18.第一章 第十話




――――かつ、かつ……――――

 夜の街に3人分の足音が鳴り響く。クロード、レナ、チサトの三人は宿屋を探して王都レッジの城下町を歩いていた。

 石造りの建物がずらりと並んでおり、流石に王都というだけある。屋家の装飾も今まで訪れたネステードやケロックに比べると凝ったものが多く見受けられた。

 そんな街の中心には高い城塔が見え、夜の闇と混じり荘厳な色彩を放っている。

「ほとんど人は居ないみたいね」
「ああ、もう夜も遅いしね」

 ちょうど3人は今、城下町の入り口から少し進んだところにある、ちょっとした円形の広場に来ていた。その中心には何か女神を象ったような像が置いてあり、それを取り囲むかのように木々やベンチが並んでいる。

 チサトの言ったとおり、野球場くらいの広さがあるこの広場には人は5〜6人ほどしかいない。たばこを吹かせ物思いにふける老人、穏やかに会話を続けるカップル、泥酔しているのか酒瓶片手にベンチで横になっている男。日中では見ることのできない、夜の街の姿がそこにはあった。

 クロード達はこの広場に着くまでのあいだ、目についた店の看板すべてを確認しながら歩いてきた。宿屋はたいてい、すぐ旅人の目につくよう街の入り口に軒を並べているものだ。

 しかし、なかなかそれらしき建物が見つからず、三人は途方に暮れてしまう。

「宿屋、全然ないね……」
「うーん、さすがに王都なんだし、どこかにあると思うけど? もうちょっと探してみましょうよ」
「ああ、そうだな」

 レナの提案通り、三人は円形広場を取り囲むように並んでいる店々を一軒一軒確認するかのように歩き始めたのだった。




 この場所にまず多くみられたのは飲食店だ。ならず者たちの馬鹿騒ぎが聞こえてくるようなパブがあれば、何やら粥のようなものを売っている露店のようなものもあった。今日の営業を済まして鍵がかけてある店もたくさんあるが、肝心の宿屋はなかなか見つからなかった。

 諦めたクロードが別の路地へ入って探そうと提案しようとしたその時、レナがそれらしい看板を見つけたらしく、手柄をあげた子供のようにクロードに知らせるのだった。

「クロードクロード! 見て見て!」
「おっ、もしかして見つかったか?」

 クロードとチサトが急いで彼女のもとに駆け寄る。柔らかい光で溢れていたその店の入り口の上には、「INN」と書いてある看板が吊されていたのだった。

「さっすがレナ! これはMVPものね!」

 チサトは今日の寝床が見つかったことがよほど嬉しかったのか、レナの頭をくしゃくしゃと掻き立てた。

「ちょ……チサトさんったら!」

 レナは困ったようにクロードのほうを向くが、本人はその様子に気づくことなく、すたすたと建物内へと入って行ってしまう。

「レナ! 部屋空いてるってさ! ここに泊まろうよ!」
「わかった! 今行くわ!」
「あっ、待って! 私も!」

 レナはそう返事をすると自力でチサトを振り切り、ランプや暖炉によって生じた暖かな光溢れる建物内に足を踏み入れていった。そしてチサトもそんなレナを追いかけるよう、宿屋へと入って行ったのだった。





 チェックアウトを済ませた一行は部屋に荷物を置くと、貴重品のみを身につけて外の街へと繰り出すのだった。

 部屋割りはクロードとレナが相部屋をし、チサトがその隣の部屋を使う。寝るにしてはまだ早い時間であり、チサトは「今日は酒場でここの人たちの話でも聴いてくるわね」と言い残すと、そのまま一人で街へと消えていったのだった。

 クロードとレナの二人もこのまま部屋に居てもしょうがないということで、レナがクロードを誘う形でぶらりと散歩に出向くことになった。

 チサトは酒場で記事ネタでも探すつもりだろうか? ドジも多い彼女だが、この仕事に対する情熱のおかげで数々のヒット記事を手にかけてきたのであり、この点に関してはクロードとレナも見習うべきだ。

