Star Ocean
Graceful Universe

連載長編小説

49.第四章 第4話

 地球でクロードが新たな任務を承った一方、こちらは惑星エクスペル。

 清流が流れ、森がかすむうららかな昼下がり。ラクール城からはるか北、魔物に支配されたエルリアからの襲撃に備えるべく、数年前に築かれたラクール北部防衛拠点。

 その近くにある地図にもないような小さな村を、ある日魔物の群れが襲った。

 はじめにそれに気がついたのは、村の入り口近くを守る2人の青年の兵士だった。

 なにやら村の外の森が騒がしい。このような小さな村に大人数での訪問など滅多にないため、とても不自然なことに感じた。

 なんだ? と不思議に思った青年たちは、目の前に現れた光景に鳥肌がたった。

 森の中から現れたのは、二足歩行をするオオカミの魔物が6匹。血のように真っ赤な目をぎょろつかせ、ゆっくりと村に近づいていたのだった。

 そして不幸なことに、そのなかの1匹が青年たちの姿に気づく。すると魔物たちはまるで獲物を見つけたハイエナのように、よだれにまみれた口を大きく開きながらこちらに向かって突進してきたのだった

「う、うわぁぁ……!? ま……魔物の襲撃だぁぁ!」

「お、落ち着け! ここは俺がなんとか食い止めるから、お前は早く詰所に報告しに行け!」

 彼らはいわゆる、この村の自衛団に属する兵士だった。

 ラクールの軍隊が未だエルリアの復興に手を焼いているため、領内の治安保持に回す兵力が深刻に不足している。そのため国内ではこういった自衛団を結成している自治体が少なくなく、この村も勇敢な若者たちによって平和が保たれていたのだった。

「こ……来いっ!」

 相方の兵士が詰所に走って行ったのを確認すると、残った青年は歯を食いしばって襲い掛かる魔物たちに剣を向けた。

 その唇はガタガタと震えている。兵士とはいえ、所詮は自衛団。装備はとても充実しているとは言えず、安物の剣に簡素な皮の鎧を身にまとっただけの一般人である。訓練なども一切受けたことが無い。

 それでも今までの襲撃といえば、腹をすかせた小さな魔物が1匹、こちらに向かってくる程度だった。そのため警備は彼らのような素人でも2人いれば十分だった。

 だが今回は違う。普段は見もしないような大きくて凶暴そうな魔物が、しかも6匹もいる。手にしている剣でその硬そうな皮膚に斬りかかっても、すぐにポキリ折れてしまいそうだった。

「や、やばいぞ………」

 青年の顎先からポトリと汗が滴る。もう気がついていた。自分一人ではもはやどうしようもないと。

 この状況を打破することは不可能だった。それを知りながらも、ただ立ち向かう。自分が戦わなければこの村に魔物の侵入を許してしまう。

 この青年には村を守るという義務がある。たとえどのような相手でも……




――――ギィン………!――――




 疾風の如く、魔物の内の1匹が鋭い爪を剥きたてて襲いかかってきた。青年はそれに対し真正面から剣で挑み、敵の爪先をなんとか剣で食い止めることに成功した。一般人にしてはなかなかよい反応をしている。

 だが、それを見て魔物はニヤリと笑った。

 その爪は鉄のように硬く、青銅の剣などで折れるような代物ではなかった。それどころか、フック状に曲がった先端でこちらの剣は器用にがっちりと引っ掛けられる。

「ぐわっ……!」

 魔物が剣を固定した腕をぐいっと上げ、簡単に青年の手から剣を奪い取ってしまった。その反動で青年は後ろに倒れこむ。

「し、しまった……」

 武器を奪われた青年は、ついそう言葉を漏らしてしまった。背中から激しく倒れこんだ痛みで、体が言うことを聞かない。

 必死の思いで立ち上がろうとしたときには既に魔物の群れに取り囲まれ、今にも襲い掛かられんばかりの状況であった。それに気づいた青年は咄嗟に村の入り口のほうを見る。

 だがそこにはまだ誰も居らず、だれかが来るような様子でもなかった。助けが来る気配はない。当たり前だ。こんなすぐに援護が来るわけが無い。

 最後の希望さえも打ち消され、青年は絶望した。それとは対照的に魔獣は狂喜に舞いながら大きく口を開け、勝利を確信したかのように雄叫びをあげている。

 もう終わりだ……。そんなことが青年の頭の片隅をよぎった時、遠くから二つの声が聞こえた。




「朱雀衝撃派!」

「レイ!」




 どこからともなく聞こえた力強い掛け声に、青年を取り囲んでいた魔物たちはくるりと声のした方を振り返った。その次の瞬間、



――――ドドドドドド………――――




 轟音がまるで狙ったこのように全ての魔物を直撃し、それと同時に辺り一面に業火と閃光が暴れ狂った。





 それはほんの一瞬、わずか数秒の出来事だったため、青年は何が起こったのか理解することができなかった。ただ一つ分かったことは、自分が助かったと言うこと。ドサドサと黒い煙をあげて倒れ行く魔物を見て、それだけは理解が出来た。

