Star Ocean
Short Stories

短編小説

green peas

 僕は目の前に置かれている物を見て、ちょっと………いや、大いに後悔している。

 事の発端はほんの5分ほど前。いま僕は惑星エディフィスもあるレストランに、プリシス、アシュトン、リヴァルの3人とお昼ごはんを食べに来ている。

 メニューを見ながらどれにしようか結構迷ったけれど、結局は無難にオムライスを選んだ。そしてそれがテーブルへ運ばれてくる。そこまではよかった。

 問題はそのオムライスの中身。ほんのりと赤いチキンライスに混じっていたある物の存在によって、楽しいはずだった昼餉の時間は一気に崩れ去った。

 そう、それは忌々しい緑色の物体。誰にも気付かれないように、オムライスの中に入っているそれをスプーンでつんつんと突いてみる。

 少し水分を含んだ、しわのある皮を持つ緑色の豆類。その名も“グリンピース”。別名“緑の悪魔”(僕はずっとこう呼んでいる)。

 あんまり大きな声では言えないけれど、僕はこいつが死ぬほど嫌いだ。こんな淡泊な味しかしない豆なんて、とても食べられるわけがない。

 だから地球に来てからも、外食のときは絶対にこれを避けてきた。レナも僕の好き嫌いを理解しているから、普段の食卓にも絶対に並ぶことはない。

 一体誰がこんなものを食材として定義したんだろうか。タイムマシンがあれば、そいつと緑の悪魔が出会った瞬間に行って、「これは毒があります!」とでも言いたいくらいだ。

 悪魔は僕の目の前にあるオムライスの中、まるで忌々しい斑点模様を描くかのようにぽろぽろと入り混じっている。それも少しではなく大量に。誰かの嫌がらせなのだろうか。こんなことならもうちょっとメニューをしっかり読んでおけばよかった。

 当然のことだけれど、普段の僕ならこんなイージーミスなどしない。けど、今日に限っては条件が違いすぎた。そりゃ、だって……

「レオン。なんだか顔色が悪いですよ……」

 この星で偶然に出会った、リヴァルっていう名の女の子。彼女もまた、僕達と一緒に席を囲んでいるから。

「どこか具合でも悪いのですか?」

 リヴァルは心配そうに僕の顔を覗きこんでくる。そんなに顔を近づけられると、めちゃくちゃ緊張してしまう。

「えっ!? いや、べ、別に、なんともないよ……」

 冷えた汗をかいているのが、自分でも分かる。焦った僕はとりあえず作り笑いを浮かべた。グリンピースが食べられないなんて、そんなカッコ悪いことをリヴァルに知られるわけにはいかない。その一心で僕は何度も首をふるふると振ってみせたのだった。





 僕はこの旅の途中から、いつの間にかリヴァルを意識するようになっていた。

 言葉では説明できるようなことではないけど、とりあえず彼女に僕のいい姿をもっと見て欲しい。不思議とそんな思いが込み上げてくるのだ。

 この感情は何なのだろう? 僕をここまで困惑させる、この感情は……


 ……って、今はそんなことを考えている場合じゃないか。とりあえず今やることはただ一つ。リヴァルにグリンピース嫌いがバレないよう、この豆どもを処理することだ。

「それじゃ、いただきまーす!!」

 先延ばしにしてもかえって怪しまれるだけだ。なら強行突破しかないだろう。僕は泣きそうになりながら口を押さえ込むようにして、一口ずつオムライスを平らげていった。

(うぐっ………)

 自然をたっぷり浴びて育った少し大粒のグリンピースが口の中で潰れるたびに、野生感あふれる味が口中に広がる。こんなときに限って、豆が潰れる気持ち悪い食感が普段よりも増幅して駆け巡る。

 ただそれでも、ここは我慢するしかない。一瞬の苦しみを取るか、一生の後悔を取るかだ。僕は襲い来る悪魔の味覚攻撃に、ただひたすら心頭滅却して耐え続けた。





 それからしばらくの間、僕は自然な笑顔を絶やさぬよう、そして皆と会話をするよう心掛けた。その間も隙を見てはスプーンを口へと運び、なんとか緑の悪魔の数も順調に減らすことができた。

 そして………



(ふう………なんとか耐えきった………)

 僕は顔には出さないよう、心の中でほっと溜息をつく。

 目の前には何も残っていない白い皿。そう。僕はこの悪魔による人生の試練を耐えきったのだ。

 熱くなっていた体が、急に冷たくなった。気が付くとかなりの汗をかいていた。もう一生、こんなものは食べないぞ。僕はスプーンを皿へ戻しながらそう誓った。

「あれー? リヴァル、もういらないの?」

 そんなとき、不意に斜め前からプリシスの声が聞こえてくる。彼女は隣に座るリヴァルの皿を指差していた。

「ええ。もうお腹がいっぱいなんです……」

 そう言うリヴァルの皿には、クリームシチューが三分の一ほど残されていた。リヴァルは苦笑いを顔に浮かべながらそう答えたが、残された皿の中身は正直だった。僕の目からすれば、リヴァルが残した理由など一目瞭然。一見すると彼女のシチューは普通に食べられた後のように見えるが、よくよく見てみると…

(あれ、緑の悪魔ばっかり……?)

