Star Ocean
Short Stories

短編小説

そして私にできること

「ナール市長。なぜ私だけをここに呼んだのでしょうか?」

「チサトさん。あなただけにお伝えしなければならない事があります。しっかりと聞いてください」

「はい………」





 年中銀一色に染まったこの場所にも、季節の変化というものはある。ネーデの人工技術によって一年中雪が降り続くここギヴァウェイの街にも、年に一度はこういった日が訪れるのである。

「ねぇクロード! あの人形見て見て!」

「お、サンタ帽を被ったバーニー人形じゃないか!」

「きゃー、すっごく可愛いー!」

 普段は濁ったような黒金色のレンガに雪の白が映える、どんよりと澱んだこのギヴァウェイ。その街がだんだんと華やかになってくる頃合が近づいてきている。

 酒場の前には屋根まで届かんばかりの高さの樅の木が備え付けられ、赤青黄色の小さな光が交互に点滅しながらそのクリスマスツリーを彩っている。

 てっぺんについている金色の星飾りは、重苦しいこの町のなかでひときわ異彩を放っていた。そんな、町のどこからでも見渡すことができるその星を見て、人々はある日の到来が目前だということを知るのである。

 そう。もうすぐ年に一度のクリスマスなんだと。

 そのツリーが現れた日を境に、街の雰囲気がガラリと変わる。人もまばらな商店街のショーウインドウにはたくさんのクリスマスグッズが並び、店内は赤色のカーペットやキラキラと光る光球、そしてほんのりと柔らかな光を滲ませるアロマキャンドルなどで華やかに内装を変化させる。

 ギヴァウェイ大学では勤勉な学生達も勉強を一休みさせ、この準備に追われることになる。街灯の周辺はプレゼント箱の模型やサンタ人形など、クリスマスにちなんだ様々なもので賑やかになり、路道のベンチも数が増える。寂れた宿屋でも、クリスマスツリーの一つ二つはいつの間にかカウンターに置かれるものだ。

 なぜここまで皆がクリスマス一色になるのか? それはネーデで雪が降るのがこの場所だけだということに、その理由が存在する。

 クリスマスといえば、やはりホワイトクリスマス。しんしんと降りしきる雪が定番だ。どれだけ街を飾り立てても、ただの寒い街ではどうも感じが出ない。

 クリスマスと雪。これは切っても切り離せない関係なのであり、唯一雪の積もるこの街には例年多くのネーデ人が押しかけるのである。

 いわばギヴァウェイにとっては、この時期こそが街の観光収入のチャンスなのである。普段はファンシティに客を取られているが、この時期だけは違う。ホテルやレストランもほぼ2ヶ月前から予約で満室満席になるほどの繁栄ぶりを見せるのだ。