 そして全ての魔物が動かなくなると同時に、森の奥から二人の人影が現れた。

「ほぅら。私の方がたくさん倒せていますわ!」

「そんなことはどうでもいいだろ………」

 なにやら言い争いながらこちらに向かってくる二人の人影。片方は奇抜で露出の激しい衣装に身をくるんだ女性。もう片方は暗い蒼色の長髪がなびく、背の高い剣士だった。

 青年はまだ腰をついたまま、立ち上がることができなかった。

「おい、そこのお前……」

 すると村の入り口の前まで来た剣士のほうの男が、無表情でこちらに手を差し伸べながら声をかけてきた。

「命拾いしたな。このあたりはまだ魔物の襲撃を受けているのか?」

 空気を張り詰めさせる低い声。彼が相当な実力者であることは聞いてとれた。

 剣士に身を任せ、ぐいっと身を起こした青年は、ここで初めて口を開いた。

「あっ、ありがとうございます!」

 口を噛みながらもあたふたとそう言い、ペコリとその男に礼をした。

「あのままあなた方が現れていなければ、この村はどうなっていたことか。ソーサリーグローブが落ちてきた頃はたびたびでしたが、ここ最近はこんなこと無かったんです。だから僕もびっくりしていて……」

「……そうか」

 それを聞いた剣士のほうの男は、そう返事をした。

「まぁ、たまたま凶暴な魔物が生き残っていたのだろう。今はほとんどラクール軍に討伐されてしまっているから、心配することはない」

 ソーサリーグローブ問題がラクール大陸ではほとんど収束に向かっていたこと、そして魔物の襲撃による被害も殆ど無くなっているということは青年も耳にはしていた。

 エクスペルは平和に戻りつつある。そう実感していた矢先の出来事だったので、本当に問題が解決に向かっているのか疑問も残るところだが、さきほどのように凶悪な魔物を瞬殺してしまうほどの人間がラクールに居るということはとても心強い。

「それより、私達は今ある人物を探していますの」

 ここで、もう一人の女のほうが口を割って出てきた。

「最近あなた方の村に、シオンという名前の剣士が訪れたりはしていらっしゃりませんこと?」

 彼女は上品な口遣いでそう尋ねてきた。青年は心当たりがないか記憶を辿ってみたが、そもそもこんな辺境の村に来る人自体が少ないうえ、その大半は商人など物資の輸送に関するものだ。

 そのため旅の剣士などが訪れようものなら、それははっきりと覚えているはずである。しかし少なくとも、ここしばらくはそのような訪問は無かった。

「いえ、知らないですね。ここ最近は剣士が来たなんて話も聞かないですし……」

 青年はとりあえず、そう答えておくことにした。

「はぁー、また手がかり無しですわね……」

 それを聞いた女はがっくりと肩を落とすと、頭を抱え溜息まじりにそう呟いた。

 こんなに強い人たちが探しているシオンとは一体どういう人物なのか、青年は少し気になった。そして同時にこの2人の正体も同様にだ。

「あの……?」

「……時間をとってすまなかったな。俺達はまた次の村をあたる。こいつの後始末は任せたぞ」

 青年が2人にせめて名前だけでも聞こうと口を開きかけたとき、長身の剣士はそう告げた。彼の鋭い目線は既に自分ではなく魔獣の死骸のほうを向いている。完全に青年は二人の名前を聞くタイミングを失ってしまった。

 そしてそのまま二人の男女は、

「では、さらばだ」

「失礼いたしますわ」

 と一言づつ言い残すと、風のように颯爽とこの場を去っていってしまったのだった。





「けーっきょく、またシオンの情報は得られませんでしたわね」

 セリーヌは後頭部で手を組み、顔を渋ませながらそう言った。彼女の後ろからは薄目のディアスがザクザクと足音を立てて彼女の後をついて歩いてきている。

 二人はさきほどの村を後にし、次なる目的地へと歩いていた。とは言え、彼らに目的地と呼べる場所などは無かった。ただ適当ラクール大陸をぶらぶらとしているだけだ。

 地球やテトラジェネシスからやってきた仲間たちと別れて、はや4日がたつ。あの日以降、ディアスはずっとシオンを探し続けていた。自分より強い者が現れたということに戸惑いを抑えきれないらしく、もう一度会ってみないと気が済まないようだった。

