Star Ocean
Graceful Universe

連載長編小説

24.第二章 第4話

「……ってな事があったのよ」

「あら、そんな子が居たのね……」

 テトラジェネシスは夜間消灯後ということもあり、外は完全に暗くなっていた。空港でエクスペルに向かう準備を終えたクロードとレナ、そして街をぶらついていたチサトが帰宅し、オペラ邸にて談話を楽しんでいる。

 話題はチサトが今日出会った少年についてだった。

 チサトにとって、今日シファーダとやり取りした内容には色々と考えさせられるものがあった。自分の住んでいたエナジーネーデの、自然を再現する技術力。今となっては過去の話でしかないのだが、当たり前のようにそれを受け取って来た自分とは対照的に、お金が無いためにそれを体感する事が出来ないこの衛星の貧民層。いかに自分が恵まれていたのかを痛感していた。

 そもそもチサト自身、ネーデに生まれたことは幸せなことだったのだろうかと自問自答してみても、今のところその答えは出ないだろう。ロザリスの王都レッジでネーデ人と思われる男の幻覚を見たりと、未だネーデという存在は彼女を苦しめ続けていることも事実だ。

「まあ、確かに……」

 ソファでチサトの話を聞いていたエルネストは静かに腕を組んだ。

「ずっと昔から、金の無い貧しい民間人は、この場所しか知らずに一生を終えている」

「そうなのよね。外の惑星について、教育をしてることはしてるんだけど……」

 オペラが続いて言葉を紡いだ。

「……その人達にとっては、そんなものはまやかしにか見えないんですね?」

 ここにクロードが口を挟む。

「その通りだ……」

「この場所の遥か上には青い空が広がっていると信じ込んで、天井の排気口を登ろうとして死んじゃった子供もいたのよ……」

 要はそれぞれの星にはそれなりの問題が色々とあるということだ。貧富の差により、個々の社会的通説の理解度には差があるように。

「まぁ、むずかしい問題だよな……」

 クロードが腕を頭の後ろで組みながら、ゆらりと椅子にもたれかかる。

 エクスペルに来る前には、こんなにも世界の文化が複雑だなんて思いもしなかった。父親に色々な話を聞かされたり、あるいは軍人として教育されたりしてきたクロードだが、かつてはそれに実感が沸かず、興味が沸くことなどほとんどなかった。だが実際に宇宙に一人でほうり出されて、初めて世界がどんなものかが、ほんの少し分かったような気がしていた。

 クロードはふと、隣に座る少女にちらりと目をやる。

「なぁに、クロード?」

 クロードの目線に気づき、レナはきょとんと返事をした。

「……ううん。なんでもないよ」

「……へんなの?」

 レナはそんなクロードに対して、困惑したかのように首をかしげるのだった。

「ふふふ……」

 それを横目に楽にむかのように、チサトは買ったばかりの手帳にペンを走らす。内容はさっきのオペラの話。とりあえず、テトラジェネシスの一件で記事を書く目処が立ったようで、さぞ満足気に手を動かしている。

「シファーダ君のような子を減らすためにも、まずはこの現実を記事にして、一人でも多くの人に知ってもらわないとね……」







「ねぇ、エル……?」

 オペラが腕の中の赤ん坊の背中を撫でながら、自分の夫へと呼びかけた。

「ん、なんだ?」

 なにやらクロードと談義していたエルネストは、妻の呼び声にふいっと振り返る。

「ちょっと話があるんだけれど……」

 そう言うオペラは、なにやら少しそわそわとしている。

「ねぇクロード、これ見て!」

 それとほぼ同時に、遠くの方からレナがクロードを呼ぶ声がした。彼女はチサトと二人でテトラジェネシスのテレビ番組に観入っている最中であり、この様子だとそこから何か物珍しいものでも見つけたようだ。