 この機会を逃すわけにはいかない。ショップの店主や酒場のマスターは朝から夜まで大忙しだ。

「今年も大盛況の予感ね」

 そして今この街には、打倒十賢者を果たすべく集まったメンバーが宿をとっていた。

 その中の一人、チサト・マディソンは宿屋の一室から窓の外を眺め、毎年変わらない盛りあがりへの予感を一人楽しんでいた。

 ネーデの新聞記者である彼女は、毎年といっていいほどにこのクリスマス祭を取材してきた。

 数々のイベントに、様々な格好を楽しむ人々。そして必ずどこかで起こる揉め事や事件。

 記事ネタに関しては事欠くことの無い場所であり、なんとかして良い記事を作って編集長に評価してもらおうと、記者間では熾烈な取材競争が繰り広げられるわけである。

 去年までならチサトは一人でこの祭りに乗り込んでいた。女一人だとか、周囲のカップルが羨ましいとか、そういったものは露とも感じないほどに取材に熱中していたものだ。

 だが、今年はそういう気分にはとてもなれなかった。






『ネーデは、崩壊紋章の全エネルギーを受け止めます』

『……そんな、それじゃあネーデは!? みんなはどうなるの!?』

『………残念ですが…………』

『そんな……そんなことって……』

『……これしか他に方法が無かったのです。宇宙を救うには、我々ネーデ人が滅びの道を選択しなければ……』






 つい先日、セントラルシティのナール市長はチサトだけを呼び出してこのような事を告げた。

 彼の言うことが本当ならば、いま目に映るこれが最期のクリスマス。

「そんなこと言ったって、ネーデのみんなには何の罪があるっていうの? 悪いのは十賢者じゃない……」

 チサトは窓の淵に頭を落とした。

「理不尽すぎるわよ。滅亡だなんて……」

「あら、具合でも悪いんですの? チサト?」

「うっ、うっ、うわあああぁぁぁぁ!?」

 チサトの後ろには、いつの間にかセリーヌの姿があった。

 この部屋には自分しかいないものだとチサトは思い込んでいた。そのため大きな悲鳴を上げてしまったが、これは突然セリーヌが背後に居たことに驚いたからではない。今の独り言を聞かれたかもしれない、そういう焦りから出たものだった。

「セ、セリーヌ!? ど、どうしたのよ!? 私は別になんともないわ……」

「いえ、特に用は。ただ、チサトが一人で何しているのか気になってしまいまして……」

「べっ、別に……。ただ窓の外をこう一人で眺めながら、クリスマスが近づいてきたんだなーって、一人ワクワクしていただけよ」

「顔色が優れないのは、その時間を共にしてくれるような殿方がいらっしゃらないから?」

「そ、そんなわけじゃないわよっ! これはね……」

 チサトはここで少しだけ口ごもった。

「これは……うん。気にしないで、セリーヌ」

「へぇ……人には言えない秘密でもありまして?」

「え、えぇ、まぁ、そんなところかな……」

 チサトはそう言って作り笑いを浮かべるのだった。

 ネーデ崩壊はセントラルシティ市長のナールと自分だけの最重要機密である。もしこのことが仲間に知れ渡ったら、クロードは十賢者討ちをためらうかもしれないからだ。

「ところで、他のみんなは?」

 チサトは話題を変えようと、セリーヌに仲間の動向について尋ねた。その問いかけに、セリーヌは窓の外に目を向けながらこう答えた。

「クロードとレナは相変わらすベタベタしながら、二人で外に出て行ってしまいましたわ。アシュトンとプリシスも晩ごはんは必要ないと、ただ一言残して。ディアスは体力がもったいないと言って、一人部屋で寝ていますけれど……」

 話を聞く限りでは想定通りだった。こんな場所に来ればたとえ店が準備中といえども、くっついてる者は居てもたってもいられないのであろう。

「で、セリーヌは外には行かないの?」

「え、ええ。まあ……」

 セリーヌは少しチサトと目線を外しながらそう答えた。

「今は雪も降っていますし、この格好では寒くて寒くて……」

 そう言ってセリーヌは露出の高い自分の衣装を眺めたのだった。肌荒れを何よりも嫌う彼女にとって寒気など厳禁であり、今日のところは暖炉の前で大人しくしているつもりらしい。

 だが、セリーヌが外に出ないのは、それ以外にもう一つ理由があった。

「……それに、今この場所にはクリスがいませんわ。あの人は今………」

 セリーヌは寂しそうに窓へと近づき、空を眺めた。

 灰色の曇り雲が空を覆い、大小様々な形の雪結晶がゆっくりと舞い落ちる。そのうちのいくつかは窓に張り付いては消え、張り付いては消えを繰り返していた。

 そんな空を見上げながら、セリーヌは

「もうこの空の向こうには、クリスは居ませんのですわね……」

 ぽつりとそう呟いたのだった。

 もうエクスペルはネーデと衝突してしまい、この世には存在しない。当然そこで暮らしていたクリス王子やセリーヌの家族も一瞬のうちに灰になり、宇宙の藻屑となった。

「……でも、エクスペルが復活することは可能だとナール市長は仰っていましたし、わたくしはそれをずっと信じていますわ。いつか必ずクリスに会えると………」

「………」

 チサトは少し言葉を失ってしまった。

 セリーヌの言うエクスペルの復活は、実際はネーデの崩壊無くして不可能なこと。ナール市長がそのことをセリーヌに告げたということは、もはや崩壊紋章の起動とその対処は免れることなど出来ないのだろう。

「だからその時のために、わたくしはクリスに何かクリスマスプレゼントを買うつもりですわ。今は天気がこんな感じですけれども、雪がやんだら少しお店へでも出向いてみようと思っていますの。それが、今のわたくしがクリスにできる、めいいっぱいのことですし……」

