Star Ocean
Graceful Universe

連載長編小説

11.第一章 第3話

 この日、クロードとレナはネステードの村で聞き込み調査を行った。農夫から武器屋の主人、道端で立ち話しをする夫人たちなど、目についた人には片っ端からブーシーの事件について尋ねてみたが、皆口を揃えて「原因は分からない」と言うばかりで、有益な情報は得られなかった。

 ただ深刻な問題になっていることは事実のようで、誰もが早くこの事件が解決してほしいと思っているようだ。

 そんなこんなで隅から隅まで村を歩き回り、気がつけば日は完全に暮れてしまっていた。

「結局、進展はあんまりなかったわね……」

「ああ。まさか最初の村でこれほど時間を潰すことになるとは思わなかったよ」

「おかげで地球に帰るのが遅れそうね。予定変更の連絡をしなきゃいけないかも……」

「仕方ないさ。容疑者が潜伏している場所の目星がつきそうにないし……」

「そうね。とりあえず今日のところはこれくらいにしておきましょうよ」

 レナは今日はもう休みたいとクロードにお願いした。よくよく思い返してみれば、今日は夜明け前から一日中動きっぱなしだった。クロードも全身へとへとであり、正直もう今日は十分かなという気もしてきた。

 少し村を出れば、きららかな月光と微かな星明かり以外は完全に闇の世界である。さすがにこれ以上の調査は困難であるため、二人は仕方なくアルフレッドに紹介された宿屋へ向かうことにした。

