ココロのなかでは

短編 ディアス×チサト 1



 完全な平和が実現されたとして、必要のなくなった軍事力をどう処分するべきか。その問いに対し、誰もが納得するような答えを出すことは難しい。

 それは国家にとって永遠の課題であり、ここエナジーネーデはそれを放棄するという形でかりそめの平和を七億年にわたって保ち続けていた。

 けど、その時代も遂に終わりを迎えようとしている。十賢者の復活により、「一般人でも護身のために武器の所持を認めるべきだ」などといった世論も上がってきていた。私はそんな激動する惑星の取材に明け暮れ、今日もクロード達と行動を共にしていたのだった。





 私、チサト・マディソンは今アームロックにいる。十賢者の復活まで戦いのなかったエナジーネーデ。その中でも唯一、この街だけが武器の生産を許可されている。

 勇気の場を攻略したクロードたち一行は、次なるネーデの試練に向けて装備を整え直すべくこの街を訪れていた。今はみんなそれぞれ武器を自由に選んでいる最中で、あと三時間後ぐらいしたあと、街の入口にある宿屋の一階で集合することになっている。

 けど私の場合、武器は神宮流体術。新しい武器なんかハナから必要としていない。だから今この時間が暇で暇でしょうがなく、仕方なしに街を散歩して時間を潰すことにした。

「いよいよ残るは愛の場だけなのね……」

 彼らの取材を開始してからはや2週間くらい。知恵の場、力の場、そして勇気の場を攻略したみんなの強さは、私の想像を遥かに越えていた。

 剣技と気功の組み合わせで魔物たちを圧倒するクロード。軽い身のこなしから繰り広げられる華麗な体術で敵を翻弄するボーマン。チームの回復役でありネーデ人の血を引く少女レナ。派手ながらも精密に制御された紋章術を使いこなすセリーヌとレオン。

 この仲間たちの誰もが、ここエナジーネーデではかなう者がいないくらいの実力を誇っている。だが、そんな猛者揃いの中でも頭一つ飛び抜けた強さを持つ男がいる。

 それが……

「げげっ……!?」

 すると、ちょうど顔を思い浮かべようとしたその男。たった今そいつが目の前にある武器屋の入り口より、体を屈めながらぬぬっとその姿を現したのだった。

「あ、あれはディアスじゃない……!」

 その高い背丈のおかげで、近くに居ると誰なのかがすぐに分かった。そう、彼こそがこのチーム最強の剣士、ディアスだ。

 しかもこの男とくればただ強いだけではなく、そのルックスも素晴らしい。確かに遠目に見てもなかなかかっこいいし、それは私も十分に認めるけど。

 けれども、天は万能な人間などこの世に残していないみたい。この男には、性格に致命的な問題点があった。いわゆる“コミュ障”ってやつかしら。

 例えばふと誰かが話しかけてみたとしても、全然会話が繋がらないなんてザラ。そもそもディアスが仲間と楽しそうに会話しているところさえ、殆ど見たこと無いような気もするし。

 私もこれまで何度となく彼とコミュニケーションを取ろうと努力してみたけど、出会ってから今日この時まで彼が私に発した言葉は「ああ」「いや」「そうか」の三種類だけ。言っておくけど、これは決して冗談なでもなんでもない。

 そしてこんな淡白なやり取りしかできないディアスに対し、今や完全に苦手なイメージが私の中に定着してしまった。今も遠目に見る限り、道ゆく人々はディアスの鋭い眼光に圧倒され、自然と彼を避けるよう距離をとっている。彼等の行動はごく自然な反応であり、できれば私もディアスに気づかれる前に、この場から何事もなかったかのよう逃げ出すつもりだった。


 ………


 けれど私の場合、なぜかこういう時に限って運が味方をしてくれない。

 今もそう。不運にもディアスの次の行き先は私のいる方向だったらしく、その大きな体をぐるんとこちらへ向けてきたのだ。

 そして次の瞬間、私と彼はばっちり一直線に目が合ってしまった。

「わわわっ……!?」

 ついつい体が凍りついてしまう。凄く気まずい空気が漂いはじめるのを感じる。

「あ、あらー。ディアスじゃない……?」
「………」

 反射的にそんな言葉が出てしまった。そしてやっぱり彼からの返事はない。どうしよう。私も彼も仲間だし、このまま無視してどっかに行くのも、さすがにちょっとどうかとは思う。

「………」

 しかしそんな自分の心境など知ったことないような様子で、ディアスはこちらに無言のまま近づいてくる。すごい威圧感を全身で感じる。本当にこの男が仲間なのか分からなくなる。

 今この状況だけ見ると、こいつは敵だと思うほうがよっぽどしっくりきた。彼は自分などには目もくれず、冷めた顔で後方遥か彼方を捉えている。あいつは私を仲間などとは思っていないのかな?

