Star Ocean
Short Stories

短編小説

白衣を着た天使




思えばまだ、1週間しか経っていないというのに。

君と僕が出会ってから、今日この日まで。

だけれども、なんだかずっと前から僕達と一緒居たような気がして。

どうしてだろう。日が経てば経つほどに、もっと君の顔が見たくて……







 惑星エディフィスに不時着してからはや半月、僕達はついにここまでやって来た。探し求めていた仲間の一人であるオペラは、このノットと呼ばれる街の研究施設に滞在しているらしい。

 彼女は遺跡の奥深くまで探索に出ている最中であり、時期に戻ってくるとのこと。それまではこのノット研究所で、しばらく時間を潰すことになりそうだ。

 これで残るエルネストを無事救出すれば、何の問題も無く地球に帰れるんだろう。そうなればこの星とも別れが訪れることになる。

 けれど、僕にはそんな実感が無かった。そんなことより気になるのは、君のこと。そう、この星でずっと一緒にいた、君のことだった。

「レオン! レオン!」

 部屋で一人物思いにふけっていると、不意に声がかけられた。そう、それは今ちょうど考えていた君の声で……

「レオン! どうですか? 似合ってます?」

「リヴァル……」

 そう返事をして寝転がっていたベッドから身を起こすと、部屋に入って来たリヴァルに視線を向ける。

「ほら、ちょうど研究所にあったものを、こっそり拝借してきました。研究をする時にはいつもこれを着つんだって、レオンは話してくれましたよね?」

 無邪気な笑顔でそう言うリヴァルは、真っ白な白衣に身を包んで僕の前に立っていた。

 よく化学実験などの時、自分の体や身につけているものを守るため羽織るためのその白衣。純白色のそれはまるで洗濯したてのようであり、薬品をこぼした跡のようなものはどこにも見当たらなかった。

 勝手に取ってきちゃ駄目だろ。そう喉から言葉が出そうになったが、リヴァルのその滑稽な格好を見ると、ついついぷっと吹き出してしまう。

「へ? 何かおかしいですか?」

 きょとんとした表情でそう聞いてくるリヴァルの体に比べると、白衣はその一回り二回りも大きく、しかも袖や足下はブカブカでダボダボ。よく見るとヒモで結ばなければならない箇所もそのままだ。

「それ、どう見てもサイズが合ってないんじゃないかな?」

 白衣を盗み着したことよりも、むしろそっちについツッコミをいれてしまった。

「へ? で、でも………探したらこれしか置いて無かったですし………」

「そして………ここはきちんと結ばなきゃだめだよ?」

 そう言って僕はリヴァルの胸元、衣と衣が重なる部分、程よく開けた白衣のその箇所からぶらぶらと垂れる二本のヒモを、震える手で指差した。

「あ……こ、この紐はそうしなければならなかったんですね……」

 指さされた場所を見たリヴァルは無邪気な声を上げ、恥ずかしそうにその2本のヒモを慌ててつまむと、急いでそれをぎゅっと結ぼうとする。

 どうしてか、彼女の近くまで指を向けただけなのに、それだけで心臓がドキドキと音を立てた。今まで感じたことのないような、心地よい緊張感が全身に走る。

「こ、こうですか、レオン? えっと、えっと………」

 1回では綺麗に縛れないリヴァルを、なんだか微笑ましく思う。ドキドキと安らぎが共存するような、そんな気分だ。しばらく時間がたってからようやく紐を結びきったリヴァルは、不安げな顔でこちらをじっと見つめながら「これでいいですか?」と聞き返してきた。

「う、うん。そうだよ……」

 じっと見つめられると、なんだか照れくさくなって、そう答えながらまた顔を逸らしてしまった。

 それでもまだリヴァルの白衣はダボダボで、けれど当の本人はというと「よかった」と満足気にそれを纏った自分の姿を鏡で確かめている。そしてそれを見ていると、僕も昔はあんな風に着ていたな、とふと思い返す。

 ラクールで研究していた頃、あのリヴァル以上に身に合わない丈の白衣を着ていて、ずっとその裾をずるずると地面に引きずらせていた。

 旅していた当時はよくここを仲間に踏まれたものだ。こける度にぷんすかと腹を立てていた頃が懐かしい。

 あれから2年で身長は大きく伸びたため、思い出のあの白衣はもう着れなくなってしまったが、当時の自分を思い返すとダボダボのそれも悪くはないな、と思ってしまう。

 そういえばちょっと前、リヴァルは僕に「私たちって似たもの同士ですね!」と言ってくれたことがあった。二人とも幼い頃から研究を続けている、というのが理由らしいが、今のように自分から大きな白衣を選んでしまうのも似ているところなのかな、と思う。

