連載長編小説
14.第一章 第6話
クロードとレナの二人の前には、岩で縁取られた洞窟の入り口がぽっかり口を広げていた。
洞窟の中から風が流れており、不気味な物音が奥の方から響いている。一度入れば二度と出てこれそうな気配さえ漂わせる不気味な洞窟だ。だが、かつてここが交通の要衝だった名残なのか、入口の近くには小さな屋台の残骸などが付近にいくつか転がっていた。
港町ケロックから走って1時間くらいの場所にあるこの洞窟に、雑貨屋の一人息子ノロップは勇敢にも一人で突き進んでいったようだ。
「ここがカーツ洞窟か……」
クロードはそっと中を伺うように洞窟を覗く。つい最近まで王都とケロックを結ぶ通行用洞窟だったためか内部は意外と起伏が少なく、通路にはきちんと石が敷き詰められ舗装されている。
だが所どころその舗装が荒々しくはがれている個所があり、それは自然にそうなったものではなく、何かしら暴力的な振る舞いがこの場所であったことを物語っているようだった。
「入り口の近くには居ないみたいね……」
レナもクロードと同じように中の様子を探っていた。
「ここの奥にいけばノロップくんがいるのかしら……?」
そう呟いても、洞窟の中の静寂は何も答えてはくれない。だが不法侵入者の捕獲、先進武器の回収、幼児救出。クロードとレナにとっても、ここは避けては通れない道だ。
「銀河の星々の平和を維持する連邦の軍人としては、たとえ未開惑星の幼児一人でも救わなければならない義務があるしね。行こう、レナ!」
「ええ!」
躊躇している暇があれば先にすすもう。そう意気込んで二人は暗窟の奥へ進んで行った。
踏み入れた洞窟の中は外よりも空気が冷たく、漆黒の岩肌がさらに寒々しい印象を与える。ただ通路には等間隔おきに紅く輝く魔石が壁に埋め込まれていたため、暗くて先が見えないという事は無かった。
「なんだか不思議な石ね……」
レナがそのうちの一つ、今にも壁から外れ落ちそうなものを見つけて手に取り、それを様々な角度から観察した。
何をエネルギー源にしているのかは分からないが、石はぼやっと柔らかい光を発し続けている。鋭く角ばったその形状から、もともとは大きな原石があり、そこから人為的に砕かれて作られたものなのだろう。
壁に埋め込められたその神秘的な石に、クロードもそっと触れてみた。掌がオレンジ色に染まり、その手形の影が反対側の壁に映し出される。それが面白くて、クロードは指を動かし影絵のようにして遊んでみせた。
「ほんとうに何だろうね? この石は……」
「エクスペルのエナジーストーンにしても、エディフィスの蒼い宝石にしても、まだまだ宇宙には不思議な鉱石がたくさんあるのね………」
「石には不思議な力があるって、占いとかでもよく言うしね」
「そうね。折角だし持って帰ろうかしら?」
意外とレナは光り物が好きで、奇麗な宝石などには目がないところがある。この魔石にもそうとう魅入っているようだった。
「ま、ちょっとならいいんじゃない?」
「ほんとに? それじゃ、これにしよっと!」
「ほら、気が済んだなら早く行くよ!」
「うん。今行く!」
本来は未開惑星の物を持ち帰る事はあまりよくないのだが、この石は数もたくさんありそうだ。灯りとして利用されていることから人体への影響も少なそうなため、問題はないだろうとクロードは判断した。
レナは持っていた鉱石を大切そうに鞄へとしまうと、急ぎ足でクロードを追いかけていくのだった。
こつ、こつと靴が岩肌を踏みしめる音が透き通るように響く。洞窟に入ってから20分くらい歩いただろうか。ノロップと魔物の姿は、まだ見えてこない。
周囲の様子には何の変化も見られず、美しい輝石も何度も何度も見ていると流石に飽きてくる。かといって駆け足になることもできなかった。微かな痕跡も見逃さないよう、ゆっくり辺りを観察しながら進む必要があるからだ。
「かなり歩いてきたわね。全然魔物の気配なんてしないけれど……」
レナがぼそっとそう呟いた。土と水が混ざったような匂いがどこまでも続き、一向に変化というものが見られない。辺りを警戒しながら歩くにしても、集中力には限界というものがある。その糸がそろそろ切れ始める頃合いのようだった。
それでもノロップの件は一刻を争っているため、休んでいる暇などない。
「いったいどこまで行けばいいんだろうね?」
「……っていうか、本当にここであっているのかしら?」
