「ほぅ。やるじゃねぇか……?」
「舐めてもらっちゃ困るぜ、おっさん」
雪崩のように次々と降り注がれるグレッグの攻撃を、ボーマンはまるで踊るかのように避け続けていた。激しい乱舞の動きを見切りつつ、それをひとつずつ器用にかわしていく。
「だが避けるので精一杯って感じだな。さっきのガキと変わりゃしねぇ」
「……ふん、よくしゃべる奴だな」
ボーマンは鼻で笑ったが、本音ではこのグレッグの発言は図星だった。
(確かにそんだけスキが無けりゃあなぁ……)
グレッグの攻撃は休む隙を与えず続いている。ボーマン得意のパンチを仕込むにも、そのタイミングがなかなか掴めそうにも無かった。汗まみれになりながら、とにかく致命傷を負わないよう集中するのが精いっぱいだった。
(だが、そんな事は今は関係ねぇ)
それでもボーマンには勝算があった。別に今はタイマンを張っているわけではない。別に自分が攻撃しなくとも……
「スターライト!」
ボーマンの後ろ、岩陰に身を潜めていたセリーヌが甲高く叫んだ。
(俺はあいつが攻撃する時間稼ぎをすりゃいいってことさ!)
そう。今まで戦っている振りをしていたのは、いわば陽動作戦。セリーヌが紋章術を唱える時間稼ぎに過ぎなかったのだ。ボーマンはセリーヌの術の巻き添えを食らわないように、すっと体を引く。
天から降り注ぐ無数の星の光線。その一本一本が光速に近い速度でグレッグの周囲の大地に突き刺さっていく。無差別に体を貫くその光の矢が通過する地帯に足を踏み入れようものなら、掠める光線の猛威によりたちまち全身傷だらけになってしまうだろう。
「おっと、あぶねぇあぶねぇ」
だが流石はグレッグ。そんな過ちは犯さんとばかり言わんばかりに、スターライトの範囲から難なく逃れられたのであった。たかが一つ呪紋が発動できたからといって、ボーマンとセリーヌの表情が緩むことは無かった。
「2対1で互角とはね……」
「辛いな」
ボーマンはセリーヌにしらっとそう言って腕を組む。その視線の先にはまばゆいばかりの光のシャワーを前にしたグレッグの姿があった。
「あっはっは、二人してこの程度かよ。もう少し楽しませてくれよな!?」
まるで戦いを楽しむかのような、そんなグレッグの声が聞こえてくる。
こちらが二人とはいっても、ボーマンがこの光の矢をかいくぐりつつグレッグに攻撃することなどできない。結局今の状況は、セリーヌ一人が攻撃をしているのと変わりは無いのである。
このスターライト程度の紋章術の単発など、グレッグにとって回避するのは朝飯前。これを打破するにはどうしても連携攻撃が必要となるのは明らかだった。
「……ふん、二人じゃねぇぞ?」
だが、ボーマンはこのとき冷やかにふっと笑った。
するとその瞬間、ゴゴゴ……と草原全体に地鳴りが鳴り響いく。草木は揺れ、木々の枝からは葉や木の実がガサガサと降り落ちる。そこに巣くっていた鳥たちは異変を感知したのか、バサバサと羽音を残し一斉に飛び立っていく。
「ん、なんだぁ?」
セリーヌの放ったスターライトの眩い光線のせいで視界が悪いため、グレッグはこの状況を完全には把握できていないようだ。
それでも何かがおかしいとは感づいているらしい。光線が地面に突き刺さって衝撃を発しているとはいえ、いくらなんでもこれは揺れすぎだと思ったのだろう。その地面の振動はだんだんと確実に強くなっていく。
「ふふ、大地震が来ますわよ」
セリーヌは既に近くの木にしっかりと掴まっていた。来るであろう揺れに体をとられないようにするためだ。
「皆さん、準備はいいですか?」
すこし遠く離れた場所から叫ぶ声がする。ノエルだった。風に吹かれて髪や耳の毛が靡くその体には、様々な紋章が刻まれていた。
「いきますよ。アースクエイク!」
ノエルが呪紋を唱えると同時に、その紋章から茶色の光が解き放たれた。
――――ドドオォン……!!――――
張り裂けるような爆裂音と共に、大地や大気、景色、それら全てがひっくり返ったかのように勢いよくうねりを上げる。地球の底深くから這い上がった巨大なゴーレムが、ノエルの紋章を受けて激しく地面を両腕で殴りつけていた。
「きゃあっっっ!!」
必死に木の幹を掴むセリーヌの周囲には、岩片や土砂が重力を無視するかのように激しく飛び交う。そんな状況下ではまともに立っていられるはずもない。そしてそれはセリーヌに限った話ではなく……