 セリーヌはそう言って少し笑った。

「ええ、それがいいわ……」

 チサトは小さな声でそう答えた。今、セリーヌは心の中で泣きたくても我慢している。微かな希望がある限り、その光に賭けるしかないという思いが強いのだろう。そう考えると、チサトにはそれ以上セリーヌにかける言葉が見当たらなかった。

「と、こんなことを話しているうちに雪が止んできましたわね」

 再びセリーヌが外を見ると、さっきまでしんしんと降っていた雪が不思議とピタリとやんでいた。

「さて、それじゃあ行ってまいりますわ。チサト。貴女も何か今しか出来ないことをした方がいいのではなくて? せっかくのクリスマスなんですし、部屋に閉じこもっているのは勿体ありませんわ」

 既にセリーヌは部屋を出る支度をしようと、自室に戻ろうとしていた。さっき言っていたクリスへのプレゼントをこれから買いにいくのであろう。

「……そうね。ちょっと考えておくわ……」

 チサトはそう返事をすると、そのままゴロリとベッドに寝転んだ。

「いってらっしゃい」

 そして部屋を出るセリーヌに一言添えると、シーツにうつ伏せながら彼女にに手を振ったのだった。





「今の私に出来ること、か……」

 それからしばらく、チサトは一人でずっと考え込んでいた。

 ネーデの崩壊は絶対に起こってほしくない。だがセリーヌの言うエクスペル復活も、ネーデ消滅無しでは不可能だ。

 結局のところ、何かが救われるためには何かが犠牲になる必要がある。そしてそれが自分の故郷なんだということ。これも受け入れなければならない運命だ。

 もうこの場所に居られるのも時間の問題だった。見慣れた人たちとの永遠の別れも、慣れ親しんだこの地の崩壊も、その時は刻一刻と迫ってきている。そしてそのことを、大半の人は知らないままでいる。

 このギヴァウェイの人たちは知らない。もう二度とクリスマスは来ないと……

 今、自分が出来ることはなんだろうか? この人工惑星の運命を伝えることは決して出来ることではないが……

「……私には、私なりのやり方で………」

 チサトは急に思い立ったかのように立ち上がる。そして椅子にかけていた上着を取ると、それを着込みながらディアスの部屋に向かうことにしたのだった。






「ねぇ、ディアス」

「……何の用だ?」

 チサトが部屋に入ると、ぐっすりと眠っていたディアスは機嫌悪そうにそう返事をした。

「ちょっとサイナードを借りさしてもらうわね。夕方までには戻るから」

 そんなディアスに気を遣うことなく、チサトは簡潔に用件だけを述べる。

「勝手にしろ……」

 ディアスはそう答えると、すぐに再び目を閉じて静かな寝息を紡ぎ始めた。今の彼にとって、サイナードやらチサトやらの事はどうでもよいことであり、とりあえず快眠ができればそれでよいといった感じだった。

「はーい」

 チサトは軽くそう答えると、くるりと後ろを振り返り部屋を出て行った。彼の部屋に滞在した時間、おおよそ20秒。

 とりあえず、これで仲間たちが帰ってきても、自分とサイナードが居なくなっていることに騒がれることは無い。ディアスに今のやりとりを忘れられると話は別だが、彼ならそんな懸念も必要ないだろう。

 そしてそのまま外に出たチサトは、積もった雪を一歩一歩しっかりと踏みしめながら、ゆっくりサイナードの待機している街の外へ向かうのであった。





 あれから日は進み、気がつけば聖夜の前日。最後のクリスマス・イヴの日を、ギヴァウェイは無事迎えることができたのだった。

「やっぱすごいねー」

「うん。あっちこっちにきれいに装飾されたタルが……」


――――ガスッ!――――


「く……いったー………」

「ちょっとアシュトン! せっかく遊びに来たってのに、どこ見てんのよ!」

「し……仕方ないじゃん……」

 そしてそんな街のなか、仲睦ましくケンカをしているのはアシュトンとプリシスだ。

 二人は商店街を一緒に歩いていたのだが、リースやキャンドルで飾られたタルにアシュトンがいちいち反応するため、それに痺れを切らしたプリシスが彼に一発、げんこつをお見舞いしたところだった。

