31.第三章 第一話




 リンガからそう遠く無い場所に位置する王権国家ラクール。エルリア、クロスとともにエクスペル三大王国をなしており、その経済・文化の中心とも言えるラクール城下町は常に人で湧きかえっている。

 街の中心には紐に吊るされた色とりどりの旗が張り巡らされており、祭典の雰囲気としては申し分ない。再び武具大会が始まるということもあり、少し複雑に入り組んだ街のあちこちで戦士の風貌をした男女が見受けられた。

 皆それぞれ新しく登録する武器を選んでいる最中なのだろう。今の街の賑わいは、自店の武器を登録して貰うために道行く戦士たちに声をかける武器屋の店主達の影響でもあって……

「よぉ、兄ちゃん達、もう武器は決めたのかい!?」

 案の定、城下街に入ってすぐのアシュトン達は彼らの格好の的になった。ボーマンやプリシスはともかく、腰に剣をぶらさげている剣士が5人の仲間を連れてきたということは、これから武具大会の団体戦に参加しますと宣言しているようなものだった。

「っておめぇ、アシュトンじゃねぇか!? なんだ、団体戦は出ないって聞いてたぞ!」

 アシュトン達を呼び止めた男は、彼らの正体に気づくと驚きの声を上げた。この闘技大会の上位常連である彼は、ここらの武器屋の間では名の通る有名人なのである。

「ま、まぁね。急に僕も出たくなっちゃって……」

 自分より一回りも二回りも大きいその店主に、アシュトンは怖気づきながらもそう答えた。

「そうか! で、もう城で参加登録は済ましたのか?」
「い、いや。まだだけど……」
「なら、まだ武器も登録してねぇんだよなぁ?」
「う、うん。ていうか僕たちさっきここに来たばっかりだし……」

 その言葉を聞くと武器屋の店主は歯茎が見えるほどにかっと笑い、筋肉が隆々と盛り上がるその右手をアシュトンの肩に回した。アシュトンはさっと身を引こうとしたが、がっしりとそれに捕まえられてしまう。

「なぁアシュトン、お前はいつまでもマックスんとこの剣なんか使ってるから優勝できねえんだよ。その点、オレんとこの剣はアイツんとこのより間違いなく出来がいいぜ。今回こそはウチで登録してくれよ! な!?」

 鍛冶屋の象徴とも言える、火傷で皮膚が固くなった手のひらがアシュトンの肩に載せられる。熱い吐息が頬まで伝わるくらいの距離でそう言われたアシュトンはなんとかそれを振り払うと、

「か……考えときます………」

 その場しのぎで曖昧にそうぼやかして乗り切るのだった。

「おうっ! 頼んだぜ、贔屓にしてくれよな!」

 それを聞いた店主はバシッとアシュトンの背中を叩き、低い声で豪快に笑いながら別の鴨を探しにどこかへ行ってしまった。

「あいてててて……」

 叩かれた背中に手を当てながら、アシュトンは近くのレンガ壁に手をつく。

「アシュトンったらバカだなぁ。闘技大会に出るなんて言わなきゃ、あんな絡まれかたはされなかったのに……」
「そうですわよ。今日は見物に来ただけとか言っておけば、すぐに引きあげてくださるに違いありませんでしたのに」

 そんなアシュトンに大丈夫の一言もなく、ぶーぶー文句を口ぐちにする仲間たち。確かに彼らの言う通りではある。そもそもアシュトンほどの実力者がまだ大会武器を登録していないと知れば、それに言い寄ってこない武器屋は居ないだろう。

 だがそれでも少しは気遣って欲しかったなと思ったアシュトンは、「みんなもひどいや!」と頬を膨らませ半べそをかくのだった。

「それよりさっき話に上っていた、マックスという方は誰なのですか?」

 ノエルは先ほどの武器屋がアシュトンに呟いた人物のことが気になったようだ。それを聞いたアシュトンは、「あぁ、それはね」と袋の中から一対の双剣を取り出す。

「ん? これってさ、昨日アシュトンが話してた、武具大会で使った剣だよね?」

 プリシスの言うとおり、それはここにいる全員が昨日見せてもらったもの。アシュトンが武具大会で謎の紋章剣士に折られた双剣だった。焦げ折れた刀身を見れば誰もがすぐに気がつく。

「ん? ちょっと待ってください。これは……」

 それを皆と眺めていたノエルは、ふと柄の部分に何か文字が掘られているのに気がついた。その部分を指さす彼の指先に他の仲間達の視線が集まる。

「えっと………M、A、X……ですか。なるほど、そういうことだと思ってはいましたが……」

 縦読みにそう彫刻されている文字。それはこの双剣の銘だった。

「そう。マックスさんは、その剣を作ってくれた鍛冶師さんのことなんだ」
「そういやそうだったな。お前がいつも同じ店で登録してるって言ってたのを、すっかり忘れちまってたぜ」