 本人は気付かれないようにしていたみたいだが、皿の底には通常より高濃度のグリンピースが転がっていた。上手く避けて食べたみたい。他の野菜で隠したりカモフラージュしたりしているところを見れば、彼女もなかなかの策士である。

 そんなリヴァルの事情を察知した僕は、なくそんな彼女を微笑ましく思った。どうしてかは分からない。ただ嫌いな食べ物が一緒。それだけでなんだか嬉しかった。

 けど、やわらかく込み上げてきたこの和やかな気持ちは、隣に居る空気の読めない男の一言によって急遽ぶちこわされてしまう。

「リヴァル、好き嫌いはダメだよ……」

 こんなKYな発言をしたのは、背中に双頭竜を背負った男アシュトンだった。リヴァルはこの男の言葉にどきりと顔を赤らめた。

(アシュトンったら、何よけいな事言ってんだよ!?)

 僕はそう心の中で叫びながら、鋭い眼光をアシュトンに向けた。けどアシュトンは天然鈍感、そんな僕の主張に気付くはずもなかった。

「僕の目はごまかせないからね。一見するとただの残されたシチューだけど、その具をよく見てみると………」

「ほえ……ほんとだ! リヴァルったら、グリンピースばっか残してんじゃん!」

 ここでさらにマズいことに、こちらもまた空気の読めないプリシスもアシュトンの言葉に便乗してきた。

「好き嫌いはいけないんだよ!」

 身を乗り出すようにリヴァルの皿を覗き込むと、プリシスはグリンピースの集団をほじくり返しながらリヴァルに説教をはじめだした。

「え……いえ…………その…」

 リヴァルはさらに顔を赤らめあたふたとする。もともと大人しくて恥ずかしがりな性格の彼女だ。ここまでアシュトンとプリシスにこっぴどく責められ、羞恥心のあまり泣き出しそうな表情をしているのを、僕は黙って見ていられる訳が無かった。この状況、リヴァルのためにもなんとかしてあげないと……



――――ガタッ――――



 僕は決心して席から立ち上がった。

「リヴァル、お腹いっぱいなんだよね? 僕が食べてあげる!」

 僕は大きな声でそう言うと、リヴァルの皿へと強引に手を伸ばした。

「ど、どうしたんだよ、レオン!?」

「ってか、あんた確かグリンピースは……」

「まあまあいいから!」

 アシュトンとプリシスは突然の出来事に呆気にとられている。グリンピースが嫌いだとプリシスから告げられかけたが、それも大声を出すことでその言葉をシャットダウンした。

 確かに僕はグリンピースが嫌いだ。けれどさっきだって、僕はこの緑の悪魔を食べきることができたんだ。それでリヴァルが救われるのなら、僕はピエロにだってなってやる……

 ごくりと唾を飲む。大丈夫。オムライスよりシチューのほうが、調味料の味が染みてるはずだから……

「あっ、レオン!? べっ、別にいいんですよ!?」

 リヴァルはそんな僕から必死に皿を取り戻そうと手を伸ばした。傍らではプリシスが僕たちのやり取りを面白そうにニヤニヤと眺めている。ほんと、性格悪いなあと思う。

「いいっていいって。こんな美味しいものを残すなんて、勿体無いじゃん!」

 心にもないことを声に出す。ここまで来たらもう引き返せはしない。

 リヴァルはどうしたらいいのか分からないといった表情できょろきょろと辺りを眺める。プリシスは必死に笑いを堪えている。僕はリヴァルに対する純粋な気持ちと不器用な正義感が、グリンピースという緑の悪魔の渦に吸い込まれていくのを感じた。


