Star Ocean
Graceful Universe

連載長編小説

32.第三章 第2話

 レオンは一人、手すりも握らずに急いで階段を駆け上がっていく。その途中で何人ものメイドや学者、料理人などとすれ違ったが、レオンは彼らに目もくれることなく一目散に王の間を目指していた。

 そんな彼の姿を見た城の者たちは、慌ただしい若者が通り過ぎたなと迷惑がったが、その見覚えのある顔にピンときた物も居たようで、

「あ、あれはまさか……!?」

「レ、レオン博士が帰ってきたぞ……!」

「はやく研究所のみんなに知らせなきゃ!」

 と、途端に城内ではどよめきと噂が広まるのであった。

 階段の先でレオンが見たラクール王の玉座はもぬけの空であり、この謁見の間には誰も居なかった。それを確認したレオンは、その横にある通路から城の最上階へ向かう階段へと走って行く。その先にはラクール王とその一族の寝室があるということも含め、レオンは昨日までここに居たかのように城の詳細な造りが頭に入っていた。

「昔はよくここまで一人できていたなぁ……」

 そんなことを考えながら登っていたレオンは、ふとあるものに目に止まった。それは壁に書かれた、色あせた落書きだった。

「これは……」

 学問ばかりにふけっていた彼の過去。その名残とも言うべき、そしてその中でも数少ない子供らしい行いの形跡。

「そういや、小さい頃はここまで来るのが精一杯だったんだ……」

 足をとめてしゃがみ込んでその落書きを見てみると、“やったぞ!”と不細工な文字が、まるで殴り書きのように大きく書かれている。何故か力強く見えてしまうその見栄えからも、常に自信にあふれていた自分の幼少時代が思い起こされた。

 レオンはこれを消さずに残しておいてくれた城の使用人にちょっぴりと感謝しながらも、

「さ、早く行かないと」

 と呟いてすっと立ち上がり、再び階上へ向けて足を踏み出した。





「おい、なんだ貴様は!?」

 目的の階までたどりついたレオンは、階段から廊下に出るなり一人の衛兵から声を浴びせられた。大陸の全貌を眺めることができる屋上にほど近いこの階には、ラクール王とその王妃の寝室、そしてその娘であるラクール王国の姫君ロザリアの私室がある。

 国の最重要人物が多くの時間を過ごす場所というだけあり、警備も厳重である。数名の衛兵が交代で見張りを続けているようで、扉の前には豪華な装飾が施された甲冑を身に纏った守衛兵が、まるで地面に根ざしているかのようにどっしりと構えていた。

「やぁ、久しぶりだね。元気にしてた?」

 そんな衛兵に対してレオンは手を振りながらにっこりと笑った。だが、あからさまな不審者に馴れ馴れしく返事をされれば誰でも警戒するものである。

「お前、ふざけてるつもりか? こんな場所に無断で入ってきて、タダで済むと思うなよ!」

 と、この衛兵は手に持っていた槍をレオンに向けたのだった。

 これが怯ませることが目的の、いわば構えだけの体勢だと分かりきってはいたが、行動次第では自分がそのまま攻撃されかねない。それでもレオンは怯むこと無く、

「ったく、物騒なんだから……」

 と半ば呆れ口調で言うとすっと頭を下げ、自分の耳を見せびらかすようにひょこひょこと動かしてみせた。

「この僕が誰だか忘れたのかい?」

「……は?」

 そのひょうきんな仕草を目の当たりにし、衛兵は一瞬言葉を失った。だが突然何かを思い出したようで、信じられないような口調でレオンに

「ま、まさか……レオン博士?」

 と、今までの威勢が一転したようなへっぴり腰でそう尋ねた。

「……ったくもう。気付くのが遅いよ!」

 レオンはくっと口を曲げ、不満そうな顔をした。やはり4年も姿を見せないと、こうも自分のことは忘れられてしまうものだろうか。こんなに特徴的な耳があるにもかかわらず、だ。

