その10センチメートルを

短編 アシュトン×プリシス 1



「皆様、本日はご搭乗ありがとうございました。お荷物のお忘れ物等にお気をつけください。続いて、乗り換えのご案内です………」

 滑舌の良いアナウンスが空港内に流れる中、初めての経験に戸惑いながらも前を行く人に付いていけば大丈夫だろうと、僕は列の流れに身を任せる。

 焦りを顔に出さないようにと気をつけるが、なにせこんな場所は初めて。周囲に比べると妙に浮わついている自分が恥ずかしくなってくる。動く歩道の出口で盛大にコケたり、自分の荷物がコンベアから流れ着くのを見逃したり。これでは田舎者であることがバレバレだろう。

 まぁそんなこんなで色々とトラブルはあったけど、ようやく入国手続きを済ませ、いま僕は無事にチキュウへと来ることができた。初めてエクスペルから出るということもあり色々と緊張したけれど、なんとか最初の関門“ウチュウセンに乗ること”は無事潜り抜けたみたいだ。

 事前の話では、たぶん彼女はこのあたりで待っているはず。けれど……

「な、なんだよこれ……?」

 ここに着いて驚いたけれど、チキュウは本当に人が多い。彼女からよく聞かされてはいたけれど、まさかここまで凄まじいとは思ってもいなかった。

 彼女が事前に待ち合わせ場所に指定してきたのは、入国ゲートを潜った先にある時計台の前だったはず。そしていま僕の目の前には、高さ10mくらいはある黄金の時計台がある。

 このあたりで待ってくれているはずだけれど、あれほど背の低い彼女のことだ。この中からその姿を見つけ出すのに、また一苦労しそうな予感がした。







 今日、僕は半年ぶりにプリシスと再会する。

 前に彼女と顔を合わせたのは、地球ではなくエクスペル。「マナクリーナー」と呼ばれる装置でエクスペルのエナジーストーン汚染を浄化するために、名目上は“仕事”として彼女は僕の星に来てくれた。

 それ以前からずっとそう。僕がプリシスに会うことができるのは、彼女がエクスペルに来たときだけ。あんまりよく分からないけれど、チキュウとエクスペルはエナジーストーンによる魔物の凶暴化が収束するまで、行き来してはいけないらしかった。

 だから、たまにプリシスが特例で訪れるときを除くと、僕たち二人のコミュニケーション手段は通信機による音声や映像、文章に限られていた。いわゆる遠距離恋愛ってやつだ。

 毎回プリシスはエクスペルに来るたび、僕の家に泊まっていく。僕の作った料理をおいしそうに食べ、チキュウでの出来事を喜々として話してくれる。

 今まではそれでも満足だった。会いに来てくれるという事実が嬉しかった。けどやっぱり年数を重ねて、そしてプリシスとの愛情が深くなるにつれ、たまにしか会えないことに物足りなさを感じてしまう自分がいたのも事実だった。

 そんなとき、プリシスはエナジーストーンの汚染を除去する機械“マナクリーナー”を開発した。そして彼女は半年前にエクスペルを訪れたとき、それを使用することで十賢者による汚れを完全に浄化した。

 すると、どうやらそれがきっかけとなったみたいで、エクスペルはつい先日“銀河連邦”と呼ばれる組織に加入することができたらしい。それと時を同じくして、地球の航宙会社による“エクスペル−地球”便が定期便として就航することになった。

 そして今日、僕は記念すべきその第一便に揺られ、ここチキュウまでやって来たというわけだ。チケットの手配とか身分の証明とか、よく分かんないことだらけで不安だったけれど、そこはプリシスが通信機越しで丁寧に教えてくれた。




――――こつ……こつ……こつ……――――


「はっけーーーん!!」
「う、うわっ!?」

 そんな彼女に1秒でも早く会いたくてきょろきょろと必死に辺りを探していると、いきなり僕の背中から柔らかい何かが被さった。そして抑揚の効いた、少し高いトーンの声が耳に入ってくる。

「プリシス!」
「えへへ、アシュトン久しぶり!」
「もう、びっくりしたよー」
「あは。ごめんごめん……」

 後ろを振り返ると、プリシスが僕の背中に抱きついていた。くりくりした大きな瞳に、ポニーテールの茶色い髪。いつもと変わらず可愛い彼女は僕の横顔を上目づかいで眺めながら、笑顔で話しかけてくる。その姿が目に入ってきた僕は、異界の地にいるという緊張感が一気に全身から吹き飛きとんでいくのを感じた。

「それにしても、よくこんな大勢の中から僕を見つけられたね」
「だって、アシュトンってば背が高くて目立つんだもん。すぐに分かっちゃったよ!」

 そう言うとプリシスは掴んでいた腕をゆっくりと離し、ひょこっと僕の前へ躍り出たのだった。

「ほんと、今日は来てくれてありがとね!」
「それはこっちのセリフさ。僕は君に会えて嬉しいよ、プリシス」
「もうっ……アシュトンったら、相変わらずクサいことしか言えないんだから……」
「えっ……僕、そんなつもりじゃ………」
「ま、あたしも嬉しいから別に気にしないけどねー」

