クロードとレナはさらに焦りを募らせていた。なにせ目の前のグリエルの顔色が、次第に異常な興奮を帯びてきているのが見て取れたからだ。それはまるで、追い詰められた犯罪者のようだった。
「まずい。このまま少しでも手を出したら、ほんとにノロップを殺しかねない……」
どうするべきか、クロードが頭を悩ましていたその時、
「まったくもう……ほんとに仕方ないわね。あんた達は!」
洞窟内に、誰か別人の声が響きわたる。
「へっ!?」
突然聞こえた声にレナとグリエルが素早く反応した。それはクロードとレナがもと来た方向、ケロックの町側から聞こえてきたのだった。
しかも、二人にはなにやらよく聞き覚えのある声だ。
「なっ……だ、誰だ!?」
グリエルが振り向く前に、声の主はグリエルに素早く接近していた。
「そりゃーーーーーっ!!!」
そして抑揚の効いた大きなかけ声があがるのと同時に、青白い稲光がグリエルを襲う。
「ギャアーーーーーーーーーーー!!」
骨のシルエットが透けて見えるほどの電撃を浴びたグリエルは一瞬で気絶してしまった。
「あーら、楽勝ねっ!」
「……チ、チサトさん!?」
今までの緊迫感が一転し、クロードとレナは全く状況を飲み込むことができなかった。だがそれも無理はない。カチューシャの付けられた赤い髪に、紺色のスーツ。彼らの目の前には、地球にいるはずのチサトがスタンガン片手に立っていたのだから。
「危なかったわねー。この窮地を救った私の活躍、感謝しなさいよ!」
チサトはご機嫌そうに、ニタリと二人に笑って見せた。
「……っていうかチサトさん、なんでここに!?」
クロードは呆気に取られたように尋ねる。今頃は地球で取材に追われているはずの彼女がなぜこんな場所にいるのか、全くもって理解できなかった。レナに至っては未だに自分の目をごしごし擦っている。
「うふふ、その様子だと、今までホントに気がついて無かったようね?」
チサトが小型スタンガンを胸ポケットにしまいながら得意気にそう返事をした。
今まで。その言葉が二人の心に引っかかった。クロードとレナはますます混乱する。
「実はね、今までずっとあなた達を尾行し続けてきたのよ。この星に着いてからずーっとね♪」
「……えーーーっ!?」
それを聞いた二人は声をそろえて絶叫した。
「気配を完全に隠せたってことは、私の神宮流体術もまだまだ現役みたいね♪」
彼らの動揺などお構いなしに、チサトは「よしっ!」と小さくガッツポーズを作って見せる。 そんなご機嫌絶頂の彼女に、レナはおそるおそる疑問を投げつける。
「チサトさん、なんでそんな事を……?」
「え? そんなの決まってるじゃない! クロードとあなたの任務をこっそり取材するためよ。それ以外にどんな理由があるっていうの!?」
チサトは快活にズバリと答えてみせた。姿を現した以上もはやこっそりでは無くなっているが、細かいことは気にしないことにしようとレナは心に言い聞かせた。
「地球でのしょーもない事件の記事なんかを書くより、お二人さんのことを書いた方が絶対に受けがいいわけよ。そのために、こっそりあなたたちの宇宙船に忍び込んだんだから!」
なおもチサトは語りを止めず、高揚した様子でぺらぺらとしゃべり続ける。
「未開惑星でエリート軍人美男美女カップルが愛し合いながら困難へと立ち向かって行く。こんな壮絶なシナリオ、素敵すぎると思わない? その一部始終を地球で報道すれば、一躍注目記事になること間違いなしだわ! そもそも取材っていうのはこう、何か刺激が必要なのよね。ただ誰かが何か頑張っているところをフツーに書いたところで……」
熱のこもった口調で自論を展開するチサト。ようやく事態が呑み込めたクロードとレナは、そんな彼女をしらっと見つめるのだった。
「………要するにチサトさん、僕たちの事をずっと観察してたわけですね?」
「私たちの宇宙船に忍び込んで、そんなしょうもない事をしていたんですね……」
クロードとレナはつかつかとチサトに歩み寄る。
「もし記事になんかしたら……分かってますよね? 未開惑星保護条約?」