「ラクールホープを開発して国を救った第一人者なんだから、せめて顔だけでも覚えていて欲しかったね」

「す、すみません。なにせしばらく見ない間にここまで大きくなられてしまっては、流石に一目見ただけでは……」

 衛兵はへりくだった口調でそう言うと、レオンに向けていた槍をささっと戻した。

 もともとレオンはこの国でも相当に地位が高かった。それは彼の卓越した頭脳が、ラクールの紋章学にありとあらゆる影響を及ぼしてきたからである。

 ラクールホープを作ったのも彼の功績である。これを使って魔物の群れを撃退していなければ、今頃はラクールもエル大陸同様、魔物に攻め落とされていたであろう。

「しかし、なぜ突然このような所に?」

「そんなの決まってんじゃん! 王様に会いに来たんだよ。4年ぶりにね」

 そう言うとレオンは扉の奥を指差した。その言葉を聞いた衛兵は少し顔を歪め、

「し、しかしですね……」

 と声を曇らせた。

「実を申しますと、ただいま武具大会の真っ最中でございまして……」

「わーかってるよ! そんなことくらい!」

「な、なら……」

「大丈夫だよ! 4年ぶりに帰ってきたんだ。怒られりゃしないよ」

 レオンを引きとめようとした衛兵だったが、その一言を聞くと王室があるほうを向いて黙り込んでしまった。それでもレオンが相当に苛立っていることを感じ取ると、諦めたかのように、

「……仕方ありませんね。分かりました。ただしご無礼の無いように」

 ついつい、通行する許可を与えてしまうのであった。

 それを聞くやいなや、レオンは

「もう、初めっからそうしときゃよかったのに!」

 と、苦肉の判断をした衛兵に可愛げの欠片も無い返事をかけ、

「そんじゃ、早くここをどいてよ。急いでるんだからさ、ほらほら……」

 そう言い放つと、そのままささっと彼をくぐり抜け、王の居室目がけて一直線に走って行ってしまった。

 愛想の悪さは昔のままであり、そんなレオンの後ろ姿を眺めながら、風のように過ぎ去っていった一瞬をどこか懐かしむよう、この衛兵はレオンを見送ったのだった。





 ドアノブが強く捻られる音に、椅子に凭れながらうたた寝していたラクール王はぱちりと目を覚ました。

「いったい誰だ?」

 この時期に自室に他人が入ってくるのは世話係の者くらいだが、食事の時間でも無いのに来るなんてことは珍しい。ちょっとした暇についうとうとしていてラクール王は、不意に鳴った音の方向へと首を曲げた。

「んん………?」

 王も今ではずいぶんと年を食ってしまい、老眼が進んだせいか目も見えづらくなってきている。それでもじっと目を凝らして見た突然の訪問者は、どこが見覚えのある姿をしていた。

「お久しぶりです。王様」

 レオンは丁寧な手つきでドアを閉めると、トコトコとラクール王の元へと歩いていった。

「おお……」

 近づいてきてもなお、その正体が掴めなかったラクール王だが、彼の像が徐々に鮮明になってくるにつれと、記憶の奥底にしまってあった少年の姿がそこにあることに気がついた。

「レオン、か……」

 ぼうっとしていた表情がふっと若くなり、ラクール王はその姿をもっと良く見ようと、ゆっくりと立ち上がる。

 4年前のあの日、ラクール王はエル大陸からの魔物の侵攻に頭を悩ませていた一方で、レオンは紋章力を増幅させて攻撃する破壊兵器“ラクールホープ”の開発に没頭していた。

 今は世間も平和になり、情熱を失いつつある二人の容姿もあの頃とはずいぶん変わってしまった。威厳ある王だったラクール王は、今もその面影を残しつつも背は少し縮んでしまったようで、体格もひと回りやせ細ったかのように見える。その一方、誰もが見下ろすほどに同世代の子供の中でも小柄だったレオンは16歳の青年となり、背もずいぶんと高くなっていた。

 はたから見れば、今やどっちが主なのかは分からなくなってしまったが、それでもこの二人の関係は変わらない。

「お元気にお過ごしでしたか?」

 レオンはラクール王に対し、未だ忠誠を誓った身であった。

「ああ、久しぶりだな、レオン」

「4年ぶりになりますね」

「そうだな。くくく……」

「……?」

 下を向いて吹き出したラクール王を、レオンは不思議そうな眼差しで見た。そもそも、いきなり自分が登場したというのに、ラクール王は何一つ驚いた素振りを見せていない。それどころか妙に余裕のある笑いを顔に浮かべていることにびっくりした。