 そしてそんなディアスにセリーヌも乗っかかってきた。彼女も紋章術を武器に付加させるというシオンの戦いぶりが気になるらしく、今は二人でシオンに関する情報を集めようとエクスペルを旅していた。

 しかし不思議なことに、どこに行ってもシオンに関する話は全くといっていいほど聞くことはできなかった。あれほどの猛者ならば、せめて噂話くらいはあってもいいものだ。

「これほどまでに行方が掴めないとなると、あいつの出身地のエルリアまで赴かなくてはならないかもな……」

 静かにそう言ったディアス。彼の言うとおり、ラクール大陸で情報集めをしても望みは薄そうだった。

「……そうですわね。ラクールの武具大会が終わってから4日が経ちますし、今はもうヒルトンからエル大陸の方に向かっているのかもしれませんわね」

「まぁ、それでもエクスペルのどこかに居るのは確かだ。気長にいくぞ」

「そうですわね……」

 セリーヌは仕方がないか、といった様子で返事をするのだった。

「さーて、それじゃあそろそろ、アシュトンにでも報告することにいたしますわ」

 彼女は心を切り替えたようにそう言うと、荷物の中に手をやる。

「ん? 今からアシュトンのところに行くのか?」

 それを聞いたディアスは不思議そうに尋ね返す。

「ちがいますわよ。ほら、これを使えばいいじゃありませんこと?」

 セリーヌが荷物袋から出したもの。それは数年前にクロードから渡された通信機だった。

 今はディアスとセリーヌがラクール北部でシオンを捜索しているが、彼について嗅ぎ回っているのはこの2人だけではない。アシュトンもまた自宅のあるラクール大陸南部でシオンを捜しているとの話だ。

 とりあえずラクール北部にはそれらしい情報も見当たらないので、そのことをアシュトンに伝えようと通信機を取り出したセリーヌだったが、ディアスから返ってきた言葉は

「ん? なんだそれは?」

 といった、なんともとぼけたものだった。セリーヌは顔を歪めて耳を疑う。

「な、何って………クロードが私たちにくださったじゃないですの? みんないつでも連絡できるようにって……」
「……あったか? そんなもの?」

「ありましたわよ! ほら、エディフィスで何回も使ったこと、覚えてないとは言わせませんわよ?」

 それを聞いたディアスはしばらく考え込んだが、やがてぱっと思い出したような表情で

「ああ、あれのことか。すまん、キカイとかそういったものには疎くてな」

 と、そう言ってセリーヌが持っている通信機に手をかけたのだった。

 おそらくディアスにとっては本当に不必要なものなのだろう。前回エディフィスへの召集を受けたときも、彼はアシュトンの家に居たため自分の通信機は使わなかった。

 そういったことを考慮すれば、先ほどの彼の対応にも納得がいく。ここでひとつ、セリーヌはいいことを思いついた。

「それならば、今回は私が特別に通信機の使い方を教えてさしあげますわ。ディアスの通信機からアシュトンへ連絡する方法を……」

「すまない。あれはレナの実家に置いてきたままだ」

 だがそんなセリーヌの心遣いむなしく、ディアスはただ一言、さらっとそう即答したのだった。

「な、なんですって……?」

「荷物を少しでも軽くするためだ」

「……そ、そうですの………」

 ますますセリーヌの顔が歪む。常に持ち歩いておかないと、いざというときに連絡が取れないでしょう。そう叫びたくなったが、ディアスには何の悪気も無いわけである。

「じゃ、じゃあ今から私が使い方のお手本をお見せいたしますから、レナの実家に戻ったら必ず一度試すのですわよ……?」

 セリーヌは一つ大きな息を吐いたのち、精一杯の作り笑いをしながら通信機に手をかけたのだった。自分は面倒見が良すぎるんだ。そうポジティブに考えながら、彼女はメール画面のアイコンをタッチしようとする。



――――ピピピピピピピピピ――――



 その時、着信を知らせる緑色のランプが点滅した。

「ん、なんだ? こう音を鳴らして使うものなのか?」

「違いますわよ。これは他の誰かから連絡が来た合図ですの。誰かしら? もしかしてアシュトン……?」

 セリーヌはパカリと通信機のフタを開け、通信に応えようとした。

「どうだ? アシュトンからか?」

「………いいえ」

 セリーヌは液晶画面に映った文字を見ながらそう答えた。

「………クロードからですわ」

 そこには一通のメールが表示されていた。件名は「新しい任務について」。

 そしてその内容を読んだ二人は、互いにふっと唇から白い歯を覗かせたのであった。


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