 とりあえず、この状況を何とかしないとやばいと思った。何でもいい。何か会話しなきゃ……

「えっと……どう? アームロック? 何かいい武器は見つかったの?」

 そうよ、やっぱりディアスといえば剣。絶対興味あるはずだし、これだと話に乗ってきてくれるに違いない!

 ……だといいんだけれど………

「別に……」

 すぐに返事が帰ってきた。ほんのちょっと安心。しかも今まで聞いたことの無かった新パターンの返答、「別に」だ。

 ……まぁ、相変わらず顔をこっちに向けることは無かったけどね。

 ま、そんなこと気にしてたらキリがない。次の言葉を早く考えなくちゃ!

 えっと、えっと……

「そ、そうなんだー。でもディアスだったら、敵を倒すのに武器はあんまり関係ないんじゃない? ほら、なんとかは筆を選ばずって言うし?」

 これはもしかしたら会話ができるかもしれない! そう思った私は必死に場をもたせようと話題の拡大を試みた。

 けど、その努力もむなしく終わってしまう。私があれこれ言っている間も、ディアスが歩みを止めることはなかった。そして彼はそのままするりと私の横を通り過ぎると、大きな体を微かに揺らしながら離れていくのだった。

 彼の動きを追うようにこっちも振り返ってみたが、何の反応もない。なんだか地面に転がっている石ころと同じ扱いを受けているみたいだ。

「い、いい武器見つかるといいわねー………」
「………」

 追い討ちの言葉を送ってみるも、何の反応も示してはくれない。しかも気のせいだろうか、彼はめちゃくちゃ不機嫌そうな顔を浮かべていた。

「………ふぅーっ……」

 ディアスがそのまま去っていくのを見届けると、そんな溜め息が体の奥底から解き放たれた。

 これから旅を共にする以上、この男とのやり取りも続いていくのだろう。そう思うと頭が痛くなる。彼以外の仲間は明るく話しやすい性格をしていることがまだ救いだ。

 まぁ、気にしていても仕方ないか。こんなことで思い悩むのも十賢者を倒すまでの辛抱なんだし。

 そう思った私は気を取り直すと彼とは反対方向へまわれ右して、当てもない散策の続きに再び繰り出した。





 その後、町外れの隠れ家的カフェ「やまとや」でデートするクロードとレナ、書店であれやこれやと興味のある本を選ぶレオン、街中でナンパされつつも冷たい目線で追い払うセリーヌらと私はすれ違った。

 こんな大変な状況でも、このエナジーネーデを彼らが楽しんでくれていることが嬉しかった。できれば十賢者の騒動が収束した後でも仲良くしたいけど、一貫して鎖国を続けるこの星の方針からして難しいことかもね。

 かくして一通りアームロックを巡り終えた私は、ふと時計に目をやる。するといつの間にか、宿屋でみんなと合流するにはちょうどいい頃合いになっていた。

 街のもっとも奥、遥か古代からある閉ざされた遺跡の入り口。休憩がてらその階段に座り込んでいたけれど、そろそろ宿屋に戻ろう。そう思った私はゆっくり腰を上げて、スカートについた砂をぱんぱんと払った。

「今日の晩はみんなと何を食べに行こうかしら? アームロックにはおすすめのお店が幾つかあるけど、どこが一番みんなの口に合うのかな?」

 そんなことを考えながら歩き続け、ちょうど繁華街の入り口に差し掛かろうとしたとき、何やら裏路地のほうから子供たちの騒ぎ声が聞こえてきた。

「すっげー! 本物の剣だぜ、剣!」
「ってかあの人、このあいだネーデの外から来たっていう強い剣士じゃない?」
「あーっ! あのテレビでやってた……」

 なにやら物騒な話題。子供に剣なんか見せている奴は誰なのだろう?

 早く宿に戻りたかったけど、そんな興味がちょっとだけ湧いた。そこで少し路地様子を窺ってみる。

 すると……

「……って、ディアスじゃない!?」

 そこには路地を歩くディアスを、何人かの子供たちがはやし立てている光景があった。

「やばいやばい……」

 彼の視線に自分が入らないよう、咄嗟に体を引いて路地の死角に身を隠す。また面倒な話をするハメになるのはゴメンだ。

 とりあえず今のところ、あちらから私には何の反応もない。どうやら無事、気づかれずに済んだみたい。

 そう思ってほっと一息ついていると、路地の向こうで交わされているディアスと子供たちの話の続きが耳に入ってきた。

「……これがそんなに珍しいのか?」

 びっくり。あのディアスがまともな文章を口にしている。しかも相手はたかだか子供だというのに。一体どういうことなのだろう?