「な、何か可笑しな事でも?」

「いや、別にそんなことはないぞ」

「それでは、やはり動揺させてしまったとか?」

「お前は昔からいきなり現れてはいきなり姿を消していたからな。別に今さら驚きもせんよ」

 ラクール王はそう呟くと、

「まさか、お前が儂に目上使いの話し口調を使う日が来るとは、と思ってな……」

 と、笑いながら答えたのだった。

「……それはどういう意味です?」

 流石にムッときたのか、レオンはラクール王に聞き返した。

「昔からお前は誰に対しても生意気な口をきいておったからな。敬語を覚えたことが意外だったということじゃよ……」

 礼儀というものを知らずに鳴り物上がりをしてきた幼き頃のレオンは、誰に対しても尊敬の意をもって話すことは無かった。自分に実力で勝てる人が居ないことを良いことに、同じ研究所員に対しても厚かましい態度で接していたのだ。

 だがそんな彼も、いざ地球に来てみると驚きの連発だった。なにせ自分よりも優秀な人材が、そこにはゴロゴロと居たからだ。正しい上下関係というものを覚えたのもその時だった。

「そりゃあ、僕ももう子供じゃありませんし……」

「ははは、そうかそうか。そうだな。その通りだな……」

 そう呟くと、ラクール王は綺麗に日の光を映している部屋の窓の方へと、レオンに背を向けて歩き出した。

「……なんだか寂しいな」

 どことなく空虚な老人の言葉。白い髭が日の光に照らされ、老衰の色を放っている。

「時が過ぎていくのは早いものだ。ついこの間までやんちゃな坊主がおったと思ったら、もうこんなに大きくなってしまいおって……」

 年をとればとるほど時間の経過が早く感じられるという言葉があるが、まさにレオンの成長を見てきたラクール王にはその言葉が当てはまるということだろうか。

「先ほども仲間たちとそのような話をしておりました。時が経つのは早いなと」

「仲間? ……クロード殿たちか?」

「いえ、アシュトンやボーマンです」

「おお、彼らにも会っていたのか!」

「はい。武具大会の団体戦に出場しようという話になりまして、今日ラクール城に来ることになり……」

 レオンの言葉にラクール王の表情が変わった。

「武具大会……レオン、アシュトンから話は聞いたか?」

「……ええ。謎の剣士が現れた、とのことで……」

「そうか……」

 ラクール王の難しげな表情から察するに、彼にも謎の剣士については何か心当たりがあるようだった。

「わしからもあまり大きな声では言えんがな、レオン。気をつけるのじゃぞ」

 王はそう言うと軽く咳ばらいをした。

「奴の正体は我々にもよく分からん。なにせあの男はいきなり現れたからな」

「……その男の名前は何というのですか? アシュトンが忘れてしまったみたいでして……」

「そ、そうなのか。えっとな……」

 レオンはさりげなく謎の剣士の名を訊ねてみると、ラクール王は少し戸惑いを見せた。

「……確か、シオンと名乗っておった。フルネームまでは覚えておらんが……」

「シオン……ですか。聞いたことありませんね……」

 レオンもふうんと口元を手で覆い考え込む。エクスペルではあまり聞いたことのない、珍しい名前だった。

「そのシオンの出身は分かりますか? 確か武具大会登録のときに必ず記入するはずだったと思うのですが?」

「生まれはエルリアのほうらしい。おそらくはソーサリーグローブの大混乱を生き延びたんじゃろう」

「へぇ、あの生き残りですか……」

 ソーサリーグローブ事件の際、エルリアの街は全て壊滅させられたため、ほとんどの国民が犠牲になってしまったという悲劇は記憶に新しい。その調査に加担していたレオンは当時の惨状を知っているだけに、それを生き延びたシオンという男が強者だということにも納得がいった。

