33.第三章 第三話




 朝から街は大賑わいを見せ、城に向かう路地には長蛇の列が延々と続く。この大衆はみな、城の奥に設けられた闘技場で行われる強者たちのぶつかり合いを、目、耳、そして肌で感じたくてうずうずしているに違いない。この日ラクールは武具大会団体戦の開催日を迎え、街の随所で盛大に祝杯が挙げられていた。

 新聞販売店の表に張ってあるポスターには、早くも参加チームの前評判がずらりと並べられている。これら極秘の大会データをどこから入手したのかは不明だ。ただエクスペルの新聞文化の発展にはチサトの功績も大きく、そんな彼女の根性を見習った記者たちが決死の覚悟で集めてきたのかもしれない。

 アシュトン、ボーマン、セリーヌ、レオン、ノエルの五人で編成されたチームは、大会開始の3時間前に闘技場内の受付で最後のチェックを済ませたところだった。

 それぞれが登録した武器を手渡される。セリーヌとレオンは宝玉の取り付けられた杖を、ボーマンとノエルは紋章の加護を受けたナックルを、そしてアシュトンはマックスの鍛冶屋で登録した双剣をそれぞれ手に取った。

「アシュトン。それが新しい武器ですのね?」

 先日見せてもらった壊れた剣とは違う、新品の武器を手にしたアシュトンを前にしてセリーヌはそう言った。修理は断念したと話には聞いていたが、そうでない新品でも十分に戦えそうなくらい強そうだとセリーヌは思った。

「うん。これもなかなかの出来だよ」

 アシュトンは両手にその剣を装備すると、そのままポーズを取ってみせる。青白い光沢を見せるその剣はアシュトンが普段よく使っているものに比べると一回りほど細く、小技を効かすのに適したデザインだった。

「俺の武器もなかなかだぜ! お前ら見てくれよ!」

 アシュトンに負けじとボーマンも自らの武器をアピールする。両腕に装備されたそれはナックルというよりガントレットに近く、ボーマンの肘から先全体を覆っていた。龍の頭を模った彫刻が施されており、腕先の部分でぱっくりと大きな口を開いている。

「どうだ? ギョロとウルルンみたいでかっこいいだろ?」
「えーっ!? ボーマンったら、そんな理由でこれ選んだの?」
「そんな理由とは何だプリシス? いいか、武器には見た目ってやつも大事なんだぜ? お前もちょっとは見習うんだな」
「むーっ! それって無人くんのデザインを馬鹿にしてるわけー!?」

 笑いものにされて頬を膨らますプリシス。そんな彼女を、たった今話題に上がった無人くん本人が、ぽんぽんと背中を叩いて励ますのだった。

「ま、プリシスは大人しく見ててよ。僕たちがさっさと優勝決めてくるからね」

 レオンも自分の武器が気に入っているらしく、黒褐色の金属でできた杖を両手に握りしめていた。先端には拳大ほどの大きさがあるクリアパープルの魔石が金具で固定されている。これはレオンが得意とする闇属性魔法の威力を増幅する効果があるらしい。

「……ったく、レオンってば偉そうな口聞いてー。ボロボロになって負けて来たら、思う存分けちょんけちょんにしてやるー!」
「ははっ。無駄な意気込みだね、そりゃ」
「でもレオンったら、杖なんて慣れない武器で大丈夫ですの?」

 ダークベージュの堅木で作られた杖を手にしていたセリーヌがレオンに訊ねた。彼女の身長ほどもあろう長いその杖の先は、くるくるとぜんまいを巻くよう渦巻き状の形をしており、その中心では赤色の宝石が煌びやかな輝きを放っている。紋章術のエキスパートである彼女曰く、この豪快なデザインこそが“ザ・術師”のスタイルを体現しているらしい。

「杖なんて特に持ち方もないし、適当に振り回して紋章唱えてりゃなんとかなるんじゃないの? よく知らないけどさ」
「ま……確かに基本的にはそれで間違いないのですけれど……」

 セリーヌは得意げな表情を浮かべるレオンにそう答えた。

「それでも、杖はただ術を強力にするためだけに装備するものではありませんの。例えば敵からの攻撃を防いだり、地面に刺せばそこが重心になって身体を安定させることにも役立ちますし……」
「へー、そうなんだ」
「つまり、杖を使いこなすにはそれなりの経験と運動神経が必要ということです」

 セリーヌの説明にノエルがそう口を挟む。

「術師は体術を疎かにしてはいけないと、僕も昔よく教え込まれました」
「そういうこと。私も杖で身を守りますし、時には殴って攻撃に使ったりもしますわ。ノエルはもう少し身軽に扱えるナックルを使っていますわよね?」
「ええ。杖でもよかったんですけど、もともと全身を動かすことが好きでしたしね。ネーデの道場に通って習っていた時期もありました」

