Star Ocean
Graceful Universe

連載長編小説

62.第五章 第10話

 ミント姫と誘拐犯はキーサイド王国側の国境、ノースフォールの門を突破していった。その情報がクロードとディアス両方に届いたのは、そろそろ本格的に日が沈むだろうな、というくらいに太陽が傾いた頃合だった。

 突然すぎるこの知らせを先に聞いたのはクロードたちだった。

 アシュトンからの通信を聞くと、クロードは少し驚くと同時に、よりによってそっちに逃げたのかと落胆する。リーダーである自分の予想が外れることは、たとえ仲間がそう思ってなくとも責任を感じるものだ。だがそれに一々感情を左右されている暇などなく、これから自分達がどう動くべきか、クロードはそのことを冷静に考え始めた。

 もちろん自分とレナ、ボーマン、レオンの四人は、今すぐにここから引き返さなければならないだろう。ザックル神国までもう少しという場所まで密林を進んできていただけに、取り越し苦労が報われない形になってしまった。しかしもともとクロード達とディアス達のうちどちらかはこうなる予定だったので、これも仕方の無いことだ。

 問題は時間だった。もちろんこういった人の入らない密林などでは、昼に比べると夜のほうが数倍危険である。自分達が死ぬことはないだろうが、往路以上に手を焼くことに間違いはないだろう。果たして今日中に分岐点まで戻れるかどうかさえも分からなかった。

「セリーヌさんには一旦、僕達がディアス達と二手に分かれた分岐点までテレポートしてもらうよ。そして僕たちと合流して、再びディアスの元まで戻るんだ」

「なるほど。セリーヌさんのテレポートはほんとに大活躍だね」

 アシュトンはうんうんと声を鳴らしながら返事をする。いまディアス達もそれなりにキーサイド王国まで接近しているはず。セリーヌと自分達が合流し、一緒にその場所までテレポートで戻れば大きく時間が短縮されるだろう。

「僕らも今からセリーヌと落ち合うために、南北に分かれた分岐点まで引き返すよ。それまでディアスたちにはできるだけキーサイド王国を進んでもらう。アシュトンたち3人は引き続き、ジルハルトで待機していてくれ」

「うん、わかった。そっちもがんばってね!」

「ああ!」

 クロードはアシュトンの激励を聞き終えるとプッと通信を切り、続いてそのままディアス達との回線を開くのだった。





 一方その頃、ディアス達はなんとか誰にも見つかることなくノースフォールの門がある崖を登りきっていた。今は街道を探しながら、針葉樹林の中をひたすらに駆け抜けていた。

 急に肌寒くなってゆくこの森林地帯はサルのような姿をした魔物の縄張りになっているらしく、ディアス達は幾度となく繰り出されるその攻撃を撃退するのに時間を取られていた。

「くっ、こっちもか! しぶとい奴らめ、ケイオスソード!」

「くらいなさい! ウインドブレイド!」

「ええいっ、奥義! 昇り竜!!」

 このサルたちは木の上に巣を作っているようで、その場所から飛び込んできたり、あるいは硬い木の実を落としてきたりしてディアスらを攻撃してくる。

 長い尾を器用に使って樹上を飛び交うため、ディアス達は空中の敵に有効な技を駆使し、なおかつ出来るだけ殺さないよう手加減しながらこれを退けていた。いくらなんでも勝手に縄張りに入って来たのは自分達なのである。殺してしまうのはかわいそうだ。

 セリーヌの魔法やディアスの技の流れ弾が樹木に当たってメリメリと音を立てて倒れ、同時に凄まじい魔物の絶叫が耳に入るたびに見ると酷く心が痛む。自分たちはさっさとここを通り抜けたいだけであり、危害を加えるつもりはないんだと訴えたくても、彼らに言葉は通じない。

「もう、これじゃあ日が沈むまでに通り抜けられないじゃない! うわ、こっちからも襲ってきたし……」

 チサトは空から降り注ぐサル達を、ジャンプさせた勢いを乗せた拳で敵を攻撃する神宮流体術の奥義、昇り竜で次々と撃破しながらそう口にした。

「まだまだ街道まで距離もありそうですわね……」

「ったく、こいつらも大人しくしてりゃ何の問題も無しに済むってのにね」

「くそっ、鬱陶しい!」

 ディアスは頭上に落ちてくる大きな塊のようなものを長剣で薙ぎ払う。キィキィと喧しい合図を送りながらこちらを攻撃することから、このサルたちはなかなか賢い頭脳と社会性を持っているのだろう。まぁ、ディアスたちとしては迷惑極まりないだけであるが。

 そんな中、ディアスは纏わりつく一匹のサルを蹴り飛ばしたとき、自分の荷物袋から何やら音がするのに気が付いた。魔物が怯む間に急いでその発生源を乱暴に取り出すと、少し前にセリーヌに教えてもらった応答ボタンを勢いよく押した。

「なんだクロード!? こっちは今魔物退治で忙しい!」

「ディアス、取り込み中すまないが聞いてくれ」

「しょうもない要件なら、ただでは済まさんぞ!?」

 通信機を片手で耳に当てたまま、別のサルの攻撃をもう片方の手に握った剣で防ぐ。それでもサルはギリギリと音を立てて剣を押し返しながら迫ってきたが、チサトが背後から一発殴るとそいつは気絶してしまった。