「そういえば、エルリアの街はどうなっているのですか?」

 ついでにレオンはエルリアの現状について王に聞いてみた。特に理由は無かったが、この話題が上った時に単純な興味が彼の脳裏に沸いた。

「ああ、あの街はまだ復興の目処がたっておらんらしい。なにせエルリアタワー周辺にはまだまだ強暴な魔物が住み着いておるらしくてな。なかなかその解体に踏み切れんらしい」

 エルリアタワー。魔物の本拠地の象徴であり、レオンたちが十賢者との邂逅を果たした塔は、今でも悲劇のシンボルとしてエル大陸の真ん中に聳え立っているらしい。

「……復興はなかなか思うようには進んでいないのですね」

「……まあな。同じエル大陸でも港街テヌーなどはかなり元の姿を取り戻してきてはいるが……」

「そうなんですか。それならよかったです……」

 レオンにとって、故郷のエクスペルが少しずつ活気を取り戻していることが嬉しかった。

「レオンもしっかり勉強して、エクスペルの発展に役立てられるよう、がんばるのじゃぞ」

「……はい。分かっております」

 何食わぬ顔でペコリと頭を下げたが、このときレオンは色々と感情を抑えていた。ラクール王が期待してくれているのも分かるが、未開惑星に先進技術は持ち込めないため、彼の期待にそぐうことはできない。

「それでは……いきなり現れてなんですが、そろそろおいとまさせて頂いてもよろしいでしょうか? 仲間たちも待っておりますし……」

 とりあえず王に会うという目的は果たせたので、レオンはこの場を後にすることにした。話したいこともおおよそ話せた気もする。

「うむ、わかった。今日は本当によく来てくれたな、レオン」

 これを聞いたラクール王は、レオンに優しく言葉をかけた。

「ただ次に会うときは、もう少しゆっくりと話をしたいものだな」

「……申し訳ございません」

「いやいや、儂はお前がわざわざここまで会いに来てくれただけでも十分嬉しかった」

 王は付け足すようにそう言葉を加えた。そして最後にもう一つ、レオンにとってもう一つの“やるべきこと”について言及する。

「ただ、マードックとフロリスにはきちんと顔を見せに行くのだぞ」

「はい。後できちんと顔を出しておきます。それでは……失礼いたします」

 レオンは思春期特有の照れ顔を浮かべ、口早にそう返事をした。両親の話をされると、どうにもしょっぱい気分がするのだった。

「うむ。またな」

「ええ、王こそお元気で」

 そう言い終えると、レオンはそそくさとこの部屋を後にしていくのだった。ラクール王は颯爽と去っていくその姿を見送ると、後には戸の閉まる音がパタンと響く。

「本当に、あいつはいつまでたっても慌しい奴じゃのう……」

 王は少し名残り惜しげな表情を浮かべながら苦笑い交じりに呟くと、扉の向こうで鳴り響くレオンの足音が聞こえなくなるまで、じっと耳を立て続けたのであった。





 一方こちらはアシュトン。他の仲間達が武具大会で使用する武器を登録しに行く中、砕かれた双剣を修理してもらうため、彼だけは別行動をとっていた。

 もともとセリーヌやレオン、そしてノエルは紋章術のみで戦うわけであり、ボーマンに至っては体術で相手を攻撃する。そのため彼らは武器にはさほどこだわりは無いらしく、武器の登録にもそれほど時間はかからないことが予想された。