――――カツッ――――


 スプーンをシチュー皿の底に当てる。僕は何も考えないようにしながら、ガツガツとリヴァルの残したシチューを一気に口へと運び込んだ。

 形容しがたい無機質な味が、想像を絶する勢いで味覚神経を刺激する。でもこれでリヴァルが傷つかずに済むのなら……

 僕はどこか遠のく意識の中、手を止めることなくこの緑の悪魔をひたすらに食べ続けた。





「こ、ここは……?」

 僕は気が付いたら、ベッドで横になっていた。少し体を起こして辺りを見渡す。どうやらここはノットの研究所にある休憩室の一角みたいだ。なんだか酷く喉が渇く。

 おかしい。僕はさっきまでみんなとレストランに居たはずだ。それがなんでこんなところに居るのか、さっぱり分からない。

「あれ……? 確か僕は、リヴァルのシチューを一気に食べて………」

「……あっ! 気がつきましたか、レオン?」

「……うわっ!!」

 部屋の片隅から女性の声がする。驚いてその方を向けば、そこには椅子に腰掛けて本を読んでいたリヴァルがいた。

「リ、リヴァル……!?」

「よかったです。目が覚めて………」

 リヴァルは目覚めた僕のもとにてくてくと近づいてくる。混乱しっぱなしの僕は、朧な声でリヴァルに事のあらましを尋ねた。

「……ぼ、僕はどうしてここに……?」

「レオンったら、私が残したシチューを食べきった途端、倒れてしまったんですよ。びっくりしたんですから……」


 そんな素朴な疑問に、リヴァルは「ふふっ」と笑いながら答えてくれた。

「それで私たちが慌ててレオンをここに連れてきたんです」

「そ、そうなんだ……」

「はい。ただ気絶しただけとお医者さんは言っていたのですが、それでも私はレオンが心配で……」

「……ずっと、ここに居てくれたんだ?」

「……はい………」

 俯きながらそう言うリヴァルは優しい笑顔を浮かべていた。けれどもそれは、なんだか僕の心にグサリと突き刺さるような気がした。

「そうだったんだ。僕はあの時……」

 僕はあの強烈な緑の悪魔の味を、フラッシュバックするかのように思い出した。どうやら一気に食べてしまったショックで気絶してしまったんだろう。

「……ごめんね、迷惑かけちゃって」

 なんて馬鹿なことをしたんだろう。僕は自分で自分をひっぱ叩きたかった。

 そもそも考えなおしてみれば、リヴァルの残したグリンピースを自分が無理して食べたところで何の解決にもならない。

 それどころか、僕はむしろリヴァルに恥をかかせてしまった。

「馬鹿だね。僕って……」

 しゅんと自分の猫耳をへならせた。浅はかな行動のせいで、僕はリヴァルに嫌われちゃったかもしれない。そう思うとやりきれなかった。

 何をしても空回り。なんだかアシュトンのプリシスに対する苦労がよく分かる気がする。僕は泣きたくなった。

「……よかった。レオンもグリンピース嫌いだったんですね」

 だがリヴァルから返ってきたのは、そんな何気ない言葉だった。

「……へっ?」

 僕はついついそう声を漏らしてしまう。

「あっ……ごめんなさい。プリシスから聞いちゃいました」

「………そ、そうなんだ……」

「私、なんだか安心しました。周りにはそんな人、誰もいなかったですし……」

 リヴァルはそう言うと、僕と視線を合わせるようにベッドのそばの椅子に腰掛けた。

「なんだかやっぱり、私達って気が合うみたいですね?」

「え、えっと……それってどういう意味……?」

「うふふ、それは内緒です……」

 そう言って指を口にあてるリヴァル。なんだか思っていたのと展開が違う気がする。これはむしろ、いい感じというやつなのでは……

「それに、レオンはあそこまでグリンピースが嫌いなのに、私のために食べてくれようとしてくれましたよね?」

 さらにリヴァルは話を続けてくる。

「私、とっても嬉しかったです」

 そして天使のような笑顔を浮かべ、そう一言だけ最後に僕へ言ったのだった。

「……いや、それほどでも………」

「もう、レオンってば照れ屋なんですから……」

「はは……ごめん、そのとおりかも………」

 僕の心はすっきり晴れ渡った。今となっては、もう彼女の笑顔が心に突き刺さることはなかった。ありのままの自分を、リヴァルは受け入れてくれたのだから。

 無理して自分を作る必要なんかない。ただ普通にリヴァルと接することが一番幸せなんだということに、僕は今更になって気が付いた。

 グリンピースなんか、嫌いでもいいさ。

「だから、いつか二人で一緒に克服しましょうね」

「……えー、ちょっとそれは嫌だな………」

「もー、レオンったら、急に正直になっちゃって………」

 そうして僕たち二人は、何かが吹っ切れたかのように声を上げて笑い出したのだった。






 あれからもう何年の月日が経っただろうか。エディフィスが解放されてから、もうずいぶんと経つ。僕はすっかり大人になってしまっていた。

 今は地球で連邦の軍人をやっている。もう好き嫌いもほとんど無くなり、何でも食べられるようになった。

 それでも僕はあの日以来、グリンピースだけは口にすることが無かった。今でもあの日の強烈な味は心に残っている。もう帰ってこない彼女との、大切な思い出の一部だ。

 一緒に克服しよう。そう言ったリヴァルは結局、グリンピース嫌いのまま居なくなってしまった。もし今グリンピースを食べて、それが何の変哲もない普通の味だと知ってしまったら、これまで大切にしてきた彼女との何かが壊れてしまうような気がした。

 だから、今ではグリンピースは別の意味で特別な食べ物。もう緑の悪魔なんて呼びはしない。今の僕にとって、あの食べ物はリヴァルと僕を繋ぎ止める天使なのだから。

 そして、ヴァルは僕の心の中で、ずっとグリンピースを食べられるようになることはない。そうしてあの笑顔を、屈託のない微笑みを僕に振りまいてくれている。

 そう。それはきっと、この先もずっと………


fin.



あとがき

ありがとうございました。
ちょっと温かい、そしてちょっと切ないレオリヴァです。

グリンピースが嫌いという設定は
管理人が勝手に考えました。
レオンはキャロットジュースは飲めるけど
ニンジンは食べられないクチ。
そう自分の中では思っています(笑)

初々しい二人です。
レオンくんはドキドキしっぱなしです(笑)
だが、それがいい。

今後ともよろしくお願いいたします!

2008/11/15
ぷりん