59.第五章 第七話




 静まり返った砦の中に響くのは、滝から落ちゆく激流がしぶきを上げる音だけだった。

 ノースフォールの門を謎の男女が通り過ぎた後に残ったのは、不思議な白い煙によって眠らされてしまった数十人の兵士たちの姿だった。そんな廃墟のような建物の中、廊下で倒れている彼らの傍を、かつかつと靴音を立てながら二人の男が歩いていた。

「ふふ……あいつは上手くやったようだな。ミント姫と二人、うまくキーサイド王国まで逃げ切れたそうじゃないか………」
「ええ、ただしそれに気が付いた兵士も居るようですガ……?」

 二人の男は会話を続け、そのまま砦の外へと出た。

「放っておけ。あれだけのことをしたのだ。早かれ遅かれ、誰かに知られるのはもともと時間の問題だろう」
「しかし、なにやら連邦の人間が邪魔しようとしていまス。彼らに知られてしまってハ……」
「その件ならさっきも言っただろう。奴らはどんどん人員を分散させている。その要となる者を封じるために、お前には先ほどアレを渡したはずだ」
「は、はいッ!」

 片方の男がそう言うと、もう一人の男は背筋を伸ばし、はっきりとそう返事をしたのだった。

「よいか。間違ってもあれだけは、何が何でも手に入れるのだ。ぬかるなよ?」
「もちろんでございまス。彼が必ず約束の場所に現れますので、ご心配なさらズ……」
「ああ、頼んだ。私はこれからメル王国へと向かう………」

 そう言うと、男は口の奥から白い歯を覗かせる。その二人はそのまま砦の前に掛けられた吊り橋を、ゆっくりとフーラル王国方向に向かって歩いていくのであった。





「さて、とりあえずここまで来たわけだけれども………」

 クロードたちはジルハルト東部を進み続け、ついに南北への分岐まで差し掛かった。

 断崖絶壁の向こうには、一面の海岸線が見える。その遥か真下では打ち付けられる波が白濁したうねりを上げており、そのしぶきもここまで飛んできそうなくらい勢いがよい。

 海が荒れているこの地域は海水に激しく浸食されるのか、自殺スポット並みに剃り立った断崖が海沿いに延々と続いている。そしてその淵を沿うよう、道は南と北に分かれていたのだった。

 転落防止のための柵は一応設置されてはいるものの、一部折れかかっているものもあったりとあまり安心できるようなものではない。浜風も強く、長く居れば肌が荒れてしまいそうだとセリーヌが心配そうに呟く。

「さて、ここで北と南、どっちに進むかが問題なんだよな……」

 クロードは頭を抱えながら地図を開いた。

「北に行けば、道はまた内陸に入ってノースフォールの門と呼ばれる場所に行き着くんだ。フーラル共和国とキーサイド王国との国境で、どうやらここ以外からこの国に入ることはできないみたいだね」

 北に十数キロほど進んだ先には砦があると、看板には大きな文字で記されている。この道を進んだ場合、次はこの砦を突破する方法を考えなくてはならないだろう。

「南はひたすら海道を伝っていくと、サウスカーペット砂丘と呼ばれるザックル神国との国境に到着するみたいだね。こっちは広い砂丘地帯になっているから、どこからでもザックル神国に入れそうだけれど……」

 北に行くと崖に向かうのに対し、南は砂漠へと繋がっていた。どちらにせよ仮面の男がジルハルトの東に逃げているのならば、彼とミント姫はキーサイド王国かザックル神国のどちらかに向かっただろう。

「逃げた可能性としては南の方が高そうですわね。ぱっと見ですと、北の国境のほうが突破しづらそうですし……」

 セリーヌの言うとおり、ノースフォールの門は突破口が一つしかないため警備を掻い潜ることは困難であろう。それに比べ南のサウスカーペット砂丘はひたすら砂地が続いているだけであり、場所を上手く選べば容易に警備を?い潜ってザックル神国へ入れるだろう。

「もし今回のケースにネーデ人が無関係で、政治的な背景から考察するのであれば、ザックル神国が何かを企んでいるという可能性が高いだろう。彼女を脅しに使ってキーサイド王国に要求を突きつけるのが目的かもしれんし、もしくはキーサイド王国とフーラル共和国の仲を裂きたいのかもしれん」
「そうね。ディアスの言うとおり私も南だと思うわ。あっちのほうが遙かに逃げやすそうだし。でも……」

 レナは気がかりがあるかのようにそう呟いた。

「だからといって、北に逃げた可能性も十分に考えられるわ。そもそもこの事件が国家がらみだって決めつけるのもよくないし……」
「そんなこと言うなら、もし誘拐犯がジルハルトから東に向かわずに西のメル王国に逃げていればもう終わりってことになるぜ」

