Star Ocean
Graceful Universe

連載長編小説

28.第二章 第8話



――――キィィ……――――


 木の軋む軽い音が屋内に響き渡る。

 ここは惑星エクスペルにある街、リンガ。

 学門都市として有名なこの街には、数多くの知能人たちが生活を営んでいた。今日もあちこちで学生たちがおしゃべりをしていたり、木陰の片隅で本を読んだりしている。

 そんな活気溢れる街の一角、知能人の一人が経営する店「Jean Medicine Home」。“open”と書かれた掛け札がかかるこの店は、ここリンガで唯一の薬局だった。

「おう、いらっしゃい……って!? なんだ、プリシスじゃねぇか!?」

「まぁ、プリシス! それにレオンとノエルまで……」

 ちょうどその薬局の中では店主ボーマンと客のセリーヌ、この二人がカウンターを挟んで世間話を繰り広げていた。

 そこに突然の訪問者が3人現れる。その先頭のポニーテール少女はボーマンにとって忘れることのできない“元祖”リンガのお騒がせ娘、プリシスだった。さらにその後ろからは、まるでオマケのようにレオンとノエルがてくてくと入店してくる。

「ひっさしぶりー、ボーマン!」

「ボーマンの薬局も久しぶりだなぁ……」

「久しぶり、ボーマン! それにセリーヌさんもいらっしゃるのですね」

 嵐のように現れた3人を目の当たりにしたボーマンとセリーヌは、これは夢じゃないことを確認するかのようにごしごしと目を擦るのであった。



 この三人はつい先ほど、惑星エクスペルに到着したばかりだった。地球から急遽この星に駆けつけた三人はリンガの街はずれに宇宙船を停泊させ、まずはボーマンに会おうとここまでやって来たのだ。

 リンガ近郊に着陸したのにもちゃんとした訳がある。ここはプリシスの実家があり、なおかつレオンの実家があるラクールにも近いからだ。

「お前ら……帰ってきたのか? 本当にプリシスだよな?」

 そう言って目を丸くするボーマン。よもや彼らが帰って来るとは夢にも思わなかったのだろう。

「もうっ、当り前じゃない! 人を幽霊のように呼ばないでよね!」

「そ、そうだな。すまんすまん……」

 髪の毛をぽりぽりと掻きながら、ボーマンはまじまじと三人を見つめた。何故リンガに帰って来たのか。恐らくそれにはちゃんとした事情があるのだろう。とりあえずその件は後でじっくり聞くことにして、ボーマンはふーっと大きく息をつく。

「……久しぶりだな。元気にしてたか?」

 チキュウとやらがどこにあるかは分からないが、エディフィスの時と同じく遠路はるばるここまでやって来たのだろう。とりあえずはコイツらを出迎えてやらなきゃな。そう思ったボーマンはプリシスとレオンの頭を両手で同時に撫でたのだった。

「そりゃね、コレは元気すぎるくらいだよ」

 レオンは皮肉っぽい眼差しを向けながらプリシスを指差す。横からそれを見ていたセリーヌもうんうんと深く頷いた。

「確かにプリシスはどこに行っても元気じゃなきゃ、逆に心配になりますものね」

「ははは。ごもっともだよ、セリーヌ。おかげで僕もクロードもレナも毎日毎日大変さ」

「むっかー……なによレオン! そこまで言うことないじゃん!」

 プリシスは言いたい放題のレオンを逆に睨み返し、ビシッと指を差し返した。このままレオンの独壇場にさせておくわけにはいかないのだろう。

「あたしは何も悪いことなんてしてませんよーだ」

「そうなんだ。色々とレナから話は聞いてるけどね。すっごい世話がやけるって」

 レナと住居を共有しているプリシスだが、部屋はちらかすわ料理はしないわ寝起きは悪いわ、というのが実態らしい。そんな不満が積もりに積もったレナはよくクロードやレオンにそのことを愚痴り、そのたびに深い溜め息を漏らしていた。

 さらに彼女は酒癖が悪く、酔うと周囲に様々な迷惑をかけるため、レオンもその被害者になることが多かった。たちが悪いことに、こればっかりは本人もあまり自覚していないらしい。