「ねぇクロード。そういえば、この星のお金は持っているの?」

 レナがふと気づいたかのように尋ねてきた。

「ああ、それなら大丈夫さ。ランサーさんからここの通貨を貰ってきているよ」

 クロードはポケットの中から皮袋を取り出し、中に入っている小銭をレナに見せた。古びた彫刻が施された古い銀貨4~5枚が彼の掌に乗っていた。

「ほんとだわ。でも今回の任務、これだけ足りるの?」

 レナが念を押すようクロードに聞く。レナは以前の冒険でずっと財布のひもを握っていたので、金銭関連のことについては敏感なのである。

 万が一お金が無くなってしまったら大変だ。食べ物の入手が困難になり、任務はおろか自分達がこのような辺境の場所で窮地に立たされることになる。

「うーん、ランサーさんはこれだけあれば1週間は大丈夫だって言ってたけど……」

「そう、なら問題ないわね。ま、もし足りなくなったら未開惑星保護条約に触れない範囲で持ち物を売ればいいしね」

「そうだね。そうならないうちに帰りたいところだけど……」

 クロードは改めて、このように取り計らってくれたランサー少将に感謝するのだった。

「でも、何でランサーさんはこの星のお金なんか持っていたのかしら?」

「あれくらいの人になると、未開惑星も幾つか廻ったことがあるんだと思うよ。さ、細かいことは気にしないで、今日はもう宿屋で休もうよ。すごく疲れちゃったし」

「ええ、そうね。たくさん歩いちゃったから、足が棒になっちゃったわ」

 レナが足をパンパンと叩きながら答えた。普段からあまり運動しないレナにとって、今日の行進は少し重労働だったようだ。

 道もデコボコとした悪い状態のものが続いていたので、エクスペルでは普通に感じられたこの旅路も地球暮らしが長いレナには足への負担が大きかった。

 二人は活気溢れる村の酒場や良い匂いを漂わせる民家を通り抜け、アルフレッドに教えてもらった宿屋に向かっていくのだった。





「2階の奥から二番目の部屋をお使いください。夕食は午後7時、朝食は明日の朝7時になっております」

「ああ、どうもありがとう」

「それでは、ごゆっくりおくつろぎください」

 クロードは宿屋の受付から鍵を貰うと、指定された部屋へと向かっていった。木造の二階建て、趣味の良い装飾が施された、綺麗な宿だった。

 受付のカウンターの横にはブーシーの木細工がいくつか置いてある。この村においてブーシーがどれだけ崇められているのかが見て取れた。

「やっぱり、お客さんも少ないわね」

「ああ、ブーシーの凶暴化の影響が一番及ぶ場所だもんな……」

 宿屋はガランと閑散していた。人が居ても良さそうな玄関のロビーにあるソファーにも、誰一人として旅客が居ない。今日は殆どの部屋が空き部屋のようだった。

 二人は部屋に入るとすぐに扉の鍵をしっかりと閉めた。そしてクロードは鞄から通信機を取り出し、その電源を入れる。

「さてと、じゃあ僕は軍に今日のことを報告するね」

 クロードはそう言うと、眠そうな目を擦りながら報告書を打ち始めた。今日一日あった事。無事ロザリスに到着したことや、ブーシーの凶暴化など。クロードはその全てを中間報告としてランサーに伝える必要があった。

 レナはその間、開けっ放しの窓から外の景色を眺めることにした。星々の大海の下で、いくらかの民家の窓からぽつぽつと明かりがこぼれている。

(なんだかこの景色を眺めてたら、アーリアに居た時の事を思い出すわ。お母さん、元気にしてるかしら……?)

 キーボードに文字を打ち込むクロードを横目に、故郷を懐かしむレナ。地球に居たころから再三思い続けていたが、このアーリアに似たネステードの風景を見ているといっそうその気持ちが強くなった。


――――パン――――



 そんな時、不意にレナの耳に何かを叩くような音が聞こえてきた。窓の外からだ。しかもかなり遠く。ほんとうに空耳かと思えるくらいの大きさで。

「レナ、何を見ているんだい?」

 不意に尋ねてきたクロードにレナはびっくりした。

「えっ、いえ……なんだか綺麗な景色だなあって。それより、報告書はもう終わったの?」

「ああ。大体の事はまとめて伝えておいたよ」

「あら、早いのね?」

「特に収穫が無かったからね。明日は頑張らなきゃ」

 クロードはそう言って溜息をついた。

「それより、これからノエルさんと通信しようと思うんだ。ここなら地球とのリアルタイム通信も使えそうだし」

「なるほどね。動物のことは動物学者に聞いてみるってことね?」

「ああ。実は今日、こっそりとブーシーの写真を撮ったんだ。ノエルさんなら、もしかしたら何か分かるかもしれないしね」

 クロードはそう言うとレナのそばを離れ、再度通信機をいじり始めた。

 ノエルと約束した通り、クロードはブーシーとの戦闘後にこっそりと写真を何枚か撮っていた。この写真をこれからノエルに見てもらい、ブーシーについてどう思うか聞いてみようとクロードは思ったのだった。






「これはクロードさんにレナさん。任務先から何か用ですか?」

 通信を行うと、ノエルは予想以上に早くこちらに応答した。

「ええ、ノエルさん。少し聞きたいことがあるんです。この時間、大丈夫ですか?」

「ええ、構いませんよ」

 同じセクター内にいるおかげか、モニターにはノエルの顔が結構鮮明に移っている。そのため他惑星に居るというのに妙に地球に親近感がおこる。

「実は……」








「なるほど。そういう事ですか……」

 一部始終をクロードが説明し終えると、ノエルは画面越しにうんうんと頷いた。

「どうですか……?」

「……そうですね。分類学に関してはあまり専門ではないので言い切ることは出来ませんが、そのブーシーという魔獣……」

 ノエルは少し爪を噛みながら考え込んだ。

「……だいたいそういう形態の哺乳類は集団をとても大切にするという性質があり、仲間の誰かが外敵に殺されると、報復活動を始める事がしばしば確認されているんです」

「……ってことは、誰かがブーシーを殺したから、彼らはその復讐をしているってことですか?」

 いつの間にかクロードと一緒に通信機を覗き込んでいたレナが、不安そうな顔つきで口を挟んだ。

 ノエルの言う事が正しければ、誰かがブーシーを殺したことが凶暴化の原因と言える。そしてもしそれが本当ならば、おいおいこのネステードの村が襲われてもおかしくはない。

「ただ、さっき説明したとおり、この村にとってブーシーは神獣なんです。まさかそれを殺す人がいるなんて……」

 普通は神獣なんかに出会ったら恐れ多くて身を引くのが普通である。まさか殺す人がいるとは考えづらい。

「僕もそうだと思います。これは仮説ですが、もしかしたら惑星外からの侵入者の仕業かもしれませんね。密漁が可能性として一番高いと思います。まぁ、凶暴化自体は一般的に動物に対する被害が止めば時期に治まるので、元凶さえ倒してしまえば心配は無いかと。それより……」

