48.第四章 第三話




「レオン……レオン………」

「……ん、君は……?」

「レオン。気がつきましたか……?」

「………その声は……リヴァル!?」

「レオン、伝えたいことがあります………」

「ま、待って! 君は今どこに……………!?」









「おいレオン! 朝だぞ!」
「リ、リヴァル!!??」

 レオンの意識が戻ったとき、そこにあったのはいつもの見慣れた光景だった。散らかった机、真新しい本棚、茶色の衣装棚……

「なんだ、勢いよく飛び起きて? リヴァルの夢でも見ていたのか?」

 そして蛹(さなぎ)のようにレオンを包んでいた毛布を取り上げ、見下ろすような形で喋るクロードが彼の目の前に現れた。

「な、なに……?」
「いいところだったみたいだけど、もう起きる時間だぞ、レオン!」

 クロードがそう言って、ベッドの子物置きの上にある時計を指差した。それは既にレオンの起床時刻の15分後を示していたのだった。

 レオンはここで初めて理解した。さっきまでの出来事は夢であったと。忘れもしない声が自分を呼んでいた、そして何かを伝えようとしていたことも。

 夢の中に出てきた声の主はリヴァル。何度もレオンが求めてきた症状であることに間違いなかった。

 レオンはぼうっとした目をパチクリと動かした。必死に夢の内容を思い出そうとするが、リヴァルが呼びかけてくる以前のことは何も覚えていない。逆に思い出そうとすればするほどに記憶が溶けてしまうような、そんな感じがした。

「ありがとう、クロード。ごめん……」
「……まだリヴァルのことが忘れられないのか?」

 クロードから心配げな眼差しがレオン向けられる。

「……ううん、そんなことはないよ。さ、朝ごはん朝ごはん。早くしないと遅刻しちゃうよ」

 考えるのを諦め、レオンはすとんとベッドから飛び降りた。そしてクロードを横目にスルリと彼の脇をすり抜けると、スリッパの音をパタパタと響かせながら階段を降りていったのだった。





「よっし、行くぞーレオン!」
「ちょっと待ってー……」

 クロードとレオンの二人は基本的に家を出る時間がほぼ同じため、一緒に出勤することが多かった。連邦の本部と研究所はこの家からみて方向が同じであるため、降りる駅が少し違うという点を除けばルートもほぼ同じである。

 そして今日の朝も、クロードが玄関で靴を履きながらレオンが来るのを待っていた。だが一方のレオンはというと、どうやら上着の襟が気になるらしくなかなか部屋から出てこない。

「別にいいじゃないか。行く途中で直せばさ」
「やだよ。駅のトイレとかじゃないと鏡ないし」

 そう言いながらガチャリと部屋から出てきたレオン。ベージュのツイルカラーをしたデニムジャケットを身にまとったその姿からは、とても今から仕事に行く人間だとは思えない。だが彼は仕事をしているときは白衣を着て実験を行うため、別に研究所に行くまでの格好は決められているわけではなく、私服で出勤しても構わないらしい。

 クロードはそれとは対照的に、紺色の連邦着をきっちりと着用して家を出る。街中では一種のステータスとして見られるこの正装だが、クロードは逆にそれが少し恥ずかしいらしい。

「おい、もう行くぞ!」

 クロードはそう言うと、わざと玄関の扉を大胆に開けた。

「あー、わかったわかった。行くから行くから……」

 それを見てさすがに焦ったのか、レオンは慌てて荷物を部屋まで取りに行き、それを片手にクロードの元へと駆けつけたのだった。





「ねぇ、クロード?」

 駅までの道のりの途中で、ふとレオンが話しかけてきた。

「ん?」
「あのさ、最近どうなんだよ?」
「どうって……なにが?」
「なにがって……」

 察しの悪いクロードに、レオンはやれやれと溜め息をついた。

「レナのことだよ。プリシスがうるさくってさ。最近イチャつきすぎだって」
「ああ、レナのことか……」

 レオンから恋人の名を聞くと、クロードは笑いながらそう言った。

「このまえの任務も、元はといえば二人で行く予定だったんでしょ? いったいレナと何してたのさ?」
「へ? いやいや……」

 クロードは軽くあしらうように答えた。

「二人ともきちんと任務をこなしていたよ。言っただろ? アルフレッドっていう犯罪者を見つけたって」
「ま、そりゃ任務は任務だよ。でもさ、絶対それだけってわけじゃないよね?」
「それだけって……?」
「そりゃ、言葉のとおりだよ。まさか分からないなんて言わせないよ?」