「ん。どれどれ?」

 夫婦会話モードの始まりを察知していたクロードは、空気を読んでテーブルから席をはずすと、足早にレナの元へと歩いていった。そして二人きりになることのできたエルネストとオペラは、改めて話をはじめたのだった。

「エル。ちょっとお願いがあるんだけど……」

「……どうした?」

 俯くオペラの前で、エルネストはずずっとカップの中の飲み物をすする。一方のオペラは一旦言葉を止め、すやすやと眠るローラに目を落とした。

「実は……私もエクスペルに行きたいの」

「……んっ!?」

 そうオペラが言葉を発した途端、エルネストはカップの中へとガボッと口から空気を吹き出してしまいそうになる。袖で汚れた口元を拭きながら、エルネストは目の前のオペラを見た。

「何を言い出すかと思えば……」

「……私は本気で言ってるのよ!」

「お前……まさか俺の放浪癖が移ったのか? 言っとくが、俺はお前を追いかけたりなんかしないぜ、多分」

 だが当のオペラの眼差しは真剣そのものだった。

「ちっ、違うわよ! なんで今さら私が宇宙の星々へと大冒険しなきゃ……」

 せっかく真剣な雰囲気で話したつもりだったのに、エルネストのピント外れな返答に少し呆れるオペラ。たしかにエルネストにとっては他惑星=冒険の等式が心のどこかで成立しているのだろうが。

 だが、それでもちょっとは話の流れに気付いてほしいとオペラは思った。不器用な彼には難しい話だろうが。

「コホン、えっとね……」

 少し咳払いをし、気を取り直す。

「さっきのチサトの話を聞いてふと思ったんだけど……この子をエクスペルに連れて行きたいのよ」

 そう言ってオペラはぐいっとローラの顔をエルネストに近づけた。

 エルネストはちらりと娘の寝顔を見ると、

「………ふむ、なるほどな」

 と、抑揚の無い低い口調で納得するのだった。

「つまり、エクスペルの自然をローラに見せてやりたいと?」

「……ええ」


 軽く頷くオペラ。
「何かの本で呼んだの。この子くらいの時期に見たもの、聞いたものは心のどこかに残って、今後の記憶に影響するって……」

「あぁ、俺も聞いたことがあるよ」

「それなら、今エクスペルに行くのはこの子にとって凄く良い経験になると思うのよ」

「経験か……」

 そう言ってエルネストは壁にかけてある写真を見つめた。そこには自分が若い頃に偏狭の星で撮った物から、子供が産まれる直前のものまで、さまざまな星で人生を過ごした思い出が詰まっている。

「俺は……」

 少し間をおいて、エルネストは呟いた。

「俺はこいつに、窮屈な思いをして生きてほしくない。それはお前だって同じだろう?」

「……それはもちろんよ」

「それに俺達の娘だ。血は嘘をつかんだろう。経験させるなら若いうちだ」

「そ、それじゃあ……」

 オペラの顔が途端に晴れわたる。

「あいつらと一緒に、俺たち“家族”も久々に旅立つか」

「………わかってるじゃない?」

「ははっ、だろ?」

 エルネストもその気になったようで、二人は力強く意気投合したのだった。娘には色々なものを見て、知っていってほしいという思い。それは互いに共通していた。それが好奇心へと繋がっていき、新たな世界を切り開いていくのだから。

「久しぶりだな、こんなのは。エクスペルか……」

 エルネストはエクスペルの風景を思い出しながら目の奥から輝かせる。

「確かあそこには、ホフマン遺跡に山岳神殿があるな。まだまだ調査不足な感も拭えていない……」

「あ、勝手に一人で出掛けないように、しっかりと監視はさせてもらうけどね」

 そう言って意地悪に付け加えるオペラ。

「これ以上どこかに行かれるなんて、もうこりごりだもの」

 ちょっとでもこの男をほったらかしにしたら、またまた紋章銃片手に追いかけなくてはならない。

「あ、ああ、そうだな。気をつけておくよ……」

 そんなオペラにエルネストは作り笑いでそう答えた。

「男は探求心って奴には勝てねえんだよ。たとえ女を見捨ててでも」とボーマンに言われたことがある。いまや“父親”になってしまった自分にとって、そういう“男”は自重しなければならないと自覚はしているエルネスト。娘がいるならなおさらだ。だが、