「うわったぁ!?」
グレッグは大地のうねりによって足をモロにすくわれ、派手に地面に転げ込んだ。そしてセリーヌのスターライトの光は相変わらず彼の周囲へと降り注いでいる。
「ぐおおぉぉ!!」
体勢を崩されたグレッグに、それらを避ける体の自由は与えられていなかった。さきほどのレオンと同じ状況。ただただ、自分に向かって来る輝かしい光線に目を瞑るしかなかった。
無数の矢は次々とグレッグの体を貫く。それでも完全に体を貫通することは無く、せいぜい戦闘用のスーツに身を纏った肉体を傷つけている程度ではあった。しかしいくら体の頑丈そうなグレッグといえどもこれだけの数だけやられれば、相当なダメージを受けているのは間違いなさそうだった。
「ちっ……っくしょおおお!!」
体のあちこちに血を滲ませるグレッグ。大きな唸り声を上げながら、グンと拳に力を入れられる。ムクッと倍ほどの大きさに膨らんだその腕筋には、ぼこぼこと血管や筋肉が生々しく浮き出る。
「どりゃああっっ!!」
そして気合を放出するかのような雄叫びと共に、その力のこもった右手で思いきり地面を殴りつけた。
バコン! と音を立て、地震のおさまった大地に大きな穴が開く。ものすごい威力のパンチだ。アースクエイクの発動時にも負けないくらいの大きな破壊音が、そこから放射状に広がっていった。
「これでどうだ!」
グレッグによって粉砕された大地からは、岩石の破片が大量に舞い上がった。それらがグレッグの頭上で防護壁の役割を果たし、スターライトの攻撃をシャットアウトしたのだった。
「……よくも俺様に傷をつけてくれやがったな、貴様らめが!」
怒りと屈辱を露にしたグレッグは、セリーヌとノエルが居る場所めがけて飛びあがる。スターライトが降り注ぐ地帯を抜けつつ攻撃目標に近づこうというわけだ。
「もう紋章術を唱える暇もないだろうよ! 安心しな、今からすぐに楽にしてやるからよ!」
勝ち誇ったかのようにグレッグが空中で叫ぶ。だが、そんな彼の耳にポツリとある言葉が入ってくる。
「……そういうとこが甘いって言ってんだよ!」
「なに!?」
グレッグはそれを聞き取ると慌てて辺りを見渡した。そして気づいたのだろう。そういえばさっきから一人見当たらないということに。
スターライトの女術師にアースクエイクの男術師。あともう一人、最初に戦っていた格闘技の使い手の男、そう……
「ここだよ!」
キョロキョロと視線を泳がせるグレッグの真上から、ボーマンが飛来していたのだった。頭から突っ込んできているために空気の抵抗が少なくスピードが速い。真っ直ぐ伸ばした手の先には、闘気を纏った拳が二つ。
「げっ!?」
真上を向いたグレッグがボーマンの姿を捉えたときには、すでに彼が額のすぐそばまで迫ってきたところだった。
「おらっ、首枷!」
言い終わる前に、ボーマンはグレッグの頭を鷲掴みにしていた。その両手にぐっと力を込められる。
「食らいやがれっ!!」
野獣のようにそう叫ぶと、ボーマンは全ての力を込めたアッパーをグレッグにお見舞いした。それは気持ちいいくらいの音をたてて、グレッグの下あごに綺麗に決まったのだった。
腕を振りきり、そのままひゅうっと地面に落下していくボーマン。その瞳には、遠くまで飛んでいくグレッグの姿が映った。
「クリーンヒットだな」
ボーマンはそのまますたっと地面に着地する。その少し後に、遠くのほうでグレッグが地面に落ちる音がズンと響いた。
それを確認したボーマンはぱんぱんと手を払うと、
「子育てやらで少しばっかりストレスを感じてたんだ。久々にすっきりしたぜ」
爽やかな顔をしてそう吐き捨てるのだった。
「ボーマン!」
そんな余韻に浸っている中、ボーマンは正面から聞こえたノエルの声にはっと我に返った。振り返ればこちらにノエルとセリーヌが駆け足で向かってきている。
「やったな!」
「ありがとうございます。やはり最後にもの言うのは紋章術ではなく武術ですわね」
セリーヌはウインクをしながらそう礼を言った。
「ケガはないか、ボーマン?」
ノエルは勝利を喜ぶ前にボーマンを心配する。彼が放つアースクエイクはほぼ毎度と言っていいほど仲間を巻き添えにしており、今回もその例外ではなかった。
案の定セリーヌは飛んできた小石で軽い怪我を負っていたため、先ほど回復魔法で治してあげたところだった。もはや彼がアースクエイク使用後に仲間を回復するという行為は、仲間の間では常例とパターンとなっていたのだ。