 まあ、さすがに二人に夜通し働けるほどの体力は残っていない。今夜はこの王都の街なみをのんびり楽しもうねと言いながら、二人は仲良く並んで歩くのだった。

 相変わらず夜空は晴れ渡り、地球から見えるものより少し大きな下弦の月が、まぶしいくらいに明るい。確かにレナが誘い出したのも頷けるくらい、夜の散歩には最高の雰囲気だった。

 手こそ繋いでいないものの、ここまで寄り添って歩くのも久しぶりな気がクロードはした。地球だと周りの目を気にしてレナが遠慮しがちなところもあったが、ここなら誰かと会う心配もなく、多少大胆なことも臆することは無かった。

 唯一の知り合いはチサトだが、彼女にはレナからしっかりと釘は刺してあることだし、問題はないだろう。

 少しひんやりする硬質な街並みの中で、レナの暖かさが肩を通じて微かにクロードに伝わる。その柔らかな感触はいつまでたっても慣れないが、それはそれで幸せなのかもしれないとクロードは思った。

「クロード、あっちのほうにいかない?」
「ん? あの階段を登ったところかい?」
「……うん。あそこからなら、いい景色が見えるかなって思って」

 二人は階段状の裏路地を登りきったところにある、高さ20メートルほどはあろう石垣の上を目指すことにした。この王都は城に近い場所ほど標高が高くなるよう作られている。城の中心部は高い位置にあったほうが外敵も攻めづらいためであり、街は幾重にも人工的に作られた石垣が巡らされていた。

 その中でも最も外周を走る、いわば城にとって最初の防衛起点となる石垣。その上から夜景を見たいとレナは言った。

「ほんとはもっと奥のほうまで登りたかったんだけど、流石にそこまで歩いて行くほど体力が残ってないの」
「そりゃ僕もそうさ。あそこでも十分奇麗な夜景が見えると思うよ」

 本当ならばもっと景色のいいところに行きたいところだが、二人の体がそこへ行くのを拒んでいた。この要衝を進もことはちょっとした山をあくせく登っていくようなものであり、それほどまでに王都レッジは大規模な城下町だったのだ。

「ええ。それに、クロードと一緒なら関係ないしね」

 レナは付け加えるようにそう言って笑ったのだった。





 クロードとレナはお互い黙ったまま歩き続け、目的の場所へとたどり着く。決して気まずいとかそういったものではなく、この静寂な雰囲気にお互い酔いしれているような感覚だった。

「……よっと」

 城壁を登り終えたクロードが、この静けさを切り開くかのように声をこぼした。

 城に近づけば近づくほど、そこは上流階級の人々の居住区になるのであろうか。石垣の麓にある建物よりは明らかに大きく立派な家々が、石垣の縁を沿う道に並ぶように建てられていた。

「すごい。海と山と草原と……ほらクロード、見て見て!」

 レナは感無量といった表情で柵に腕を乗せ、服をひらひらと靡かせながら雄大な自然に魅入っていた。はしゃぐ彼女の隣でクロードも石垣から身を乗り出してみる。

 海に隣接した王都からは、月の光を反射して輝く海面や山の岩肌、ちらちらと光る民家の光が眺められた。

「すっごい奇麗だね!」
「うん。エクスペルの次くらいに奇麗な夜景だわ」
「え、エクスペルで夜景が奇麗な場所ってあったっけ?」
「小さいとき、お母さんとお父さんと一緒にクリクの展望台まで行ったことがあってね。そこで見たのが私の人生で一番素敵な夜の景色なの!」
「へぇ……クリクが……」

 4年前の冒険のとき、津波に呑まれて崩壊してしまったクリク。その際クロードたちが避難した場所が、いまレナが言った展望台だ。

「ディアスやアシュトンの話だと、クリクの復興もだいぶ進んでるみたいだね」
「そうなの? よかった! ケティルくんも早くあの街に戻れそうね!」

 エクスペルにいる仲間からの連絡によると、クリクは瓦礫の撤去がほぼ完了し、今は新しい建屋が次々に建ちはじめているらしい。アーリアで避難生活を続ける港街クリクの悪がきケティル、彼が元いた場所に戻るのも時間の問題だろう。