 プリシスは白い歯を見せながら、首をすくめて笑った。僕に会えたことが心の底から嬉しいようで、そんな彼女の姿にこっちも幸福感を覚える。

 ただ僕はここでプリシスに対し、なんだかいつもと少し雰囲気が違うような、そんな違和感のようなものを覚えていた。具体的に言うならばエクスペルで会う時に比べて、ちょっと顔と顔との距離が近いような……

「ねぇ、プリシス?」
「ん、なぁに?」
「もしかしてさ…………背、伸びた?」
「あっ、やっぱ分かる?」

 そうさりげなく尋ねると、プリシスは待ってましたとばかりに自分の足元を指差した。

「アシュトンと並んで歩くんだもん。やっぱあたしも背伸びしたほうが、見映えいいじゃん?」

 そう話すプリシスは、少し柔らかみのあるベージュ色のヒールを履いていたのだった。かかとは高さ10cmほどあり、ソールも細めに造られている、どちらかと言えばスタイリッシュなデザインだ。どおりで今日のプリシスはチサトやオペラと変わらないくらい背が高く見えるわけだ。

「これからはアシュトンとたくさんデートできるし。そのために新しく買ったんだ!」
「へー、そうなんだ。いいんじゃない? 似合っていると思うよ、それ」
「えへ、ありがとっ」

 僕と出掛けることを楽しみにしてくれている、大人びたプリシスが微笑ましい。でもそれと同時に、なんだか昔の彼女の面影が失われているようにも感じて、それがちょっと寂しくも思えた。

「さ、そんじゃ、行こ!」

 プリシスはそう言って僕の手を握ると、迷路のような空港へと僕を連れ去るよう、カツカツとヒールの音を鳴らし始めたのであった。





 チキュウは、一言で現わすならば“とにかくごちゃごちゃしている”場所だった。

 エナジーネーデのフィーナルに突入したときもその構造の複雑さには驚いたものだが、ここはその比ではなかった。通路はあれよこれよと分岐しており、天井からぶら下がっている標識も字が小さすぎて何を書いてあるのかよく分からない。

 そしてその脇には多様多種のお店が並んでいた。パンやクレープといったお菓子を売っている店の前には行列ができており、それを避けながら進んでいくのはとても難しい。

「それでね、レナったらさ………」

 僕たちが会えなかった間に起こった出来事をプリシスは楽しそうに話し、僕はそれにうんうんと耳を傾ける。喧騒のせいで彼女の声は少し聞き取りづらく、周囲の人々と彼女の言葉の両方に集中しなければならない。

 ただ恋人と話しながら歩くだけなのに、それがチキュウではこれほどまでに疲れるものとは……

「そんで………うわっとと……」

 一方でプリシスは話すことに夢中なようで、時たま誰かとぶつかっては、ふらふらとよろめく姿を見せていた。手を繋いでいるおかげで倒れることはなかったけれど、それでも彼女がバランスを崩すためにヒヤッとしてしまう。

 プリシスはただでさえ不安定なヒールを履いていて、ちょっと歩きにくそうに見える。ひとつ間違えば大怪我をしてしまいそうで、僕はそれがずっと心配だった。

 そうこうするうちに、やがて僕たち二人は大きなエントランスへと到着した。大きく開けた出口の先には、陽の光に照らされた銀色の都会の姿が見える。あともう少し、広い階段を下りてちょっと歩けば、いよいよ初めてチキュウの街を拝むことができそうだ。

「ほら、もうすぐ外に出るよ!」
「うん。すごいね、こんなにたくさんの建物が……それにどれも、すっごく高いんだね………」

 このエリアは屋根がガラス張りになっており、どこまで続いているのか分からないくらい高々と聳え立つ建造物のシルエットが、その向こう側をびっしりと占めていた。

「そーだよ。今あそこに見えるのは、だいたい170階くらいあるのかなー?」
「ひゃ、170階!?」
「うん。けど、ぜんぜんフツーだよ。もっと高いビルなんて、まだまだたくさんあるし」