 そんなレナにボーマンが冗談交じりに言った。

「いいかレナ。俺達は数ある可能性から絞りに絞って、今ここにいるんだぜ? そんな小さな可能性に気ぃ取られてても仕方ねえだろ」
「そうそう。居るなら居る。居ないなら居ないってことよ」

 チサトもそれに便乗するようにレナに言った。迷っているくらいならサバサバと進んでしまおうというのが、この二人の考えなのだろう。

「いや………」

 だが、南に行くことでまとまりかけた空気にクロードが待ったをかける。

「ここはもう一度、二手に分かれよう……」

 その言葉に、一同は「えっ……?」と顔をしかめた。

「おいおいクロード。さっきだってジルハルトから東だって決め付けて動いてきたじゃないか? それを何をいまさら……」
「もしジルハルトから犯人が西に向かってメル王国に逃げたとしても、それが分かればアシュトン達が追いに行ける」

 ジルハルトに残したアシュトン達は、いつでも状況に応じて動けるように待機している。クロードはその点も考慮して東へと進んだのだ。

「それに比べて今回みんなが南のザックル神国に行ってしまうと、万が一キーサイド王国に逃げられていた場合に対応できない。ノースフォールの門はジルハルトからも遠いから、アシュトン達も追いに行くのに時間がかかるしね」
「しかし、ここでさらに二つに分かれると大きく戦力がダウンするぞ。3人か4人となると、あのネーデ人に対抗するにはギリギリといったところだろう」

 ディアスが危惧していること。それはこの星に例のネーデ人が居るという事実である。確実に捕えるためには7人という今ぐらいの人数が戦闘時には欲しいのだ。

「うん、だから北側にはセリーヌも一緒に行ってもらう。3人くらいならキーサイド王国からここまで、テレポートですぐに戻れるだろ? ね、セリーヌ?」
「ええ。まあ確かにこれくらいの距離ならば……」

 セリーヌは唇に指をなぞらせながらそう答えた。何度も彼女を頼ってしまうことを、ここにいる全員が申し訳なく思う。

「……もし南に犯人が逃げたことが確定した場合、北へ向かった奴らはセリーヌのテレポートでここまで戻ってもらい、南へと向かってもらおうということか……」
「ああ、そういうことだよ、ディアス」

 とりあえずはキーサイド王国にも人員を裂いておき、戻る際にはテレポートでこの分岐点まで帰ってきてもらう。こうすれば再合流までの時間を大幅に短縮することが可能である。

 確率的には地理的にも情勢的にも南に犯人が逃げたと考えられるため、進路変更を強いられる可能性が高いのは北へ向かう仲間である。よって、そっちの方向にテレポートのできるセリーヌを送り込むことになる。

「そんな感じでいきたいんだけれど、何か意見はあるかな?」

 クロードの言葉に、全員が首を縦に振った。きちんと先のことまで考えはて行動できる彼は、リーダーとしてここにいる全員からしっかりと信頼されていた。

「ありがとう。なら早速、これから二手に分かれようと思うんだけれど……」

 さて、問題はパーティをどう分けるかである。少人数体制になる今、バランスを考えると難しいところである。

「とりあえずリーダーのお前は本線の南へ向かえ。北へは俺が行く」

 ここでディアスがクロードにそう言った。

「ああ、わかった」

 クロードはその言葉にうんと頷く。というより、彼に言われなくてもクロードはそうするつもりだった。

 この7人の中で、戦闘時に柱となるのはクロードとディアスである。そのためパーティを分割するとすれば、当然この二人がそれぞれのチームの主力となるべきだからだ。

「そしてレオン、お前もクロードと一緒に南へ向かえ。こっちにはセリーヌが居るから、残った術師のお前は必然的にそっちだろう」
「はいはい……っていうか、そんなふうに人を指でささないでよね」

 レオンはディアスに指をさされて指示を受けたことが不満だったようで、腹を立てた様子で腕を組む。だが彼が言うことももっともであり、レオンはそのままてくてくとクロードの側へ歩いていくのだった。

 その後もメンバーの振り分けは行われた。その結果、体術をメインに戦うボーマンとチサトもそれぞれ南北に分かれ、残ったレナは本線である南へクロード達と行動を共にすることになった。

 結果をまとめると、南のサウスカーペット砂丘からザックル神国へと向かうのがクロード、レナ、レオン、ボーマン。一方で北にあるノースフォールの門からキーサイド王国へと向かうのがディアス、チサト、セリーヌということになる。

 案外どちらも戦闘バランスはとれている。ディアス側は回復役が居ないが、パーティ最強の剣士ディアスと最強の術師セリーヌが居れば大丈夫であろう。

 そして何かあったらすぐに通信機で連絡するようにと互いに確認した後、クロード隊とディアス隊は南北へと別れ、それぞれがまた長い道のりを進んでいくのだった。