「心配ねぇよ。見ての通りだ」
ずいっと袖を捲ったボーマン。その両腕には傷一つ無かった。
「あの程度の奴なんか楽勝だろ? 俺達3人にとりゃ」
にやっと笑うその顔は、自信に満ち溢れていた。
「俺達に不可能なんか無いさ」
その言葉に一同は顔を見合わせると、大きくうんと頷くのだった。
「ロケットぱーんち!」
「シャドウボルト!」
無数の飛び道具がプリシスとレオンから発せられているが、大した効果は無い。なぜなら……
「ふははは、無駄なことを……」
その対象として攻撃されているイーヴには、攻撃が効いていなかったからだ。効いていないと言うよりは、当てることができない、そう言い切った方が適切かもしれない。
「ちょっとー、どういうことなのコレ!?」
プリシスは腕から煙を上げる無人君を抱えながらレオンのほうを向いた。かつて彼女の改造リュックから放たれていたロケットぱんち。それは今では改良された無人君から放たれるようになっている。
「なんで攻撃が全部すり抜けていくの!?」
プリシスは苛立ちながらそう言うと、地面に無数に散らばっているロケットぱんちの腕の残骸を指差したのだった。
「……それが分かっていりゃ、苦労はしないよ」
レオンも自分が唱えた暗黒の雷がイーヴをすり抜けて破裂するのを目の当たりにし、頭を抱えていた。
先ほどから彼らは幾度もの波状攻撃をイーヴに仕掛けているのだが、それらは全てイーヴの体に命中せず、すうっと後ろに通り抜けていく。それはまるで、イーヴの体が透けているかのようだった。
「なんなのアイツ!? 透明人間か幽霊か何かなの!?」
プリシスは半分ヤケになってそう言い放つ。だが実際にはそう考えるのも無理は無かった。自分の攻撃がイーヴに命中したと思っても、それはその場をを何事も無かったかのように通過していくのだから。
「そんな馬鹿なことは無いだろ? 実際に俺たちの眼に映ってるんだしな」
プリシスとレオンが攻撃を続ける間、ずっと相手の様子を伺っていたエルネストが険しい顔つきでそう言った。
「奴は恐らく自分に攻撃が当たらないよう、何か細工をしているんだろうな。それが何なのかが分かれば突破の糸口になるんだが……」
「それはわかっているんだけど……」
エルネストの分析は、イーヴと直接戦っているレオンとプリシスも十分に痛感していた。実際そうとしか言いようが無く、まずはその攻撃をすり抜けさせる細工とやらを早いうちに見破らなくてはいけない。
「お遊びはもうおしまいか?」
3人が攻撃の手を止めたのを見計らい、イーヴは少しづつこちらに近づいてきた。黒色のローブとは対照的な、透きとおるくらいの白い肌に白い髪。じわじわと寄ってくるその身体からは足音すらも聞こえない。
プリシスは本当に亡霊なんじゃないかと気味悪く思いながら、腕の中にぎゅっと無人君を握り締める。
「お前達がどう足掻いても、この私には勝てない。それがようやく分かったみたいだな」
そんな声さえも幽かで消えてしまいそうだ。
(なにか、なにかあるはずだ………)
エルネストは必死に頭を働かせながら、この秘密を探り明かそうと観察し続けた。だが一方でイーヴはというと、不敵な笑いを浮かべながら細い一本木の前へと移動していく。
「こういうことだ!」
彼が動くスピードを緩めることは無かった。なんと、そのまま目の前の障害物である木々も難なくすり抜けたのだ。イーヴの体に取り込まれるように入って行き、そのままの形で彼の背中から再び出てきたのだった。
間違いなく、あらゆる物体はイーヴの体を“通過”している。そしてそれを見せびらかすような、ある意味挑発的とも取れる態度をイーヴは先ほどからずっととっていた。よほどそのトリックに自信があるのだろう。
「くそ。どうなっているんだ!?」
レオンはぎりっと歯を食いしばった。全く仕組みが分からない。かつて十賢者の一人メタトロンが自分たちとの戦いで使ってきた絶対防御魔法“メタガード”とはまた異なる。あれは攻撃を無効化するのであって、自らの体を通過させるわけではなかったからだ。
(だけどメタガードとコイツのすり抜け、攻撃を防ぐという点では一緒なんだよね)
ふとそんな考えがレオンの頭をよぎる。
(メタガードと同じ種類なら、もしかしたら時間制限みたいな“制約”があるのかも?)
