短編小説
destiny
僕たちの未来は、ほんの些細なことで大きく変わることがある。
というよりも、ヒトの人生そのものが実はそういったものであり、僕たちはその些細なこと一つ一つに直面するたびに選択を余儀される。
その選択により、未来は分岐していき、最終的には今居るところ、すなわち現在の自分という地点に到達するのだ。もしかしたらこんなことを考えている今でさえも、実はその選択の真っ最中なのかもしれないし。
そして僕は、自分の用意された人生のルートの中でも、最も幸せとは真逆の選択肢をとり続けてきた。そんな風に考えてやまなかった時期が僕にもあった。
幼い頃の記憶はあまり無いが、小さな砂漠の町で両親と暮らしていたことは微かながらに覚えている。けど、これ以上に当時のことを思い出そうとしても、浮かんでくるのはあの場所だけ。好きでもない剣の稽古を、ただ産まれた家系が優秀な一族であったという理由だけで嫌々させられていた、町の道場の中の様子だけだ。
道場の様子というよりは、その片隅に座りこんでいる昔の自分の姿のほうが何故か鮮明に思いだされるのだった。自分で自分のことなど見えるはずもないのに、だ。
次に古い記憶は、ボロボロの布を身に纏わせられ、馬車に揺られていたことだ。たぶん、このとき自分は8歳くらいだったろう。
こんなに幼いながらも、ただ一人行くアテも無く、ただただ成り行きに身を任せていた。どうしてこうなったのか、なぜ自分はこんなことをしていたのか。それは今でも全く思い出せない。
他の人からすれば異様な光景だっただろう。なにせ子供一人で剣を片手に旅をしているというのだ。当然そのことで話しかけてくる人が後を絶たなかったけど、僕はその度に「これは僕の家に代々伝わる剣の修行の旅です」と言い逃れした。
何も込み上げる感情など無く、ただただその場をやり過ごしたいという理由だけで、淡々と口走っていた。
気が付いたら、僕は大人になっていた。いわゆる“ハタチ”っていうやつだ。何も目標などなく、誰一人として友達も居ないままだった。帰る場所も無い僕が時を経て得たものといえば、長旅によって身についた、常人離れした剣の腕だけ。
何も考えることなく、希望も何もなかった。空っぽの心がただただこの惑星エクスペルを徘徊しているだけだったが、そのことについてさえも何も思わなかった。
このままいつかは死ぬんだろうな。誰にも知られずに、ひっそりと息を引き取るのだろう。そのことに何の悲しみも湧かなかった。その気になれば、死ぬことなど躊躇しなかったという自信もある。
言うならば僕の人生は不幸でしかなかった。鳥のフンに当てられるなんて日常茶飯事だし(これはある意味では運がいいと言うかもしれないが)、詐欺師の武器商人には粗悪な武器を掴まされるし、道中で財布を何度も落とすし、泊まった宿が火事になって荷物が全て炭になったこともあるし。
それは誰のせいでもない。ただただ自分が不運なだけだ。そう自分に言い聞かせながら、僕は生きてきた。
そんな旅のある日、僕は偶然、鉱山の町サルバに到着した。
町に入った僕はいつものように宿屋に向かっていたんだけれど、どうも周囲の様子が騒がしい。
そのことに気付いた僕は、なんとなくその理由を聞いてみた。
そう。なんとなく………
本当になんとなく、だった…………
「アシュトンッ!」
「へっ?」
不意に自分を呼ぶ声がした。
「もうっ! これからまた地球に戻るっていうのに、全然寂しそうじゃないじゃん!?」
目の前にはぷんすかと腹を立てながら文句を立てるプリシスの姿があった。
「またしばらく会えなくなっちゃうんだよ? なのにアシュトンったら………」
「ごめん………」
そう言って彼女を包み込むように抱きしめた。
「ちょっと、昔のことを思い出していてさ………」
少しパサパサだけど、ほのかに良い香りのする茶色の髪に顔を埋めながら、プリシスの耳元でそう囁いた。
「…………ばか」
この拗ねたような声も、また通信機越しでしか聞くことができないんだなと思うと、寂しい気持ちもする。
「また来年、戻ってくるから…………」
「うん………」
プリシスはさらに強く抱きついてきた。彼女の体が熱くなっているのが、全身を通して伝わってくる。ここにきて愛しい気持ちが込み上げてくるが、もうあまり出発まで時間がない。
「ぼくはここで待ってるよ…………」
そう言って彼女の頬にそっと口づけをした。
あのサルバでの事件から4年の歳月が経った。
今、僕の腕の中にいる人に出逢えたのも、かけがえのない仲間達と出逢えたのも、あの事件がきっかけだった。
鉱道内で暴れる龍を退治する。今思えばこのことが僕の人生の分岐点だったのだろう。
あの時、僕は龍を退治しに行かないという選択をすることもできた。
もしそうしていれば、僕達は出逢っていなかったかもしれない。それかもしかしたら、また別の形て出会っていたかもしれない。これも選択次第では、の話だけどね。
とにかくあの日以来、僕の考えは変わった。
運命、そして人の人生は、既に決められているものだと思っていた。
幼き日々から、ずっと無意味な人生をただただ歩いていくものだと、そう思い込ませていた。
でも、それは違う。
運命とは、一人一人が切り開いていくものなんだ。
決められた人生なんてない。何が分岐点になるか、分からないんだ。
『アタシ、リンガでずっと変人呼ばわりで、友達もいなかったんだけどさ。でも、それでよかったよ。だってもし、アタシが周りに合わせて無人くんとか作っていなかったら、アシュトンと会えなかったんだもん』
よくそんなことを話すプリシスが、そう教えてくれた。
「ねぇ、アシュトン……」
「ん、なんだい?」
「それじゃ、いってくるね……」
「うん、いってらっしゃい……」
そう。僕はもう、運命という偶像のような言葉に翻弄されはしない。僕はもう、一人じゃないんだから。
fin.
あとがき
読んでくださり、ありがとうございました。
管理人の大好きなアシュプリです。
設定はSO2から4年後、BSから2年後
プリシスがアシュトンに会うためエクスペルを訪れた、
その帰りのシーンです。
アシュトンとプリシスはよく“一人ぼっち”同士だと形容されますが、
自分は“報われない”者どうしのカップルだと考えています。
つまり、“人生損している”二人ってことですね。
たぶん、互いに自分を認めてくれる誰かが欲しかったんだと思います。
この点では、ちょっとクロードも似ていますね。
そして、そういう気持ちが互いによく分かり合えるからこそ、
この二人はだんだんと惹かれあっていくんだと思います。
ま、プリシスがそのことに気付くのは
彼女がかなり大人になってからなんですけれどね。
なので個人的には、二人が出会って数年後、
お互い20代くらいのアシュプリが一番好きなのです。
今後もよろしくお願いいたします。
2010/9/12
ぷりん