「うーん。地図では間違いないはずなんだけど……」
ぽりぽりと背中を掻きながらクロードがレナにそう答えた。
洞窟の中はジメジメしており、何かとフラストレーションが募る二人。だがそこからしばらくすると、ある時ぽっかりとした少し広めの空間に出る。レナはそこである物を見つけたのだった。
「ねえクロード! あそこに何かあるわ!」
「えっ?」
薄暗い空間に目が慣れてきたレナは、壁際に落ちている物体を指さした。急いで近づき確認すると、それは子供用の小さな帽子だった。
色はよく分らないが、ほとんど汚れがついていないことから、ここに落とされてまだそれほど時間が経っていないのだろう。考えられるのはただ一つだ。
「これはノロップが落としていったものだろうね。きっとこの奥に居るはずだよ!」
クロードはその帽子を拾おうと体を屈めた。だが前屈したクロードが足の位置を少し変えたとき、カランという何かが転がるような音がした。
目を凝らしてみると、自分の周囲の地面に、人のものか、動物ものかも分からないような骨が周囲に散乱している。今まで帽子に気を取られていて気づかなかった。それらは魔石に照らされ、不気味な色彩を放っている。
「レナ、気をつけて! 何かの骨が落ちている! ケロックの街で聞いた魔物の仕業かもしれない!」
クロードとレナに戦慄が走る。今までの弛んだ士気が一気に緊張感へと変わっていく。
「クロードっ! 前!」
レナがはっと口をあけてクロードに危機を伝える。クロードがそれに反応して振り返ったその瞬間、闇の向こうで二つの鋭い光が映し出された。そして次の瞬間、
――――ザザッ……!――――
自分達が来た方向とは反対側から、でっぷりとした汚い毛皮に覆われた動物が突進してきた。クロードはなんとか間一髪、ひらりと宙返りをするようにしてそれを回避できたのだった。
「出てきたなっ、魔物めっ!」
地面に手をつけながら着地したクロードはもう片方の手で剣を抜き、体制を立て直す。
「ぐひひひひ、さっきのガキに続き、今日は3人も収穫か!」
魔物はにやにやと嫌らしい笑いを浮かべ、ハアハアと抑えきれない欲望を露にしながらクロードとレナを舐めるように眺めていた。
体長1m80cmくらいの人語を話すそれは、ケロックの町で聞いていた"熊"というよりは、"狐"に近いように見えた。鼻は犬のようににゅっと顔から突き出しており、知能もそれなりに高そうに見える。2足歩行をしていることもあり、魔物の中でもかなり進歩している部類なのだろう。
「……お前、さっきのガキって今言ったな? どこに連れて行った!?」
クロードは剣を構えながら言い放つ。
「くっくっく……貴様等は自分の周囲も見えてないみたいだな。人間とはつくづく能力が低いもんだ」
魔物は口を大きく開き、けらけらとそう笑いたてた。クロードは自分をコケにしたようなその態度に怒りを覚える。
「おい、どういうことだ!?」
「だから言った通りさ。周囲を見ろって言ってるんだぜ?」
「ク、クロードっ! あれを見て!」
レナが突然口を押さえ、天井方向を指さした。
そこには一人の子供が洞窟の天井から縄のようなもので吊り下げられていたのだった。魔石の光も天井まではほとんど届いてなかったため、その存在に2人は今まで気づかなかった。
「ノ、ノロップか!?」
「あ、あんなところに……早く助けなきゃ!」
「おい、ノロップ! 無事か!?」
そう呼びかけてみるも、ノロップはぴくりとも動かない。ただクロードの叫び声が洞窟内を谺(こだま)しただけだった。
「お前、ノロップに何をしたんだ!?」
「けけけ、心配するな、気を失ってるだけさ。今殺しちまったら味が落ちるからな」
魔物はそう答えると、じゅるっと泡立ったよだれを垂らす。
「しかもあのガキったら、こんな凄い武器を持ってやがったんだぜ?」
魔物はさらにそう言うと、懐の毛深い部分から機械のようなものを取り出した。それはどこからどう見ても光線銃であり、それを長い舌でペロリと舐める。
「それは……フェイズガン!?」
それはクロードにもよく見覚えがあるものだった。側面に着いているパイプ、精密に作られた発射口、かつてエクスペルに飛ばされたとき、自分が身につけていたものと全く同じ、正真正銘のフェイズガンだった。
アルフレッドがボビィに売りつけ、それをノロップが持ち出したものなのだろう。電光表示されているエネルギー残量を見るに、まだ数発は撃てる状態のようだ。ここからの攻撃にも細心の注意を払う必要がある。