「レオン! 早くその場を離れろ!!」
突如エルネストの叫び声がレオンの耳の奥に入ってきた。思考にふけっていた意識を現実に戻し、はっと息を呑んでイーヴを見る。奴はいつの間にか紋章術の詠唱を終えかけていた。
「急げ!」
既にプリシスとエルネストはイーヴと距離を置き、防御体勢に入っている。レオンも二人に続き急いで散開しようとしたが間に合わず、背後からはこれまた聞きなれない紋章詠唱が聞こえた。
「フリジットコフィン!!」
低い声と共にイーヴの紋章術が解き放たれ、たくさんの鋭い氷塊が暴風と共に舞い上がる。そしてそれらはレオンめがけて真っすぐに迫り来たのだった。
(冷気紋章!? なら……)
また新手の紋章術だが、今度は幸いにもレオンの得意分野の魔法のようである。こちらも毒をもって毒を制すことをレオンは即座に思いついた。
「ディープフリーズ!」
間一髪、自らの目の前に紋章術による氷壁を作り上げることで、レオンはイーヴの放ったフリジットコフィンの直撃を免れることができたのだった。
(これがさっきみたいな火炎魔法だったらやばかったね……)
一体今日は何回危険な目に合えば気が済むのだろう。レオンはそんなことを思いながら周囲を見渡した。
「何してるんだ!? 一歩間違えればまた死にかけてたぞ!」
厳しい口調でエルネストからの檄が飛ぶ。レオンがぼうっとしていたため招いたピンチだったために、返す言葉もない。
「ごめん、ちょっと考えごとしてて。今からはちゃんと集中するからさ……」
レオンは口ごもりながらそう言った。さっき助けてもらいながらこの有様では、エルネストにとても申し訳ない気持ちで一杯になる。だがそれでも、レオンは少しエルネストに確かめたいことがあった。
「……ところでさ。エルネストはメタトロンと戦ったときのことを覚えてる?」
「ん、ああ、そりゃ覚えてるが……いきなりどうしたんだ?」
突然何を言い出すんだと思ったのか、エルネストは顔を顰(しか)める。前線ではプリシスがイーヴを牽制しており、その隙にレオンはさらにエルネストへ話を続けた。
「メタトロンと言えばメタガードの連発だったよね?」
「あ、ああ。あれを使われるたびに散開して逃げ回ったもんだ。今思えば厄介だったな」
「似てない? 今のあいつと……」
レオンはそう言ってチラリと視線をイーヴの方にやった。相も変わらずにプリシスから投げつけられる機械類に対し、何食わぬ顔で平然と構えている。
「攻撃が効かなくても、それはいつまでも続くことじゃないと思うんだ。だから今は時間を稼ぐことだけを考えたらいいんじゃないかな? さっきイーヴが挑発してきたのも、奴には時間が無いからだと……」
「……甘いな」
エルネストがレオンの説明に待ったをかけた。
「………どういうことだよ?」
「確かにメタガードに近いものはあるんだが、俺はどうもそれとは根本的な何かが違うと思う」
エルネストは手にしている鞭を、ヒュンヒュンと鋭い音を鳴らせながら2回ほど振り回した。
「メタトロンの場合は絶対的な防壁、簡単に言うならバリアーを自らの周りに張り巡らせていたって感じだっただろ?」
「うん。言われてみればそうだね」
「だがな、お前は直接攻撃したわけじゃないから気付かなかったのかもしれないが、なにかアイツにはそもそも存在する気配が感じられない。全くな」
エルネストはそう言ってさらに鞭を1回振り下ろす。
「イメージとしてはこんな感じだ。今みたいに“何も無い空間”を振りぬいているような、そんな気分だった。メタトロンの場合は、確かにそこに標的があるのを感じたのだがな…」
「そうなんだ……」
これは紋章術での間接攻撃ばかりを仕掛けていたレオンにとって新しい情報だった。直接相手に近づいて攻撃を仕掛けない限り、こういった事は容易に読み取れるものではないものである。
「もしかしたら、僕達は大きな勘違いをしているのかもしれないね………」