 それを聞いたボーマンはポンと手を叩き、思い出したかのようにそう言った。

「このラクールの中でも双剣を扱ってる店はそうそう多くは無くてね。昔は二刀流の剣士だったっていうマックスさんの店で、僕は毎年登録させてもらっているんだ。こんな優勝もできない身分で言うのもなんだけど、あの人の双剣の出来は間違いなくラクールで一番だよ」

 ラクールに武器職人は数え切れないほど存在しており、いたるところに鍛冶屋や武器屋が点在している。

 そしてその職人の数だけ特徴もある。剣を作るのが得意な者、斧が得意な者、槍が得意な者。材質を見ても軽い武器を専門としている店もあれば、逆に重量のある武器を専門にしている店もある。呪われた武器や神話にでてくる武器を扱うという風変わりな店まであるくらいだ。

 武具大会の参加者達は毎年、膨大な量の武器から自分に見合ったものを選ばなければならなかったが、一軒一軒見比べていったのでは拉致があかない。そんなわけでアシュトンのような大会常連になってくると、ある程度自分の戦闘スタイルに合った武器を作る傾向にある職人を数人リストアップし、そこの武器を精査して決めるのが常識なのである。

 プリシスはアシュトンの説明に「ふーん……」と耳を傾けると、

「それじゃあ、今回もそのマックスって人のところで登録するの?」

 と尋ねた。

「そうだよ。でも新しい武器を選び直すんじゃなくて、もう一回、この折られた剣を修理してもらおうと思ってるんだ」

 剣を握りしめるアシュトンのその顔には、強い決意の色が滲み出ていた。一流の剣士ともなれば、武器は自分の体の一部同然である。

 アシュトンにとって、自分の無念はこの剣と共にある。できればこの剣でリベンジを果たしたい。そんな願いもあり、彼は敢えて双剣の再鍛練を依頼するつもりだった。

 そのまま一行はラクール城に向かって街中を歩き進んでいった。どこを歩いても目に付くのは同じような戦士達と、そんな彼らを勧誘する武器屋の数々。

 それだけではない。狭い路地を埋め尽くして縦横に流れる人混みも激しく、時には耳を塞ぎたくなるくらいの喧噪が鳴り響くこともあった。

「昔と変わらず、まるでお祭り騒ぎだね」

 屋台から溢れんばかりの目もあやな売り物の数々を横目で追いながら、レオンはそう呟いた。

「ここは一番騒がしい区域と言っても過言じゃねぇからな。もうちょいと城に近づきゃ、人も減ってくると思うぜ」

 慣れたような様子で肩を斜に構え、人の流れに踏み込んでゆくボーマン。かつてラクールの薬学研究所に半年ほど在籍していた彼は、この街の地理にいくぶん詳しかった。レオンもずっとここに住んでいたが、まだ幼いという理由からこのような雑踏に足を踏み出させてもらえなかったこともあり、街自体に関してはよく知らないことのほうが多い。

 とりあえず先頭をひた進むボーマンの後を、道行く人とぶつからないようについて行くアシュトン達。まるで親鴨の後ろを歩く雛鳥のようだ。

「ホントに毎回毎回、この街は疲れるよ……」


――――ドンッ!――――


 溜め息をつきながら一瞬視線を落としたアシュトンは、うっかり誰かと肩をぶつけてしまう。

「おいこら! どこ見て歩いてんだよこの野郎!?」
「す、すみませんーー……!」

 アシュトンは言葉短に謝り、ひょこひょことその場を後にした。武具大会というお祭り騒ぎは嬉しくとも、やはり人ごみは好きになれないアシュトンなのであった。





 さらに歩いていくと街の中心街はすっかり抜けきったようで、今までとはうって変わって閑静な路地へと一行は到着した。両端に聳え立つ塀を潜り抜けた先、敷石の道を少しずつ登って行く先に見えたのは巨大な石造りの城。ここがいわゆるラクール城の本丸である。

 この城は10階建てくらいの主塔が中心にあり、それを取り巻くように細長い円筒型の長塔が何本も聳えている。そのてっぺんには円錐形をした屋根が天に向かうように作られており、そういった長塔の群がりは不均整ながらもどこか美しさを感じさせるものだった。

 城壁に開いた正門をくぐると、両脇に小さな石牌が整然と並べられている。その脇に佇むクスノキの街路樹が見せる整った葉つきが、日頃この庭園が入念な手入れを受けていることを物語る。日光と木影がコントラストを描く道を、アシュトン達はコツコツと音を立てて歩いて行くのだった。

