の者たちの期待の裏返しということだ。もちろん私も含めてな」

「こちらこそ、全力で期待以上の仕事を返していくつもりで臨ませて頂きます」

「うむ。詳細は後ほどメールで連絡する。要件は以上だ」

「はっ、失礼します」

 連邦着を纏った金髪碧眼の青年クロード・C・ケニーはそう言うと、頭を下げて自らの上官にあたるランサー・フィロウ少将の部屋を後にしたのだった。

 十賢者が倒されてから既に4年の歳月が経ようとしているが、この世界はまだ決して平和とは言えなかった。反銀河連邦国家や犯罪集団への対応など、まだまだ宇宙全体で見ると問題点は山積みの今日この頃。だからこそ銀河連邦は世間に必要とされていた。

 ネーデのような悲劇を二度と繰り返さない、あれ以上の犠牲者は出したくない。それが銀河連邦の軍人として多忙な日々を駆け抜けるクロードの原動力であり、この職業に居座る信念でもあった。だが充実感を覚える一方で、心の中で大切な何かがだんだんと薄れていくような、一抹の喪失感のようなものを感じていたのも事実だった。

 決して今の生活に不満があるわけではない。ただ、苦しくも仲間と笑いながら乗り越えた刺激的な時間を懐かしく思うことが多くなった気がしていた。

 あれは常軌を逸したことだ。そう心に思い留ませながら少しずつ年を重ね、クロードは今年でもう23歳になった。完全に軍人の生活に定着してしまった彼は、久々に新たな任務を言い渡されたところだった。その内容は未開惑星保護条約違反者の確保である。

 連邦の軍人は来る日も来る日も銀河の犯罪者どもに振り回されて忙しい。

「惑星ロザリスで未開惑星保護条約の違反者を取り抑えるのか」

 ランサーの部屋の自動ドアを潜り抜けたクロードは、ふっと安心したように顔を緩ませた。

「ここは場所的にも地球に近いし、日曜日には間に合いそうだな」

 実は今週の日曜、新しく郊外にオープンした遊園地に遊びに恋人のレナと遊びに行く約束をクロードは取り付けていた。大がかりな任務だと間に合わない可能性があったが、ランサー少将の話を聞く限りそれほど手間や時間をかけずに済みそうである。

「そして、今回は任務に同行できる仲間の人選権も僕にあるのか……」

 仲間。その言葉を思い浮かべたクロードの脳裏にふと、かつて苦楽を共にした仲間たちの顔が鮮明に映し出される。最後に彼が仲間と旅をしたのは2年前の話。惑星エディフィスを「アクマ」による破壊から解放した時が最後だった。彼らにまた会いたい。そんな思いが湧き上がるも、やはり最初に思い浮かべたのは一人の少女の姿だった。

「やっぱりレナは忙しかったりするのかな。できれば一緒に任務を……」

「ちょっとクロード! なにぼーっとしてるの? エレベーター行っちゃったわよ!?」

「う、うわっ!」

 不意に声がかけられ、考え事にふけっていたクロードは背中をビクッと震わせて振り返った。青色を基調とした女性用の連邦着を着用し、つやのある蒼い髪にはよく光を反射する黄色の月型の髪飾り。

 声の主はちょうどクロードが思い浮かべていた女性、レナ・ランフォードだった。どうやら書類を上官に提出した帰り、手持ち無沙汰で一人廊下を歩いていたところ偶然クロードの姿を見かけたようだ。

 クロードは考え込んでいたせいでエレベーターが到着したことに気がつかなかった。今はちょうどその扉が閉まったところで、それに気付いたレナがなんとかボタンを押し直そうと駆け足でこちらに向かってくる。

「あっ……」

 だが時既に遅し、エレベーターが再び開くことはなく、電光表示に示された数字はどんどんこの階から離れていってしまった。

 ここはビルの75階であり、一方でクロードの仕事場があるのは21階だった。他のエレベーターは現在全て1階付近に停まっているようで、他のラインがしばらくここに来ることもなさそうだった。

「もう……しっかりしてよね!」

「あはは、ごめんごめん、せっかく知らせてくれたのにね」

「ったく、いくら仕事ができてもクロードったら、たまーに鈍くさいところがあるんだから!」

 それを聞いたクロードはごもっともだと笑いながら頭を掻いた。それにつられてレナも呆れたように笑う。ビルの壁一面に広がる大きなガラス窓から差し込む暖かい日差しが気持ちいい。そんな春の日の月曜日、午後3時。

 クロードの周囲で、エクスペルに行く前と後で一番変わったこと。例えば周囲からの評価、後悔が残る父親の死。色々とあったことは確かだが、何より大きかったのはこのレナが自分の目の前に現れてくれたことだった。

 彼女が居ることによって、あの冒険が夢では無かったんだと改めて確認させられる。そして何といっても彼女は、クロードを連邦の提督の息子ではなく一人の“クロード”という人間として見てくれた。そんなレナも今やクロードにとってかけがいのない恋人となり、4年前からずっと連邦の軍医として地球での滞在を続けていたのだった。

