Star Ocean
Graceful Universe

連載長編小説

6.序章 第6話

 一連の出来事から日が明けた翌日。久々の休暇となったクロードはダラダラと寝過ごしてしまい、気がついたときには午前10時になってしまっていた。

 休日の寝だめはあまり意味を為さないと科学的には言われているが、それでも時間に余裕のある時にはぐっすり寝てしまうのが人の性というものだ。

 今日はレオンもイリアも朝から出かけていたため、家の中には誰もいなかった。屋内は昼前というのに薄暗く、しーんと静まり返っている。寝起きの倦怠感を覚えながらもクロードは朝風呂に入り、そのあとで遅めの朝食を摂り始めたのだった。

「急に休みって言われてみてもなぁ……」

 ささっと手にしたものを食べ終わると、クロードはごろりとソファーに横になった。休みが貰えた時こそ嬉しかったが、実際に休日となると実にヒマなものだ。

 なんとなく机上からリモコンを手に取り、居間にある大型テレビをつけてみる。特別見たい番組があるわけでも無かったが、暇すぎてこれくらいしかやることが無かった。

 今は平日の昼前ということもあり、どの局も専業主婦向けのバラエティーや化粧品の通販といった番組ばかりだ。そんなつまらない物には当然目をくれることも無く、クロードは次から次へとチャンネルを変えていく。そしてある番組が目に入ったところで、クロードはボタンを押す手を止めた。

“はい。こちらがオクトプトラの四大黒柱です……”

 クロードが目に留めたのは、ローカルタレントが宇宙の惑星を旅行するという旅番組だった。今回は惑星オクトプトラというセクターη(イータ)に属する星が舞台となっているらしい。ナレーションによるとこの惑星は表面の全面積が海の惑星であるため、海底からの支柱によって建物が海面上に作られているとのことだ。

 海底には沢山の遺跡が広がっており、潜水艦でそれらを観光することができることで有名な星である。クロードはそんな素朴な放送についつい見入ってしまうのであった。

「ここは有名な星だったっけ? エルネストさんも昔調査しに行ったって言ってたし。僕も一回でいいから行ってみたいな……」

 テレビで遺跡についての解説をしている。その他にも人口、気候、地学的特徴などなど、聞いているだけでこの星の様子が手に取れるように想像できる。リポーターの解説が非常に上手いうえに番組構成も良いため、見ていて飽きない。

 こういった雑学を吸収していくことも、たまにはいいものだとクロードは思った。だがこれを見ているうちに、他惑星といえば自分も同様に明日から赴くということをおのずと思い出した。

「そういえば今度行く惑星ロザリスについて、僕は何も知らないよな……」

 未開惑星についての情報は一般には公開されていない。理由は簡単で、たとえば希少資源などが見つかる可能性のある地質である、珍しい生物の宝庫である、といった情報が少しでも公に出回ってしまえば、すぐに利益に目の眩んだ非合法密航者の標的にされかねないからだ。

「やっぱロザリスについてもある程度の知識はいるよなぁ。前のエディフィスは未開惑星にしては文明的にかなり発展した方だったから、そんなに苦労はしなかったけど……」

 2年前に訪れた惑星エディフィスは、少なくとも地球の18世紀レベルの文明を有しており、服装も多様多種だったために普段着で居ても違和感は無かった。

 だが惑星ロザリスはどれくらい文明が進んでいるのか、クロードは全く知らされていない。ランサーから貰った資料に掲載されていた事はロザリスまでの航路やターゲットとなる犯罪者の推定活動範囲に関するものばかりで、文化的なトレンドはほとんど記載されていなかったからだ。

 もし中世以前レベルの文明レベルであるなら、あまり近代的な服装は慎むべきである。その場合には当然、その文明に見合った洋服の準備が必要となる。(エクスペルに来た時も、クロードの服装は現地人からかなり奇異な目で見られていた)

 それ以外にも食べ物や慣習など、知っておいて損にはならない。なにより全く知らない場所にひょこひょこ出かけるのは酷く不安であることに間違いはない。

「暇なわけだし、ちょっと連邦の特別資料館に行って調べてみようか……」

 連邦の特別資料館には、一般人に公開されない様々な記録や情報がある。ここは機密情報の漏洩を防ぐ理由であらゆるネットワークから施設が遮断されているため、わざわざ自分の足で赴かなくてはならないが、未開惑星などのデータ程度なら少尉であるクロードでも閲覧可能となっているため、今からでも行く価値はある。自宅からもそう遠くはない。