「それにしてもさー、クロードも気前いいよね! クリスマス当日にギヴァウェイに連れてきてくれるなんてさ」

 プリシスがそう言いながら無人君を抱き、キョロキョロと辺りの露店を見回す。この日は誰もが待ちに待ったクリスマス。街にはものすごい数の人が、所狭しと通りを埋め尽くしていた。

 クロード一行はこれから十賢者の本拠地、フィーナルに乗り込む予定であった。ネーデの4つの試練を超え、いよいよこれから最終決戦を迎えようとしている今、なぜこのクリスマス祭に参加しているのか。

「なんだかチサトさんがクロードに強く頼み込んだらしいよ」

 アシュトンがはしゃぐプリシスを見失わないよう、彼女を常に目で追いかけながらそう言った。

「みんなの緊張をほぐすことも必要だってね」

「ふぅん、そーなんだ……」

 プリシスはアシュトンを見上げながらそう答えた。

「まっ、アタシ達からすればラッキーだよね。ここのところ大変だったし……」

 ネーデの4つの場には強力なガーディアンや十賢者の手下がはびこっており、連戦に連戦を重ねていたクロード達は心身共に疲れ果てていた。

 そんな時に、このクリスマスである。疲労は取れないかもしれないが、精神的には十分な癒しになる。

 チサトの提言もその意図があってのことだろう。それをアシュトンとプリシスはありがたく受け取っておくことにした。

「あ! ねぇアシュトン、これ買おうよ!?」

 こんな話を繰り広げるうちに、プリシスが数ある露店の中から何かを見つけたようだ。商品が並べられた布の上に座り込むと、そこから小さな箱のようなものを指差している。

「ん、どれどれ?」

 アシュトンもすっと彼女の隣に屈みこむと、プリシスが目を輝かせているものを見た。

「これは……オルゴールかい?」

「うん。すっごく綺麗でしょ?」

 そこにあったのは、小さな銀色のオルゴールだった。透明な蓋は月や星の装飾が施され、中はガラスの板で区切られている。そこをキラキラ反射する光は、まるで雪のように綺麗だとアシュトンは思った。

 プリシスはそのオルゴールを手に取り、裏に取り付けられたゼンマイをキリキリと回し始める。そして丁度いいくらいのところまで回し終えたところで、そっと蓋を開けてそのオルゴールを耳に当てた。

 音が鳴り出しているようだが、あまりに小さすぎてアシュトンには聞こえない。だがプリシスにはしっかりと聞こえているようで、彼女は眼を瞑りながら静かにその弱い音色に耳を傾けていた

「……ねぇ、アシュトン。クロスの城下町でオルゴールを買ってくれたこと、覚えてる?」

「もちろんさ。プリシスがオルゴールをずっと欲しそうに眺めていたから、僕が勢いで買ったんだよね?」

「そうそう。すっごく嬉しかったなー……」

 オルゴールの弱すぎる音色が、今のプリシスにはとても心地よさそうだった。だがアシュトンは何故か彼女の表情から、悲しい哀愁のようなものを感じとった。

「やっぱオルゴールっていいよねー。ごちゃごちゃしている中身を隠して、こんなに奇麗な音を出しているんだもん。そーいうとこ、無人君も一緒だねー」

 プリシスはそう呟きながら、手にしていたオルゴールの蓋を閉じた。

 ここでプリシスは、アシュトンにオルゴールを買ってもらった日が、それほど昔ではないことに気がついた。エクスペルが崩壊したのは、つい2週間ほど前の話なのである。

「すみません、これください」

 突然、アシュトンが店主の商人に声をかけた。

「アシュトン?」

 それを隣で聞いたプリシスは驚いたようにアシュトンを見上げる。

「いいんだよ、プリシス」

 アシュトンは立ち上がろうとするプリシスを手で制しながら商人との会計を済まし、さっきのオルゴールを受け取った。

 そしてそれをすぐにプリシスに手渡すと、アシュトンは彼女の目を見ながらこう言った。

「プリシス。絶対に生きて一緒にエクスペルに帰ろう。もし怖くなったらこのオルゴールを見て、クロスでオルゴールを買ったあの日のことを思い出してほしいんだ」

「……え、えっと………」

 それを聞いたプリシスは、負けじとアシュトンの顔をじっと眺める。しばらくぼーっとしていた彼女だったが、しばらくして「はっ!」と息を飲むと、ニカッと満面の笑みを浮かべたのだった。