レナがぴくぴくと眉を動かしながら、笑顔でチサトの片腕を取る。
「ひゃっ!?」
彼女に掴まれた瞬間そう声を上げるチサト。
「逃がしませんよ、チサトさん?」
クロードもそう言ってチサトのもう片方の腕を掴みとった。
そもそもチサトがこんな未開惑星の洞窟に居ること自体、モロに違法なのである。現地人と何かしらコンタクトを取っていたとクロードが一声あげれば、それだけでチサトは犯罪者となり、むしろ自分が記事ネタとして報道されることになるだろう。クロードは軍人としての権利を盾にしたのだった。
チサトは「あれっ!?」と声を漏らし、たらりと汗を流す。
「……へっ、へっ!? そ、そんなこと急に言われたって……?」
せっかく苦労して続けてきたスクープ取材。台無しにするわけにはいかないのだろう。
「当然、これも没収です♪」
レナは付け加えるようにそう良い添えると、チサトの上着のポケットに入っている取材用のノートを取り上げた。
「あっ、ちょっと!? 何するのよレナ!? 返しなさ…………」
「聖なる十字よ! ライトクロス!」
チサトが文句を言い終わる前に、レナが放った紋章術によってチサトのノートは跡形も無く消え去ってしまった。その残骸としてはらはらと炭粉が舞い散るのを、チサトはただただ口を広げて眺めるのだった。
「もーっ!! これじゃ何しに来たか分からないじゃない!?」
チサトが嘆息混じりに叫びながら、夕焼けの道をとぼとぼと歩く。その両脇には爽やかな表情のクロードとレナの姿があった。
クロードは背には、無事に救出されたノロップが背負われていた。今はみんなで再びケロックの街へと向かっている最中である。
元々は王都とケロックを結んでいた道だけあって、道には黄土色のレンガが、少しあちこちが欠けてはいるものの綺麗に敷き詰められている。それを踏みしめる度にその硬い感触が足の裏から伝わってくる。
「あのノートには色々とメモしてたのに……。宇宙船の中でいちゃいちゃしていたり、夜中の宿屋でほにゃほにゃしていたりとか……」
「……ほんとに燃やしておいてよかったわ」
レナがきっぱりそう言うと、チサトは両手の人差し指を引っ付けながら「ちぇっ」と舌打ちしたのだった。クロードとの一部始終が軍内部に広まれば、一ヶ月はその事でいじられるに違いない。レナとしてはスクープにされるよりもそっちのほうが問題だった。
「ほんとだよ。まったくチサトさんは、油断も隙も無いね……」
「そうねー、ほんとクロードもレナも、もうちょっと警戒心持って生きた方がいいかもね。あんたたち、揃いも揃ってあんな性癖してることがバレたら……」
「……ちょっ!? チサトさん!」
「それ、地球でも犯罪ですよ!?」
クロードとレナは顔を真っ赤にし、ついつい声を揃えてチサトにそう叫んでしまった。折角の二人きりだったのに、まさかこんなことになろうとは思いもしていなかった。もっと出発前に宇宙船内をしっかり点検しておくべきだったと、二人は改めて深く後悔するのだった。
「いやー、それにしても……」
面白おかしくクロードとレナをおちょくっていたチサトはそう言うと、ふと駆け足で彼らの前に進み、まじまじと感慨深そうに二人を眺めはじめる。
「こう見ると、あんたたち夫婦にしか見えないわねー」
「へっ!?」
それを聞いたクロードとレナはお互いに顔を向けあう。
「クロードが子供をおんぶしてるお父さんで、その隣にお母さんのレナがいるって感じ! すっごくお似合いよ!」
彼の背で寝息をたてるノロップの姿が、まるで二人の子供のようだとチサトは言いたいらしい。そのことに気づいたレナは、ちょっと照れたように「そ、そうかしら?」と呟くも、まんざらでは無い様子でノロップを背負うクロードを見つめた。そして少し将来像が垣間見えたのか、ちょっぴり嬉しそうに頬を掻く。
クロードも背中から伝わる心臓の鼓動をはっきりと感じ、実際に子供が産まれたらレナと三人こうして歩いているんだろうな、と想像を繰り広げる。
――――パシャ!―――