 まるで異世界に来たみたいだった。エナジーネーデに漂着したときもそうだったけど、この世界には凄い場所がたくさんあるんだなと改めて惚れぼれしてしまう。

「あ、じゃあさ、今から………」

 二人で屋根を見上げながら、プリシスがそんなことをつぶやいた時、ふと握っていた手が強く引っ張られるのを感じた。

「う、うわぁぁーー!!」

 それと同時にプリシスの悲鳴が聞こえてくる。はっとして視線を戻すと、そこには階段を踏み外して勢いよく前へ倒れこむ彼女の姿があった。

 プリシスはその場に踏ん張ることができていない。なぜならそのつま先はあれだけ細く、不安定なものだから……

「プリシスっ……!!」

 気がついたら僕は咄嗟に彼女の手を離して、そして素早く彼女の前方へと移動したのだった。





「ア……アシュトン…………?」

 いま、僕はプリシスを受け止めるように抱きかかえている。彼女はうずくまるような姿勢で目を閉じていたが、やがてそれをぱっちり開くと、確かめるように僕の名前を呼んだ。

「怪我はない? プリシス?」

 そんな彼女をそっと前へ押し出しながら、僕はそう尋ねた。本当はしばらくこのままでもよかったけど、さすがに周囲の目線が気になってしまう。

「だ、大丈夫。ありがと………」

 プリシスはヒールの位置を確かめながらゆっくりと体を元に戻し、そしてきゅっと唇を結んだ。

 僕たち二人は今、階段のど真ん中で向き合うような形になっている。プリシスが倒れて転落しそうになったのを、僕は間一髪のところで受け止めることができた。これも日々の修行の賜物なのか、僕は彼女の勢いに押されることなく、しっかりとプリシスを支えることができたのだった。

「ご、ごめん。よそ見してたら、つい………」
「いいよ。僕はプリシスが無事で、それだけで本当によかった……」
「う、うん、ありがとう、ごめん………」

 プリシスはしゅんとうなだれた。転んでしまった原因、慣れないハイヒールを履いていたことに後ろめたさを感じているように思えた。

「あのさ、プリシス……」

 僕はそんなプリシスに、できる限り優しい口調で声をかけた。

「やっぱり、プリシスは頑張り屋さんなのは、すごく嬉しいよ。僕と君が周りから羨ましく見えるよう、ここまでおしゃれに気を遣ってくれて」

 これはお世辞なんかじゃなくて、本当に僕が思ったこと。

「…………」
「だから………」

 じんわりと瞳の潤むプリシスを前にして、僕は大きく鼻で深呼吸した。

「だから、無理しないでさ……」
「う、うん…………」
「……まずは、あんまり人のいないところで、一緒に並んで歩く練習、しよ?」
「………へっ?」
「そして慣れてきたら、今度こそ街中に二人で繰りだそうよ。そしたらきっと僕たち、お似合いの二人みたいに映るさ」
「アシュトン…………」

 プリシスは僕の話を聞くと少し鼻をすすり、そして何度も目をごしごしと擦るのだった。

 いつもそう。プリシスはちょっと目を離すと、頑張りすぎてドジしてしまう。けれどその頑張りを否定することは、僕は絶対にしたくない。それがプリシスのいいところ、僕が好きなプリシスだから……

「………わかった、そうする」

 落ち着いたプリシスは、ゆっくりとそう呟いた。

「危ないから、今日はもう履かないことにするよ」
「へっ、履かないって……じゃあどうするの!?」
「えへへ、実はこの近くにショッピングモールがあるんだけどさ………」

 プリシスはそう言うと、冷たくなった手で再び僕の手を取る。

「……買い物、付き合ってくれるよね?」

 その表情には、いつもの明朗快活なプリシスが戻っていた。

 そしてそのまま、彼女は空港の時計台のときと同じように僕の手を引くと、すたすたと階段を降り始める。

「プ、プリシス!」

 ぎゅっとその手を握り返し、僕はそんな彼女を止めた。

「わっ!? ちょ、ちょっとアシュトン、何すんの……」
「ゆっくり歩こう。ゆっくりでいいから………」

 こういう時だからこそ、僕がしっかり傍でプリシスを守ってあげなくちゃいけない。

「……そうだったね。ありがと、アシュトン…………」

 プリシスはそう返事をすると、柔らかなヒールの音をたてながら、ゆっくり一歩ずつ足を進めていく。僕はそんな彼女の隣に付き添い、同じ歩調で階段を下っていった。

 彼女はしっかりと足元へ、そして僕は周囲へと注意深く視線を送る。お互い向いている方向は違うけれども、それでも僕とプリシスは二人、ぴったりと並んでチキュウという都会を歩いていくのだった。


fin.



あとがき

ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。
復帰記念1ということで、管理人の一番好きなアシュプリです。

遠距離恋愛してるシチュエーションが好きなのですが、
今回はそれから少し進展した状況です。
マナクリーナーっていつ開発されたのかゲーム中にはありませんが、
一応自分の中ではBSから数年後ぐらいじゃないかなと思っています。
ちなみにこの小説では、BSから3年後くらい、
アシュトン25歳とプリシス21歳ぐらいです。
現実でも一番ありそうな歳の組み合わせのカップルですね。
やっぱ恋愛はこれくらいの男女が一番いいですよねー(笑)

最後の部分で「履かなくていいよ」とは絶対に言わないアシュトン。
プリシスは誰よりも努力家で、けどそれがいきすぎて暴走したり、
そんな彼女を優しく見守れるのがアシュトンだと思っています。

やっぱりアシュプリはプリシスがアシュトンを振り回しつつ、
それでもちょっとアシュ→プリっていう微妙な感じが
お互いを支えあう若いカップルって感じで萌えますねー。

これからもよろしくお願いいたします!

2014/12/23
ぷりん