「うん。これを見て、アシュトンが毎年クリスマスにオルゴールを買ってくれることを期待しておくね」

「ちょ、ちょっとプリシス。それは言ってる意味が違……」

「男なら細かいことは気にしないの! さ、次行くよ、次!」

 照れ隠しにプリシスはそんなことを言うと、あたふたするアシュトンの服のぎゅっと裾を掴み、彼を引っ張りながら人ごみへと突っ込んで行くのだった。

「はっきりと言えばいいのに。結局はそういうことなんでしょ?」

 ぼそっと呟く彼女の右手には、しっかりとオルゴールが握りしめられていた。





 一方で、こちらはクロードとレナである。彼らもアシュトンたちと同様、ギヴァウェイの大混雑に巻き込まれていた。

「なんでこんなに人が多いんだ? この辺りは特に酷いぞ!?」

 二人は押し分けるように人混みの中を突き進んでいく。本来なら自分達はギヴァウェイの街の中心に居たはずだった。それがいつの間にか、全く見覚えの無い郊外まで来てしまっている。

「なんだか、この先にあるギヴァウェイ大学のグラウンドにみんな向かってるみたいね……」

 彼の後ろをてくてく歩くレナは、ふと辺りの様子を伺う。

 周りにいる群集は、何か買い物をしたりだとか、イルミネーションに見とれていたりだとか、そんな事をしてる風には見えない。皆ぞろぞろと同じ場所に向かって歩いているようだ。

 そしてそれは間違いなく、街の小高い丘にあるギヴァウェイ大学の方向だということにレナは気付いたのだった。

「大学のグラウンド? ってことは、何かそこでイベントでもやるのかな?」

「うーん、そこまでは分からないわ。ね、とりあえず私たちも行ってみましょうよ?」

「そうだね、せっかくだし」

 これだけ群集の心を動かす何かがこの先にあるはずだ。どのみちここまで流されてしまった以上、引き返すに引き返せない。

 クロードとレナはそのまま大群衆の波に飲まれるよう、街の奥深くへと足を進めていくのだった。





「ここは……」

 しばらくすると、群集の動きが緩やかになってきた。

 正確には、今まで一方向にしか進んでいなかった人たちが、急に散らばるよう広がりだしたと言うべきだろうが。

 どうやら目的地についたみたいである。クロードは再び周囲の様子を探ろうと、背伸びをして群集よりも頭一つ高い場所に目線を運んだ。

「ん、あれは?」

 すると人群れの向こうに、大きなグラウンドがあるのをクロードは発見した。そしてここにいる人々はみな、その一番向こうにある簡易ステージのほうを向いていた。

 簡易ステージとは言っても、それは相当な大きさだろう。高さにして幅25メートル、高さ10メートルは軽くある。その下に居る人影は米粒のようにしか見えない。

 ステージの骨格や舞台下は色とりどりの風船でぎっしり覆われており、背景には雪振る夜景の絵をバックに大きな文字で”MERRY CHRISTMAS!”と書かれている。その両隣には、これまたどこからこんなものを持ってきたのだろうか、と言わんばかりの特大クリスマスツリーやサンタ像、さらには100倍サイズくらいの特大バーニー人形などがあった。

「す、すごい派手に飾ってあるなぁ……」

 クロードはその煌びやかさについつい息を呑んだ。

「え、そうなの? なにが?」

 ふとクロードの下からレナの声がした。彼女も必死に背伸びをしているが背が足りず、ずっともどかしそうな顔をしていた。

「すごいよレナ! 本当に……」

 クロードは今の状況を詳しく説明する言葉が見当たらなかった。それほどまでに凄まじい景観だった。

「もうっ、それだけじゃ分からないわ!」

 レナは拗ねたように顔を膨らませるが、そうは言われても仕方がない。

「あら? クロードじゃありませんの?」

 そんなとき、突然クロードとレナの隣の方から声がした。

「またお前達は二人でフラフラしていたのか」

「……セ、セリーヌさんにディアス!?」

 そこには二人でこの場所を訪れていた、セリーヌとディアスの姿があった。さすがはディアス。背が高さは辺りでも群を抜いており、人ごみの中でも彼一人が圧倒的な存在感を示していた。