(やっぱり……まだまだ勝てなさそうたな)

 心の衝動を抑えることは、やっぱり自分には無理そうだ。エルネストこっそり遺跡探索に抜け出すための策を練らなければならないなと、大きな野心を再び燃やす。

 そんなエルネストの心境を垣間見たオペラは、

(ふふん。エルったら、絶対にどこかに行く気だわ……)

 と、こちらもこちらで確信する。長年見てきている男のことなど、彼女には全てお見通しのようだ。

(絶対に目を離しちゃダメね!)

 普段は大人の雰囲気をかもし出す二人にはどこか想像のつきにくい、心理上での手の内の探り合い。そんなオペラとエルネストの間では、二人の愛娘ローラがすーすーと寝息を上げながら笑ったのであった。





「ええっ!? それじゃあオペラさんたちも来るんですか!?」

「ええ♪ もう決めたわよ!」

「やったー、うれしい!」

 ちょっとした夫婦会議(?)が終わった後、オペラは娘をベビーベッドに寝かしつけてからクロード達に事の事情を話した。その話を聞いたレナは飛び上がって喜ぶ。

「大丈夫なんですか? この家の事とか。それに娘さんだって……」

 その一方で心配そうにクロードがそう尋ねる。

「まぁ……家の者たちがしっかりしてくれるさ」

 エルネストはそう答えると、扉の傍に立っていた執事とメイドに視線を送った。

「お任せくださいませ」

 執事たちはそんなエルネストの無言の呼びかけに笑顔で呼び答える。この住居には使いのものが合わせて10人は居る。多少留守にしたところで、これといった問題も無いだろう。

「まぁ、そんなこんなでエクスペルのみんなに私たちも会いに行くことにしたの。セリーヌ達にローラのお披露目もしなくちゃいけないし、それに……」

 そう言ってにこりと笑いながら、オペラは軽く伸びをした。

「たまには紋章銃をぶっ放してストレス解消したりしないとね」

 この家の壁には、あちらこちらにオペラの紋章銃のコレクションが飾ってあった。だがオペラは単なるコレクターではない。エクスペルにもこれ一つで乗り込んだし、十賢者にもこの武器で真っ向勝負を挑んだ。

 もはやオペラの片腕とも言えるこの紋章銃たちも、彼女に子供が産まれてからはめっきり火を噴く機会が減ってしまっていた。オペラは風化していく愛武器たちを解放したくてしょうがないのだろう。