「そうだね。その時はまたクリクに行こう」
「もちろん。絶対に行きましょ」
「ああ……」

 クロードは腕を彼女の肩へそっと回した。そのまま静かに二人の時間が過ぎていく。

「あのね……」

 ふっと、クロードの腕の中からレナが呟いた。

「なんだか、最近夜空を見るといつも感じるんだけど……」

 そのまま表情を変えずに続ける。ぱさぱさと通り風が吹き抜けた。

「なんかこう……胸騒ぎというか………クロードもそういうのって、感じたりする事ない?」
「……へっ?」

 レナがクロードの方へと顔を向けると、くりっと開いた不安気な目つきでそう問いかけた。何を言い出すのかと思えばそんなことかと残念に思う自分を抑え、クロードはレナの言う胸騒ぎについて考えてみる。

 思い出してみれば、自分もロザリスに出発する前の日の夜、なにかそういった予兆のようなものを自室のベランダで感じていた。これがレナの言うことならば、自分にも身に覚えがあるということになるのだろうか。

 それは偶然なのか、ただお互い夜空を見上げるとそう感じてしまう性格なのか、それとも……

「そういえば僕達の旅の始まりもアーリアの夜、川にかかった橋に座って、夜空を二人で眺めたときだったね?」
「ええ。まさかあの時は十賢者やネーデとか、夜空の向こうに世界が広がっているなんて……そんな事なんて考えもしなかったもの」

 そう言うとレナはクロードにそっと体を預ける。

「なんだか同じような……予想もできないような事が、また起こりそうな気がして仕方ないの。どうかしてるのかな、私?」

 クロードは大した事では無いだろうと思いつつも、やはり彼女のことは些細な事でも心配だった。夜の空は人を不安にさせる。それは夜という時間が、人にとって居なれない時間帯だからだという。

 ましてやここは他惑星。よりいっそう不安が募るのも無理はない。

「……心配ないさ。あの時と違って、今はあちこちに仲間がいるじゃないか」

 クロードはそんな彼女を包み込む腕に少し力をこめる。

「それに……僕がいつでもそばにいるさ」
「………うん」

 レナは小さく頷いた。仲間が居る。そのかけがえのない絆はレナの大きな心の支えになっている。

 ただ、レナは今クロードだけが傍に居てくれればそれでよかった。今日クロードとここに来た一番の理由。自分の不安を告げるというのもあるが、本音を言うとそうではなかった。

 先ほど呟いた不安もそこまで本気で言ったわけではない。ただただ、こうしたことを話し合う二人の時間がほしかっただけだった。それが達成できただけで十分満足であり、レナは自分を抱き寄せる彼の腕から感じる温もりと幸福感を噛みしめるのだった。





「やーっぱ、旅といったら地酒よね!」

 一方こちらは夜の街に繰り出したチサト。宿屋のあった広場の近く、小綺麗な酒場に彼女は来ていたのだった。エクスペルやネーデによく見受けられるような、いわゆる馬鹿騒ぎをするような場所ではなく、上品な雰囲気の酒場だった。

 隣の席では男たちが真剣にトランプ賭けをしている。横目でそれを観察しながら、チサトはジョッキ片手になにやらニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていた。いい感じで酒に酔っているのか、さぞ気分がいいようにも見えるが、その理由は実は別のものにあった。

「ふふふ……クロードもレナも、まだまだ甘ちゃんね」

 5人掛けの円卓テーブル席を一人で占領した彼女は、そう呟くとトランプ観察をやめた。

「私の取材用ノートとカメラを壊して喜んでるみたいだけど、あれがダミーだってことに気づいてないなんてね!」

 チサトはポケットから何かをごそごそ取り出す。それはテレホンカードくらいの大きさに、割り箸くらいの厚みをもった機械だった。いわゆる巷で小型カメラと呼ばれているものだ。