 言葉の通り、ノエルは深緑色に輝くナックルを武器に選んでいた。右手甲に装備することで、攻撃と防御の両方に用いることのできる優れものだ。術師だからといって安易に近づいた者に対しては、切れ味鋭い爪で返り討ちにすることができる。

「みんな良い武器選んだんだね。いいなー楽しそうで、あたしもなにか武器くらい使えるようになろっかなー?」

 今回は観戦役に徹するしかないプリシスは、羨ましそうに武器の雑談を膨らます5人を眺めるのだった。いつかエクスペルが先進惑星入りしても、さすがに無人くんのようなレーザー武器が大会で認可されるようなことは無いだろう。そう考えると何か自分も一つ武道を始めてみようかなと思うプリシスだった。

「そう言えばボーマン、ニーネさんとエリスちゃんは今日ここに来てくれるの?」

 アシュトンがボーマンに訊ねる。

「ああ、朝一の馬車でリンガからラクールに来てくれるってよ」
「へぇ、じゃあ応援してくれるんだね」
「相変わらず仲のいいですこと。見ているこっちが恥ずかしくなりそうですわ」

 大会中に黄色い声がボーマンに飛んでくることを想像したセリーヌは、少し嫌味げにそう言うのだった。

 その後も6人で何気ない会話を続けているうちに、大会運営スタッフである衛兵から控え室に入るよう、アシュトン達一行に声がかけられた。他のグループにも同様の指示が入ったようで、ぞろぞろと武器を担いだ男たちが控え室へと続く通路へ歩いて行く。

 いったん大会が始まってしまうと、出場者たちは控え室から出ることはできない。このような制度が今回では取られており、これは対戦相手の情報を事前に入手することを防ぐためである。

 控え室は各チームごとに一部屋用意されているため、本当に戦闘開始直前まで相手の顔すら拝むことはできない。同様の理由で大会開始後は一般人の控え室への立ち入りも禁止されている。

「そんじゃ、ここでお別れだね! しっかり応援するから、みんな頑張ってきてねー!」

 プリシスはひょいと無人くんを担ぐと、みんなとは逆の方向、観客席の方へと向かっていった。その去り際に一言そう言うと、無人くんの手を握ってばいばいの仕草をさせる。

「うん。頑張ってくるよ!」

 アシュトンがグーサインでそれに応えると、他の仲間たちも真似するかのように右手を突き出した。

 まさか本当に仲間が集まってくれて、そして団体戦に出ることができるとは思いもしなかったアシュトン。今この場で一致団結している喜びを噛み締めるも、本当の目的であるシオンへのリベンジに向けて決意を固める。

 いい感じに緊張が解れたところでプリシスとは別れ、アシュトン、ボーマン、ノエル、レオン、セリーヌの五人は用意された部屋へと案内され赴くのであった。





 コロシアム式の作りをした闘技場には、多数の客が収容できるよう5000近くもの座席が規則正しく円形に配置されていた。中心から離れた席になればなるほど位置的に高くなるのだが、その昇り傾斜がやや急なため移動の際には注意が必要である。

 プリシスが観客席に到着した時には、既に最前列付近の座席は完全に埋まってしまっていた。噂によると、こういう人たちは何日も前から徹夜で並ぶくらい熱狂的な武具大会ファンらしい。試合はまだ始まっていないというのに、金柵を掴み揺らすなど興奮を隠し切れていない様子だった。

 そんな場所と比べると、中段より上の席にはまだまだ余裕があった。だが開幕の時が近づけばいずれここも埋まってしまうのだろうと考え、プリシスは先ほど売店にて購入したフライドポテトとジュースを両手にしながら空いている席を一つ確保したのだった。




 それからしばらくの間、プリシスは他の人に場所を取られないよう無人くんを残し、一人ぶらぶらと会場を散歩して時間を潰すことにした。武具大会のロゴが入れられたタオルや衣服などを販売するグッズ屋で地球へのお土産を探したり、歴代の優勝者の肖像画が飾られている殿堂部屋でディアスの絵を探したりと、開会式が始まるまでの暇つぶしに困ることはなかった。

「クロードとディアスの決勝かー。懐かしいなー……」

 殿堂部屋にはディアスの雄姿こそ数多く残されていたが、クロードの姿はそこに一つも無かった。4年前の大会で準優勝したとはいえ、優勝しなければ歴史に名は刻めないということなのだろう。その4年前、プリシスはレナやアシュトンと共にこの闘技場に居た。