そんなとき、なにやら軽い電子音が鳴った。クロードとレナが我に返り慌ててチサトを見ると、彼女は「よしよし、いい映りね!」と独り言を言いながら、デジタルカメラの画面を確認して笑みを浮かべていた。
「……それは何ですか? チサトさん?」
「え、何って……?」
クロードの問いかけに、チサトはデジタルカメラのディスプレイに映し出された画像を二人に見せながら答える。
「メモが無いなら、せめて写真だけでも撮っとかなきゃね!これだけでも記事にするには十分だし!」
チサトはディスプレイを操作し、今までこの星で撮ってきたクロードとレナの写真を見返しはじめた。あまり詳しくは確認できないが、その中には恐らく流出されると厄介な写真も幾つか含まれていることは容易に想像できた。
「ま、あんたたちもあんだけ子作りしてりゃ、この光景もすぐに実現するでしょうね」
「……言いたいことはそれだけですか?」
クロードとレナはチサトが話し終わると、眉間に皺を寄せながらチサトに近づいていくのだった。この新聞記者はプライバシーとかデリカシーとか、そういう道徳観念を持ち合わせていないのだから仕方ないのだろうが、それでももう堪忍の尾が切れた。
クロードはこれまで見たことないくらい素早い手つきでさっとチサトからカメラを奪い上げると、それを自分の剣で一刀両断にした。その隣からはレナがぱちぱちと拍手を送る。
「あーーーー!? ちょっ、なにすんのよ、クロード!?」
「さすがにこれでもう記事にはできないですよね?」
チサトが地面に転がるその破片を拾い集める。見事なまでに使い物にならないそのカメラを両手に取り、中のデータが全て消えてしまったことを知ると、そのままがくっと肩を落としたのだった。
「もー。せーっかくノロップ君を助け出したってのに、恩を仇で返されるなんてねー」
「あ、すごく感謝はしてますよ! ただそれとこれとは話が別ですけどね!」
レナはそう言うと、チサトに意地悪く微笑むのだった。
ケロックの小さな灯台の屋根が丘の向こうから先端を覗かせる。青暗くなった空の下、それを頼りに海から帰ってくる船がクロード達の視界に入ってくる。帰るべき街は三人のすぐ近くまで迫ってきた証拠だ。
「あっ! あれってボビィさんとシンシアさんじゃないかしら?」
「ほんとだ! やっぱり、すごく心配だったんだろうね」
海に面する街の入り口に何人かの人影があることにクロードとレナは気づいた。その中心に居るのはボビィとシンシアで、他にも街の住人らしき数人がその場に駆けつけていた。
皆クロード達の帰りを待ちわびていた様子で、クロードに担がれているノロップの姿に気づくとこちらに向かって走ってきた。ボビィに至っては号泣しながら猛ダッシュだ。
「どこの父親も一緒だな………」
クロードは微笑ましいような、憂いたような顔つき彼らを出迎えたのだった。
「本当にありがとうございました……」
ここは再びボビィの雑貨屋の中。一時は祝福する人たちでお祭り騒ぎだったこの店内も今は静まり、時計の針の音と蝋燭が燃える音だけがクロードたちの耳に入る。ノロップは二階の寝室で相変わらず眠り続けており、シンシアはずっとその傍に付き添っている。
一通りの事情を聞き終えたボビィは、涙混じりにクロード達に何回も頭を下げた。
「あんた達には感謝の言葉を言っても言っても尽きることはないな。……約束通り、光の剣は譲るよ」
「ええ、ありがとうございます」
クロードは一人の子どもの命を救うことができたことが何よりも嬉しかったが、同時に任務としてフェイズガンをきちんと取り返せたことに対する安堵感もまたあった。公には慈善事業ではなく未開惑星を保護するために来ているので、これも仕事の一つとして報告することができるだろう。
「……ありがとうございました。クロードさん、レナさん、チサトさん」
そこにシンシアが二階から降りてきた。
「今夜はぜひうちに泊まって行ってくださいな。たくさんご馳走いたします」
もっとクロードたちに礼をしたいとシンシアは提案してきた。だが自分達にはあまりゆっくりしている時間はない。