 クロードはどう答えるのか正解なのか少し考えた後、次のように言ったのだった。

「チサトさんとすぐに合流しちゃったからな、そんなにできなかったよ」

 実際には初日、惑星ロザリスのネステードの村に泊まったとき、ちょっとそういうことはあった。

 だが少しでもそれを認めてしまえば、レオンはまたプリシスに言いふらすに違いないだろう。それを聞いたプリシスがレナにするであろう仕打ちなど、考える間も無く想像がつく。これは自分のためでもあり、またレナのためにも口を滑らせてはいけないのだ。

 そんなクロードの言葉を聞いたレオンは、ふーんと呟いて頭の後ろで手を組んだ。

「……ってことは、チサトが来なかったらいちゃいちゃするつもりだったんだ」
「ま、まぁな……」
「へー………」

 そう言ってレオンは少し無言になった。こういうときのレオンは頭を鋭く働かしている。

 それを知っているクロードは少し嫌な予感がし、またそれは的中することとなる。しばらくすると何かいいことを思いついたかのように、レオンの耳がぴくりと跳ねた。

「じゃ、本当かどうか後でチサトに聞いてみよっと」

 レオンは意地悪そうにニカッと笑いながらそう言ったのだった。

「な、なんでチサトさんに聞くんだよ!?」

 クロードは慌ててレオンに言い返した。

「ん? だってチサトは宇宙船からずっとクロードとレナを尾行してたんでしょ? あの人が言うんなら信じてあげてもいいかなーって思って」

 笑顔を崩さないままレオンがそう答えた。

「いいじゃん、何もなかったんなら全くの問題なしでしょ? 別にチサトに聞かれたってさ」
「い…いいわけないだろ!」

 チサトに聞かれると本当にまずい。クロードは焦った。なぜなら彼女は日中だけではなく夜中までも自分たちに付き纏っていたらしく、ネステードでの夜のこともしっかり見納めたと直接言われたからだ。その中には、あまり仲間たちに知られたくないような事実も交じっているとのことである。

 彼女の手にかかればその巧みな話術と想像力により、何倍にも誇張されたそれがレオンの耳に入ってしまうことになるだろう。それだけは何としても避けなければならない。

 だが不意を突かれて動転していたことを感づかれたのか、レオンは「やっぱり」と言わんばかりの顔でこちらを眺めていた。

「へっへー。楽しみにしーとこっと。これはプリシスにも報告しなきゃね」
「お、おい待てレオン!!」
「やだよーだ!」

 レオンは最後にそう言うと、ピューッと駅のほうまで走って逃げてしまった。これは絶対にクロードが想像した通りの悪巧みを働いているに違いなさそうである。

 クロードも急いで追いかけようとしたが、こういう時に限って逃げ足が早いのがレオンである。頑張って途中まで走って追いかけてみたものの、結局捕まえることができなかった。憎らしい笑みを浮かべて駆けていったレオンの姿はもう見えなくなってしまっており、おそらく今ごろは先発の地下鉄に乗り込んでいるのであろう。

「レオンめ……帰ったら覚えてろよ……」

 クロードはそう言って拳を握り締めながら、ゆっくりと駅のほうへと向かっていった。中途半端にごまかすのはかえって墓穴を掘ることになると、クロードは身をもって学んだのであった。





