57.第五章 第五話




 フーラル王国で巻き起こった、ミント姫誘拐事件。だが結局この日は夜になっても、その誘拐犯である道化仮面の人物が見つかったという情報は入って来なかった。

 大観衆の目の前で起きた誘拐劇の後、一瞬にして街の出入り口は全て封鎖されてしまった。捜索が難航することを防ぐためにも、王国としては誘拐犯が袋のネズミである今のうちに捕らえなければならなかったからだ。

 当然、その間は何人たりとも街の外に出すわけにはいかず、遠方から来た観客たちは帰ることができなくなる。ある者は苛立ちを露わにするよう兵士につっかかったり、またある者は街に蔓延る恐怖感に取り付かれる。そんな中でも衛兵たちは忙しそうに街中を駆け回り、夜通しの捜索作業は延々と続けられていた。



 さて、一方のクロード達はというと、通信機による連絡網を駆使することにより、なんとか騒動の混乱ではぐれてしまった仲間たち全員が宿屋“Moonlight Blues”に集合することができた。

 それぞれ違う場所に居たとはいえ、誘拐の光景を目の当たりにしたのは共通していた。そのため彼らは宿に集まるやいなや、口ぐちに事件のあらましを語り交わしたのだった。

 そんな中、クロードは自分達も誘拐犯を探してみようと提案した。任務の捜査対象である謎のネーデ人が、この事件に一枚絡んでいる可能性も大いに考えられるからだ。

 だが先述の通り、今この街で自由に動くことは不可能に近い状態だった。当然街の外には出られないし、かといって少しでもこそこそ徘徊しようものなら、すぐに衛兵に声をかけられて質問攻めに合うだろう。

 また事件が起こった後、すぐに街の節々へと検問所が設置された。自分たちはよそ者である以上、どう足掻いても簡単には通してもらえないだろう。

 これらの不利な状況より、今日のところは犯人の捜索を断念し、もう一度この宿に泊まろうという結論に至った。そして一行は10人でテーブルを囲み、これからの計画を話し合うことにしたのだった。

「やっぱりこういうことが起こるのですわね。いやーな予感は私も感じていましたけれど」

 はじめに口を開いたのはセリーヌだった。

「結婚式の披露宴で誘拐事件だなんて、ベタな展開にも程がありますわ。わたくしたちがそれに巻き込まれるだなんて、神様かなにかがイタズラをしているとしか……」
「……あのさセリーヌ。もしかして、ちょっと嬉しかったりしてる?」
「そうそう。結婚式が台無しになってさ」

 アシュトンがおそるおそる口にしかけた推測を、レオンがすぱっと引き継いだ。

「と、とんでもありませんわ!? 誰がそんなことを仰りまして!?」

それを聞いたセリーヌは、レオンの方を向いて怒鳴り散らす。

「だってセリーヌったら、「ざまあみろ」みたいな顔しながら喋るんだもん。そりゃ誰だってそう思うに決まってんじゃん!」
「な、なんですって……!?」
「まぁまぁ二人とも、落ち着いて……」

 またいつもの光景が始まったかと思う一同だったが、レナがそうなる前にセリーヌとレオンの口を止めたのだった。

 喧嘩を売ったレオンと、売られたセリーヌ。両者はレナのこの一言によって冷静になるも、悔しそうに互いを睨み合いながら溜め息をつく。

「今はそんなことで喧嘩している場合じゃないよ。これからどうするのか、しっかり考えなくちゃ」

 そんな二人が落ち着くのを見計らうかのよう、クロードが言った。今は内輪揉めしている場合などではない。この緊急事態にこれからどう対処していくのか、そこにしっかりと焦点を当てて話し合わなければいけないのだ。

 逃走した道化仮面を追わなければいけないことは、この場の誰もが当然のように承知していた。彼を捕まえないことには、この事件の真相は見えてこないからだ。

 だが、だからといってここにいる全員が全員、彼を追いかけに行ってもよいのだろうか?