 今のクロードは、彼女の存在無しでは語れない。それほどまでにクロードにとってレナは、重要で大切で、そして何よりも愛しい存在だった。

「いや実はね。ちょっと新しい任務について考えていたんだよ」

「ふーん、相変わらず大変そうね。今回はどんな任務なの?」

「それがね。未開惑星保護条約違反者の取り締まり任務のリーダーをやれって。ランサーさんにさっき言われたところなんだ」

「へぇ、指揮官になるのね! すごいじゃない、クロード!」

 レナは目を丸くして驚いた。

「ああ、まさかこんな重役を任されるとは思ってもいなかったよ」

 クロードは照れたようにそう返事をすると、さっきまで頭で考えていたことをさりげなく聞いてみることにした。

「そういえばさ、レナ。いきなりだけど、今週って何か予定あったりする?」

「えっ、よ、予定!?」

 レナは突然の質問に戸惑う。

「そうね……この間の任務の報告書をさっき提出してきたから、今週は特に大きな仕事はないけど。とりあえず緊急任務に備えて待機したり、そんな感じよ」

 そう唇を頬に当てながら答える。話を聞くに、どうやらそれほど忙しくはないらしい。

「へー、それじゃあ今週は割と暇なんだ」

「暇って……まー、いつもに比べたらね。…って、なんで突然そんなこと聞くの?」

 レナは不審な眼差しでクロードに聞き返した」

「まさか遊園地に遊びに行く日、都合が悪くなったとかじゃないでしょうね?」

「違うよ。さっきの任務のメンバーも僕が決めることになるだろ。だから……」

「え、そうだったの!?」

 クロードが言い終わる前に、レナが反応する。

「もしかして……私と一緒に? まさか2人で……?」

 レナは目を輝かせ、期待を込めるようクロードにそう言った。あまりの返事の早さに、クロードは呆れて苦笑いをする。

「いやいや。まぁ確かにそれが聞きたかったんだけど……」

「え、やった!」

「まぁまぁ、そんな旅行みたいなものじゃないよ。それに2人きりって言ってるけど、それこそ日曜になれば2人きりになれるじゃないか」

「もー、それとこれとは別でしょ!」

 レナがむっと顔を膨らませてクロードに近寄る。

「最近忙しくてなかなか一緒に居られなかったじゃない。私けっこう寂しかったんだから!」

 実際に二人が一緒に出会う機会はここしばらくの間でめっきりと減ってしまっていた。レナが軍医として徐々に力をつけてきたため、仕事が増えたことが一番の原因だった。当のクロードも出世街道まっしぐらな訳で、任務こそ最近はあまり無かったものの、他の事務作業などで連邦のビルに篭ることが多くなっていた。

「確かに、ここ1ヶ月くらいはぜんぜん都合が合わなかったなぁ……」

「でしょ? それにそんなに人数居なくても、犯罪者を捕まえるだけよね? だったら私とクロードの二人で十分だと思うけどなー」

「そ、そりゃそうかもしれないけれど……」





――――チーン――――





 そのとき、ビルに軽い鐘の音が響いた。エレベーターがこの階にようやく到着したようで、ドアのランプがちかちかと点灯し始める。

「きっとランサーさんも私達の関係を気遣って、クロードを指揮官にしたのよ」

 押しボタンのランプが消え、ドアが静かに開く。クロードとレナが喋りながら中へ足を踏み入れると、中には一人の男が居た。モップやゴム手袋が入ったバケツを片手にぶらさげ、こちらと視線を合わせないように斜め上を向いている。どうやらここの掃除員の方のようだ。

 さすがに他人が居る中で今の話題を話すのも気が引け、二人とも喋るのをぴたりと止めた。無言の3人を乗せたまま、エレベーターはぐんぐん下に降りていく。

 クロードは色々なことを思い返しながら、ふっとエレベーターの窓越しの外を眺めてみた。聳え立つビルの群れに、青空から地上へと帰って来る宇宙船。エレベーターが地上に近づくにつれ、それらがだんだんと遠く小さくなっていく。そんな光景に何故か胸が締め付けられ、体は軽いが気分はどことなく重く感じた。クロードにはさっきレナが言った「寂しかった……」という言葉がずっと心に残っていた。

「そうだな……」

 クロードは小言でそう呟く。それに気づいたレナが一瞬こちらを向いたが、ただの独り言だと分かると、またすぐに窓の外へと視線を戻した。ちょうどそのとき、エレベーターはビルの29階、レナの部署がある階に到着したのだった。

「任務は明後日からだからね! また今夜連絡するよ!」

 レナが降りようとドアから外に足を踏み出したとき、クロードが一言、しっかりと聞こえるよう大きな声でそう言い放った。それを聞いたレナは驚き振り向いたが、すぐに笑顔で手を振りかえすと、そのままエレベーターを離れていったのだった。

 きっとレナは期待してしまったに違いない。この調子だとプリシスやレオンたち他の仲間は誘えなさそうだが、こういった二人任務も悪くないなとクロードは思う。

「彼女かい? 可愛いねぇ」

「へ? い、いえ。ただの仕事仲間です……」

「ほー、そうかい……」

 突拍子に掃除員からそう声をかけられる。クロードは慌てながらも、ばればれの嘘をつくことでその場を取り繕うのだった。


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