 そして聞き覚えのある声は、これだけではなかった。

「うわーっ、みんないるじゃん!」

「おーい、クロードーっ!」

 ディアスらの後ろに居たため気付かなかったが、アシュトンとプリシスも彼らと一緒にこの場所まで来ていたようだった。二人はこちらに気がつくと、声を上げながら駆け足で近付いてくる。

「アシュトンとプリシスまで……!?」

「と、とりあえず私たちも行きましょ!」

 驚いたクロードとレナも群集を押しのけながら、ディアスやアシュトンのそばまで近づいていく。そうして6人が一か所に集まると、互いが互いに顔を見合わせた。

「みんなどうして……?」

「そりゃあ、私たちもクリスマスは満喫させていただきませんとね」

「アシュトンと歩いていたら、偶然セリーヌとディアスに会ったんだよー」

 レナの問いかけに、セリーヌとプリシスは笑顔でそう答えた。

「でも一体、どうしてこんな場所に……?」

「あら、それは……」

 クロードに対してセリーヌが返事をしようとした時だった。



『みんなーーーーーーっ! メリークリスマーース!』



 人々の声が途絶えると共に、舞台のほうから聞き覚えのある声が、マイクに増幅されてものすごい音量で耳に入ってきた。

 それと同時に、大きなベルの音がゴーン、ゴーンと会場に響き渡る。ギヴァウェイ大学の鐘が鳴り響き始めたのだ。

 だんだんと夕方に近づき薄暗みを帯びたこの場所に、様々な色のイルミネーションが一斉にちらつく。さっきのクリスマスツリーやバーニー人形もライトアップされ、いっそうその荘厳なシルエットを見せつける。

 そして夜空には次々と花火が打ち上げられ、パーンと大きな音をたてて弾けては人々の顔を染める。だがクロードたちを何より驚かせたことは、その光によってようやく認識できた、舞台で一人叫んでいる人物の姿だった。

「チサトさん!?」

 雪が次々と光を反射するため、会場一体が柔らかい光に包まれている。そしてその頂点とも言うべきステージの上ではチサトがめいっぱい腰を前屈させ、ありったけの声でマイク片手に群集へとメッセージを送っていた。



『今宵は待ちに待った聖夜です! なんか最近は十賢者とか、そんな暗いニュースばっか報道してた私達ネーデ編集部だったけれど、こんな時代だからこそ、せめてクリスマスぐらいはそんな事忘れてはしゃぎましょう! 十賢者のことは私達光の勇者が絶対にボッコボコにしてやります! だから……』



 目をつぶって全力で叫ぶチサト。その姿に群集の誰もが熱い眼差しを向けていた。



『ネーデのみなさん! 今日は思う存分楽しんじゃってくださーーい!』



 その熱い一言に、会場に集まった人々が「うおーーーーっ!!」と轟音をあげて唸った。みな狂喜しながら、チサトに向かって拍手を送っている。彼女はそんな彼らに精一杯の笑顔で手を振り続けていた。

 その後、チサトはバーニー人形をいくつか群集に向かって放り投げながらステージを後にしたが、その人形の取り合いをする人たちをはじめ、客席から歓声が途切れることは無かった。