「思うんだが……」

 ディアスは静かに口を開いた。

「今回の事件に例のネーデ人が絡んでいると仮定して、それはどういう目的があると思う?」

 その一言に、一同は黙って考え始める。

「俺が気にかかるのは、たかが一国の姫をどうして奴らがわざわざ攫っていったのか、ということだ。あのミント姫が何か特別なチカラを持っていたりしていれば、まだ納得はいくのだが……」
「ああ、確かにな……」

 クロードたちが任務で追っているネーデ人とやらは、惑星を転々とする技術を持った、いわば銀河レベルで活動するような集団なのだ。そんな彼らが未開惑星に標準を合わせて何かを企むなど、よほど特別な事情がない限り起こりえないことなのだ。(エクスペルなどが良い例である)

 ディアスの言う通り、ネーデ人にはミント姫をさらう目的が無い。この星で話を聞く限り、彼女は至って普通のお姫様である。

「それじゃあディアスは、この事件は任務と関係がない、そう言いたいのか?」
「いや、そう言われると、それも違う気がする。偶然に偶然が重なりすぎだ……」

 クロードの問いかけに、ディアスは難しげな顔つきでそう答えた。

「恐らく、何か間接的な方法で関わっているのではないかと、俺は考えている……」
「……なるほど、たとえば陽動作戦など?」

 ここでノエルがはっと気がついたように呟いくと、ディアスはこくりと頷いた。

「そういうことだ。もしこれが真相ならば、あの犯人も既にこの街を抜け出している可能性が高い」
「へー。つまり、私たちにあの逃亡者を追わせることで、ここにいる全員をどこかに誘導させようとしているってことね?」

 チサトはそう口走りながら、すらすらとディアスの話のメモをとった。日々細かいことでもすぐに書き留めるクセのある彼女は、パーティ内における影の書記係として機能しているのだ。

 そのような内情はさておき、今ここで新たな推測が生まれた。この事件はクロード達の惑星侵入に気が付いた、ネーデ人たちの囮作戦なのでは、ということだった。

「奴らは俺達が居なくなったこの城下街ジルハルトで、何かとんでもないことをしでかすのか………」
「それか僕達が犯人を追った先で待ち伏せして、罠に嵌めようとしているのか、だね」

 ディアスとクロードの言う通り、これが陽動なら考えられるパターンは2通りある。いずれの場合にしても、この街を既に抜けだしている可能性は高いだろう。もしそうだとすれば、自分たちも街の外まで詮索しに行く必要がありそうだ。

「まあまあ、まだそうと決めつけるのはよくないよ……」

 レオンはクロードの向かい側からそう言うと、手にしていた空のマグカップを指でぶらつかせながらテーブルに肘をついた。

「これが陽動作戦であるにせよないにせよ、全員で街の外に出るんじゃなくて、何人かここに残っておく必要はあるとは思うよ。宇宙船からあんまり離れるのもよくないだろうしさ」

 この街の見張りは必要。さらに念には念をという意味で、宇宙船の監視役も欲しいとレオンは訴えたのだった。この話も一理あるため、全員がうんうんと頷く。

「よし。大体話はまとまってきたな………」

 クロードは仲間たちを見渡しながらそう言った。

「あのミント姫をさらった道化師を追いかけなくちゃ駄目だけど、この街にも何人か待機していなくちゃいけない。とりあえず、そういうことでいいかい?」

 その言葉に、一同はみな首を縦に振った。

「そんなわけで、ちょっとここは二手に分かれようと思うんだ。おそらく追跡する先々でも色々とあると思うから、ここにいる10人のうち7人が追跡、残り3人がここで待機してほしい」

 追跡先でまた何か事件があることも想定すると、そっちにより多くの人数が必要となるだろう。7人居ればもし向こうで何かあった時、さらに2つのパーティに分断できる。

 問題はその分けかただ。武闘派と紋章術派、それぞれのバランスも大切であるし、なにより追跡には体力も要する。こういった人事こそが、今回の任務の成功を左右するといっても過言ではないだろう。

 クロード達は各々の個性や戦術面でのメリットなどを考慮に入れたうえで、慎重にチーム分けを話し合うのだった。





 永らく話し合った末、今ここに居る10人は、テーブル越しにちょうど3:7の人数比に分かれていた。

 誘拐犯である道化仮面を追いかける7人の方にはクロード、レナ、ボーマン、ディアス、チサト、レオン、セリーヌが。

 そして街に待機する3人の方にはアシュトン、プリシス、ノエルがそれぞれ居座っていた。

 この配分を決めるとき、即座に配置が決まったのはプリシスだった。宇宙船からこの街まで歩いただけで疲れるような彼女には、さらに長い距離になるであろう追走など到底できるはずもなかった。彼女は無条件で待機組決定である。