「うふふ……相変わらずお二人は仲がよろしいんですね」

 セリーヌは二人のやりとりに口を押さえて笑う。

「そんなことないっ!!」

 そんなセリーヌに対し、二人声を揃えて反論するレオンとプリシスであった。

 一方でボーマンはノエルと何やら会話をしている。ノエルがエクスペルで生活していた頃は、ボーマンの薬局に緊急搬送されてきた病人に回復魔法をかけてあげるなど時々お手伝いをしていた経緯もあり、この二人は意外にも仲が良かったのだ。

「地球はどうだ、ノエル?」

「そうだね。やっぱり自然は少ないよ」

「そうか……」

 年下のクロードやレオンにも敬語で話すノエルだが、ボーマン相手のときはため口を聞く。それはプリシス達からすれば物凄く珍しい光景に見えた。

「まぁ、気が向いたらいつでもエクスペルに戻ってきてくれ。この星が先進惑星の仲間入りをするには、ネーデやチキュウの技術を知るノエルの力が必要だと俺は考えているからな」

「ああ。ゆくゆくは貢献するつもりだよ」

 ノエルは窓の外へと目をやる。ここから見えるリンガ大学の紋章技術研究は、決して地球の技術に劣るものではないとノエルは感じていた。この街発信の技術が認められれば、エクスペルの銀河連邦加盟は可能性として十分あり得る話である。

 だが、そのためにはひとつ問題があった。

「そのためには、まずエナジーストーンの汚染をなんとかしないといけないけどね」

「それなんだよなぁ、ほんと。相変わらず凶暴化した魔物に襲われて怪我する患者が後を絶たねぇんだ」

 ノエルはエクスペルにいる間、ずっとこの問題に関する調査を行ってきていた。動物学者のはしくれとして生き物が凶暴化するという現象は何としても止めるべきことであり、その原因を作りだしたネーデ出身のノエルは人一倍その使命感に燃えていたのだった。

 現在でも地球という恵まれた技術環境下でエナジーストーン汚染の研究を続けており、いつかはエクスペルの浄化に役立つ発見ができればと、常日頃から頭を働かせているようである。

「ま、エナジーストーンの件はプリシスがなんとかしてくれるんだろ?」

「うん、まっかせてー!」

 ボーマンはそう言ってニヤリとプリシスに視線を送ると、それに気付いたプリシスはピースで彼に応えるのであった。

「まぁ……」

 ノエルだけではなく、久々にリンガに帰ってきたプリシスとレオン。セリーヌも一緒になって和気あいあいとする光景を眺めながら、ボーマンは口を開く。

「お前らが相変わらず元気だって分かって、少しほっとしたぜ」

「ほんと、そうですわよね」

 追随するようにセリーヌもプリシスとレオンにそう言った。かつてパーティでは保護者的な存在だったボーマンとセリーヌにとってみれば、一番の問題児だったプリシスとレオンがチキュウで無事に過ごしているのか、さぞ心配だったことだろう。

 そんな二人の帰還に安堵したことも確かだが、なによりその顔を見れたことが嬉しかった。特にボーマンはこのごろ年をとるにつれ、あっけなく昔の仲間がバラバラになることに哀愁を感じていた。そのためこの3人の帰還には特別込み上げてくるものがあった。

「ところでさ、セリーヌも奇遇だよね、こんな時に会うなんてさ」

 ふと気付いたようにレオンが呟く。近頃のセリーヌはトレジャーハントに明け暮れ、エクスペル中を飛び回っていると聞かされていた。

「なんか薬でも買いにきたの? 見るからに元気そうだけど」

「いいえ。たまたまリンガに用事があったので、そのついでに顔を出しに来ただけですわ」

 右手でくるくると薄紫色の髪をいじり回しながらセリーヌが答える。

「そうなんだ。宝の情報や伝説に釣られた、紋章術の研究をしに来た……そんなところ?」

 レオンはセリーヌがリンガに来た理由にあたりそうな事柄を一つ一つ、箇条書きにしたかのように述べていった。そんなレオンの言葉を聞いたセリーヌは、少し困ったような顔をすると、

「……本当はそのつもりだったんですの」

 と呟いたのだった。

 その口からは溜め息がこぼれる。どうやらここに来たのはまた別の理由があるらしい。それもセリーヌ本人が全く乗り気のしないことのようだ。

「あれ? 違うの?」

 猫耳を少しぴくっと動かし、レオンはセリーヌに聞き返した。大学の研究室や図書館、もしくはボーマンの薬局。これら以外にセリーヌがリンガを訪れそうな理由なんて他に思いつかない。