「おい、クロード!」

 朝から一騒動あった後、連邦の本部に到着して自分のデスクに着席したクロードだったが、そんな彼に休む間も無く別の軍人から声をかけられる。

「は、はい?」
「ランサー少将がお前のことをお呼びになっている。至急部屋に向かってくれとのことだ」
「ランサーさんが?」

 こんな朝早くからランサーが人を呼ぶことは珍しかった。

「……分かりました」

 クロードはあまり驚かなかった。呼び出された理由はおおかた見当がついているからだ。おそらくは昨日伝えられた、次の任務とやらが早速巡ってきたのだろう。

 クロードは落ち着いて荷物を机の上に置くと、そのままビルの上層部へと直行するエレベーターステーションに早歩きで向かったのだった。





「……誰だ?」

 部屋に入ると、いつものランサー少将の声が聞こえてきた。すっかり慣れたこの声に、クロードは「クロードです」と大きな声で返事をした。

「おお。ようやく来たか!」

 その声に気がついたのか、ランサーは奥にあるキッチンから姿を現した。その片手にはマグカップ一杯のブラックコーヒー。これが彼の毎朝の日課なのだろう。

「急に呼び出してすまなかったな……」

 事の前置きに一言、ランサーがクロードにそう言った。

「いえ、これが自分の仕事ですから…」

 まだまだ階級としては低い身なので、たとえ急な呼び出しであろうが何であろうが言われたとおりに動かなければならない。そうやって軍人はみな出世していくのだ。

 一方のランサーはというと、いつもと違って少し表情が硬い。やはり朝一番で呼び出すだけあって重要な用件なのかと、クロードは少し覚悟を臨んで耳を傾けた。

「こんな早くから君を呼び出した理由は他でもない。実は昨日、さっそくネーデ人の目撃情報があったのだ。もともと噂はあったらしいんだがな……」
「な、なんですって!?」

 クロードは驚いたように目を丸めた。

「はじめはデマかとも思った。だがお前がネーデ人を見たという時期と被る以上、少し調査をしたほうがいいのかもしれないと思ってな」
「……確かに、私がエクスペルで出会ったグレッグやイーヴと何か関係がありそうですね」

 ネーデ人といえば、まず第一に思い当たるのがこの二人である。またしても彼らが何かを企んでいるのだろうか?

「本当なら別の任務を言い渡す予定だったのだが、それは後回しだ」
「……はい」
「目撃情報があったのは惑星ロイド・モダイ2号星、また未開惑星だ。行ってくれるか?」

 当然だが、ランサーの言葉を拒否することなどない。

「……お任せください」

 クロードはそう言うと、自分の胸を掌で叩いて見せた。その任務に行きたいという強い意志を表したつもりだった。

「任務明けで疲れているところすまないな。今回も前回同様にお前が指揮官だ。好きなように部隊を編成するがいい」
「あの、すみません。その件についてなんですが……」

 任務に関する書類を取り出そうとしたランサーに、クロードはそっと手を上げて一つ尋ねごとをした。

「ネーデ人が関わる任務の際には、十賢者と戦ったときの仲間を連れていくことを許可してほしいんです」
「……十賢者? それはレナ、プリシス、レオンの三人ということか?」
「はい。もちろん彼らもそうですが、新聞記者のチサト・マディソン氏、動物学者のノエル・チャンドラー氏も該当します。それに……」

 クロードはここで一旦間をおき、深呼吸して再び言葉を紡ぎなおした。

「それに、今エクスペルには4人、テトラジェネシスに2人の仲間が住んでいます。彼らも任務に同行してもよいという許可を頂きたく思っています」
「……それはなぜだ?」

 ランサーは鋭い表情でそうクロードに聞き返した。

「それは……やはり、ネーデに関わりのある人間で調査を行ったほうが、より有意義だと感じたからです。彼らも経験がある以上、ネーデ人について何か気がつくことも多いでしょうし……」
「ふむ。確かにもっともな意見だな……」

 ランサーはそう言うと腕を組みながら俯き、少しの間考え込んだ。

 だが、しばらくすると結論が出たのか、彼は再び目線をクロードの方へと戻す。

「わかった。これから先ネーデ人に関する任務の際には、エクスペルに行く許可をやろう。上層部には俺から一言添えておく」
「あ、ありがとうございます!」

 その言葉を聞いたクロードはほっとしたように大きく礼をした。これでまたみんなと旅ができる。合法的にそれを認めさせるチャンスを見事掴むことができ、クロードは込み上げる達成感を噛みしめた。

「それでは、早速準備をしてきます」
「ああ、頼んだぞ……」
「はっ!」

 クロードはいつも通り、いや、いつも以上に大きな声で敬礼をひとつすると、大股でランサーの部屋を後にしたのだった。

 新たなる星での、新たる冒険の幕開け。さっそく仲間たちに連絡を送らなければいけない。そう考えるだけでもわくわくと胸が躍るクロードは、まずレナにこのことを伝えようと思い、ポケットから手早く携帯電話を取り出したのだった。