 逆にクロードは最前線に行く必要がある。そのため追走組のリーダーは彼に決まった。そうなれば当然レナも一緒ということになる。

 さて、この他の人選であるが、旅先で薬草の調合ができる最年長ボーマンも追走組に混ざってほしいところだった。そして優れた判断力のあるレオンも同じくである。

 チサトは仕事柄から観察力に長けているため、些細な手がかりに気が付く可能性が高い。強敵との戦闘になればディアスの力は頼りになるだろうし、機動力を考えればテレポートの使えるセリーヌも必要だ。

 そうなると、残るはアシュトンとノエルの二人である。彼らが待機組に加われば、戦士系(アシュトン)、補助系(プリシス)、紋章術師系(ノエル)が揃うため、いざ戦闘が起こったとしてもバランスがよい。

 そしてこれは誰も口にしなかったことだが、不幸を呼ぶ男アシュトンを追跡側に加えることは、どうしても縁起が悪く感じた。それに彼の場合、傍にプリシスが居たほうがモチベーションも上がることだろう。

 以上の事情より、最終的にグループ分けはこのような結果に収まったのであった。

「プリシスが残れば、宇宙船に何かあってもすぐに対処できるわね」

 レナの言うように、プリシスを残したことはそういう意図もあってのことだった。もし宇宙船に何かトラブルが発生したとしても、プリシスが居ればすぐに応急措置をとることができる。

「よーし。それじゃ、あたし達は明日からこの街でゆっくり留守番してればいいってことだね!」

 プリシスは一人、そう言って嬉しそうに指を立てた。歩くことに対する嫌悪感が募り果てていた彼女にとって、待機は願ったりの役割だったのだろう。

「おい、何もしなくていいという訳ではないぞ。情報収集は怠ってはいけないし、それに敵が攻めてくる危険性だってある」
「そうそう。それを見越してのこのメンバー分割なんだからさ、しっかり頼むよ」

 そんなプリシスをディアスとクロードが咎める。

「はーい。分かってまーす!」
「…………不安だ」

 プリシスの軽々しい返事を聞いたディアスは、そう呟いて頭を抱えるのだった。

「アシュトンとノエルも、しっかり頼むわね!」

 同じくレナも心配になったのだろうか。プリシスと共に残るアシュトンとノエルに、まるで我が子を託すかのよう言葉をかける。

「うん。心配しなくても、僕が居れば大丈夫さ」
「そうですねー。僕も大丈夫だと思いますよー」

 なんとも危機感のない返事が返ってくる。トラブルメーカーに不幸を呼び込む男、そして常時のほほんとした動物学者。この街で何も起こらないことを、追跡に出向くグループはただただ願うばかりである。

「それじゃ、今日はもう休もうか。明日になれば規制も少しは解除されているだろうし、そうなれば早速探しに行くぞ!」

 クロードがそう言うと、一同は「了解!」と団結して声を上げ、それぞれ散るように解散していくのだった。

 部屋へと戻る階段の途中でクロードはふと、「このメンバーで大丈夫だろうか?」と改めて立ち止まるのだったが、考えれば考えるほど話が複雑になりそうである。一応は何が起こっても臨機応変に対応できる人選であるし、プリシスたちなら大丈夫だと自分を納得させながら、クロードは足早に自室まで戻っていくのであった。





 そして、次の日の朝。

「大体準備できたね。それじゃあ行こうか」

 事件から一日過ぎたということで、少しは街にも平穏な空気が漂いだしてはいた。しかし、それでも衛兵による警備は一切たりとも解かれる気配を見せようとはしていなかった。

「行くとはいっても街はこの警備だ。何か突破するアテでもあるのか?」

 ディアスは周囲の衛兵一人ひとりに警戒の眼差しを向けながら、クロードにそう尋ねた。

 街中でさえもこの警備なのだ。ましてや城下街の出入り口ともなれば、さらに強固に守られているであろう。自分たちは何とかして、そんな場所を越えなければならないのである。

「出口を強行突破することはそう難しくないんだろうが、あんまり派手にいくと後々面倒くさそうだしなぁ……」
「そうよね。今の私たちは任務で追うべきネーデ人と今回の誘拐事件の犯人、そのどちらにも気づかれちゃダメなわけだし……」