「おいおい、それは初耳だぞ。危ないんじゃないのか?」

 エルネストは少し瞳を大きく開く。

「あら? 結構育児でフラストレーション溜まってたりしてたのよ」

 そんなエルネストの一声にも動じることなく、そっけない素振りでオペラは髪を掻き分けた。

「それに、たまには実戦で撃っとかないと、腕が鈍っちゃうわ」

「腕ってお前……」

「だって、もしもの事があればこの子を守らなきゃいけないのよ?」

「そ、そりゃそうだが……」

「でしょ? そのためには本物の魔物に相手してもらわないとね!」

 彼女はこう見えて、かつては抜群の紋章銃の腕を誇っていた。ここだけの話、クレバーさを武器にしていたエルネストより実際の戦闘能力は彼女のほうが遥に上だった。

「まぁ、なんだっていいが……」

 エルネストは根負けしたのか、仕方無さそうに溜め息をつく。

「あまり無理はするなよ?」

「……あなたに言われたくはないわよ」

「ふ、一理あるな」

「ほら、やっぱり!」

 やはり、なんだかんだ言い合いはありつつも、この夫婦はそれなりに仲が良さそうだ。少なくともクロードたち三人にはそう見えたのだった。

「まぁ、ほんとに無理はしないでくださいね。私もクロードも、久々に戦ったら体が思うように動かなかったんで……」

「そうですよ。本当に一度、魔獣にやられかけましたからね……」

 ロザリスでブーシーの大群に襲われたときは、クロードもレナも大変な思いをした。

「あれは危なかったわよね?」

「ああ、やばかったよ。レナの呪紋がなかったら思うと……」

 二人は顔を見合わせて頷き合う。

「ほんとにあの時だけは、見てるこっちもはらはらしたわ」

 そんな二人の肩にぽんと手をやり、チサトが偉そうに喋りだす。

「……ってかチサトさん、あの時も僕たちを尾行してたんですよね?」

 そんなチサトのほうを振り返り、クロードが訊ねた。

「ええ、もちろんよ。いざとなったら助けに行くつもりだったんだから♪」

 得意気に腕から自分の武器や名刺を見せつけるチサト。小道具を使って戦闘するスタイルは今も昔も変わっておらず、燃える名刺を投げつけたりスタンガンから高圧電流を放ったり、少し他の仲間とは攻撃方法が特殊だ。

「そういえば、チサトさんだけは戦いの腕が落ちてなかったわよね……?」

「うーん、言われてみれば。グリエルと戦った時も、僕が気づかないくらいの速さで一撃をかましてたし……」

 クロードとレナはそう言うと、不思議そうにチサトの体を眺めたのだった。あんなに苦戦したグリエルを軽々と倒してしまったチサトの強さは、今やクロードを凌ぐだろう。

「ん、まぁ仕事柄、色々と危険な場所に行かざるを得ないからねー」

 そう言ってふふんと鼻を鳴らすチサト。ネーデ時代から危険な場所へもスクープ求め、自らの腕一つで乗り込んでいた身である。その仕事柄か、強さの維持も自然にできていたようだった。

「まぁ、チサトったら、大変なのねぇ……」

「違いますよ、オペラさん。行かざるを得ないんじゃなくて、チサトさんは自分から厄害に首を突っ込んでいるんですよ」

「ここにも勝手について来ましたしね!」

 チサトの話に驚くオペラに、クロードとレナは的確な補足を入れた。

「ん……気にしない気にしない!!」

 図星めいた事を言われたのだろうか、チサトは慌てて場を丸く収める。

「まっ、オペラが少し戦闘のカンが鈍ってても、私たちがいれば安心。そーいうことよ!」

「え、ええ。頼りにしてるわよ、チサト」

 少しおちゃらけてはいるが、改めて仲間を頼もしい存在だと感じ取るオペラであった。

(おいおい……そんな話聞かされたら、一人で魔物が居る遺跡を探検できなくなるじゃないか)

 一方でエルネストは不安に駆らされていた。クロードですら腕が落ちたということは、自分にもそれが当てはまるかもしれない。和気藹々と話す仲間達に顔で合わせながらも、エルネストの心の中は穏やかではなかった。

「とりあえず、明日エクスペルに出発しましょ!」

「ええっ!? オペラさん、それはいくらなんでも急すぎじゃ……?」

「もう……いい、クロード? 善は急げってよく言うでしょ?」

「そりゃそうですけど……」

「なら決まりね!」

 一度冒険に出ると心に火のついたオペラを説得することなど、到底無理そうである。それにクロードとしてもこの衛星でやり残したことは無いので、明日の出発でも問題は無かった。

「……わかりました。では明日の昼に出発ってことで」

「ええ!」

「早速準備しなきゃね! いーいみんな? 足りないものは朝一で買いにいくわよ!」

 かくして一行はエクスペルに行く準備を整えんと、居間からそれぞれの自室へと散っていくのだった。


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