「ほう、これはフェイズガンってのか? こいつの威力に俺様はぶったまげたぜ! なにせ一撃で狭かったこの通路が一気にここまで広くなったんだからな!」
確かに入口からここにたどり着くまで、このような広い空間は一切見当たらなかった。そしてここには少し塵や瓦礫のような物が多い。恐らく目の前の魔獣がこのあたりでフェイズガンを一発試し撃ちしたのであろう。
「さーて、今日はもうひと狩りだな。こんな活きのいいメシにありつけるなんて、このグリエル様、一体どこまでツイているんだろな!?」
「そんなことさせるかっ!!」
クロードは抑えきれない怒りに身を任せ、自らをグリエルと名乗り哄笑を響かせる魔物に剣を立てながらグンと接近する。
「はあっ!!」
そのまま突進した勢いを利用して、グリエルに斬りかかる。
「おおっと、あぶねぇ……」
だがグリエルは紙一重でそれを左へとかわすのだった。剣にかすった毛が胴体から切れ、はらはらと地面に舞い落ちる。
だが、これはクロードとレナの作戦どおりだった。
「それは甘いんじゃないかしら?」
「んあ!?」
グリエルは自分が着地しようとしている方向から聞こえたレナの声に気付き、咄嗟にその方向へと振り向いた。
実は先ほど、クロードはわざとグリエルが左へ避けるよう仕向けて攻撃したのである。そしてグリエルが逃げた方向で待ちかまえるレナが一撃を喰らわせる作戦だった。
「ていやっ!」
レナが得意の回し蹴りを放つ。もともと高い威力に相対運動の衝撃が加わり、決まれば大ダメージは確実である。
だが、その瞬時にグリエルの尻尾が少し上に跳ねた。そして体長の半分くらいある尾が少し赤みを帯びる。
――――パチン!!――――
なにかが弾けるような音がした。同時にレナの脚がヒュンと空を切る。
「ええっ!?」
レナは慌てて周囲を見渡した。目の前に居たはずのグリエルが消えてしまったのだ。
「……そんな、どこに行ったの!?」
「ここだぜ。嬢ちゃん。」
どこからともなく声が洞窟に響く。するとレナとクロードから少し離れた場所にグリエルが上から飛来し、すたっと着地したのだった。
「けっけっけ……この俺様の尻尾の力、ナメてもらっちゃ困るぜ?」
グリエルはニヒニヒと声を唸らしていた。
「クロード、気をつけて! 何かの紋章術が尻尾にかかっているわ!」
「お、よく分かったな、お譲ちゃん。あんたの言う通り、俺はこの尻尾に紋章術で能力を付加しているってわけさ」
グリエルをパタパタと尻尾を地面に打ちつけながらそう答えた。確かにちょうど全長の中間部あたりに赤色の紋章が輝いている。
「あの尻尾で地面を叩くことで、瞬間的に上向きに加速して私の攻撃を避けたみたいね……」
レナは状況を飲み込んだ。恐らくはグロースのように筋力を増強する紋章術をグリエルは使いこなしているのだろう。グロースが人間用だとすれば、おおかたこの紋章術は尻尾の筋肉用といったところだろう。
「ふふふ、ご名答だな。つまり、こういうこともできるのさ!」
グリエルはそう言うと軽く飛び上がり、尻尾をくるっと丸めた。刻まれた紋章がさらに赤々と輝きだす。
「こんなふうに攻撃にだって使えるんだよ!」
グリエルが叫ぶと今度はバチン! と、さっきより強い音が響く。同時に洞窟の石壁を尻尾で叩き、水平方向へと加速したのだった。
「なにっ!?」
グリエルはクロードの方めがけ、弾丸が如く突撃してきた。クロードはその予想外の速度に驚き、寸でのところで何とかそれをかわす。
「まだまだ………こんなもんじゃ無いぜ!」
だがクロードが避けた瞬間、グリエルは尾をクロードの方に向けると、それを力いっぱい叩きつけたのだった。
「うわっ!」
クロードも即座に腕を固めて攻撃をガードしようとしたが、少し不完全な体勢だったためにその衝撃を腹部に受けてしまった。
「ぐっ……油断した……」
クロードがよろめきながら立ち上がる。グリエルの突進は確かに避けることができた。だが奴は突進の途中で尾をクロードの向けて強打したのである。
これは恐らくグリエルの計算の内だったのであろう。先ほどのクロードとレナの連携のように、どんな生物でも避けるときには一瞬の隙が生まれるものである。
「クロード! 待ってて! いま回復するわ!」