「どうせ何もすることはないわけだし。ついでに任務に向けての買い出しもしておくか」

 クロードはよいしょと重い腰を上げ、外に出かける準備に取り掛かるのだった。





 支度を済ましたクロードは家の外に出た。春のぽかぽかとした陽気と、服をなびかせる涼しい風が、なかなか形容できないような心地良さを感じさせる。

 こういう日に家に篭っていた自分が情けなくなる。やはりやることが無くても外には出るべきだなとクロードは思った。

「気持ちいい天気だな! エクスペルの自然も素晴らしかったけど、なんだかんだで地球も良い所だよ」

 4年前の十賢者戦の直前、エナジーネーデのセントラルシティにおいて、ノエルに「エナジーネーデの自然は紋章科学によって制御された造りものだ。僕にはそれがとても気持ち悪い」と話されたことがあった。

 その際、クロードは地球に自然が全くなく、造りものでも存在しているだけマシだと返事をしたのだが、本当のことを言えば地球にも緑など探せばいくらでもあった。街路樹や緑地帯など人工のものではあるが、人々の心を癒すために数々の自然が都市のあちこちに散在していることは事実である。

 自然というものは実に不思議だ。エクスペルの環境が「偽りの大自然」と解っていても、色々と悩み多かった当時のクロードはそれに何度も心を洗わされたものだ。

 かつて父であるロニキスが目の前で殺され、そして十賢者ザフィケルの圧倒的な力の前に手も足も出ず敗走し、クロードは心も体もズタボロになったことがあった。あの出来事の後の自分をじわじわと癒してくれた一因としてネーデの大自然があったことをクロードは今でも覚えている。

 なんとも言えない気分に浸りながら、クロードは人通り少ない並木通りを歩いて行き、やがて自宅から最寄りの地下鉄の駅に到着したのだった。

 ふとクロードは昨夜に見たニット帽に尖った耳の男がここに居たりするのではないかと思い、さりげなく辺りを探ってみたものの、それらしい人は見当たらなかった。彼に関してどこか気に障る部分が心にまとわりついていたものの、再び出会える確率など無いに等しいため、気にしても仕方がないとクロードは心に言い聞かせた。

 改札を抜けると列車が到着するというアナウンスが流れた。クロードは乗り遅れることがないよう、駆け足でエスカレーターを下っていくのだった。





 無事に目的の駅に到着したクロードが再び地上に昇る。この区画は完全なビル群であり、そこから少し歩くと目的地である連邦の特別資料館に辿り着いた。

 外部からの侵入リスクを少しでも防ぐために、施設は地下に造られていた。ここに入るためには連邦本部からのトランスポーターを利用するか、クロードが現在いる地上からのエレベーターを使うしか方法がない。さらに内部の重要情報には何重ものパスワードがかけられているなど、この場所には最重要機密機関にふさわしいセキュリティ体制が整えられていた。

 自動ドアをくぐり抜けてクロードは建物の中に入ると、そのまま受付のある場所まで歩いていき、そこに居た係員に少尉の身分を証明するカードを見せた。このカードは銀河連邦の軍人であることを証明するものであり、常に携帯する事を義務づけられているものだ。連邦の施設を利用したりするのには必ず掲示しなければならないもので、レナやプリシスも常に所持している。

「ようこそおいで下さいました。クロード少尉ならレベルBの資料まで閲覧可能です」

「わかった。閲覧場所へはそこのエレベーターを使えばいいんだね?」

「はい。ただし地下31階以降はレベルAの資料となりますので、それより上の階の、お求めのデータのある部屋にてご閲覧お願いいたします。各部屋には扉のカードリーダーにカードを通し、指紋認証と網膜認証をすることで入室できます」

「わかった。ありがとう」

 カードを確認した係員は、それをクロードの手に返すと地下へ向かうよう言った。

 ここの資料にはその重要性や極秘性からS~Eまでの6段階のレベルがあり、Sが最も極秘度が高い情報である。少尉という地位は全体から見ると中堅やや下に位置するため、ある程度情報の閲覧に制限がかけられる。

「さて、と。惑星ロザリスぐらいのデータならレベルCくらいかな? 未開惑星に関する資料のコーナーをまずは探すか」

 クロードは受付を後にしてエレベーターに乗った。平日ということもあり、辺りを見渡すと仕事で資料を探しに来た軍人もちらほらと居るようだった。

 知り合いではないものの同じ連邦の士官であることに違いは無いため、このような人たちに軽く会釈をしながらクロードは目的の資料庫へと向かっていった。





「なるほど……」

 クロードは惑星ロザリスのデータを、一つ一つ丁寧にメモしていた。ここは地球からも近い位置にあるため昔から未開惑星として存在が知られており、極秘観測隊による調査もかなり進んでいたようである。たくさんの記録が見つかり、クロードは少し安心する。