 だが、この男はそうはいかない。せっかく作ってもらった剣を壊してしまっただけでも怒られそうなのに、そのうえもう一度作ってくださいと懇願しなくてはいけないからだ。

 そんな不安をおさえつつも、彼はこの剣の作成主であり、なおかつ行きつけの店でもあるマックスの鍛冶屋まで足を運んできていた。

「……そろそろ来るころかと思ったぜ」

「は、はい……」

 摩擦で少し固い木戸を押し開けると、古びた石造りの建物の奥に居た店主マックスはこちらを向かずとも、来店した客がアシュトンであることが判ったかのように声を上げた。

「マックスさん。あの、その、実は……」

「わかってるよ。武具大会で壊されたあの剣を修理してほしいんだろ?」

 アシュトンが壊れた武器の修理をもじもじとした様子で依頼しようとしたが、それを見抜くかのようにマックスは彼を制する。

「それを使ってまた今度の団体戦に出場して、前回のリベンジを果たす。おおかたそういったところだろう」

「えっ!? ……ええ、はい…………」

 あまりにも話が見透かされているので、アシュトンはただコクコクと頷くしかなかった。

「そうか、だがな……」

 んん、と唸りながら鍛冶師にしてはまだ若いマックスはアシュトンに言葉をかける。

「お前には悪いが、今回の件についちゃあ、ちょっと無理な相談だな」

「……ええっ!?」

 あまりに急なその言葉にアシュトンは少し驚き、同時に微かな不安がよぎった。

「ど、どういうことですか!?」

「お前、あの剣いま持ってんだろ?」

 こちらに近づいてきたマックスの大きな手が、アシュトンに静かに差し伸べられる。

「見してみな?」

「えっと、ちょっと待ってください……」

 それを受け、アシュトンはまっぷたつになった剣をたじろぎながら取り出すと、刃でマックスの皮膚を傷つけないよう慎重にそれを手渡したのだった。

「んー、どれどれ………」

 それを確かめるようあちこち静かに眺めていたマックスであったが、一通り目を通し終えると柄の部分に持ち換え、

「見てみな、ここ。綺麗に焼け落ちてるだろ?」

 と、その断面がアシュトンからも分かるように見せてくれた。

 ポロリと黒い灰のような塊が転げ落ち、マックスが近くにあった金槌でコンコンその部位を叩くと、さらにたくさんの残骸がボロボロと剣から崩れ落ちる。それはアシュトンの敗戦を刻々と物語っているようだった。

「そういえばマックスさん、このまえの試合も見に来ていたんですよね?」

「ああ……っていうかそれが普通なんだがな」

 マックスは剣を叩くのをやめ、大きく息をついた。

「あの試合でこの剣がこんなになっちまったのも、俺の技術じゃどうしようもできねえよ。どんなに強い剣を作ろうが、素材がこれじゃあもう一回戦ってみても結果は見えているさ」

「確かに……また同じように剣をやられてしまいますね……」

 アシュトンは下を向いた。だがこれも事実である。どれだけ刃を鋭くさせようが、どれだけ形を良くしようが、切られるものは切られてしまう。薄々分かっていたことではあるが、改めて断言されると落ち込む。

「……まぁアイツに勝ちたいならば、武器の素材を変えて向こうの攻撃に強くするか、それかお前が攻め方を工夫するかだな。だが後者はまず難しいだろうな。なにせ奴は剣士としても一流だ。現役時代の俺でもまず無理だろう」

 マックスの現役時代。彼はもともとエル王国の一兵士であった。兵士と言っても彼の腕っぷしは指折りであり、将来を期待される身であったらしい。このラクール武具大会でも、過去に優秀な成績を何度も修めている。

 だが4年前、ソーサリーグローブの落下によって凶暴化した魔物の襲撃によりマックスは片足を失った。故に現在、彼の右足は義足である。

 命からがら生き延びることはできたものの、マックスは足の大怪我により体が思うように動かなくなってしまい、兵隊稼業で食べていくことは断念した。それでもなんとか武道に貢献したいという思いが強かったため、彼は鍛冶師への道へ足を踏み入れることを決意したのだった。

 まだまだ無名であり鍛冶の腕も未熟ではあるが、もともと二刀流の剣士だったということもあり双剣の使い心地はなかなか良いとアシュトンは言う。

「お前の対戦相手、シオンって名前だったか。確かあいつエルリア出身だったろ?」

「あ……えっと、そ、そう!そうです!」

 アシュトンは忘れていた対戦相手の名前を、思いかけない形で思い出すこととなった。その名前を忘れていたとは流石に言えなかったため、なんとかして覚えている体を取り繕う。