そう言ってレオンはイーヴの方を見据えた。無駄な攻防と言ってしまえば、それはあながち間違ってはいないかもしれない。イーヴの紋章術は回避不可能なほどに強力なものでは無いことが幸いである。
そして万が一ダメージを受けても、それほど重症は受けなかった。レオンが咄嗟に作ったような未完全の氷柱でイーヴの攻撃を完全に防ぐことができたのが良い例だ。
これがイーヴの本気なのだろうか。もしそうなのであれば、このイーヴも大した能力者ではない。さきほどのレオンの苦戦も、結局は二対一で戦ったことに起因することになるのだろう。もちろんそうではない可能性も十分に考えられるため、油断は禁物であることに変わりはないが。
「このままじゃラチがあかないね……」
正直、レオンはだんだんと集中力が欠けてきていた。先ほどの戦いとは違い、全く緊張感を感じない。本当にこれがさっきまだ戦っていた相手なのだろうか。そういった疑問が彼の脳裏に徐々に現れ始めた。
「あぁーもう! いつになったら決着がつくんだよう!」
そしてプリシスもまた、彼同様に苛立ちを隠せないでいた。彼女の場合は攻撃に必要な無人君のエネルギーの残量がそろそろ危ないので、その焦りが全身を覆い始めていたのだった。
「イライラするなぁ、もう! これでもくらえぇーーーっ!!」
彼女はそう言い放つと、足元に居た無人君をむんずと乱暴に掴み上げる。
「これはエネルギー効率が悪いからあんまり使いたくなかったんだけど、この際ハデに一発入れなきゃやってらんないよ!」
プリシスは無人君の裏側についている開閉式のフタをカパッと開き、内部にあるボタンを幾つか操作しはじめた。数回の操作の末に最後のボタンを押し終えると、そこからピッとチンケな機械音が鳴る。内部ではガチャガチャと慌しく機械が動く音が聞こえた。
「もう全部のエネルギーを使っちゃうよ! 無人君、レーザー用意!」
プリシスがそう指示すると、無人君は「OK!!」と声を上げてこくりと頷き、電動式の口をゆっくり開きながらエネルギーを充填させ始める。
「全部だって!?」
そんなプリシスの合図を後方から聞いたレオンは顔を引き攣らせ、機敏にプリシスのほうを向いた。
「全エネルギーを使ったら、その後はどうするんだよ!?」
「エネルギーを残したところでどうなるってのさ? どーせ攻撃が効かないんだったら一緒じゃん!?」
結局効かないのなら、いっそ最大級の攻撃を最後に試してみたい。それがプリシスの考えだった。たとえ効かないにしても、その圧倒的威力を目の当たりにした相手には少なからず脅威を与えることはできるだろう。
「このままジリ貧のままでいろって言いたいわけ? そんなのごめんだよ!」
片目でしっかりと狙いを定めるプリシス。両手で抱えている無人君は既にエネルギー充填を完了していた。
「ばか! やめろ!!」
「無人君スーパービーム、発射ぁぁぁああぁぁーーーー!!」
レオンの言葉に耳を傾けることも無く、プリシスは無人君に発射の合図を送った。
――――ギュウウウゥゥゥゥン・・・・――――
赤々と輝く光線が無人君の小さな口から発せられた。光速で解き放たれたそれは、今までのプリシスが撃ったレーザーの中でも最大級のものだった。その軌跡上にある野を焼き草を焼き、まるで芝生上に黒こげの剃り込みが大地に入ったかのような焼け跡が出来上がった。
「あっちぃーーーー!!」
発射後にプリシスは無人君を放り投げ、痛烈な表情でぶんぶんと手首を上下に振る。莫大な威力の代償で、無人君本体も直接手で触れないくらいの熱を帯びていた。
無残にも彼女によって投げ捨てられた無人君は、全てのエネルギーを使い果たしたために地面で伸びてしまっている。これじゃあもう使い物にはならないだろう。
「くぅぅ……やっぱこれだけエネルギーを使うとこうなるか。とほほ……」