「あの二人の仲睦ましき姿は、ここにバッチリ収まっているものね♪」

 なぜダミーのカメラまで持ち歩くようになったのか。恐らく同様の失敗を経験しているからなのだろうが、その度犯してきた悪事を彼女は再びこの星で繰り返そうとしていた。しかも相手は仲間であるクロードとレナときている。

 ある意味人権問題にも発展する要素を秘めたそのカメラを掴みながら、チサトは満足気に独り言を続ける。

「そもそもこの酒場に来たこと自体、クロードとレナを2人きりでイチャつかせるための誘導だものね」

 この女性記者、一度スクープを見つけようものなら、生半可では帰らないという迷惑な根性の持ち主なようだ。ハイエナのごとく「撮れる」、いや「獲れる」ものは根こそぎ撮らないと気が済まないのだろう。

「「レナ、愛してるよ」「私もよ、クロード」……なーんてやり取りが、今頃交わされているんでしょうね。そこをこのカメラでパシャッとビシッと撮ってあげるわ♪」

 どうやらこの酒場も程よいタイミングで引き上げ、クロードとレナをハンティングする予定らしい。「あーやらしっ!」と両手で頬を掴みながら、チサトはキャハハと笑い声を上げるのだった。


――――ガタッ――――


 そのとき、盗撮計画を練るチサトの後ろのテーブルに座っていた男がいきなり乱暴に立ち上がった。

「きゃあっ!?」

 その男の体がチサトの席に強くぶつかり、チサトはバランスを前へと崩す。


――――…ポチャン――――


 その後、軽やかで揺れるような音が彼女のテーブルに置いてあるジョッキから響く。そしてチサトの眼には、その中に沈み行く小型カメラの姿が映ったのだった。

「きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!??」

 不幸にも手からジョッキの中へカメラを滑り落としてしまったチサトは、慌てて酒まみれになったそれをすくい出してハンカチでごしごしと水気を落とし始める。

 だがそんな努力むなしく、中に入っていたデータを確認したところ見事に全て消えてしまっていた。恐らく一瞬で浸水してしまい、メモリー領域が駄目になってしまったのだろう。記憶部位がやられてしまっては、新たに撮影もままならない。今日の計画もおじゃんになってしまった。

「ちょっとあんた!? 何してくれんのよ!?」

 チサトは半泣きになりながらも、自分にぶつかった男の方へと怒りの矛先を向けた。こいつをぼこぼこに締めてやろうと立ち上がったが、男は既に店の出口まで差し掛かっており、今にも外へ出ようとしていた。ごめんの一声さえも言おうとしないその態度に、チサトはさらに腹がたった。

「こら! ちょっと待ちな………」

 チサトは男を追いかけようと席を離れたる。だが、その男の顔を一瞬見たチサトは体が固まってしまった。男はそのまま何事も無かったかのように店を出てしまう。

「なん………そんな……」

 チサトの目に映ったもの。それは自分と同じ長い耳をもった銀髪の男だった。

 それはまさしく長年見てきたネーデ人の後ろ姿だった。ローブを深く纏っていたため体格までは捉えきれなかった。だがそれでもチサトの体には、何かふつふつと沸き起こるような衝動が込み上げる。巻き戻せない時の流れが逆行するような、そんな感じがした。

「す……すみません!」

 チサトは店内の客を押しのけ、男の正体を確かめるべく酒場の表へと向かって行った。





――――バタン!!――――

 チサトはドアを乱暴に押し開けると、酒場から勢いよく飛び出した。ドアの傍で煙草を吸っていた中年男性が驚いて振り返ったが、そんな人なぞお構い無しにチサトはキョロキョロと慌しく首を回した。

「はぁ…はぁ…………あれ?」

 しかし、さきほど見えた銀髪の男の姿はどこにも無かった。街の外には人影はなく、ただただそよ風が路上を叩いているだけだった。

「……おっかしいなー?」

 酒場の前は広い円形広場だ。ほんの20秒ほど前に出ていった男が、この場から見えなくなるという事は考えられない。チサトの体を回っていた酔いがさーっと引いていく。

「……あれは絶対にネーデ人だったわ。でも……そんな事は有り得ないわよね。現にネーデの崩壊を見てきたわけだし……」

 エナジーネーデの崩壊。その事を思い出すと彼女はやりきれない思いになった。もうネーデのことについては、正直言うと忘れたかったからだ。

 自分も崩壊の瞬間を見てきたわけである。当然その中には、ノースシティで雑貨屋を営む両親や、ネーデ編集部のみんなの姿もあった。

 たくさんの犠牲の上で自分は生きている。その罪悪感が時たま彼女を悩ませていた。忘れるなんてできなし、忘れたくないのに、事実でなかったことにしたいとう葛藤が常に彼女の心にあった。