「いえ…お気持ちは嬉しいのですが……」
申し訳なさそうにクロードはそう返事をする。
「僕たちは、今夜までに王都に到着したいんです」
クロード達の最大の目的はアルフレッド達との接触だ。明朝に彼らを乗せた貨物船が王都レッジに着くのなら、夜から待ち伏せをしておけば確実に遭遇できるだろう。
「そうか。そんなに忙しかったのに、ほんとにすまねぇな………」
ボビィは再び深々と頭を下げた。
「でも今から王都に向かうなら急がなきゃ。ここからカーツ洞窟を抜けていっても3時間はかかるわよ?」
「ええ!? 3時間もしたら、完全に真っ暗になっちゃうじゃない!?」
シンシアの言葉を聞いたチサトが慌てたように窓の外へと視線をやった。もう日は沈みかけており、オレンジ色の光も消えかけていた。このままいくと、どれだけ急いでも向こうに着くのは夜中になるだろう。
「そ、そうなんですか!? なら急がなきゃ!!」
クロードが慌てて席を立つ。
「そうね……ボビィさん、シンシアさん、教えてくれてありがとうございました」
レナもそうお辞儀して席を立った。
「いやいや、礼をするのはこっちのほうだ。あんた達にはほんと世話になった。またこの街に来たときは是非顔を見せてくれ! そんときゃサービスするぜ!」
「……ありがとうございます」
クロードは少し寂しげに返事をした。恐らく二度とこの店に来ることはないだろう。これが永遠の別れになると考えると名残惜しく感じた。
「……最後にもう一度、ノロップくんの顔を見てきてもいいですか?」
「あ、私もお願いします!」
せめて助け少年の顔だけでも最後に見ておきたいと思ったクロードとレナが頼み込むと、シンシアは即座に息子の元へと案内してくれた。
二階の寝室には児童書やぬいぐるみが飾られており、部屋の真ん中には二台のベッドが並べて置かれている。その片側で相変わらずノロップは眠り続けていた。
クロードがその額に手を当てると、その体温がほんのりと伝わってくる。本当に生きていてよかったと、心からそう感じた。
「じゃあな。元気に大きくなるんだよ」
最後にそう言うと、クロードは触れていた手をそっと離すのだった。
幸いにも月明かりが眩しかったおかげで、道中は至って順調だった。少し時間を食ったと言えば洞窟内でグリエルの屍を通る時、チサトが「あんたのせいで私の計画が台無しよ!」とヒールで軽い蹴りをかましていた時くらいである。
そんなこんなでカーツ洞窟を抜け、度々襲いかかる魔物達と繰り返し戦ううち、ついに巨大な石造りの城が遠くの方に姿を現した。かなりの距離があると思われる地点からでもその姿が確認できるあたり、なかなか大規模な城なのであろう。
「もうすっかり夜ね。なんとかたどり着けたみたいで良かったわ」
レナが闇夜に映える城の明かりを見つめながら言った。
「今日はしっかり体を休めて、明日に備えなきゃね」
「うん。明日が勝負だからね」
明日の朝、アルフレッドを乗せた船が港に到着するだろう。その時は今度こそ彼らを捕まえなければならない。クロードとレナは早くもいろいろな事態を想定し始めるのだった。
「でもこんな時間に、スクープなんて無いんだろうなぁ……」
その傍ら、任務など知ったことではないチサトは面白くなさそうにそう呟く。基本的にはスクープネタになるかどうかといった価値観で進んできた女であり、つまらない場所には微塵も興味が無いようだった。
「なら明日の朝、アルフレッドの逮捕を記事にしましょうよ」
「うーん、それで我慢するしかないかぁ。とほほ……」
「至って健全な記事が書けると思いますけどね……」
レナの言う通り、素直に任務の概要を記事にしてもらったほうが、このまま好き放題書かれるよりはよっぽどジャーナリズム的にも望ましいスクープとして世界に受け入れられるだろう。
「よし、あと一息だ。早く行って宿屋を確保しよう!」
心地よい夜風も今は追い風に変わり、それは三人を後押しするかのようだった。下弦の月が優しく照らす下、クロード達は王都レッジへと向かうのであった。