「だから言ったのに。馬鹿だなぁ……」
「う、うるさいなぁ! 見たでしょ、今の威力?」
「当たらなきゃ意味無いけどね」
皮肉たっぷりに言い捨てるレオン。それもそのはず。このプリシスの全力レーザービームは、標的のイーヴとはあさっての方向へと向かってしまったからだ。あまりの高威力だったために反動が凄まじく、プリシスの手元が狂ったことが原因だった。プスプスとあちこちで立ち上がる煙が虚しさを掻き立てる。
「しょ、しょうがないじゃん! あたしだって持っているのが精一杯で……」
「はいはい、お疲れ様。後は僕とエルネストがやるから」
棒読みでそう言うレオン。生意気にも程があるとプリシスは舌打ちするが、裏を返せばレオンがそれだけ心に余裕と冷静さを取り戻してきたということである。
「ったく、ムカつく物の言い方だけは上手いんだから……」
渋々とプリシスは転がっている無人君を拾い上げ、イーヴの攻撃が巻き込まれない場所へと移動した。
もう自分に戦う術は残されていない。とりあえずは足手まといにはならないようにしなくてはならない。さっきは苛立ちから攻撃を急いだプリシスにもレオンと同様、徐々に平静さが戻っていたのだった。
プリシスの全力攻撃は結局失敗に終わってしまい、一見すると何も効果が無かったように見えた。だがエルネストはレーザーが放たれた一瞬、イーヴに妙な動きがあったのを見逃さなかった。
(……避けた?)
それはほんの一瞬。しかしエルネストが見る限りでは確実だった。無人君スーパービームが放たれた直後、イーヴがさらりと体を翻すような仕草をしたのである。
完全にレーザーが外れると分かった瞬間、いつもの直立不動を保とうとする姿勢に切り替えたようであるが、この些細な変化をエルネストはしっかりと捉えていた。
(……別に避ける必要は無いだろう? どうせ攻撃は効かないだろうに……)
今まで表情一つ変えずに攻撃を表から裏へと流していたイーヴにしは異例の行動である。攻撃が効かないどころか気配すらも感じない、そのイーヴが攻撃を避けたのだ。
(どういうことだ?)
何かが矛盾している。もう少しで判りそうな気がする。そんな思考で煮えたぎる頭を必死に抑えながら、エルネストはもう一度戦闘態勢をとった。
(やはりもう少し観察してみないことには分からないな。情報が少なすぎる)
そう思い新たにエルネストが鞭を取り直した、その瞬間、
――――ドドドドドドドド……――――
突如、大地が激しく上下左右に揺れた。
「うわぁっ!」
「これは……ノエルのアースクエイクだな。向こうでもまだやっているのか……」
必死にバランスを保ちつつエルネストはそう呟いた。気づけば自分達はずいぶんラクール城下町から移動してしまったようだった。ここからかなり遠いところでノエルたちも戦っているようで、今感じる大地の鳴動もアースクエイク本来のものには程遠かった。
「しっかし迷惑な魔法だな。おい……」
味方も巻き込むのは難点ではあるが、そのぶん相手への効果も絶大である。
(そういえばイーヴはどうだ?)
体勢を保ち続けながら、エルネストはイーヴの方を伺った。さすがにこの大地震の中、イーヴも無被害というわけにはいかないだろうと思ったからだ。
(ん?)
そこでエルネストが目にしたもの。それは……
「……ははぁ、ようやく分かったぞ。そういうことか!」
その光景は、イーヴの正体を決定的にするものだった。これでさきほどの無人君スーパービームをかわそうとしたことも説明がつく。この地震を凌ぐのに精一杯な様子のレオンとプリシスは、まだそのことに気が付いていないようだった。
「ノエル、感謝するぜ!」
ついに分かった、イーヴに攻撃が当たらないカラクリ。揺れもそこそこに落ち着いてきたところで、エルネストはすっと懐からタバコを一本取り出し火をつける。それはこれからの形勢逆転の狼煙を表しているかのようだった。