「チ、チサトさんが………」

 呆気にとられるクロードだったが、その隣ではセリーヌが「なるほど、こういうことだったのですわね」と、何やら紙切れを見つめながら呟いていた。

「セリーヌさん。なんですか、それ?」

 レナは不思議そうな瞳でひょいっとセリーヌに肩を並べると、彼女が持っている一切れの紙をまじまじと見つめた。

「あら、このチラシをレナは貰わなかったのですか?」

「うん……」

「まあ、そうでしたの。ほら……」

 セリーヌはレナにその紙を渡す。レナはそれを受け取ると、改めてその内容に目を通した。

「ええーっと、なになに? ネーデ新聞社主催、無料クリスマスパーティ、ギヴァウェイ大学運動場にて……」

 そこに書いてある文字を一語一句読み上げていったレナだが、その途中で何かピンとくるものがあったようであり、

「あ、だからチサトさんは今日、ここギヴァウェイに寄るよう私達に言ったんですね!」

 と、指を立ててそう言ったのだった。

「今日ステージの上で挨拶したり、色々と準備するために、ギヴァウェイに来なきゃダメだったんだわ」

「ったく、そうならそうと、ちゃんと言ってくれればよかったのにな」

 その隣からはクロードもレナの持っているチラシを覗きながらにそう呟いた。

「これを僕達に配ってくれたら、もっとちゃんとした形で観に来ていたのに」

「まぁ、これから宇宙の命運を分ける戦いに臨むって時だもの。きっと言い出しにくかったのよ、チサトさんは」

 レナは沸きあがる群集を見つめながら話した。

「チサトさんはネーデの人たちに少しでも喜んで欲しかったのよ。同じネーデ人どうし、十賢者と戦う苦しみはみんな感じているんだって、前に話してたもの」

「……そうだったんだ。だからこのパーティはこんなに盛り上がっているんだね」

 チサトが十賢者と直に戦っていることは、ネーデ新聞社の報道により皆の知るところとなっている。そんな彼女とネーデ人は今、喜びの時間を共有しているのだ。

「十賢者を倒したら、また同じようにイベントを開かなくっちゃね!」

 レナはそう言うとクロードの腕を掴み、ぐいっと引っ張った。

「ささっ、私達も楽しまなきゃ。他の4人はもうどこかに行っちゃったわよ!」

 気がついたら、さっき傍に居たセリーヌ含め他の仲間達の姿は無かった。皆それぞれ面白そうなところへと散らばって行ったのだろう。

「……そうだね!」

 クロードはレナと腕を組み、そのまま湧き上がる人の大海に呑まれていった。心の中でチサトに感謝の言葉を述べながら、二人はギヴァウェイのクリスマスに身を委ねたのだった。





 この日、ギヴァウェイの街は眠らなかった。そしてその中にいたクロード達も同じくステージ脇のほうに用意されていた露店の食事を楽しみ、その場で催されたイベントをエンジョイした。

 ネーデ新聞社の報道力はクロード達の予想を超えており、日々の活躍を記事にされていた光の勇者一向は既に有名人であった。クロードやレナは数多くのネーデ人から「がんばって!」と激励の言葉を貰った。

 またセリーヌは過ぎ行く男たちの視線を呼び込み、ディアスにはそのビジュアルからファンが多いのか、たくさんのネーデ人女性が黄色い声を発しながら群がっていた。

 無人君は未開惑星の先進技術としてもともと注目されていたため、その実物を一目見ようとするネーデ人のエンジニアにプリシスは取り囲まれ、一方のアシュトンは背中のギョロとウルルンに多くの人が食べ物を与えていた。

 かくして各自楽しく(?)この日を過ごしたわけであり、ビンゴ大会や音楽ライブなど様々なイベントを盛り込んだこのネーデ新聞社主催クリスマスパーティは、大成功を収めて幕を閉じたのであった。