 すれ違う人々にも変化がでてきた。先ほどのように喧しい商人たちはほとんど見当たらなくなり、変わりに大会の登録を済ました戦士たちや、ラクールの上院議員達が目に付くようになる。

「懐かしいなぁ。ここに来るのは何年ぶりなんだろ……?」

 いかめしい顔つきをした衛兵の横を通り抜けて城の中に入ったプリシスが、きょろきょろと辺りを見回しながら口を開いた。

 深紅の大理石が規則正しく並べられたその床は、まるで昨日にでも作り上げられたかのようにピカピカに磨かれている。等間隔に置かれた石柱の間からは、金色に縁取られた翡翠色のカーテンが、果たしてその総面積はどれだけあるのだろうかと言わんばかりのスケールで垂れ下がっていた。

 プリシスがこの場に足を踏み入れるのは実に4年ぶりのこと。普段は文明化の進んだ地球の建物内に身を置いているせいか、昔は良く見ていたこの光景も今は初めて来たかのような新鮮さに溢れており、不思議なデジャヴのようなものを彼女は感じるのだった。

「お、やってるじゃねぇか!」

 そんな城内の一階。一般人でも自由に入ることができるそこには、民事を扱ったり警備に関する報告を扱ったりと、市民手続きに関する様々な受付カウンターが壁沿いに並べられていた。

 そしてラクールへの転居届や婚姻届などを受け入れる窓口の隣に、期間限定で特設されている武具大会の参加登録受付をボーマンは見つけたのだった。

 付近には多くの剣士グループが地面に座り込み、互いに戦績自慢や武具情報の交換を繰り広げていた。近くに設置された立ち机には羽ペンが筆立てに立てられており、そこで登録情報を記入する者も居る。一字一句の間違いも許されない厳粛な書類になるため、彼らの眼差しは真剣そのものであった。

「さてと、さっさと登録して武器を探しに行こうよ」

 そう言って受付を指さしたレオン。武具大会に出場するには、この場所で登録を済ませてから武器を選びに行かなければならなかった。

「それもいいがレオンお前、フロリスやマードック、それにラクール王にも顔ぐらい出して来たらどうだ? 親御さんも久々に会えて喜ぶだろうし、あの王様だってなんだかんだで昔はよく世話になったんだろ?」
「あ、そういえばそうだね。パパにもママにも、それにあの王様にも長いこと会ってなかったし……」

 レオンがぴょこりと耳を動かす。かつては研究員として世話になったラクール研究所。レオンの父親と母親はその研究所に勤める研究員、フロリスとマードックだ。

 ボーマンの古い知り合いでもあり、彼とおなじく天才と謳われた二人の間に産まれた子供がレオンだった。若くからその溢れんばかりの才能を如何なく発揮し、ラクールホープにより一時は国を救ったこともあるレオンは将来を期待される研究者であり、それゆえラクール王に昔からよく可愛がられていた。

 地球に留学するとレオンが言いだしたとき、父フロリスと母マードックはそれに反対したが、ラクール王は引き止めなかった。技術を学んでラクールに持ち帰って欲しいという理由もあったが、それ以上にそのほうがレオン自身のためだと判断したからだ。

 そんな彼の説得のおかげもあり、レオンの両親も最終的にはレオンの地球行きを承諾してくれた。ラクール王にはそういった恩義もあった。

「まぁ、受付は俺たちがやっといてやるから、お前はちょいと親と王様のところに行ってこい。戻ってくるまでそこの入り口で待っといてやるよ」
「……ありがとう。それじゃちょっと行ってくるよ」

 ボーマンの心遣いに感謝しつつレオンはくるりと体を翻し、奥へと続く廊下の先にある登り階段の方へタタッと足早に駆けていく。

「大丈夫なのかい? 親御さんはともかく、この時期に王と謁見するのは難しいんだろ?」

 そんなレオンを細い目で見つめながら、ノエルが心配そうに言った。大会の時期には競技の公正さを守るため、王との謁見はよほどの事情が無い限り禁止されているからだ。

「心配ないさ。アイツの場合は顔パスで通るだろ」
「そうですわね。昔はあれだけ有名人だったんですもの。みんな覚えているに決まっていますわ」
「びっくりするだろうね。なにせ数年前はあんなにナマイキなガキだったのが、今やあたしよりも背が高くなってるんだからさ」