「アシュトンからの報告で、犯人はキーサイド王国側に逃げたらしいんだ。ノースフォールの門が破られたらしい」

「……なんだと!?」

 ディアスは鋭い声でそう返事をした。

「おい、それじゃあ俺達が急がなくてはならない立場になったということか!?」

「ああ。っていうかもしかして、いま取り込み中だとか?」

「音を聞いたらわかるだろうが! まあいい。クロード、お前達はこれからどうするんだ?」

 大事な連絡。ディアスが通信機片手にそんな言葉を発すれば、チサトとセリーヌもそれを気にするようにディアスの声に耳を立てるのだった。

「僕らはザックル神国のすぐそばまで来てしまったんだ。ディアス達はどこにいる?」

「こっちは今し方、キーサイド王国に入ったところだ。だが国境は正面突破せずに崖を登った。今は少し道を外れた森の中を、魔物と戦いながら突き進んでいる」

「そうか。苦労してるみたいだけど、なんとかキーサイド王国に入ることはできたんだね……」

 通信機の向こう側でクロードはそう言うと、少し話に間を置いた。ディアスはクロードがこれから何を言おうとしているのか、おおよその見当はついていた。

「……俺たちが別れた分岐点まで、セリーヌを戻せばいいのか?」

「……ああ。ただ今は戦闘中みたいだね。大丈夫か?」

「…………」

 ディアスはチサトの方を振り返った。魔物と戦いながらもこちらの話を聞いていたチサトはディアスのサインに気がつくと、片目をつむってオッケーの合図をディアスに送るのだった。

 この様子からしてクロードとの話の内容も大体分かっているのだろうか、少し離れた場所にいたセリーヌも同じようにコクリと頷いてくれた。

「まぁ、問題なさそうだ」

 この程度の魔物ならば、別に自分とチサトの二人でも追い払い返せるだろう。ディアス自身そう確信していたため、返事は早かった。が、ディアスはこの案をそのまま受け入れるかといえば、実はそういうわけにもいかなかった。

「だが、今すぐはちょっと間が悪すぎる。ここは俺たちが街道に辿り着くまで待ってくれないか?」

 ディアスたちは今、地図にも載っていないような森林の中を移動中だ。もう少し進んで街道に出て、そこをテレポートの起点にするほうが良いだろう。それに今からセリーヌが分岐点まで行ったところで、クロード達が帰ってくるまで一人ずっと待たなければいけない。それはそれで時間の無駄であるし、いくぶん危険も伴うことになる。

「なるほど。それもそうだね」

 クロードのほうもディアスの提案に理解を示した。

「それじゃあこうしよう。とりあえずそっちはしばらく3人で進めるところまで進んでくれ。僕達は合流地点に着いたら連絡するから、その時にセリーヌに往復してもらおう」

「……そこまでどれくらいかかりそうだ?」

「うーん……3、4時間ってところかな。そのころには完全に真夜中になっているだろうから、合流してからどこかで野宿をすることになりそうだね」

「わかった。できるだけ急げ。敵は待ってはくれないからな」

「もちろんだよ。ディアス達こそ頑張って距離を稼いでおいてくれ。それじゃ」

「ああ」

 クロードから通信機を切る音が聞こえると、ディアスは「さてと」と言わんばかりに自分を取り囲む魔物たちを剣で薙ぎ払った。

「お前たち、大体話は見えているだろう?」

「ええ。どうやらクロは私たちのほうに逃げたようですわね」

「セリーヌのテレポートでクロード達が合流する前に、できるだけこの国の奥まで進んでおけ、ってことよね?」

 ディアス以外の二人とも、ばっちりと状況を把握しきっていた。トレジャーハンターとしてどんな小さな噂話でも聞き取る癖のあるセリーヌに、新聞記者が本業のチサト。そんな二人にとっては職業柄、至極普通のことなのだろう。

 ディアスはふと、そっと空を見上げた。気持ち悪いくらいに晴れている。そして鮮やか過ぎるくらいの紫色の夕焼け。連なる山々の陰が長く東へと伸びて、森林に縞模様を作る。そして何故か自分たちは、偶然にもその影と光のぼんやりとした境目に居る。それが少し気になってディアスは空を眺めたのだった。

 その一方でチサトとセリーヌは流石に少し疲れが溜まってきたようであり、そんな景色に見とれる余裕が無いようだった。

「……嫌な予感がするな」

「へっ? なんか言った、ディアス?」

「……別になにもない」

 ディアスは素っ気無くチサトにそう返事をすると、魔物の少なくなったこの針葉樹林を駆け出していった。不思議そうな表情を浮かべ「変なの」と呟きながら、チサトとセリーヌも彼の後を続く。日はさらに沈み、紫色のトワイライトはゆっくりと影に支配されていく。三人はサルたちと格闘しながら、ひたすら北に聳える王国を目指すのであった。












「なるほド。あの女は転移魔法が使えるのですカ……」

 その影を織り成す高く険しい岩山の頂上で、そんなディアスたちを見下ろす若い男が一人。彼は肩に乗せたサルの魔物を撫でながらそう呟いた。

「これは早く手を打たなけれバ。連邦の犬どもに邪魔されるわけにはいけませんからネ」

 そう言うとその男はニヤッと笑い、そのままフッと姿を消した。残されたサルはそれと同時に「キキッ!」と鳴き声を上げると、不思議そうに辺りをキョロキョロ見回す。そしてそのまま慌てた様子で仲間達の住み着く森へと、駆け足で山を下っていくのだった。


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