「大気の組成成分、重力加速度、平均気温……どれをとっても地球とほぼ同じだな。ただ自転周期がちょっと短いな。1日が地球での20時間に等しいのか……」

 どうやら惑星ロザリスは地球に比べて小さい惑星で、かつ自転速度が少し速いようである。だがこのことは今回の任務にはあまり影響しないだろう。

「文明レベルは地球の10世紀レベルか。武器はまた剣でいくしかないね」

 武器として銃を持っていくと未開惑星保護条約に引っかかってしまう。よってその星にある武器で戦わなければならず、エクスペルやエディフィス同様クロードはまた剣で戦い抜く必要がありそうだ。

 その他、食べ物について、言語について、通貨について、最低限必要だと考えられる道具、蔓延している可能性がある病気、現地の人間にとってはいけない侮辱的行動。いろいろと任務遂行の構想を練りつつ、クロードはさらに情報を集め続けた。






 集中しているときには時間の経過が早く感じられるもので、このような情報を収集しているうちにあっという間に1時間もの時が過ぎてしまう。

「よし、こんなもんかな」

 クロードは必要と思われる事項をだいたい調べ終えた。ざっと惑星ロザリスに関する情報に目を通したが、特に気になるようなデータや警告も無かった。これでクロードは心置きなく未開惑星への侵入者の捜索に専念できることになる。

「そうだ。昨日の駅でぶつかったあの耳の男……」

 さあ帰ろう。そう思っていたクロードだが、ここで昨日のネーデ人に似た男を再び思い出した。

 自分では気にしないつもりでいたが、どうしてもその存在が頭から離れず、正体が気になって仕方が無かった。あれは単なる見間違いでは無いような気がする。クロードにそんな思いが湧きあがり、気がつけば様々な知的生命体に関する資料をしらみつぶしに探し出ていたのだった。

「もしかしたら他にあんな耳をした種族がいるかもしれない……。調べてみよう!」

 クロードはとりあえず心のもやを晴らしたかった。僅かなヒントでもいい。何か手がかりになりそうなものが、とにかく欲しかった。

「もしも……あいつがネーデ人の生き残りだったら……」

 そういった不安がクロードの体を付き纏った。ありえない話だが、レナが実は7億年前のネーデ人という事実に直面するなど、クロードは信じられない現象を今までいくつも経験してきた。今回の件も、もしかしたらという気がして仕方がなかった。






 宇宙人種に関する資料は、そのほとんどがレベルEかFの情報だった。知的生命体に関する資料は比較的閲覧レベルの低い部類のようであり、クロードはあらゆる種族の特徴を片っ端から調べた。

 そして大体の検索結果に目を通した後、ふうっと溜め息を一つつく。資料によれば現在確認されているだけでもネーデ人の他に10種類ほど、耳の長い種類がいるとのことだった。

「やっぱり考え過ぎだったみたいだな……」

 特徴的な耳だけでネーデ人だと決め付けることはできないということを知り、クロードは少しばかり安心した。万が一にもあの男がネーデ人であると判明すれば、それはクロード達にとって一大事である。

 それは、ただ単にネーデ人の生き残りがレナ達以外にもいるということだけを意味するものではない。もしかしたら苦労して倒した十賢者達が生存しているかもしれない。そういった可能性を生み出すことにも繋がるだろう。

 だが、そういった疑いも消え去った。恐らくは自分の思い過ごしであろうと、クロードはようやくそう納得することができた。

「さーてと。お腹もすいてきたな」

 安堵するクロードに、急に空腹が襲ってきた。時刻はもう昼の2時をまわったところだった。







 施設から外に出たクロードは、遅いながらも昼食をどこで食べようか考えながら街路を歩いていた。昨日はレナとの夕食で少しお金を使ってしまったので、できるならばここは安くおさえたいと思った。

「ならやっぱ……」

 クロードはちょうど差し掛かった交差点の角に大手牛丼チェーン店を見つけると、ここぞとばかりにその中へと入っていった。

 もとは日本という国の発症らしいこの系列店も、今ではニューヨークのあちらこちらで見かけることができる。庶民にとってはコストパフォーマンス的に非常に助かる飲食店であり、なおかつ味も悪くないためクロードも時々利用していた。