 あれから数日後……

「あーーっ、これ見てこれ見て!」

 セントラルシティの宿屋では、なにやらプリシスが新聞を片手に叫んでいた。

「あら、どうしたの? プリシス?」

 すると隣に座っていたレナが、プリシスの読んでいる記事へと目を向ける。

「え、これってチサトさんじゃない!?」

「そーそー! あたしってば、びっくりー!」

「……あらまあ、ようやく見つけてくれたみたいね!」

 すると二人の盛り上がりを待っていたかのように、さっきまでアシュトンと話していたチサトがニヤニヤしながら近づいてきた。

 レナとプリシスが目にした記事には、あのクリスマスの日、チサトが群集に対して手を振っているときの写真が見出し一面に大きく載せられていた。

「みんなには内緒でいるつもりだったんだけどなー。あのクリスマスパーティ」

「へへっ、あんなに楽しいこと、独り占めになんかさせないよー」

 プリシスはそう言うと再び写真を指差す。

「本当にチサトったら、幸せそうな顔してるよねー」

 でかでかと写ったチサトの顔は、何度見ても素晴らしい笑顔だった。

「でもこれ、なんだかチサトさんが泣いているように見えるのは私だけかしら?」

 そんなとき、ふと何かに気付いたようにレナが言った。それを聞いたプリシスも、どれどれと呟きながら身を乗り出す。

「だぁーーーっ! こらこら!」

 するとチサトはそんな2人から、慌てたように新聞を奪い取る。

「あ、ちょっとチサトー! 返してよ!」

 プリシスは顔をしかめ、チサトの手にある新聞を取り返そうとぐいっと手を伸ばす。チサトはそれをかわすようにヒョイッと手を上げると、

「べっ、別に泣いてなんかいないから! それよりちょっとこの記事を貸してくれないかしら? もっとゆっくりと自分の姿を……」

「だーめっ! なんか怪しいもん!」

「ちょ、ちょっとプリシス!?」

 逃げるチサトを捕まえようと席を立つプリシス。向かいではディアスが「朝から騒がしいな」と静かにお茶をすすっている。


「みんな、聞いてくれ!」

 そんなとき、別室に居たクロードがドアを開けて仲間達の前に姿を現した。

「さっきナールさんから、十賢者と戦う準備ができたと連絡が入った。だから僕達も今からラクアに向かって、ネーデ防衛軍と合流するよ。たぶん、これが最後の戦いになる……」

 クロードがそう言い終わると、仲間達の顔が一気に険しくなった。プリシスもゴクリと唾を飲み、「いよいよかぁ……」と唇を震わせながら小さく頷く。

 そう。これから最終決戦が始まるのだ。フィーナルにネーデ防衛軍と乗り込み、十賢者を倒す。そうすればネーデの全エネルギーの管轄がこちらの手に戻り、時空転移シールドを使ってエクスペルを再生できる。

 真剣な顔つきの中、チサトの頭にはナール市長の言葉が蘇った。



『崩壊紋章を十賢者が使用した場合、こちらは結界紋章を使うことで、崩壊紋章の目的をネーデの破壊に書き換えます』



 ほぼ間違いなく、十賢者は崩壊紋章を使用してくるだろう。チサトにとって、この最終決戦はネーデ崩壊の引き金を引くことを意味していたのだ。

 いよいよこの時が来てしまった。覚悟はしていたが、実際にその時を迎えると頭が真っ白になる。もうここに戻ってくることは無いのだろう。ラクアへの道が、引き返すことのできない運命への一本道なのだ。

 チサトは手にしていた記事を見た。写真にうつる自分の頬の上には、確かに何か光の粒みたいなものが滑っている。







 本当のことを言うと、あの時の自分は泣いていた。

 だが、その理由を仲間に言うことは出来ない。それはナール市長との約束を破ることになるからだ。

 チサトは再び泣き出しそうになった。だがよく見ると、記事はまだ裏面へと続いている。そのことに気がつき、そっとそのページをめくってみる。

「…………」

 なんとそこには、あのイベントの日に撮られた小さな写真がびっしりと埋め尽くされていた。どれも喜びに沸く、ネーデの人々の写真だった。

 酒を片手にはしゃぐ者、プレゼントを大事そうに抱える子供、幸せそうに手をつなぎ笑っている男女などなど。その誰もが、笑っていた。

「……私、がんばるよ…………」

 それを見たチサトは小さく自分にしか聞こえないようにそう言うと、手にしていた新聞をそっと畳んだのだった。






 私ができること。それを最後までやりとげよう。

 昨日のあれは私が新聞社まで行って、そして一生懸命頼み込んで開催してもらった、私ができるネーデみんなへの最後のプレゼント。

 けれど、まだ全ては終わってはいない。仕上げに全宇宙の平和を、みんなの願いを叶えなくちゃいけない。

 そして平和になった世界で私はたった一人、クリスマスの日に絶対みんなのことを思い出して、感謝の言葉を送り続けるよ。

 それが、私のできること……


fin.



これだけ長いお話を最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。
なにも計画などたてず、ダラダラ適当に駄文を書いた結果、
こんなことになってしまいました。

動機としては、定番“クリスマス”の話を書きたく、

「クリスマスといえば雪、雪といえばギヴァウェイ、うーん………」

と思い巡らせていると、
こんな話を思いついてしまいました。

チサトはすっごくいい子です。
表面上は強がりで、サバサバしているように見えますが、
内面はすごく繊細で、また他人の幸せを心から喜べる女性だと思います。

だからこそ、ネーデの崩壊を隠しつづけてしまったことに、
背徳感を感じながら生き続けていくんだと思います。
(長編ではそんな感じですね)

そんな彼女が少しでも救われれる“理由”を
無理やりこじつけてしまいました。

主観的なお話ばかり書いてしまう自分ですが、
これからもどうかよろしくお願いいたします。

2009/12/20
ぷりん