 当初はクロード目当てで旅について来ていたのだが、声を張り上げて応援するレナとそれに全力に応えるクロードの姿を目の当たりにし、二人の仲に自分は敵わないと確信した。

 この絵を見ると、そんな苦い思い出の残る場所に自分は再び戻ってきたのだなと実感させられる。

「あの時クロード、あたしのことなんか全然眼中に無かったなー。ま、レナがあんなに必死に応援してたらね」

 散策を終え、屋内通路から再びコロシアムに出たプリシス。その目の前には、4年前と同じ光景が広がる。

 柵と石壁で覆われたこの砂地の上で、またあのときのような死闘が繰り広げられるのだろう。時計を見ると、その開会式もじき行われる時間になっていた。

「さーて、そんじゃあたしも応援頑張るぞー!」

 プリシスはそう大きく拳を一握りすると、一人ぼっちで残してきた無人くんの元へとてくてく戻っていくのだった。





「みなさん、大変長らくお待たせいたしました!」

 場内に放送が流れると、騒がしかった観衆が次第に静かになっていく。

「これから第一回、ラクール武具大会団体戦の開会式を開始します!」

 客席の照明がふわっと落とされると、再びざわつきが巻き起こった。コロシアムの中央だけにスポットライトが向けられると、天井からロープに吊るされたリフトがゆっくりと降りてくる。そしてその中には大会の司会者と思われる人物が佇んでおり、マイク片手に大声で開会の辞を喋りはじめる。

 この大会の主催者であるラクール王への謝辞に始まり、参加する戦士たちへ寄せる期待の言葉、集まってくれた観衆に対する労いの言葉などが順に述べられていく。これらは形式ばったものであり、プリシスにとっては特に何も感じるものは無かった。

 だが、ぼーっとその経過を眺めているうちにプリシスには何か考えが閃いたようで、ごそごそとポケットから携帯電話を取り出そうとする。

「そーだ、レナにこの光景を写真で送ってやろっと!」

 思い返せば、レナとクロードがここに来ると言うから自分もレオンとノエルを連れて来たというのに、まだ一度たりとも彼女らの姿を見ていない。

 どこで油を売っているのかは知らないが、自分たちがエクスペルに居ることを知ればびっくりするだろう。今この場所の写真を見たレナの驚き顔を想像すると、ついつい顔がにやけてしまう。

 だがそんな思惑のなか、レンズをコロシアム中心へと向けてカメラを起動しようとしたとき、構えていた携帯電話はプリシスの指からするりと滑り落ち手しまった。

「うわっ、ちょ、ちょっとー!?」

 カツン、カツンと音を立てて跳ねながら、プリシスの携帯電話はどんどんと観客席の斜面を下っていった。丈夫な樹脂やガラスで出来ているために壊れる心配は無いだろうが、このままだとかなり下のほうまで落ちて行ってしまいそうだ。勢いが良すぎるため、携帯電話に気がづいた他の観客も反応が遅れており、誰もキャッチしてくれそうもない。

 プリシスは慌てて席を立つと、一刻もはやく携帯を救出するため急いで段差を下って行った。だが偶然にも、一人の観客がパシッとそれを片手で受け止める姿が見える。下手をすれば最前列まで行かなければいけなかったかもしれない状況の中、プリシスはほっとして走る足を緩めた。

「す、すみませーん!」

 その観客の元へと近づきながら、プリシスはお礼の言葉をかけた。後ろ姿を見るに、携帯の転落を阻止してくれたのは長髪の金髪をした女性だった。右手でプリシスの携帯をまじまじと眺めながらも、もう片方の手では何か大きなものを抱え込んでいるようである。

「どうも、助かりましたー……」
「あら、いいのよ……って!?」

 プリシスが手を差し出すと同時に、その女性はこちらを振り向き携帯電話を差し出した。だが、その瞬間に顔を見合わせた二人は、その姿を認識した瞬間に思わず絶句で息が止まりそうになってしまう。

 それもそのはずだ、携帯を拾ってくれた女性は、この場所に居るとは思いもしなかった人物だったのだから。

「オ、オ、オペラ!?」
「ちょ、ちょっと、プリシスじゃないの!?」

 腰を抜かすプリシスの目の前には、赤ん坊片手に観戦席で座っていたオペラがいたのだった。向こうも唖然としているらしく、ぱっちりとした三つ目を何度も瞬きしている。

 その腕の中で抱かれた赤ちゃんも、見知らぬ茶髪の女性が自分の母親をとんでもない形相で指差していることが不思議なようで、ぽかんとプリシスの顔を眺めていた。

「な、なんでここにオペラがいるのさ!?」

 お互い開いた口が塞がらなかったが、ようやくプリシスが震える唇で言葉を発する。

「いや……私はクロードやエルたちと一緒にちょっと用事で来ていて……」

 咄嗟にオペラはそう答える。

「ま、まぁ、それは知ってたんだけど……」
「っていうより、そもそもプリシス! あんたこそ地球にいるんじゃなかったの!?」
「げげっ……そ、それは……」

 この状況において、この邂逅を驚くべきはプリシスよりもむしろオペラである。クロードとレナとチサトがテトラジェネシスに行き、そこでオペラとエルネストを引き連れエクスペルを訪れていたということをプリシスは知っていた。