 一般人の昼休みはとっくに過ぎていたため店の中は空席が目立ち、アルバイトの若者も暇そうにカウンターに立ちつくしている。そんな中、どこに座ろうかと店内を見渡したクロード。しかしある物が視界に入ってきたことによって、クロードの心臓は一瞬ドキリと高鳴った。

 そこには少ない客の中に一人だけ、ひときわ長い耳の男が居た。そう、昨日見たものと瓜二つの、鋭くとがった耳をもつ男が。

 さっき調べた内容が、クロードの頭に無意識に再来する。しかし今度の人物はどこか見覚えのある風貌をしていた。ブロンズの短髪に、細く華奢な体つき。そしてなにより、悪人とは決して思えないような雰囲気。

 クロードはもしやと思い、背後からそっと彼に近づいてみた。

「あの……ノエルさん?」

「……あっ、クロードさん!?」

「あ、やっぱりですね!」

「いやぁ、まさかこんなところで会うなんて」

「ほんとに。それはそうとお久しぶりですね」

「ええ。まぁまぁ、とりあえず座ってくださいよ」

「そうですね……」

 男の正体が分かりクロードは安心した。彼はかつての仲間の一人、ネーデ出身の動物学者ノエル・チャンドラーだった。

 エナジーネーデのギヴァウェイで生物学の教官を務めていたノエルは、希少動物保護区域の管理人をしていたときに偶然クロード達と知り合った。十賢者を倒すと言い張るクロードに対し、当初は無謀な青年といったイメージしか抱けなかったが、野生のサイナードが彼に心を許す姿を目の当たりにして以降、彼を見る目が変わった。

 一緒にこの人について行きたい、この人は自分にはない何かを持っている、そんな気がしたと彼は後にそう語っている。

 十賢者を倒してエナジーネーデが崩壊した後は、チサトと共にエクスペルに移住することを選択した。そこで生態系の研究を開始し、それなりの成果をいくつか得ることができたらしい。

 そして今から1年半ほど前、エクスペルでの研究が一段落ついたところで彼は地球に移住した。現在は地球の大学の農学部の臨時教授として勤務しつつ、地球の生態系の研究を行っている。

 この偶然の遭遇を、クロードは驚きながらも嬉しく思った。そしてすぐさまノエルが座っていたカウンター席の隣に腰掛ける。

「なんだ。ノエルさんの大学はここの近くだったんですね」

 クロードがメニューを選びながら話しかけた。

「そうなんですよ。今はちょうど講義の合間なので、遅いですが昼食をとっているんです」

 昔と変わらない細い目をにこりと微笑ませながら、ノエルは手にしていたネギとろ丼を美味しそうにほうばった。昔と変わらないマイペースな彼の姿に、クロードは思わず笑みがこぼれる。

「ノエルさんったら、相変わらずトロが好きなんですね」

 クロードがそう言ってネギとろ丼の具を指さした。ノエルは昔からおおとろが大の好物だ。ネーデで一緒に行動していた時も、彼は戦闘後にこれを食べると信じられないくらいに元気になったものだ。

 当時のクロードには、おおとろが地球だけでなくネーデにもあったという事実が少し衝撃的だった。ネーデの海にも地球と同じようなマグロは居るのだろうか? もしかしたら全然違う生物の切り身なのかも? そういったあらぬ想像を抱いたものである。

「ああ。これですか……」

 ノエルは手を動かすのを止め、ご飯粒がいくつかひっついたままの口で喋り始めた。

「昔からやっぱり変わらないものですね。ネーデ以外の星でまさか食べられるとは思ってもいませんでしたよ。まぁ、本音を言うとちゃんとしたお寿司屋さんに行って大とろが食べたいんですけどね。節約のためにこれで我慢です……」

 ノエルは給料は安いんですよ、と付け加えるように言って笑ってみせた。

「ところでクロードさんこそ何故こちらへ? 確か連邦の本部はもっと街の中心部のほうでしたよね?」

 ノエルがその細い目をクロードに再び向けた。この店はクロードの仕事場である連邦の本部ビルとは遠くかけ離れている。それなのに平日この場所にクロードが居る、そのことがノエルの気にかかったようだった。

「実は明日から遠方任務につくことになりまして。連邦の資料館がここの近くにあるんですけど、そこで任務先の星に関する調べものをしていたんです」

「へぇ、どちらの惑星へ?」

 ノエルが興味深そうに尋ねる。

「未開惑星ロザリスっていう星です。知ってますか?」

「うーん……聞いたことありませんね」

「……ですよね。そんなに遠くはない星なんですが……」

「ということは、セクターθ(シータ)内ですか?」

「はい。セクターη(イータ)との境にある、地球型惑星ですよ」

「そうですか……」

 ノエルは何かを考えるかのように、少し上のほうを向きながらそう返事をした。ネーデから出ずにずっと過ごしてきたため、他にどんな惑星が宇宙に散りばめられているのかという知識に乏しいのだろう。