 さらに気になった私はぴたりと壁に張り付き、彼らの会話にそっと耳を立てた。

「そりゃそうだよ! かっこいいじゃん!」
「それで十賢者を倒すんだろ? いいなー、俺もそんな風になりたいな」
「武器を持っていれば、どんな敵が来てもズバズバ殺せるもんね」

 無邪気な子供たち。ま、アームロックの武器はネーデから許可のおりた、ごく限られた人しか所有する事ができないものね。武器の街の住人といえども、滅多に見ることのできないシロモノなんだろう。

「……お前たちは、これを持てば強くなれると思っているのか?」
「うん。だって、剣さえあれば何でもできるじゃん! それに……」
「……それは違う」

 そんな子供たちを、ディアスが静かに一喝する声が聞こえた。

「俺は敵を倒すために剣を持っているんじゃない。大切な仲間を守るために剣を持っている」

 その言葉に、私はついつい「えっ…?」と声を漏らしてしまった。あのディアスの口から“仲間”だなんて。しかもそれを“守る”って……

「えー、なんで? 剣で守るなんて、意味わかんないよ」
「そーだよ! それって斬るためにあるんだろ?」
「……なら、なぜ“斬る”必要があるのか分かるか?」

 ディアスがそう言うと、子供たちは少し黙る。私も彼の質問の答えをちょっと考えてみたけれど、適当な答えが見つからなかった。

「……そりゃ、十賢者みたいな悪い奴らがいるからだよ」
「なら、なぜ悪い奴らを斬らなくてはならないのだ?」
「それは……そうしないと、みんな殺されちゃうから………」
「そうだ……」

 ディアスは低い声でそう答えた。

「確かに俺はこの剣で色んな魔物や、時には人も斬ってきた。だが、それはそいつらを倒したかったからじゃない。そうしなければ大切なものを守れなかったからだ」

 そうだったんだ……

 戦う意味をこんなに深く考えたことなんて、私は今まで一度もなかった。なのにディアスは……

「俺には今、かけがえのない大切な仲間がいる。そしてそいつらを必死で守るために俺は戦う。武器は決して傷つけるためのものではない。それをよく覚えておけ……」
「……はぁい…………」

 反省するような子供たちの声。そして再び歩き始めたディアスの靴が地面を擦る音が聞こえた。ディアスがこっちに来る! 

「……何をしている?」

 私は逃げ遅れてしまった。盗み聞きしていたところをディアスに見つかり、冷ややかな目線を向けられている。

「え、えっと………」
「……何だ?」
「その、ね………」

 もうこんな状況では言い訳できない。そう思った私は正直に話すことにした。

「さっきの話、こっそり聞いちゃったんだけど……」
「…………」
「ディアスがそんなに私達のこと考えてくれているんだなーって、ちょっと感心しちゃって」

 こんなこと言っていると、なんだかこっちまで恥ずかしくなってくる。けど、もうここまで言っちゃったんだ。こうなりゃ相手がディアスたどか考えないで、素直に想いを伝えよう。

「……ありがと。いつも守ってくれて」
「………ふん」

 私がそう一言ディアスにお礼の言葉を述べると、彼は照れくさそうに鼻を尖らせたのだった。なんだかその仕草が可愛く感じられる。今までだったら絶対にそんなことなかったのに………

「……あいつらが宿屋で待っている。俺達もこんなところで油売ってないで、早く戻るぞ」
「……えっ、ええ、そうね!」
「ったく、お前は本当にお節介な奴だな。誰かとそっくりだ………」

 ディアスはそう私に話した。そう。ちゃんと話してくれたのだ。

「どーもすみませんね、お節介で!」

 私はべーっと舌を出した。彼の言う“誰か”とはレナのことなんだろうけど、私は彼女と同じくらいディアスに世話焼いてるってことなのかな……?

 まっ、それもいっか。ディアスは私に話しかけてくれているんだし、ほんのちょっぴり心を開いてくれただけでもよしとしよう。

「おい、来ないと置いてくぞ!」
「はーい!」

 私はそう返事をして、ディアスの大きな背中の後をついていくよう歩き始めた。


fin.



あとがき

復帰記念第2弾、初のディアチサです!
アシュプリ、レオリヴァの次に好きなこのcpですが、
その記念すべき初作品となりました。
長編ではこの二人、けっこう出てきているんですけどね。

ディアスとチサトはBSで一気に人気になりましたね。
大切なものを失った者同士、惹かれ合うみたいな。
かくいう自分もその一人ですが(笑)

しかし本編のSO2では、初期感情度は最悪に近いですよね。
たぶんネーデで初めて出会ってからしばらくは、
この二人仲悪かったんだろうなぁと思っています。

今回はそんな中、チサトがディアスの意外な一面を知り、
ちょっと彼を見直すようなシーンを書きたかったです。
書いてて思ったんですが、やっぱチサトさんってパーティで一番
イマドキな“女子”って感じがしますよね(笑)
(レナやプリはいわゆるJK世代ですから)

これからもよろしくお願いいたします!

2014/12/23
ぷりん