 だが一方のオペラたちはプリシスやレオンがこの星に来ているとは知らされておらず、彼女らにとってはまさに寝耳に水な事態であったのだった。

「ちょっと色々ワケあって、ここに来ていて……」

 ぽりぽり頭を描きながら、誤魔化すような笑顔でそう返事をするプリシス。

「色々って……あんたねえ……?」
「ま、まぁまぁ。いいじゃない! そんなことより、なんでオペラは闘技場に?」
「へ? そんなの決まってるじゃない。これからみんなの試合を応援するためよ!」
「……み、みんな?」
「ええ。って、もしかしてプリシスも……?」

 オペラが話し終える前に、闘技場全体から割れるような歓声が沸き起こった。一斉に立ち上がる観衆につられて、プリシスとオペラも無意識にコロシアム中央へと目を向ける。

「さぁ、それではさっそく第一試合を開始します! はじめの対戦カードはこの2チームだあぁぁ!!」

 司会者の高い声と同時に、両脇の鉄格子が重低音と共に開かれる。そして姿を現したのは……

「ええっ!? クロードにディアスぅぅ!?」
「あれは……もしかしてアシュトン!? それにレオンとノエルまで……?」

 プリシスとオペラから同時に向けられた言葉の先。西側のゲートからはアシュトン、ボーマン、セリーヌ、ノエル、レオンが。そして東側のゲートからはクロード、ディアス、チサト、エルネスト、レナがそれぞれ登場したのだった。

「紹介しよう! 第一試合、西側はこの間の武具大会でベスト4入りを果たした、知る人ぞ知るエクスペル屈指の紋章剣士アシュトン・アンカース率いるチームだ!」
「ええぇぇぇーーーーーっっ!?」

 うわぁぁぁぁぁぁ、と声援が巻き起こる。司会が何か言うたびに観客は興奮に包まれる中、ただプリシスとオペラだけが呆気に取られていた。

 それはこの二人だけではなく、闘技場内でもアシュトン一行とクロード一行も何やら互いに言い合いをしているのが見える。これからの試合相手が、まさかこの場に居るとは思いもしなかった旧友たちともなれば、双方仰天するのも無理はないだろう。

「情報によると、アシュトンの他にはリンガの変人薬剤師、ボーマン・ジーン。カリスマ紋章術師で有名なセリーヌ・ジュレス。こちらも紋章術師ノエル・チャンドラー。そして何と、巷では行方不明と言われていたラクールの救世主、レオン・D・S・ゲーステ博士が参戦だ! これはまた豪華なメンバーが集まっている!」
「術師主体の編成ですね。特化することは良いことですが、紋章術を防衛されたときに厳しそうです」

 ハイテンションな司会の後で、解説者が淡々と戦力分析をした。

「一方、東側はなんと先日の準優勝者、ディアス・フラックが登場だ!」

 今までで一番の歓声が地鳴りのように響き渡る。やはりディアスの人気は相当なもののようで、彼の名をコールする声があちこちから聞こえる。

「こちらは……なんと、ディアスの隣にいる金髪の青年。彼は4年前の大会の準優勝者、クロード・C・ケニー選手のようです! 決勝でディアスに負けたはずのクロードが、今回は彼の仲間として一緒に戦う!」

 過去のデータはしっかりと残っているらしく、クロードとディアスの共闘は多くの人々の興味を引くこととなりそうだ。

「その他は新聞記者のチサト・マディソン、考古学者エルネスト・レヴィート、アーリア村出身の少女レナ・ランフォードがチームのメンバーだ!」
「ディアスとクロードの2トップですね。彼らがどこまで試合を優位に進めてくれるんかが見ものです」
「さぁ、これは第一試合でぶつかるのが勿体ない! 事実上の決勝戦と言っても過言では無いくらいの好カードだ! それでは選手たち、準備はいいか?」

 言い合いを続けていたアシュトン達とディアス達が、司会者のその言葉に慌てて武器を構える。

 そんな様子にオペラとプリシスは、

「……どうやら、お互い奇遇ってやつみたいね?」
「だねー……」

 と、互いに顔を見合わせながら口にするのであった。

「試合………はじめっ!!!」

 カーン!とゴングの音が響く。猛烈な歓声がコロシアムの10人に集中する。

 何の因果かは分からない。聞きたいことはお互いにたくさんあるが、とりあえずアシュトンたちとディアスたちはこれから武具大会でぶつかることになるらしい。

 オペラとプリシスはその事実だけを認識し、とりあえずは今から始まる戦いに全神経を集中して、肩を持つべきチームの応援に精を尽くすことにしたのだった。