「それならば是非、その惑星の生物の写真か何かを撮ってきてもらえませんか? 一人の生物学者として、そういうことには非常に興味があるんですよ」

 色々な動物を知りたい。ノエルの生きがいに直結する頼みごとだった。

「はい。全然構いませんよ」

「本当ですか? それならば是非よろしくお願いします。もしかしたら新しい研究対象になるかもしれませんせしね」

「わかりました。また帰ってきたら連絡しますね」

 惑星ロザリスで野生生物に触れる暇はあるかどうか分からなかったが、写真を撮るくらいなら任務のオマケとして簡単にこなせるだろうと思い、クロードはとりあえずノエルの頼みを承諾をしておくことにしたのだった。





「……そういえばノエルさん」

「はい。なんでしょうか?」

 しばらくの後、クロードが会話の合間を狙って別の話題を切り出した。先日から気になっていたネーデ人似の男に関して、少し尋ねてみようと思ったからだ。

 特に理由はなかったが、なんとなく生物学者であるノエルなら面白い情報を持っているのではと期待していたところもあった。ただし問題が起きていると勘違いされないよう、できるだけ自然な雰囲気を繕った。

「ノエルさんのように長い耳の種族って、この宇宙の中で他に知ってたりしませんか?」

「……我々ネーデ人以外で、ですか?」

「……はい」

「そうですねぇ……」

 それを聞いたノエルは少しの間、うーんと考え込んだ。

「正直な話をしますと、僕もよく分からないです。地球、エクスペル、ネーデ。この3つの星以外のことは、まだあまりよく知らないもので……」

 先述の通り、ノエルはまだこの広い宇宙へ一歩踏み出したばかりである。しかもノエルの専門は様々な動物の行動や繁殖に関してであり、動物博士のような多種の生物の知識を浅く広く身に着けているわけでは無い。

「すみません……」

 ノエルは申し訳なさそうにうなだれた。

「いえいえ。全然構いませんよ。こっちこそつまらない理由ですみません……」

 そんな様子を見たクロードは慌てて謝った。

「実は先日、ノエルさんのようなネーデ人っぽい耳の人をたまたま街で見かけたんです。それがちょっと気になっていて……」

「そうだったんですか……」

 クロードは本当のことを話すと、ノエルの態度が少し変わるのだった。

「何か見間違えたんでしょうね。クロードさんの言うとおり、他の種族で我々に似た耳を持つものも在り得るかもしれません。ただ……」

 そこまで言うと、ノエルはなんだか悲しそうな目つきになった。

「もしそれが本当にネーデ人なら、それは絶対にあってはならないことです。絶対に」

「………」

 最後の部分だけ、やけにノエルの口調が強くなった。クロードは聞いてはいけないことを聞いてしまったのかなと、ここで少し後悔した。

 ネーデ人最後の生き残りの一人であるという自覚の強い表れなのであろうか。いきすぎた文明、そして進歩をやめた生命体には生きる価値など無い。ただ全てを滅ぼす力にしか成りえないという事に彼らは気が付いていたからこそ、その歴史に自ら終止符を打ったのだ。そこのところは、十賢者との戦いにおいてノエルも沁みるほどに痛感してきたはずだ。

「あっ!」

 ノエルははっと気がついたように店内の時計に目をやった。

「えっと、もうこんな時間ですね。そろそろ担当の講義に行かなくてはいけません。すみません、最後の方は少し話に力が入りすぎてしまいまして……」

「いいえ。全然気にしてませんよ。こちらこそ辛い過去を掘り起こしてしまって……」

「そんな、別に構いませんよ。寧ろ久々にお話ができて嬉しかったです」

 ノエルはそう言って箸を丼ぶりの上に置くと、軽くクロードに礼をした。

「クロードさんも次の任務、頑張ってくださいね!」

「はい。またいつかお会いしましょう!」

「ええ、楽しみにしておきます。それでは……」

 ノエルはそう言い残すと席を立ち、勘定を済ませにレジへと向かっていった。そして、

「ネーデ人のような耳の種族ですか……」

 クロードの耳には、ノエルが店を出る際に小さくそう呟いた声が聞こえたのだった。


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