痛みに耐えるよう腹部を抑えるクロードに対しレナは焦ることなく、軽く目をつむり詠唱を始めた。彼女も戦いのカンが戻ってきたのか、ロザリスに着いたときに比べて確実に動きが良くなってきている。
「キュアライト!」
レナが手を掲げると。光の帯がクロードを包んだ。緑色の光はクロードの患部である腹部に集中し、何束にもなってその部分に入り込んでいく。
「はあ…はあ…………ふうっ。ありがとうレナ、助かったよ……」
光に包まれたクロードの顔色はみるみる良くなっていく。
キュアライト。外傷ならどんな傷にでも効果があるこの紋章術に、クロードは幾度と無く助けられてきた。レナもその様子を見ると、にっこりと彼のほうに笑ってみせたのだった。
腹部の負傷を完全に治癒してもらったおかげで、クロードはその後グリエルの攻撃を難なく避けることができた。
「もう同じ手にはやられないさ!」
「く、くそっ!」
グリエルが再びクロードに向けて尾を叩きつけたが、クロードはそのパターンを完全に盗んでおり、いとも簡単にさらりと受け流す。バコン、と尾が洞窟の地面に当たり、岩肌が砕け散った。
「一発喰らってもう動けないと思ってたが……あの女の能力か………」
グリエルは視線をクロードからレナへと移す。
「ならば、まずお前からだ!」
グリエルが今度はレナの方へと突進しようとした。先に回復役を潰してしまおうという作戦なのだろうか。どちらにせよ、身体能力ではクロードに劣るレナが狙われるとまずい。
「させるかっ!」
クロードが勇ましい顔つきで剣を振りかざす。
「吼竜破!」
クロードが剣を振り下ろすと同時に剣先から青白い光が巻き起こり、竜の形を成してグリエルへと襲いかかった。
「おっとっと!」
レナに向かって突進していたグリエルだったが、突然の攻撃にあわてて尾を振り上げ、また得意の尻尾による反動で宙に舞い上がった。グリエルに回避された竜の闘気は、ゴゴッと鈍い音を上げて岩肌に激突し、その箇所をガラガラと崩れ落とす。また洞窟が広くなった。
「へっ! いくら攻撃しても当たらないぜ! 全部避けてやるよ!」
グリエルは空中で軽々しくそう言ってのける。しかし一方のクロードはグリエルが空中に飛び上がったことにより、既に勝利を確信していた。
「……確かにその術は攻守において優れてると思うよ。けど、尻尾で叩くべき物体が近くに無ければどうかな?」
クロードがニヤリと笑う。その視線の先では、レナが何やら紋章術の詠唱をしていた。
「な……しまった………!?」
グリエルが気づいた時には遅かった。
「油断してたわね! 潰されなさい!」
レナが詠唱を終える。
「プレス!」
レナが手をグリエルに向かって突き出した。その呪紋に呼応して、グリエルの真上には“10t”と記された巨大な分銅が形成される。と同時に、それはヒューンと空をきる音を上げながら、グリエルの頭上に落下していった。
それを目の当たりにしたグリエルは一気に青ざめる。実際には分銅の真横を尻尾で打てば回避できるのだが、体勢的に無理だった。
「ぐぅわぁぁぁぁあああああぁぁぁ……!!」
――――ズズゥン…………――――
分銅はグリエルの胴体を捕らえ、悲鳴と共に各々一体となってそのまま地面へと衝突するのだった。砂ぼこりが舞い、それが目に入らないよう二人は薄目でその様子を確認したのだった。
「やっぱ凄いね、この術を考えた人って………」
クロードは自分の恋人が放った技のえげつなさに肝を冷やした。相手をペシャンコにしてしまうこの紋章術は、よくよく考えればとても残酷な攻撃だ。
「………倒したのかしら?」
そんなクロードなどおかまいなしにレナは落下地点へと近付いていく。よくゴキブリなどを殺すときには男性より女性のほうが躊躇しないという話もあるが、もしかしたらレナのほうがクロードよりよっぽど勇ましいのかもしれない。
「………動くな!」
そんな時とつぜん、静かな怒鳴り声が響いた。クロードとレナはすかさず辺りの気配を伺う。
「……やっぱり甘かったみたいね?」
「あれを受けて、まだ立ち上がれるのか……」
砂ぼこりが徐々に収まる。クロードの視線の先には、よろめきながらも地に足をつけて立っているグリエルの姿があった。
体中傷だらけだ。その表情からは、さっきまでのふざけた余裕は完全に消え失せていた。
「はぁ、はぁ…………ぐっっ。貴様ら、殺して後で食うつもりだったが………作戦変更だ。今すぐ消えろッ!」