 ノエルの細いその眼差しが真剣味を帯びてきた。

「僕はその動物の凶暴化より、彼らを沈静化させた「黄色い粉」の方が気になりますね……」

「えっ、どういう事ですか?」

 その言葉を受けてクロードも表情が変わる。

「あの粉がなにか引っかかるんですか?」

「その粉末の色や臭いと効果から察するに、その薬は未開惑星レベルの技術力では作ることの出来ないものですね。僕にも心当たりがあります」

「な、なんだって!?」

 クロードとレナは驚きを隠せなかった。まさかあの黄色い粉末が……

「そういえば村の人たちにあの粉のこと聞いても、みんな知らないって言ってたわよね?」

「惑星外からの技術が持ち込まれた可能性が高いな、これは……」

「そういう事です。その薬は一種の麻薬みたいなもので、人間には殆ど影響はありませんが、一部の哺乳類には沈静作用と同時に遺伝子を破壊する危険性があります。それゆえ連邦の条約では使用が厳重に禁止されているはずですが……。そのアルフレッドという男はどうしてそんな薬を持っていたのでしょうか……?」

「そんなに酷いものだったんですか……」

「ええ。少し待っててください」

 ノエルは少しの間席を外した後、「この薬ですよね?」と、自分の研究室から小瓶に入った薬を持ってきた。それはクロード達があの時見たものと全く同じ、黄色い粉末だった。

「ええ、多分それだと思います。なんだかつーんとした臭いがして、それを嗅いだクロードなんかしばらく咳きこむくらいでした」

「……そうですか、間違いありませんね」

 ノエルはやっぱりかと呟いた。

「それってどういうことかしら? ……まさか侵入者がアルフレッドさんに渡したとか? それともアルフレッドさんがそもそも……」

 レナが腕を組み考える。

「分からない……とりあえず明日、アルフレッドさんの所を訪ねてみよう」

「そうしてみて下さい。この事件、僕も非常に気になりますね。……とりあえず、必ず犯人を捕まえて下さい」

 ノエルは強い口調でそう言った。野生生物が先進惑星の人間の悪意で苦しんでいることに対し、動物学者であると同時に動物愛護家でもあるノエルは強い憤りを感じているようだった。

「ああ、任せてくれ。ありがとう、ノエル」

 クロードはノエルのためにも、この件は調査を続けなければと思った。

「いえいえ、お役に立てて何よりですよ。任務頑張ってくださいね。……それでは」

「ええ、ありがとうございました。」

 そう言って二人はノエルとの通信を終了した。プツリと音を立てて画面の電源を落とすと、クロードはそれを鞄にしまいこんだ。

「ふぅ……意外にも早く手がかりが見つかったね」

 ノエルとの通信による収穫は大きかった。ブーシーの件は今回の任務で捕まえるべき人物が噛んでいる可能性が高いと示唆されたからだ。

「明日はまずアルフレッドさんのところをもう一度訪ねましょう!」

「ああ。粉のことについて、色々聞かなきゃいけないからな」

「そうね。ほんとによかったわ、次にするべきことが見つかって」

 レナはふっと安心したように笑みをこぼした。

「まぁ、気を抜かずにいこう」

「ええ。頑張りましょ」

「よし、じゃあそろそろ晩ご飯の時間みたいだし、とりあえず食べに行こうか」

 クロードは時計を見た。チェックインの際に伝えられた夕食の時間があと5分後に迫っている。

「あら、もうこんな時間なのね? そういえばお腹すいたわね……」

 レナはお腹を擦りながらそう言った。

「僕も何かと体力使ってペコペコだよ」

「夕ご飯何かしら? はやく行きましょ!」

 今日は空腹にも気付かないくらい、いろいろと疲れる一日であった。とりあえずはこれを満たすため、二人は1階の食堂へと降りて行くのであった。


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