 だからこそネーデ人がこんなところに居るはずが無いし、居てはいけない。あれだけ多くの人が苦しい思いをして滅びを望んだのだから。

「……私ったら、ちょっと飲みすぎたみたいね。また昔のこと思い出したのかしら?」

 チサトはよく夢を見る。それはネーデに居たときの夢だった。その大抵は懐かしいあの頃の生活を送っているのだが、結末はいつも同じ、他のネーデのみんなが自分に向かって牙を剥くのだ。

 何故自分とノエル、そしてレナだけが生き残ることを許されたのか? 十賢者と戦った者だけが生き残れるのか? もしそうならば、ナール市長はじめ自分達と共に戦った人たちはなぜ死ななければならなかったのか?

 ノエルやレナの他に生き残りがいれば楽になるかもと思うこともあった。そしてそういったエゴから逃げ出そうとする自分が悲しかった。今回の幻覚も恐らくはそうなのだろう。

 チサトは完全に酔いが醒めてしまった。酒場に戻って代金を払った後で再び広場に向かうと、溜め息まじりに近くのベンチに重い腰をおろした。風になびく近くの草木をぼうっと眺めてみる。

「う、ちょっと寒いかも……」

 風に体温を少しずつ奪われ、チサトはぶるっと身を震わせた。ちょっと精神的に弱っていることが、寒気に追い打ちをかけるかのようだった。

「……あれっ、チサトさん?」
「あ、ほんとだ!」

 とつぜん後ろから聞き慣れた声が聞こえる。その瞬間、なぜか自分の心が暖かいもので包まれた感じがした。

「……あら、クロードにレナじゃない?」

 どうやら散歩に出ていたクロードとレナが帰ってきたようだった。チサトはベンチに座ったまま二人に笑顔で返事をした。

「もう帰ってきたのね」
「あ、はい。明日も朝早いんで。チサトさんも酒場から出てきたとこですか?」
「ええ。ちょうど帰ろうとしてたところ」
「そうだったんですか。でもなんでわざわざベンチに一人で?」

 レナが不思議そうに尋ねる。

「ん……ちょっと考え事」

 チサトはそう言うとすくっと立ち上がり、二人の肩を左右それぞれの腕で掴む。ここにいる大切な仲間にまで心配をかけるわけにはいかない。

「さあさあ、明日に備えて今日は早いとこ宿屋に帰るわよ。あんたたちも今夜は二人で満足したでしょ?」
「もー、チサトさんったら、別にそんなんじゃないですよー!」
「あらあらレナったら、顔赤いわよ! 図星のようね!」
「だ、だからー……」
「はいはい、言い訳は宿屋でたっぷり聞いてあげるから!」

 先ほど自分が目にしたもの、それは幻。そしてこのことは自分の心の檻から出してしまってはいけない。チサトは胸に抱いた思いを見透かされないよう、半ば強引に二人を連れて宿屋へと帰っていくのだった。





「……危なかったな」

 王都レッジの、誰も居ない夜中の街路。月の光を反射して白銀に輝く髪を風になびかせ、紺色のローブに身を纏う男が呟いた。

「しかしエナジーネーデは完全に消滅したと聞かされていたのに、あの女………」

 男は自分の鋭く尖った耳に手を当てる。滑らかで、そして華奢な肌触り。自分が属する文明の証とも言える、その生物的特徴を男は何度もなぞった。

「まぁそんな事より、私も急がなくてはな……」

 彼はそう言う残すと、街の出口へ向かい夜闇を颯爽と駆けていくのだった。