グリエルはそう叫ぶと、がばっと懐からフェイズガンを取り出し、クロード達に向ける。後で二人を食べるためフェイズガンを使わずに戦っていたようだが、それも限界だと判断したらしい。
「くたばれっ!」
グリエルはそう叫び、フェイズガンのトリガーを引いた。 轟音と共に光りが放たれ、クロードとレナに襲いかかる。
「へっ。いいザマだぜ。跡形も無く消滅しろ!」
グリエルは延々と銃口から放たれる分厚い光線に邪悪な表情を浮かばせ、ガハハハと高笑いを響かせる。そしてその攻撃はフェイズガンのエネルギーの残量メーターがゼロになるまで続いたのだった。
光線の発射が終わったことを確認したグリエルは、きれいさっぱり何もかも消え去っているだろうと高をくくりながらクロード達が居た場所を伺った。
「ふん、残念だったね」
だが、なんとクロードはフェイズガンの攻撃を無傷でやり過ごしていた。済まし顔でグリエルに対して剣を向ける。
「…………な、な、なんで貴様ら無事なんだ……!?」
それを見たグリエルは、体を後ずさりさせながら驚嘆する。そのクロードの手には、フェイズガンに似た形状のものが握られていた。
「エネルギーを出すものがあれば、当然吸収するものもあるってことさ」
クロードが手にしていたのは、携帯用の小型シールドだった。未開惑星での任務では防衛用として例外的に所持が認められているものがあり、これもその一つだ。
未開惑星保護条約を違反している者を取り締まる場合、相手が先進武器を所持している可能性も十分考えられる。その際の対応策として、相手を傷つけないような防御装置は必要だとされているのだ。
クロードは先程のフェイズガンのエネルギーをこれで吸収することで、事なきを得ていたのだった。この咄嗟の判断も、普段から軍事演習をイヤというほど積んできた賜物である。
「さて、それじゃあそろそろ決着をつけようか、グリエル……」
ハアハアと魔物の吐息が空気を伝わる。
グリエルは完全に追い込まれていた。先程の"プレス"で激しく尻尾を負傷していたため、もはやこれを使うことができなくなってしまっていたからだ。
言ってしまえば最大の武器。チェスで言うところクイーンの駒を相手に取られた状況に等しいグリエルは、往生際に最後の抵抗を試みる。
「くそったれ! …………だが、これならどうだ!?」
グリエルは不気味に笑うと、フェイズガンを持っている手を高々と上げた。銃口は天井に吊されたノロップの方を向いている。
「な、何をするんだ!?」
クロードは大きな声で叫んだ。
「へへへ、どうやらこの武器、エネルギーを使いきっても緊急用にもう一発撃てるみたいだな」
グリエルが手にするフェイズガンの電光掲示には、赤い文字で“緊急用エネルギー使用中”の文字が浮かび上がっている。
フェイズガンにはメインバッテリーの他に緊急用バッテリーが搭載されているものもあり、どうやらグリエルが所持している型はそれに該当しているようだ。
この点に関してクロードは完全に油断していた。これではグリエルに手を出すことができない。
「くっ…………」
「一歩でも動けばあのガキの命はないぜ?」
任務を優先するなら、ここでノロップなど見捨ててしまっても何ら問題は無い。今ここで奴に止めを刺してフェイズガンを回収した後、王都レッジにそのまま向かうのが最も効率が良いだろう。
だが、クロードとレナにはそんなことは出来るはずも無い。クロードの言葉にもあったとおり、彼らには全宇宙の平和を守らなければならないという義務があるのだ。たとえそれが未開惑星の見知らぬ子供一人でも、だ。
「こいつを助けて欲しけりゃ、今すぐその武器を床に放り投げな!」
グリエルはケケケと笑いながら、クロードの剣と防衛装置を指差した。
「くそっ………どうすればいいんだ?」
今ここで動けば、間違いなくグリエルはフェイズガンを発射させ、ノロップを殺してしまうだろう。
かといって、こちらがフェイズガンを放り投げれば、それを見たグリエルはすぐさまこちらに向かってフェイズガンを撃ってくるだろう。そうなれば間違いなくこっちが殺されてしまう。
2人は必死にこの場を乗り切る方法を考えた。だが案はぜんぜん出てこない。
万策尽きたかに思われた、そんな時……
――――キラリ――――
グリエルのちょうど真後ろ、クロードとレナが通ってきた通路側から、微かな光沢が放たれたのだった。
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