「……実はつい昨日がた、突然アシュトンからメールがありまして……」

「へ? アシュトンから?」

 セリーヌが言い終わらないうちに、プリシスが眉間に皺を寄せて声を漏らした。

「なんだってアイツがセリーヌなんかに用事があるのさ!?」

 腕を組み、何かを疑うようにセリーヌを問い詰める。

「さぁ、用件は聞かされていませんけれど、とりあえず来て欲しいといった内容でしたので……」

 そう言ってセリーヌも首をかしげたのだった。

「セリーヌもお人好しだね。何の用かも分からないのに一々アシュトンなんかの相手をするなんて」

 そんなセリーヌに、レオンは少し偉そうな態度でそう言った。

「あら? ならレオンがもし私の立場だったら……」

「うん。絶対に行かないね!! だってアシュトンだもん」

 レオンはきっぱりとそう言い切った。誰よりも面倒事を嫌う彼からしたら、こんな内容も書かれていないメールには一々相手をしないだろう。ましてや相手はあのアシュトンである。彼の不幸に巻き込まれてしまうのは勘弁だと考えるのは当然だ。

「まぁまぁセリーヌ、コイツは相変わらずこんな奴だから気にしないでね」

 プリシスは苦笑いを浮かべながら、セリーヌの肩をぽんと叩いた。

「ほんと、プリシスの言う通りですわ。相変わらず生意気なガキですこと……」

「ちょっ……誰がだよ、セリーヌ!?」

「あら、レオン。あなた以外にいまして?」

「あははは。だってさ、レオン!」

 セリーヌは目を細めてレオンに言い放つと、プリシスはけらけらと腹をかかえて笑い声を上げるのだった。





「……みなさん。話を本題に戻しませんか?」

 しばらくぎゃーぎゃー言い争っていたレオンとセリーヌの傍ら、出し抜けにノエルがそう呟いた。

 その途端、レオンとセリーヌの動きがぴたりと止み、薬局内が一転して静かになる。普段無口なだけあって、彼の言葉は独特の透明性というか、騒がしい時にでもよく耳に入ってくる不思議な感じがあった。

「そうでしたわ。一体どうしてアシュトンが……?」

 はぁ、はぁと口論に息を切らしつつも、セリーヌは次第に落ち着きを取り戻した。まずは何故アシュトンがセリーヌなんかを呼び寄せたのか。本人に直接聞くのが早いのだが、以前セリーヌがメールしてみても一向に返事が無かった。

「セリーヌ。その事だがな……」

 さっきまでのんびりと煙草をふかせながら仲間の様子を眺めていたボーマンが、ここでついに口を開いた。

「たぶん俺の勘が外れてなけりゃ、一昨日のラクール武具大会についての話だぜ」

「一昨日のラクール武具大会……?」

「そーいえばアシュトンがこの間、武具大会がまた開かれるって連絡してきたけど……」

 プリシスはうーんと呟きながら指を唇にぴとっと当て、少し前のアシュトンとのメールを思い出した。確か毎年「次こそはディアスに勝つ!」と威勢の良いことを言っているにもかかわらず、結果はいつも惨敗だったはずだ。

 そして記憶が正しければ、つい先日も同じような要件の連絡を彼はよこしていた。

「あいつったら、毎年ディアスに負けたって言うんだけど、また今年も負けたのかなー?」

「それならば、むしろ私じゃなくてディアスに剣の教えを請うのが普通じゃなくて?」

 普通に考えても、非力で武術の心得が無いセリーヌに剣技のアドバイスを授けてもらうなんて有り得ない。誰だってディアス本人に剣術の指導を頼みに行くだろう。

 だが、アシュトンの狙いはどうやら他にありそうだった。そしてその心当たりがボーマンにはあった。

「いや、多分アシュトンは剣じゃなくて紋章術についてアドバイスを受けようとしたんじゃねぇか?」

「あら、言われてみれば確かに、アシュトンも少しは紋章術を使えましたわね……」

 その言葉にセリーヌもなるほど、といった表情で相槌をうった。

 元々は紋章剣士として簡単な氷と風の紋章術を剣技に応用していたアシュトン。彼の得意技であるノーザンクロスやハリケーンスラッシュがその例である。

 基本的には紋章術と剣を組み合わせて戦うのがアシュトンの戦闘スタイルだった。だが当の剣技はというと、二刀流ということで手数は多いもののクロードやディアスに比べると非力であり、根本的な力量では劣る部分があった。毎年ディアスに武具大会で敗れていることからもそれは見て取れる。