「あいつはあんなに滅茶苦茶にされたエルリアを無傷で生き延びたんだ。そりゃ強いに決まってるさ」

「た、確かに……」

 実体験の重みは大きい。マックスの説得力にアシュトンは圧倒されていた。

「できれば武器の素材を変えたいところなんだが……あれはたぶん電流で焼き切られたんだよなあ? 違うか?」
「僕もそう思います。というか、よく気づきましたね……」

 アシュトンは少し驚いた。まさかマックスが自分の敗因に気が付いているとは。

「まあな。さすがにナメてもらっちゃ困るぜ」

 まだまだ戦士としての眼は現役といったところであろうか。武具大会に出れば相当にいいところまでいけたであろうに、彼が実際に戦えないことが悔やまれる。

「マックスさんの言う通り、昨日仲間と話し合ったところ、やはり電撃が原因だと……」

 先日の仲間たちの意見とさっきのマックスの意見が一致した。アシュトンは対戦相手の能力、すなわち剣に電流を乗せて攻撃してきたということが事実であるという確信を得ることができた。

「つまり話をまとめると、シオンに勝つには武器の素材を何か絶縁金属に変えなきゃならないわけだ。ここまではいいか?」
「はい。電気を通さないような素材ですね?」

 このことは実際に対峙したアシュトンにしてみれば十分に納得できた。

「だがよ、俺もまだまだ新米の鍛冶師なんだ。言っちゃなんだが、まだ剣の打ち方も見習いレベルなのさ。だから素材のことにゃ無知もいいところで……」

 だがそんなアシュトンを見ながら、マックスはと残念そうに言うのだった。

「だから他の素材に詳しい鍛冶屋に話を聞いてみろと……?」

「そういうことさ。……だがはたしてそんな素材が存在するものか? アンカース流といえば二刀流の流派の中でも相当軽い武器を好んで使うだろ? それに見合うような、軽量かつ電気を通さない金属か……」

 マックスはそう言い終えると、考え込むのに疲れたのか両手で目を覆う。もともと軽い金属なんてものも種類が少ない。その中でも強度に優れ、なおかつ電気を通さないものなど存在するのか怪しい。金属は基本的には電気を通してしまうので、もしかしたら非金属を使って武器を作らなければならないかもしれない。

「でも、もしもそのような素材を見つけてマックスさんのところへ持っていったら、また作ってくれますよね?」

 アシュトンは強い口調でマックスに聞き返した。

「要はその素材が見つかれば……」

「仮に素材が見つかったとして、それを今この時期にハイどうぞと渡す武器屋なんてあると思うか? お前は有名人なんだぞ?」

 アシュトンの言葉を遮るかのようにマックスが言った。

「素材に詳しい武器屋に聞き込みに行けば、間違いなく武具大会での登録を交換条件に持ちかけてくるさ」

「……言われてみればそうですね」

 アシュトンはそう言って肩を落とした。

「とりあえず、今回の大会は他の剣を使いな。まだ新品の双剣が5対くらいあるから、好きなのを選んで登録すればいいさ」

「……わかりました」

「それと、この剣は俺が預かっといてやる。もしもお前がどこかで素材が見つけたなら、ここに持ってこい。そんときにはしっかり打ち直してやるよ」

「はい。ありがとうございます……」

 アシュトンとしては残念なことだったが、今回はこれで妥協するしかなかった。双剣の残骸をマックスに渡すと、アシュトンはそのまま店の壁に立てかけてある武器に一つずつ目を通し始めた。

 出来がいいことは確かなのだろうが、アシュトンにとってはどれを用いても同じ気がした。時間を無駄にするわけにもいかないので、適当に使いやすそうなものを選ぶと、その剣で団体戦に登録する手続きを進めたのだった。

「すまん。こればっかりは仕方ねえことだ……」

「全然気にしてませんよ。それより大会、頑張ってきますから!」

「おう、まずはそれからだな……頑張れよ!」

 マックスはそう言うとアシュトンに檄を飛ばす。

「いいか? 気持ちで負けるんじゃねぇぞ! たとえ武器の関係で不利だったとしても、お前に勝つチャンスが無いわけじゃない。最後まで諦めるな!」

「……ありがとうございます。肝に銘じておきます」

 そう言い残して店を出たアシュトン。マックスは申し訳無い気持ちでいっぱいになりながら、その後ろ姿を見送った。

 元戦士の自分からしたらアシュトンの無念さが分かるため、できるなら力になってあげたい。だが今回はどうすることもできなかった。

 武具大会団体戦。気がつけばその開会式も、あと5日後のところまで迫っていた。


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