 ボーマンとレナが口々に呟く。だがクロードはそんな仲間達の不安を払拭するかのように声を上げた。

「大丈夫! そこのところはちゃんと考えているよ!」

 クロードはセリーヌの方を見る。

「いけますよね? セリーヌさん?」
「まぁ、ギリギリってとこですわね……」
「おいおい。セリーヌって、まさか………?」
「うん、そのまさかだよ」

 クロードはボーマンに対してすんなりとそう答えた

「わたくしのテレポートで、これからこの7人を宇宙船の停めてある場所まで転送いたしますわ。それなら街の警備なんて、何の問題もありませんでしょうし」

 ふふっと笑いながらセリーヌは仲間達にそう告げた。つまり彼女はこれから7人という大人数を、茂みの中に停めた宇宙船に紋章術で運ぼうというのだ。

「た、確かにそれだと何の問題もないが、そんなことしてお前は大丈夫なのか、セリーヌ?」
「……だからギリギリと申しましたのですよ?」

 ボーマンが心配そうに尋ねたが、セリーヌはいたって平然とそう答える。

「私とて2年間、このテレポートに関しましてはみっちり修行いたしましたもの。流石に見たこともない場所に飛ぶことはできませんけれども、7人くらいの人数をほんの少し離れた場所まで移動させることなんて、カリスマ術師にかかればオチャノコサイサイですわ」

 セリーヌが誰よりも紋章術の技術を磨き続けてきたということは、ここにいる誰もが知っていた。半分無茶に見えるセリーヌのこの言葉ではあるが、彼女は自分の紋章術の技量を見誤りなどはしないだろう。

 それに、これ以外に現実的な方法など見つかりそうもない。今は一刻を争う場面でもあるし、多少のリスクは仕方ないと言い切るべき事情もあった。

「ま、仕方がないな。俺は異論はないぞ」

 ディアスは早くこの場所を去りたいと思っているように見えた。気のせいか、彼は周囲に対する警戒を少し強めているような気がする。

「ま、まぁ、セリーヌが大丈夫ってことなら……でも無理はしないでね?」
「大丈夫ですわ、チサト。この私に限って失敗だなんてあり得ませんもの」
「……たくさん見せられてきたような気もするんだけど……」
「……う、うるさいですわね! ほら、さっさと行きますわよ! みなさん準備はよろしくて!?」

 チサトを差し置き、セリーヌは早々と詠唱の準備を始めた。つい先日、レオンと二人でイーヴとグレッグ篭るラクールの宿屋へ突撃したときもそうだったが、彼女は物事を決めてから行動に移すまでが早い。

 紋章術を使っていることが周囲に悟られないよう、他の仲間たちがセリーヌを隠すように囲う。こうすることで衛兵の目に彼女の姿が入らなくなり、不審に思われることなく安全に詠唱を行うことができるだろう。

「それじゃあアシュトン、プリシス、ノエル。留守番は頼んだよ。何かあったらすぐに通信機で連絡してくれ」

 テレポートの間際、クロードは宿屋の玄関前まで見送りに来てくれていたアシュトン達3人にそう告げた。

「うん。それじゃあ頑張ってね、クロード!」
「敵が来てもあたし達がしっかりやっつけてやるから、心配無用だよ!」
「うんうん。まぁ多分大丈夫でしょう」
「そ、そうだな……」

 無駄に自信のある返事をされたことがかえってクロードの不安を仰いだが、今はそんな事を気にしている余裕などない。

「よし、今だ!」

 そんなとき、衛兵の目線を盗めるタイミングを伺っていたディアスが、テレポートを唱える瞬間を見計らい合図をした。

「それじゃあ出発しますわよ! テレポート!」

 ディアスの合図を受けたセリーヌが手短にそう言い放つと、これから誘拐犯を追いかける7人は静かな音を立ててこの場所から消えていった。

 綺麗に人影が消えてしまい、急にガラリとした光景がアシュトン達の前に広がる。これからはたった3人で行動しなければならない。そんな事の重みが、指揮官を失ったアシュトン、プリシス、ノエルの肩に急に圧し掛かってきたのだった。

 敵はどこにいるのか分からないのだ。そんな中で油断することのないよう各自が改めて気合いを入れなおし、一行は誘拐犯およびミント姫の捜索活動を開始させたのであった。