 恐らくラクールの人にとって、レオンは小さな猫耳幼児というイメージしか無かったであろう。今の成長した姿で彼らの前に現れたら、どのような言葉が返ってくるだろうか。

「……ちょっと気になりますわね」

 セリーヌはくすっと笑い、4年前の出会いを思い返した。

「そういえば、レオンに初めて会ったのも、この大会のちょっと前でしたわね」
「あ、言われてみればそうだね。確かあたしたちが城の地下に迷い込んだときに偶然会ったんだよね? あのときは感じ悪かったなー、ホントに!」
「あの日からもう4年か。思えばギョロとウルルンに取り憑かれたのもそれくらいだっけ? 僕も年をとったのかな、最近は月日の流れが日に日に速く感じるよ……」
「おいアシュトン! お前が年とったってんなら、こっちはどーなるんだよ? いつの間にか子持ちだぜ、俺?」

 4年前の当時と比べれば、今の華やかな光景を見る限り平和が続いているのであろう。その平和を造り上げた人物が今ここに居るなんて、誰も想いもしないだろう。

 英雄達はその“4年前”の思い出に浸り、そして時の儚さをひしひしと感じながら、武具大会の受付へと足を踏み出すのだった。





「いらっしゃいませ。武具大会の参加登録でございますか?」
「はい。そうです」

 ベージュ色のクロスが轢かれたカウンター。その向こう側でラクールの正装を身に纏った女性係員がアシュトンに大会登録の確認をする。

 ローブを模った白い衣服を羽織り、帯がついた金色の被り物を頭に身に付けている受付員は、手慣れた仕草で側に置いてある小さな木箱から一枚の羊洋紙を取り出すと、アシュトンにそれを丁寧に差し出した。

「それではここに出場者5名の名前、および各記入欄の必要事項を記入し、再度こちらに提出してください」

 一か所ずつ記入箇所に指をなぞらせながら説明を受けたアシュトンは、そのまま登録用紙を持って皆の元へ帰ってくる。仲間達はその用紙を順番に手に取り、記入内容の確認をするのだった。

「さて、それじゃあどうするかだな……。俺たちは今6人居るわけだが、大会に出られるのは5人までみたいだ。一人の控えも取らないらしい」

 登録用紙に目を通すなり、ボーマンは腕を組んでそう言った。

 今ここに来ているメンバーは、アシュトン、ボーマン、プリシス、セリーヌ、ノエル、レオンの6人。このうち1人は大会に出場せずに、ひたすら観客席からみんなを応援だ。たった一人だけ除外するとなると、なかなか決めづらい。

「あ、前から言おうと思ってたんだけどさ……」

 そんな時、プリシスがおずおずと口を開いた。

「あたしは別に出なくていいよ。ほら、あたしの武器ってさ、なんか変なのばっかじゃん。無人君とかさ」

 そう言ってひょいと足元で座り込んでいる無人君を抱え上げたプリシス。彼女はここに内蔵されているレーザーを主な攻撃手段の一つとしている。他にも色々な兵器が搭載されているみたいだが、その全てを知っているのはプリシス本人のみである。

「……確かにそうですわね。プリシスだけは自分専用の武器でしか戦えませんし……」
「武器が登録できなければ、武具大会にも出場できませんよね……」

 ボーマンとノエルはナックル、セリーヌは杖がそれぞれの得意武器だ。レオンも頑張れば杖で魔法を扱うことはできる。

 しかしプリシスは剣だの槍だのといったものの扱いには無縁であり、それゆえ武器屋で売っている武具を使うことが出来なかった。そこのところを考慮すれば、プリシスを除くという判断は妥当なところであろう。

「なら決まりだな、アシュトン。参加者はお前と俺、セリーヌ、レオン、ノエルにしといてくれ」

 それを聞いたアシュトンは「分かった」と返事をすると、少しほっとしたような様子でペンを走らせた。プリシスが武具大会に出場すれば危険な目に遭う可能性もあり、それが避けられたことに安心したようだ。

 別に彼女の戦闘技術を蔑んでいるわけではないが、地球でのブランクを考慮すると、どうしても実戦に出すのは怖い部分があったのだ。

「これでよし、と……」

 全てを書き終え、きゅっと羽ペンを元の場所に差し込んだアシュトンは、その登録用紙を片手に再び受付窓口へと向かって行った。

「さて、いよいよですわね! 作戦を考えませんと……」
「ああ、みんな頑張ろうぜ!」
「うぅん……どの店が良いんですかねぇ……?」

 改めて気合いを入れ直すセリーヌとボーマン。そして意外とノエルもこの大会に燃えているようであり、雑誌立てに備え付けられていた武器カタログを既に開いていた彼は、そこに掲載された登録武具店舗の情報を入念にチェックするのであった。