 そこで彼が考えついたのが、紋章術の幅を広げるということだったらしい。剣技だけでなく自然の力を利用した紋章術の充実。今では努力の甲斐あって、基礎的な紋章術なら色々とこなせるようになっているらしい。

「…でも私が見る限り、アシュトンは紋章術師として器が大きくはありませんわ。せいぜい中級術くらいが精一杯だと思いますの。別にいまさら紋章術の腕を磨いたところで、どうにかなるとは思えませんわ」

 自称カリスマ紋章術師のセリーヌはアシュトンをこう分析する。

「そうだよね。そのレベルの紋章術、ディアスなら簡単に避けちゃうよ」

 レオンの言うように、ディアスは伊達にエクスペル最強を名乗ってはいないのだ。術師との戦いでも百戦錬磨ぶりを発揮する彼に対し、紋章術を正確に当てるのは至難な業だ。彼にはその隙を見つけること自体が難しい。

「そうですわよね。ギョロとウルルンとのコンビネーションを磨いた方が、よっぽど戦術に幅が広がりそうですのに……」

 紋章術にこだわらなくても、背中にしょっているギョロとウルルンと名づけられた二頭の双頭竜との連携を図ったほうが、対ディアスには有効だとセリーヌは考える。

 3人の術師が意見を交わしたところ、結局そういう結論に辿り着いた。そんなとき、トントンと煙草の灰を振り落としたボーマンが再び口を挟む。

「俺も格闘技には興味があるもんで、実際に大会を見に行ったんだ。だがアシュトンはディアスに負けたんじゃない。あいつと戦う前に準決勝で敗れやがったんだよ」

「……ええっ!?」

 ボーマンのその一言に、一同に衝撃が走る。

「そんな、アシュトンがディアス以外に負けるなんて……」

 戦術のとおりクロードやディアスには負けるものの、アシュトンは仲間の中でも指折りの実力者である。言動こそ頼りないが、それでも一般人と対峙して負けることなど考えられない。誰もが彼をそういう男だと認めていた。

 さっきまでは色々と言われていたが、アシュトンの強さに関しては十分に理解があるからこそ、みなボーマンの話に驚きを隠せない。

「ああ、俺も焦ったよ。だが驚いたのはこれだけじゃない。アシュトンに続いて、なんとディアスも決勝でやられちまったんだ」

「ええっ!? それはほんとですの!?」

「まさかディアスさんに勝つ人が居るなんて……」

 一行の驚きはさらに飛躍していき、騒がしかった空気が途端に静まり返った。

 自分達の中では最強の実力を持つディアスも負けてしまったというのである。彼が負けるなど有り得なかった。毎年圧倒的な強さを武具大会で見せつけており、もはや彼に敵う剣士などここ数十年は現れないだろうという噂までエクスペルでは飛び交っていたほどだ。

 そういった意味でも、一行にとってディアスの敗北は、ある意味アシュトンの敗北よりも衝撃的な話だった。

「ディアスさんを打ち負かす人……」

 ノエルは一瞬、十賢者の姿を思い浮かべた。あの4年前の悲劇の立役者だ。

 確かに彼らならディアス一人くらい余裕で倒せるかもしれない。しかし現に十賢者達は全滅したはずだし、彼ら同様に遺伝的に紋章操作された生命体がこの辺境惑星にいるはずもない。なら一体その男の正体とは何なのであろうか?