「ねえ、レオン、ほら!」

 トサッと音を立て、リヴァルはベッドにそっと腰をかける。余った白衣の裾がベッドの上に広がる。

「もう一度聞きますけど、似合ってますか? この白衣?」

「う、うん……」

 ちょっと言葉が詰まってしまう。でもこれが正直な感想だった。

「まぁまぁ……じゃないかな?」

「ほんとですか!? レオンにそう言ってもらえるなんて嬉しいです!」

「でっ、でもさ。もうちょっとスムーズにできるようにならないと……」

「そ、そうですか……」

 喜んだり落ち込んだりと、さっきからリヴァルの表情が何度も何度もころころと変わる。薄い水色の髪に純白の白衣を見に纏ったリヴァルが本当に可愛くて、でもそういう思いを悟られるのがなんだか恥ずかしくて、なんとかして平静を保とうと必死になってしまった。

 こんなに可愛い彼女になかなか素直になれないことが、本当にもどかしい。褒めてあげたいことが溢れてくるのに、なかなかそれを言葉にできない。

 だがそんなレオンの心境などお構いなしに、リヴァルは話を続ける。

「いつかこんな風に、私とレオンで一緒に何か研究に打ち込めたらいいですね?」

「ほんとにそんな事思ってるの?」

「もう。冗談なんか言うわけありませんじゃないですか!」

 まただ。ついつい素っ気ない返事をしてしまった。駄目だ、もどかしい。なんとかフォローしなくちゃ……

「そ、それは面白そうだね。僕もいつか一緒に……」

 僕は震える声でリヴァルにそう伝えた。

「君と一緒に研究……したいよ」

 “できたらいいね”とは言わなかった。

「わわっ! ほ、本当にですか?」

「えっ!? 冗談じゃないって言ったのはリヴァルだろ?」

「ま、まぁそうですけど……」

 そう言うとリヴァルは「えっと、えっと………」と指を唇に当て、少し困惑ようになにやら色々と考え始める。

「そしたらまずは自分用の白衣も買わなければいけませんね。そして……あっ、化学の勉強も始めなくては! だったら研究所の図書館から本でも借りてこないと………」

 指を折りながら計画をたてるその表情に、レオンは再び心臓が高鳴るのを感じた。どうやら今の言葉を本気で受け止めてくれたみたいだった。

 本当にリヴァルが来て、そしてずっと隣に居てくれるなら、もう研究どころじゃなくなるだろう。一緒に居たい。未開惑星の人間だから無理だとか、そんなことは関係ない。クロードだって僕と同じ境遇だったけれど、それでもレナを地球に連れ帰った。

 少しでも長い間でいいから、リヴァルを見ていたい。心からそう思えるのも、何かこのエディフィスという星が導いてくれた、特別な出逢いなのかもしれない。それもほんの短い、たった二週間という間に起こった。

「約束ですよ。絶対に絶対に!」

 念を押すように喋る君の姿。白衣をひらひらさせるその姿は、まるで天使のように見えた。

「うん……」

 僕は笑顔で頷く。

「約束するよ」

「やった……嬉しいです!」

 ずっとこんな君の傍に居たい。このまま一緒に研究を続けられたらいいなと思う。離ればなれになんか絶対に、絶対になりたくない。

 だから、生まれて初めて湧き上がったこの感情を、いつか必ず君に伝えてみせる。目の前で踊る君を見て、僕は自分自身にそう誓った。


fin.



あとがき

最後までお付き合いありがとうございました。
レオリヴァ短編ということで、
以前よりリクエストを承っていたため、
今回書かせていただきました。

つたない文章ですが、
それでもレオンの初恋の思いが伝わってこればなと思っています。

このとき、レオンくんは14歳ですね。ちょうど中学2年生くらいでしょうか。
「可愛い女の子がイイ!」という、見た目で一方的に好きになるのではなく、
「一緒に居たい、傍にいてあげたい」という心の繋がりを求めるのが恋だということに、
不意に気が付くのがちょうどこの頃だと思っています。

(だから2ndで12歳のレオンくんは、
ファンシティでパーティの女性全てが好きだと
クロードに言ったんだと思っています。
たしかに美女揃いですからね(笑))

漫画版BS読んだときに、こういうことにビビっときてしまい、
レオリヴァ好きになってしまいました。
これからも色々と書いていきたいと思います。

2010/3/11
ぷりん