「信じられませんけれど……その男は何者ですの?」

「ほんとにそーだよ! あの二人を倒すなんて、どんな戦い方をする奴なのさ!?」

 セリーヌが冷静にボーマンに聞き返すと、プリシスも同様に喚いた。

「それが……名前は覚えてねぇんだ、すまねぇ。ただ試合は鮮明に覚えてるぜ」

 ボーマンはその信じられないような光景を生で見ていたわけだ。頭にその戦いっぷりがびっしりと焼き付いているのであろう。

「ほんとに一瞬の出来事だったな。奴は剣と紋章術を両方使いこなしていた。圧倒的だったぜ……」

「ってことは、向こうも紋章剣士だったってことですの?」

 険しい顔つきで話を続けるボーマンにレオンが質問をする。

「恐らくはそうだろうな。アシュトンは試合開始とほぼ同時に、向こうのエクスプロードを食らってやられていたよ」

「エクスプロードかぁ……かなりの使い手だね、そいつは」

「ああ。ちなみにディアスにはアースクエイクで足場を揺るがしてからトドメを入れていたぜ」

 エクスプロードとアースクエイク。共に火属性と土属性の紋章術の中でもかなりの上級魔法である。

「あの魔法を剣と併用で使うのですか。僕でもかなり精神を消費しますのに……」

 ノエルがうーんと唸るように言った。彼もアースクエイクが使えるため、その使用時の厳しさを実体験として知っている。さらにそこに剣を交えるとなると相当な量の集中力と精神力、そしてそれをコントロールするだけの技術が求められる。

「アースクエイクは詠唱が成功した場合、反動でしばらく動けなくなるのが普通です。しかし話を聞く限りではほとんどそれもなかったみたいですし、これはかなりの強敵みたいですね……」

「そうですわね。そのレベルの術師だと、ノアやサンダークラウドくらいの術を使ってきてもおかしくはありませんし……」

「ああ。信じがたい話かもしれないがこれは事実だ。まさかこのエクスペルにこれほどまでの使い手が居たとは思ってもいなかったぜ。そいつ、今じゃラクールで一躍有名人さ」

 ボーマンの言うとおり、彗星のごとく現れたその存在が果たしてどのような者なのか、一行にとっては気になるばかりであった。

「そんな事ここで考えるよりさぁ……!」

 そんな中、一人カヤの外だったプリシスが軽く咳払いをし、不満げにそう言い放ったのだった。他のメンバーが頭を悩ます中、彼女は紋章だの何だのに頭が回らなかったようだ。

「そーいうのって、実際に戦ったアシュトンが一番良く知ってそうじゃん!」

 確かに彼女の言う通りだった。実際に相手の攻撃を受けた人間が一番相手の実力を知り得るであろう。だが、プリシスの言葉をボーマンはきっぱり否定する。

「まぁ……実際に戦ったといえども、アシュトンの場合はほとんど瞬殺だったからな……」

 アシュトンは相手を測る前に倒された可能性が高そうだということらしい。開幕エクスプロードなどを受けたものだから無理もないだろうが。

「まぁ、とりあえずはアシュトンの所に行ってみませんこと? 話はそれからですわ」

 肩をポキポキと鳴らしながらセリーヌが呟く。面倒くさそうにしてはいるものの、かといって世話を焼くことも悪くは思っていないらしい。なんだかんだ言いつつも、仲間が困っていると放っとけない性格の彼女なのである。

「ちょっと興味あるんでしょ? その紋章剣士について」

 そんなセリーヌだけに聞こえるよう、ボソッと彼女の耳元でささやくレオン。それを受けたセリーヌは難しげな顔つきをする。

「それはまぁ……気になるといえばきになりますわね。エクスプロードなんて数えるほどしか使い手がいませんのに、なぜひょうひょうと現れた男がいとも簡単に使いこなせるのか、まったくもって謎ですわ。レオン、あなたもそうではなくて?」

「まあ、そうだけど……」

「とりあえず、はやくアシュトンに詳しく聴いてみましょう」

「僕はアシュトンよりもディアスに詳しく話を聞きたいけどね」

 皮肉めいたことだが、恐らくはディアスの方がその紋章剣士と長く対峙したであろうから、レオンの発言は間違ってはいない。

「よぉし。そうと決まりゃ出発だ!」

 ボーマンはそう言うとニーネを呼び出し、「3~4時間出掛けてくるから店番たのむ」と言い残すと、そのまま店を後にするのだった。

 アシュトンはここから5キロほど離れた山中に自分の家を構えており、レオンやノエルもその場所へ向かおうとボーマンの後を続く。だが最後に店を出ることになったプリシスは、店外へ踏み出す直前でぴたりと足を止めた。

「……なんでアタシにはなにも話してくれなかったのに、セリーヌには相談するかなー?アシュトンったら……」

 プリシスは複雑な表情でぼそっとそう独り言を呟くと、遠くにいってしまった仲間たちを追いかけるために無口で走り出すのであった。


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